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05

 城門の前に、いつもの守衛の姿は見当たらなかった。

 そんなもの必要ないと言わんばかりに扉は固く閉ざされていて、さらに巻きつく紅い根によってがっちりロックもされている。。微力な魔力を感じる根だ。バラのような棘を生やしている。無闇に触れるのは危なそうだった。

「ずいぶんと、妙な事になっていますね」

 隣のミーアが呟く。

「そうだね」

 中に人がいるのは判るのに、細かな気配が読めない。

 それに、森を出てすぐに見上げた星の位置らして、今の時刻は二十七時~零時の間くらいな筈なのに、この時間帯に活動を始める事が多い狩人の気配も一切見当たらなかった。どれだけ感知を広げても、外に人がいないのだ。

 これはかなり異常な状況と言えるだろう。

「ここって、本当にトルフィネ、だよね?」

 もしかしたら非常に良く似た外観をした、別の国と言う可能性が脳裏に過ぎってしまい、ついそんな不安を口走る。

「私も断言できるほどの自信はありませんが、中に入ればはっきりします」

 確かに、その通りだ。

 ここで足踏みしていても仕方がない。

「そうだね、でも、門を壊すのは止めておこう。城壁を跳び越える。ミーア、魔力の方は大丈夫?」

「問題ありません。それに、以前でもこの高さくらいなら突破できました。つま足を置ける突起も多いですしね」

 魔物の嘴を強く握りしめながら言って、ミーアが先陣を切った。

 俺もその後に続いて、壁の手前で垂直に跳ぶ。

 そして、街の全貌を見下ろしながら、城壁の上に降り立った。

 数秒後、三度ほど壁を蹴って、ミーアが俺の左手に着地する。

 と、そこで、中に入ったからか、細かな人の気配も感知出来るようになった。

 時間が時間だから人通りは少ないけど、出歩いている人も視認する事が出来て、少しほっとする。

 とはいえ、誰も頭上を覆っている花を特に意識していないあたり、やはり異様な状況の変わりはなかったけれど。

「どうやらこの巨大な紅い花は、騎士団本部で発生したようですね」

「みたいだね」

 ミーアの呟きに頷きつつ、改めて都市の頭上を覆う花に着目する。

 地面ではなく空に根を広げ、街の中心部の真上を陣取っているそれは、さながら月のように淡い光を放ち、街を朱く染め上げていた。

 花の近くの根からは紅い雫がぽたぽたと落ちていて、真下には受け皿のように天井のない建物が設置されている。さらには結界まで施されているようだった。その所為で、建物に入った紅い雫の魔力がまったく感じ取れない。

「相当に有害な物質のようですね。根を斬らなかったのは正解でした」

「騎士団本部は、完全にその根に包まれているみたいだね」

 もはや施設としては機能していないだろう。

 それにしても、なにかが起きた中心である本部の周りがやけに綺麗なのが気になる。これだけの大事が起きたんだから、周囲にも争いの痕跡が残っていなければおかしいはずなのに、まるで新築のように整っていて……

「どうしますか? このまま中に入りますか?」

「……あぁ、そうだね。そうしよう」

 城門の上から飛び降りる。

 空を見上げている人はいない。

 誰にも気づかれる事なく、無事に着地を済ませて、街の中を歩きだす。

 うっすらと甘い匂いがする。街中に漂っているそれは、この花全体から溢れる匂いなんだろう。

 薔薇よりもずっと艶やかで、ずっと不吉な朱花。

 これは多分、ヘキサフレアスの花だ。

 以前、リッセが自身の故郷で咲かせて、貴族を含む複数人を亡き者にしたらしい生物兵器。それを加減なく使った結果が、このトルフィネの有様という事なんだろう。それだけ徹底した攻撃をリッセは行った。それだけの憎悪を表に出したのだ。一体、なにがあったのか……

「状況の把握のためにも、彼女に会いたいところですね」

 同じような事を考えていたのか、ミーアが言った。

 彼女の現在の住居は一応知っている。向かってみるのは一つの手だ。もっとも、会えるかどうかは彼女の機嫌次第にはなりそうだけど。

「……あぁ、でも、その前に家に戻ろう。さすがこの格好で出歩くのもあれだしね」

「あ、そ、そうですね。緊急というわけでもないでしょうし」

 ミーアの了承も得られた事だし、下地区にある自宅に向かう。

 その際、すれ違った何人かに眉を顰められた。冒険者が血塗れで帰って来る事に驚く住人なんてそうはいないから、やっぱり今そういう状態で街を歩く人間はゼロに等しいという事なんだろう。

 ともあれ、無事に自宅に到着する。

 下知区の感じは、アルドヴァニアに飛ばされる前とそう変わっていない。近所の人が知らない内にいなくなっていたり、別の人になっているのもよくある事だ。

「ミーア、鍵は持ってる?」

「いえ、自宅に置いてきたままでした。レンさまは?」

「……どうやら、穴だらけの服から落としたみたいだね」

 懐中時計と同じだ。

 でも、鍵の構造は覚えているので、合鍵は即席で作れる。

 右手に鍵を具現化してドアを開けて家の中に入ると、馴染みのない匂いが届けられた。花の匂いじゃない。香水の類だ。

 当然と言っていいのかは判らないけど、俺もミーアもそういったものは使わない。

 にも拘らず、リビングに薄っすら漂っているという事は、俺たちが留守の間にそれをつけた人間が出入りしていたという可能性を示唆していた。

 それを裏付けるように、室内を見渡すと、色々と物の配置も変わっている。

「……この家に不法侵入とは、ずいぶんと大胆な話ですね」

 冷たく鋭いミーアの独白。

 犯人を見つけて始末するという強い決意を感じる。

 まあ、さすがに殺すのはやりすぎだと思うのでそこは制止するけど、報いを与えるのには同意だ。ただ、今から犯人を捜すという気分でもない。

 まずは当初の目的通りシャワーを浴びてさっぱりして、それから色々と考えるのがいいだろう。そのためにも服を用意する必要がある。その辺りにまで他人の手が加わっていたら、さすがに制止の意志も揺らぎそうだけど…………幸いな事に、自室のクローゼットが物色された形跡は見当たらなかった。それにひとまずほっとしつつ、先にミーアを浴室に押し込む。

「れ、レンさま?」

「ゆっくりと言いたいところだけど、私もさっぱりしたいから、出来れば早く済ませてくれると嬉しいかな」

 有無を言わさずに浴室の扉を閉めて、俺は改めて部屋の変化に焦点を置くことにした。

 といっても、新しく収穫できた情報はそれほど多くない。せいぜい、ここを使っていたのが若い男女だったという事くらいだ。香水と男物の服が俺の部屋の床に無造作に置かれていたのが根拠の一つだが、それにしても匂いが染みつきすぎているのは気になった。

 せいぜい長く見繕っても一日未満の留守で、ここまで他人の匂いが残るものなのか……

(念のために言っておくが、浴室を使う時は私に代われよ? そして絶対に眼は閉じていろ。耳も塞げ。当然、感触等も遮断だ。いいな?)

 そんな不可解に向き合うこちらに対して、レニが心底どうでもいい念を押してくる。

 まあ、その心情は判らなくもないけれど、今されても真摯に受け止める気になれないというのが本音ではあった。

 それに、最後の要求はさすがに応えられない。

 感覚を手放すというのは、主導権争いにおいては非常に危険だからだ。

 その事を、どうやって穏便に納得させるかと、余計な思考を働かせようとしたところで、シャワーの微かな音とドアが叩かれる強い音が同時に届いた。

 前者はミーアの行動によって生じたものだ。そして後者はこの家の玄関から響いたものだった。

 来客である。このタイミングで来た人物が無関係なセールとかである可能性は低いだろう。まだ血みどろだけど出ないわけにはいかない。

「なんだ、あんた、うちに何か用なのか?」

 玄関口に向かう最中に、外から男の声が漏れてくる。

 少し耳を澄ますと、こちらに近づいてくる足音が二つ聞き取れた。男の声は奥手側から齎されたものだ。手前側の足音は奥手よりも小さい。体重が軽いのか、音を立てないように歩いているのか、多分両方が原因だろう。

 そして玄関の前には、ミーアとのやりとりに意識を割いていたとはいえ、突然ドアを叩いた静謐な気配。

「ここの主はレニ・ソルクラウだったと思うが」

 その気配の主である、しわがれた聞き覚えのない老婆の声が、咎めるように言う。

 すると、男は一瞬気圧されるように息を呑んでから、

「この家は一月前から誰も住んでいない。だったら、代わりに使ってやった方が家の為だろう? 手入れをしないと、家っていうのはすぐにダメになるっていうしな」

 と、ふてぶてしく答えた。

 一月前? その言葉に驚きと納得の二つが去来する。

 どうやら、空間の跳躍は距離だけではなく時間すらも飛ばしていたという事みたいだ。まあ、この世界じゃあり得ない話じゃないし、そう考えた方が色々としっくりくるけれど――

「それに、誰も咎めはしなかった。そりゃあ、そうだよな、もうこの場所を特別にしていた奴はいない。だって、貴族飼いの朱は死んだんだから」

「……え?」

 さらりと飛び出て来た最後の言葉に、酷く間の抜けた声が漏れた。

 リッセが、死んだ?

「言いたい事はそれだけか?」

 しわがれた老婆の声に殺意が滲む。

 それで彼女がリッセの関係者だというのが分かった。でも、それは、同時にその言葉の信憑性を増加させるものでもあって、衝動に突き動かされるように、俺は玄関のドアを開けた。

「リッセが死んだって、それはどういう事ですか?」

 外にいたのは三人とも見知らぬ顔だった。

「な、なんだ、お前、人の家に勝手に――」

「情報通り、本当に戻ってきたようね」

 老婆の口から聞き覚えのある声が届けられると共に、ずぶり、と鋭いなにかが肉を抉る音が響く。

「――は?」

 男の腹部から血が噴き出た。

 隣にいた女が悲鳴を上げる。その女の首を、老婆は引き抜いたナイフで掻っ切って、あっという間に静かにさせた。

 返り血が老婆を朱く染め上げたが、老婆は眉一つ動かさない。

 ただ、こちらを真っ直ぐに見て、

「支度をする時間は必要か。貴女が最初に泊まった宿の前で待っている」

 そう言って、彼女はこちらに背を向けて去って行った。


新年、あけましておめでとうございます。


次回は三日後に投稿予定です。よろしければ、また読んでやってください。

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