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06

 シャワーを浴びて、支度を済ませて、ミーアと一緒に宿に向かう。

 その間に、先程あった出来事を彼女に伝える事にした。ただし、リッセが死んだという話はまだ共有していない。俺自身、それを信じたわけじゃないからだ。

 そもそもリッセの魔法は人を欺く事に特化している。仮に誰かが彼女の死の瞬間を見たとしても、それが現実である保証はない。

 だから、彼女の関係者の反応だって、ある種の演技であるというのが現段階での認識だった。

「それにしても、気付かぬうちに一月も経過していただなんて、空間転移という魔法は恐ろしいものなのですね。もしかしたら、最初にトルフィネに跳躍した際も、同じような現象が起きていたのでしょうか?」

 初めて見る店の看板などに眼を向けながら、ミーアが呟く。

「私としては起きていて欲しいけどね」

「それは何故ですか?」

「ラガージェンがまだ絡んでいるかもしれないって可能性が、減ってくれるから」

「……たしかに、今回の件だけ時間も跳躍していたのだとしたら、そこにはなにかしらの意図があるという事になりますね」

「それも、絶対にろくでもない類の、ね」

 或いは、フィネさんの為に行ったという線もあるのかもしれないけれど……いや、さすがにそれはないか。むしろ、その気持ちがあるのなら、フィネさんこそが時間跳躍を受けるべき対象になっているだろう。この街で起きている問題が片付いたあとで、戻れるようにするために。

「宿の様子は変わりないようですね。ミザリーさんもいます」

 感知範囲に入ったところですぐに魔力を広げて、内部の状況を確認したようだ。

 この街に来た当初、色々と良くしてくれた恰幅のいい女将さんの事を思い浮かべながら扉を開けて中に入る。

 早朝も早朝だけど、だからこそか酔い潰れた最後の客が何人かテーブルの上に突っ伏していた。

 そんな中で一人だけ、背筋をぴんと伸ばして、水をちびちびと飲んでいるスキンヘッドの女性。

 レドナさんだ。リッセをリーダーとするヘキサフレアスのメンバーの一人で、姿形を自在に変えられる人。

「ここのお酒は値段の割には美味しいものだが、酔い潰れるほどに呑めるかと訊かれれば、怪しいところだな」

 淡々とした口調で呟き、そのレドナさんがこちらに振り返った。

 店内で起きている人は彼女しかいない。ミザリーさんもカウンターに突っ伏して寝息を立てていた。薬でも盛ったのか気絶させたのかは判らないが、自然とそうなったわけじゃないだろう。魔法の以外の方法でこの状況を作り上げたのだ。

「手伝ってほしい事がある。この街の未来に関わる事よ」

「その前に、現状を説明して欲しいのですが」

「分かっている。答えられる事には答えるわ」

 ミーアの言葉に素っ気なく返しつつ、レドナさんはトントンとテーブルを人差し指で叩く。

 それに促されるように俺とミーアは彼女の対面の席に腰かけた。

「ではまず、私達が留守にしていた期間を教えて頂けますか?」

「妙な質問。それが必要な経験をしたという事か。……三十五日よ。貴女達が消えてから、この街では三十五日間が経過した」

「そうですか」

 空間のついでに時間も跳躍していたのは、これで確定した。

 街の様子などからもそれを裏付けるような変化は見られたし、もう疑う必要はない。

 前置きはこれくらいに、解決していない疑問を投げかけていく事にする。

「今、この街を仕切っているのは誰ですか?」

「騎士団だ」

 さらりとそう答え、レドナさんは水を一口飲んだ。

 ミーアが微かに息を呑む。

「……それはつまり、ディアネット側が勝った、ということですか?」

 と、俺もその事実に気圧されながら訪ねた。

 すると、レドナさんは数秒ほど瞑目して、

「あの女は死んだわ」

「死んだ? ……じゃあ、誰が引き継いでいるんですか?」

「ラクウェリスだ。気色の悪い享楽主義者」

 嫌悪を露わに、レドナさんが吐き捨てる。

「彼女が裏切って実権を乗っ取ったという事ですか?」

「裏切ったかどうかは知らない。ただあの女が死んだあと、騎士団を動かしているのが奴だという事だけが判っている」

「誰が、ディアネットを始末したのですか?」

 荒事を主軸に生きてきたからなのか、ミーアはそこが気になったようだ。

「殺ったのはリッセだ」

 と、レドナさんは答えた。

 驚きは特になかった。不意打ち前提なら、きっと簡単に彼女は敵を殺せるからである。ただ、あそこまで大体的な方法で殺したという点には、ちょっと引っ掛かるものがあって。

「あの花を使って、ですか?」

 疑問を埋めるべく訪ねる。

「それは不明よ。誰もその場面を確認していないから」

 静かな答え。

「彼女は、どうしたのですか?」

 微かに空気を強張らせながら、ミーアが訪ねた。

 当人に訊けば判る事を不明と答える理由は限られている。その中でも一番あり得るのは、もう訊くことが出来ないから、だろう。

「それも不明よ」

「そう、ですか……」

 不安と微かな安堵の両方を宿した吐息がミーアから零れる。

 曖昧な状況は希望も抱けるから、その反応は妥当なのかもしれないけど、俺はむしろ死んだと断言されるよりも不安な気持ちを覚えていた。偽装の線が薄くなったように感じたからだ。

「見当などは?」

 躊躇いがちにミーアが訪ねる。

 それに答えることなく、レドナさんは水を全部飲み干してから、小さく息を吐き、

「上地区の地下は迷路のように入り組んでいて、色々なものを隠すことに向いている。人質などもそうね。我々でも完全に全てを把握は出来ていない。でも、ある程度の見当はついている。貴方達にはその見当が正しい事を証明してもらいたい」

 淡々とした口調で、そう言った。

 その人質がリッセなんだろうか? 多分違うだろう。でも、だとしたら今彼等が優先して確保したい人物とは一体誰なのか……?

 踏み込むのが少し怖かったが、踏み込まないわけにも行かない。

 唾を一つ呑んでから、俺は訪ねる。

「誰を、探しているんですか?」

 真っ先に頭の中を埋めたのは、もちろんラウだ。

 おそらくこのトルフィネで最も高い戦闘能力をもっているリッセの双子の弟。彼が捕まっているとなれば、いよいよリッセが死んだという情報が真実である可能性を無視できなくなってくる。

「見つけたいのは三人いるが、最優先で確保したいのはイル・レコンノルンとなっている」

「――」

 まったく想定していなかった名前に、少し虚を突かれた。

 けれど、すぐにこの街がおかしな事になっている原因として納得がいく。大貴族であるレコンノルン家の当主である彼は、トルフィネの半分の生命機能を担う人物といっても過言ではなかったからだ。彼が抑えられていたのなら、他の有力者たちも下手には動けない。

「……残りの二人は、誰なのですか?」

 と、ミーアが訪ねた。

 それに対して、レドナさんは数秒ほど押し黙って末に、

「ラウとセラだ」

 と、答えた。

 嫌な沈黙がさらに数秒ほど過ぎる。それを誤魔化すように席を立つ音をやや大き目に響かせて、レドナさんは言った。

「人質の解放を、引き受けてくれるか?」

 何処か不安げな表情。

 一瞬、そこに演技の匂いが滲んで見えたけれど、そこにある感情が本当だろうが嘘だろうが、友達を助ける事に躊躇する理由なんてない。

「ええ、もちろんです」

「良かった」

 小さな安堵。

 どうやら断られる可能性を危惧して、少しでも同情を誘おうと表情をこしらえたみたいだ。

「では、ついてきて」

 心なし弾んだ声で言って、レドナさんはカウンターの奥へと入っていった。

 この宿にはそれなりに縁があるけれど、もちろんただの客でしかなかった俺は奥がどうなっているのかは知らない。でも、普通に食材のストックとか、そういうものが保管されているのだと思っていた。

 ある程度は正解だった。だが、一部まったく想像もしていなかったものが、そこにはあって――

「ここもヘキサフレアスの拠点の一つだからね。我々だけの道というものがある。まあ、彼女は無関係な人間だけれどね」

 淡々とした口調でそう言って、レドナさんは部屋の隅に何故か存在していた穴に飛び降りた。

 一瞬だけミーアと目を見合わせてから、俺もその後に続く。

 三メートルほど落下したところで、やわらかな土の感触が足に届いた。

 光はない。少し屈まなければいけないくらいに天井も低い。横幅は片手を少しだけ伸ばせる程度だろうか。

 そんな窮屈な道をレドナさんはすいすいと進んでいく。

 それになんとかついて行きながら、なんとなくこの道を使う理由について考えていると、後ろのミーアが意を決するように訪ねた。

「でも、リッセはともかく、あのラウ・ベルノーウに奇襲の類が通用するとも思えないのですが。やはりセラさんを人質に取られたという事なのですか?」

 ラウは恋人を凄く大切にしていたから、確かに人質が取られたら戦わずして負けるという可能性も十分にあり得るだろう。

 けれど、だからこそ人質にさせない状況も強く作り上げていた筈で――

「いや、ラウが捕まったのはセラが捕まる前よ。彼は真正面から打ち負かされた」

 無意味な思考が広がる前に、レドナさんが結論を口にした。

 にわかには信じられない答えだ。

「……一体、誰がそのような事を成し遂げたというのですか? まさか、ラクウェリスが行ったとでも言うのですか?」

 俺以上にショックを覚えたのか、まるで食って掛かるような調子でミーアが言った。

 それだけラウの強さを買っていたという事なんだろう。或いは、ラクウェリスの強さの天井を低く見ていたという事なのかもしれないが。

「当然だ。あの程度の輩にラウが負ける事はない」

 非常に強い口調で、レドナさんは断言した。

 どうやら、実力を隠していたといった線はなさそうだ。でも、そうなると、いよいよ誰がやったのかが分からなくて。

「では、誰が?」

「……テトラ・アルフレア」

 ミーアの問いに、レドナさんはその場を目撃していたのだと教えてくれるような、酷く苦々しい声で答えた。

「両目と両腕の拘束具を外した、あの怪物だ」


次回は四日後に投稿予定です。よろしければ、また読んでやってください。

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