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 アルドヴァニアの帝都で、逆賊に落ちた英雄を討つ。

 それはかつてミーアが選ばなかった道。義父たちの思惑や自身の未来への不安によって、選べなかった道だった。

 もちろん、今となっては選ばなくて良かったと心の底から言えるものだけど、もし、あの場にいたのが彼女ではなく本物のレニ・ソルクラウで、自分が戦っていた場合、結果はどうなっていただろうというシミュレートをした事は何度かあった。

 失った自身の強さに対する未練からくる、寂しい慰めのようなものだ。

(まさかそれが、役に立つかもしれない時が来るなんて、不思議な因果ね)

 もっとも、今目の前にいるレニ・ソルクラウはかつて手にしていた情報の中の彼女とはあまりに違いすぎて、何一つイメージトレーニングが活きる要素はなさそうだったが……。

(……でも、鎧を具現化しない理由は何?)

 さすがに、こちらを舐めているという事はないだろう。既に肉は断っているのだ。あげく、レニ・ソルクラウに治癒魔法はない。臓器にでも刃を突き立てる事が出来れば、十分致命傷になる。

(……妥当な線で言えば、魔法を両立できないとか、かな)

 程々になら同時に使えるのだろうが、最大値を求める場合はそれが叶わない。少なくとも、万全とは言い難い今の彼女では。

 つまり、奇襲の価値は見えている鮮血以上にあったという事だ。

(そちらに専念しなければ捕捉できないと思わせる程度には、私の足を警戒している。……或いは、同格である事が許せずに圧倒しようとしているといったところか)

 どちらにせよ専守を取られていたらミーアに勝ち目なかったので、これは非常に有難い驕りだ。なにせ、こちらには時間制限がある。

(速度勝負をこのまま続けて、隙間を射抜くのが良さそうね)

 狙い目としては左脇腹あたりだろうか、魔力の密度が他より少し薄い。当然、それは誘いの可能性もあるのだろうけれど、認識するより先に届かせてしまえば問題ない。まだ心臓は満たされていないのだ。まだまだ魔力を灯す事は出来る。最高速度は見せていない。

 もっとも、それを見せた時が自分の心臓が破裂する時のような気もするので、その辺りに気を遣いつつ、ミーアは大地を小刻みに蹴り、緩急をつけた不規則な動きを持って、オリジナルへの斬撃を繰り返す。

 加速していく身体と、悲鳴を上げる心臓。

 呼吸の暇などなく、思考する一瞬すら邪魔だ。それほどまでの集中を持って、ミーアはオリジナルに反撃一つ許さない攻勢を仕掛けていく。

「――っ!」

 オリジナルの頬に走る紅い線。

 反応が間に合わなくなってきた。あと、もう少し――

(――いや、限界ね)

 一瞬、心臓の内側から血が溢れ出るヴィジョンが脳裏に過ぎった。

 これ以上の無理は死を招く。そしてここで死んでも価値はない。

(次の一手で、ひとまず攻守交代か。上手く刺さって、もう少し優位に立てればいいけれど)

 若干不利目に戦況を見ながら、ミーアは懐に潜り込むような低姿勢から真上に振り抜いた斬撃が防がせる寸前に細剣を手放して、袖に仕込ませていたナイフを代わりに握り、それを鳩尾に目掛けて突き出した。

 かろうじて左腕で防がれたが、こちらの手はもう一本空いている。その手を滑り込ませるように止血中の頸動脈に走らせながら、凝縮させた魔力を爪に宿す。

 硬い手応え。

 中指の爪が剥がれた。

 でも、またその箇所から血を溢れさせることにも成功した。先程よりほんの少しだけ深く、傷をつける事に成功したのだ。

 そろそろ止血だけではなく、自己治癒にも魔力を回す必要が出てくるだろう。それは昇華という魔法の妨げになる。もちろん昇華を使って治すという方法もあるのだろうけれど、使ってこないことを見るに、そちらはかなりのリスクを孕んでいるようだ。

(上々の成果。これで、お互い呼吸を整える機会は得られるか)

 元より、単独で打倒できるとは微塵も思っていないので追撃は行わず即座に距離を取り、オリジナルの出方を窺う。窺いながら、こちらに流れている補助の状態を確認する。

(……私がやるよりは再生が早い。心臓の痛みも引いていっている。でも、やはり彼等では奇襲の意味がなさそうか)

 爪が剥がれたのがいい証拠だ。

 ナナントナを支持する協力者たちでは決定的に殺傷力が足りない。ただ、それでも、余分な手間が省けているだけこの援護は重要で、だからこそ狙われる可能性もあったのだが……オリジナルはまだこちらだけを見ている。もちろん、この補助に気付いていないなんてことはないだろう。彼等の魔法には、高度な隠密が施されているわけではないからだ。

「自己治癒を蔑ろにし過ぎているな、私は。……この点は、改善する必要があるか」

 首筋をすっぽりと覆う装甲を具現化しながら呟きつつ、オリジナルが右腕を振り抜いた。

 速度に変化はなしだが、稼働している箇所はずいぶんと減っている。要は手打ちだ。速度は維持できているが、威力は相当に落ちている。そんなものでも直撃を受ければ即死だが、受け流す事は容易になった。

 どうやら強化する箇所を限定する事で、攻撃速度を維持する事を選んだようだ。

(足を止めてくれるのは有難い)

 二つの魔法のバランスも見えてきた。

 これなら、伏兵の一手が機能してくれるはずだ。

(合図の頃合いね)

 回避を取りながら自身の掌をナイフで切り裂いて、ミーアは刃を朱く濡らしていく。

 それは得物により純度の高い魔力を込める事によって相手の攻撃でナイフが壊されないようにするという意図を表にしているので、そう不自然に受け取られる事もないだろう。

 事実、オリジナルはこちらの血に警戒を強めていて、ミーアが手放した細剣にはまったく意識が向いていない。

(良い隠密。この辺りはさすが神といったところか)

 帝都への空間転移もそうだし、司祭と会話を繋げた事もそうだ。なかなかに万能で、でも、やっぱり中途半端でもあって、それ故にレニ・ソルクラウを直接殺す手段は持ち合わせていないのだろう。

 直接対面したわけではなく、映像でしかないが、少なくともナナントナという神にはそういう印象を覚えていた。

 だから、多分これ以上の奇蹟はない。

 この場に投入できる勝機は、これが全て。

(……足りればいいけれど)

 微かな不安を抱きながら、掌に溜めた血を電気に変換して、オリジナルに向けて放つ。

 雷撃の道を作ったわけではないので、大した速度は出ない、威力だけの雷塊だ。迎撃か回避を相手は取るだろう。

 その読み通りに、オリジナルの足元から突き出された巨大な刃が雷を纏った血をシャットアウトして、それと同時に振り抜かれた左腕がミーアの首に襲い掛かり――ガンッ! と甲高い金属音がオリジナルの背後から響く。

 瞬間、ミーアは心臓が割れるほどに強く、全ての魔力を両足に注ぎ込んで、昇華の効果を落として背後から飛来した細剣の防御に具現化の魔法を用いたオリジナルの右目に、血染めのナイフを突きだし――鮮血が頬に飛び散った。


次回は四日後に投稿予定です。よろしければ、また読んでやってください。

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