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「今のは危険すぎます! 私が少しでも間に合わなかったら、同士討ちになっていました……!」

 こちらの肩を切断される前に、心臓を射抜いた細剣でオリジナルの剣を受け止めてくれたミーアが怒ったように言った。

「でも、間に合った。間に合わない速度だったら、どの道対処されていたと思う」ゆっくりと後ろに下がって、オリジナルの剣を引き抜きながら、朦朧としだした意識の中で笑う。「……あぁ、でも、本当に速かった。私も、まったく見えなかったくらいだしね」

「喋らないでください。すぐに、治療しますから!」

 裂けた身体を、抱きしめるようにしてくっつけながら、ミーアが魔力をこちらに流し始めた。

 噴き出る血の所為で、その上半身は真っ赤もいいところだ。

 血生臭くて、ベタベタで、本当に酷い様にしてしまっている。でも、それ以上に、酷い事をしたと思うのは、もちろん昇華の魔法を彼女に用いた事で、

「ミーアの方は、大丈夫?」

「見ての通り軽傷です。貴女とは比べ物になりません」

「心臓が痛かったりは?」

「問題ありません」

「本当に?」

 真っ直ぐにミーアの目を見て追及すると、彼女は僅かに視線を逸らして、

「今は、もう痛くありません」

 と、答えた。

 これは、多分本当だと思う。

 細心に細心の注意を払っていたので、当然と言えば当然なんだけど、それでも良かった。

 その気持ちを素直に口にしようとして、そこで、ぴくり、とオリジナルの右手が動いたのを捉える。

 と、同時にミーアが俺の身体を抱き上げて、距離を取った。

 地面に足が着く前にくるりと振り返り、着地と共に細剣の切っ先を向ける。

「確実に心臓を射抜いたのに……!」

 動揺によってだろう、少し声が震えていた。

 俺も似たような気持ちだ。さすがに、これで終わってくれたと思っていたのだけど、昇華の魔法には確定的な死すら乗り越えるような使い方があるという事なのか。

「――いや、心配しなくても、お前さんの言ったとおり、今ので終わりだ」

 両者の間に突如発生した空間の裂け目から、ラガージェンの声が聞こえてくる。

 そして、その人が通れるほどに大きく開かれたそこから、声の主が姿を見せた。

「彼女が死んでいないのは、私がその現象が到達するのを遠ざけているからに過ぎない。レフレリの英雄の魔法とは違う方法ではあるがね」

 落ち着き払った口調で言いながら、ラガージェンは背後で佇むオリジナルの胸元に視線を向けて、そこにおもむろに触れた。

 途端、鎧が消え去り、まだ輸血に使えそうな血液が、ラガージェンの掌に集約されていく。

 治癒の兆候だ。このままでは、ここまでやったことを台無しにされる。

 ミーアもそう感じたんだろう。ラガージェンの背中に襲い掛からんと、魔力を全身に滾らせて――

「私は終わりと言ったのだがな?」

 ラガージェンがその言葉を吐いた瞬間、行かせてはいけないと、俺は咄嗟に彼女の手を掴んでいた。掴んでいなかったら多分、彼女は構わず仕掛けていただろう。

 続けられた言葉を聞いて、本当にほっとした。

「それに、もうそろそろ私が与えた核の方も限界だ。倉瀬蓮が心臓の強度にも昇華の魔法を掛けていたからか、一撃を加える程度なら、まだ耐えられるかもしれないが、それ以上はない。もちろん、お前さんが彼女に代わってこれからの龍殺しを担うというのなら、大人しく一度くらいは殺されてやっても良いがね」

 くつくつ、と最後に独特な笑い声を零して、ラガージェンがこちらに振り返る。

 オリジナルの胸の傷はもう治っていたが、意識はまだ戻っていないようだ。痙攣に近い反応だけを、続けている。

「さぁ、どちらか選ぶといい。急かしはしない。その理由も、私の方には特にないしな」

 そう言いながら、ラガージェンは左手を真横に突き出して、その先の空間を歪ませて、二階建ての家くらいの大きさの孔を生み出した。

 孔の先にあったのは、見覚えのある光景。トルフィネの城門だ。

 そこを潜れば、帰る事が出来る。もう疲れたし、早く家に帰って、シャワーを浴びて眠りたい。日常に戻りたい。

 でも、その欲求と同じくらい、ミーアの気持ちが気になった。

 俺と違って、まだ攻撃的な気配を放ち続けている彼女。

「……ミーアは、どうしたい? 私はミーアに任せたいと思ってるけど」

「私に、ですか?」

 戸惑うようにミーアは言葉を濁らせた。

「彼女を生かしておけば、同じような事がまた起きるかもしれない」

 そして此処は彼女の国だ。どういう思いをもっているかは知らないけれど、彼女の故郷なのだ。

 だからこそ、出来れば気兼ねなく選べる状況を用意したい。

「龍殺しなんて、厄介極まりなさそうだけど、今回の件よりはマシだと思う。それに、信用できない奴の口約束だ。どっちを選んだって、結局やらされるだけかもしれない。まあ、こちらが望む報酬くらいは欲しいけどね。だから、ミーアが選んで」

 適当な皮肉を交えつつ、反応を窺う。

 彼女は十秒くらい、視線を彷徨わせてから、

「……私は、確かにこの国の貴族でした。国のためにある事を誇りにも思っていました。ですが、それらは全て、貴女と出会う前に失った過去です。後悔も、もうありません」

 と、少しだけ寂しそうに、でも同時に晴れやかでもある微笑をもって答えた。

「帰りましょう、レニさま。私達の街に」

「……うん、そうだね」

「と、その前に、治療は行わせていただきます。異論は認めませんからね」

 心なし強めの口調で、ミーアは言ってくる。

「もちろん。……それに、フィネさんも此処に呼ばないといけないしね」

 その彼女の存在は頷いたあとで思い出したわけだけど、今どこにいるのか、果たして無事なのか……感知が上手く機能していない所為でよく判らなかった。

 おかげで、ふつふつと不安が込み上げてくるが、

「心配せずとも、彼女も無事だ。あとでトルフィネに帰すとしよう」

 こちらの思考を読み取ったように、ラガージェンが答えた。

「あとで?」

「失った者を前に、一人干渉に浸る時間くらいは与えてやるべきだろう?」

「……加害者が、よく言う」

 無法の王が彼女にとってどういう存在だったのかは、想像するしかないけれど、その状況を生み出したのは間違いなく彼等なのだ。怒りを覚えずにはいられない。

「私は救ったつもりなのだがな。まあ、それはさておき、彼女はあとで私が責任を持ってトルフィネに送り届けよう。ただの人間としては十二分の成果をあげてくれたことだしな」

 悪びれた様子もなく言いきって、ラガージェンはトルフィネに続く孔に招くかのように、左腕を流して、道化のようにお辞儀をしてみせた。

 それから、ふと何かを思い出したように、

「あぁ、そうだ、最後に改めて感謝をしておくとしようか。お前さんのおかげで、彼女の悲願がまだ一つ近付いた。ありがとう、異世界の子よ」

 と、本心がどの程度含まれているのかもわからない言葉を残し、彼は瞬き一つの間にふっとその姿を消して、じわじわとトルフィネへの歪もまた狭くなっていった。

 急かすつもりはないと言いつつ、制限時間はあるようだ。

 やっぱり、あの男の言葉は信用できない。そんな当たり前の事にため息をつきつつ、一通りの治癒が終わったところで、

「……それじゃあ、帰ろうか」

 と、俺はミーアの手を、再生された右手で掴んで、そう言った。

「はい」

 握り返してくれたその手は、とても温かくて、失わずに済んだものの価値を、何よりも如実に表しているようだった。



次回は一週間後の日曜日に投稿予定です。少し間が空いてしまいますが、よろしければ、また読んでやってください。

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