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05

 ――意識が一瞬途切れるように視界が真っ黒に染まった直後、目の前にはレニの姿があった。

 本物の、レニ・ソルクラウだ。

「なるほど、それが貴様の素顔か。……まあ、醜くはないな」

 冷め切った表情。

 でも、俺がよく知っている方と違って、嫌悪や憎悪といったものは滲んでいない。どこか、達観しているような空気感。

「……此処は?」

 灰色の空に、罅割れた大地、そして骨にまで染みそうな冷たい空気。

 あの終焉めいた世界じゃないが、酷く寂しい世界だ。

 けれど、大地からは微かに熱が漏れ出ていて、新芽のようなものも一部には生えている。

「私の心象世界だそうだ。ここなら邪魔が入ることなく、話をする事が出来る」

 どこまでも静かな声で、オリジナルは言った。

「話? 話す事なんてもうないと思うけど?」

「確かに、このまま問答無用で、貴様の魂をこの身に溶かすだけでも良いのだがな。あの紛い物は目覚めたばかりなのだろう? その割には、私相手に善戦していた。無論、手心を加えた遊びのような戦いではあったが、貴様無くしてはあり得なかっただろう」

 ……彼女の目的がいまいち読めない。

 それに眉を顰めると、彼女は微かに目を細め自身の胸に右手を置いて、

「私がかつてこの国の汚物共に敗北をしたのは、怠りがあったからだ。より具体的にいうなら、環境が良くなかった。……あぁ、ここ数ヶ月で、嫌というほどのその価値には気付かされたものだ。おかげで私は強くなった。昔とは比べ物にならないほどにな。だが、また不足している。そして力だけでは、それは補えない」

 と、独白するように言葉を並べた。

 正直、その発言には驚いた。

 こちらに対して興味を持っているのは何となく感じていたけれど、まさか人格の部分にまで持っているとは思っても居なかったからだ。

「それはリフィルディールの提案?」

「新しい視点や発想を学ぶには、他の人間の思考に直接触れるというのも一つの手だ。これもまた、私にはなかった発想だな」

 ……どうやら当たりだったらしい。

 かつてのレニ・ソルクラウは国家を良くするという信念に傾倒していたけれど、このレニはリフィルディールという存在にずいぶんと御執心なようだ。

 まあ、驚くことでもない。これが、リフィルディールが俺に用意した報酬という事なんだろう。たしかに、このオリジナルの心を掌握する事が出来れば、トルフィネに戻り真相を探る未来だって手に入れる事が出来るかもしれないし、なくはない可能性だった。……もちろん、まったくもって乗り気にはなれないけど。

「それで、どうする? 今頷くのであれば、いくつかの権利を与えてやってもいい」

「……そこに、用済みになっても消されない権利っていうのはあるの?」

 得に期待もなく、俺はそう訪ねる。

「屑に存在価値があるとでも思うのか?」

 こちらは予想通りの答えだった。

 俺の思考回路であったり精神構造なんかには興味があっても、結局そこに他者への尊重はない。子供が目新しい玩具に興味を持っているのと同じようなものだ。そして、飽きない玩具なんてものは存在しない。

「なるほど、リフィルディールが言った通り、たしかに君は独りだな」

「それはどういう意味だ?」

 リフィルディールの名前を出せば無視はできないという事か、途端に剣呑の空気が滲みだした。

「人はそう簡単に変わらないって話だよ。……あぁ、そういう意味なら、お前もへし折れるのかもしれないね」

 下手に出るという選択もあったけれど、リフィルディールの意向という保険もあるわけだし、ここは強気に行く。

「……愚かしい選択だな。たしかに私は貴様の未来を保証はしないが、紛い物の未来はそれよりもずっとか細い。もちろん、此処での貴様の抵抗はそれ以上だろうがな」

「まあ、それはそうだろうね。紛い物が本物になるのが怖くて、先に不確定要素を狙うような奴が、不利な戦いなんて選ばないだろうし」

「安い挑発だな」

「挑発? ただ事実を言っただけなんだけどね」

 適当な言葉で煽りながら、俺は自身の魔力を探していた。

 本当に魂だけを引き摺りこまれたのなら手の打ちようがないけど、この世界に俺を連れてきた最大の要因である昇華の魔法が此処でも使えるのなら、多少の勝算は期待出来そうだったからだ。

 そして、その期待はとりえあず捨てなくても良さそうだというのが、微量ではあるけれど身体に纏わりついていた魔力が教えてくれていた。

 この感じ……多分、一度くらいなら使える。

 オリジナルのレニとの距離は大体、五メートル程度。直接触れる事さえ出来れば、魔法の副作用で自滅させる事も可能だろう。

 だからこそ、もう少し近付いてきてほしいところなんだけど、どうやら感情的になって暴力に訴えてくるなんて都合のいい展開にはならなそうだ。

 このやりとりを完全に駆け引きとして見ているのが判る。この場合、挑発という行為は本当に安い。

 もっと踏み込んで逆鱗に触れてみるか……正直、気は進まないけど、材料はあるのだ。揺さぶる事は出来ると思う。最悪、勢い余って殺される可能性もあるけど、その時にカウンターで魔法を打ちこめば一矢報いる事だって夢じゃないだろう。ただ、その場合はそれ以上の成果を期待できなくなるわけだが――

「では、私も貴様に一つ事実をくれてやろう。貴様の魂の色は、今私に全て継承された」

「――っ!?」

 突然、身体の自由が利かなくなった。

 纏わりついていた魔力も消し飛ぶ。

 続けて襲ってきた、自身の存在を証明する熱を根こそぎ奪われているような凄まじい寒気に、膝が崩れた。

 内側から、どうしようもないほどに巨大な恐怖が浮上してくる。

 呼吸が出来ない。

 否応なく涙が零れる。

 そのタイミングで、身体が痙攣を始めた。

 異常のオンパレードに、思考が乱れる。それでも彼女の声だけはまるで義務を課せられているみたいに、明瞭に聞こえて――

「これで唯一の脅威は消えた。あぁ、無意味な話し合いも終わりだ。私の眼を貸してやる。よく見ておけ」

 言葉に俺という存在の全てが従うように、燃え盛る街並を舞台に空を支配するノードレスと、長大たる剣を振り抜いて注意を引いているレニの姿が浮かび上がった。

 ギリギリの戦いだ。

 それを物語るように、レニの鎧は秒ごとに破壊と再構築を繰り返している。

 爪や尻尾の直撃を回避してもなお、その余波だけで絶対的な堅守を誇っていた彼女の護りが破綻させられていたのだ。

「隙だらけだな。背中ががら空きだ」

 オリジナルの右手に魔力が宿る。

 此処から奇襲を仕掛けるつもりなのだ。

「ぐぅ、や、止め――」

 絞り出した制止の言葉なんて届くはずもなく、オリジナルは真っ直ぐに突き上げられた右手に一キロ以上の距離を容易く埋める長大な剣を具現化し、それを落雷の如き速度で振り下ろした。

 レニの右肩が切断されて、血飛沫をあげながら宙を舞う。

 完璧な奇襲だったんだろう。驚きで硬直した彼女の体に、ノードレスの尻尾が直撃した。

「――寸前で鎧を昇華させたか。まあ、初手で殺せなかったのだから当然だな」

 つまらなげに呟きながら、オリジナルが殺せなかった要因となった存在に視線を流す。

 紙一重、オイゲンさんが用意した戦力が間に合ったのだ。褐色に白髪の青年が、レニの斬撃の軌道を僅かに逸らした。

「色冠は一人だけか。ずいぶんと寂しい話だな。あげく、鎧を纏っていない今の私に攻撃するのではなく、紛い物を守る事を優先するとは。余所から力を借りなければ戦う事すら出来ないと、告白しているに等しいぞ?」

「奇襲などと似合わない事をしている今のお前も似たような――」

 瞬間、昇華の魔法がレニの全身広がり、青年の心臓を漆黒の槍が貫いた。

 即死だ。痛みなどに反応する間もなかった。

「早速試してみたが悪くない……どころではないな。私も彼女と行動するようになってから真剣にこの魔法と向き合ってきたつもりだったが、これは確かに練度ではどうしようもない変化だ。自分で使ってみて、それをよりはっきりと確信できた」

 視界が彼女の世界に戻る。

 花のような微笑みを浮かべているオリジナルを目の当たりする。

「あぁ、だからもういいぞ。貴様たちは用済みだ。此処に在る戦力も把握できたしな。早く死ね。自害の機会はくれてやる」

 そんな表情をこちらに向けながら、彼女は他にも控えていたオイゲンさんの戦力たちに向かって冷たく告げて、

「もう一度訊こう。私に飼われるか、先程以上に魂を溶かされて消えるか。これが最後の機会だ。私を、これ以上失望させるなよ? 次は本当に溶かしてしまうぞ?」

 と、俺に向かって右手を差し伸べた。


次回は四日後に投稿予定です。よろしければ、また読んでやってください。

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