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02

 ……また、此処に戻ってきた。

 倉瀬蓮の姿を取り戻せる唯一の場所にして、救いようがない光景に埋め尽くされた終焉間近の世界。

 本当に、見ているだけで気が滅入る。

 幸いなのは、今までここに必ずいたレニの姿がない事だろうか。……まあ、今となっては別にいたところで、そこまで神経をすり減らすようなやりとりはないと思うけれど。


「――やっぱり、貴方の精神は彼女には有益だった」


 不意に、背後から声がした。

 全身が総毛立つほどに、美しい声。

 その声を前に冷静なんて傲慢は許される筈もなくて、俺は弾かれるように振り返り、目を見開いた。

 心臓が発作のように跳ねる。

 誰よりもよく知った顔が、そこにはあったから。

 でも、その人がもういない事は、誰よりも俺が知っている。

「……リフィルディール」

「貴方は、この世界で私を見る時、いつも辛そうな顔をするのね」

 淡々とした声で、母の姿をしたリフィルディールは呟く。

 皮肉の類を一切感じさせないあたりが、実に神様らしい気がした。

「それが分かっているなら、今すぐ止めろ」

 この相手に強い言葉を使う事に、吐き気がしそうなくらいの抵抗感を覚えながら、それでも俺はそう吐き捨てた。

 すると彼女は少しだけ困ったように睫毛を落として、

「それは少し難しいわ。だって人はカタチがないものを意識出来ないでしょう?」

「……」

 話が微妙にかみ合っていない。

 いや、そもそも、この相手と本当の意味で会話が成立していた事なんて、あったんだろうか?

 今になって思えば、彼女のそれは全部が予め録音されていた言葉みたいで、相手の反応を見てから返しているといった感じは、まるでなかったような気さえする。

「レニ・ソルクラウは二人必要だった。でも、同じ二人では駄目だったの。一人では辿りつけない領域にある魔法を手にする必要があったし、独りでなければ辿りつけない鋭さも必要だったから」

 それを裏付けるように、彼女はまた一方的に話を始めた。

 同じテンポで、同じ抑揚で、本当に朗読をしているような語り。

 ……やっぱり、この存在はどこまでも遠い。

「成果には相応しき報酬を。それは、人の世界の話だけではないわ」

 これまた段階を飛ばして、彼女は言葉を続ける。

 成果というのは俺自身がある程度期待通りに魔法を使えこなせるようになったからという事なんだろうけど、報酬というのはなにを意味しているのか? ぱっと思いつくのはオリジナルの生贄にならずに生き延びられるという未来だけど――


「倉瀬華は、貴方と同じような状態で、この世界で生きている」


 ――呼吸が、止まった。

 身体が不自然に強張って、指先が冷えていくのを感じる。思考が上手く纏まらない。……それくらいの衝撃だった。

「既に会っているわ」

 と、リフィルディールはなんてこともない調子で言う。

 まだ、呼吸が上手くできない。喉が締め付けられたみたいだった。

 そのもどかしさを押し殺して、俺はなんとか声を放つ。

「誰の、事を――」

「ノードレスを殺して」

 遮って、リフィルディールが言った。

「この世界はもう限界を迎えようとしている。星の核まで腐ってしまったら、取り返しはつかない」

 言葉の最中に、その姿が薄れていく。

 淡い光を周囲に零しながら、消えて行く。

「それでも次の時期まで、人間である貴方が生きている事はないから、これが最初で最後の龍殺しとなるでしょう。期待しているわ、倉瀬蓮。神すらいない世界で私が見つけた人」

 そして彼女は最後に、さよなら、と告げて完全にその姿を消失させた。

 と、同時に、この終焉めいた世界が頭上から崩れていく。ボロボロと風景が剥げて、真っ黒な闇に塗り替わっていく。

「…………生きている? 母が?」

 ずいぶんと間の抜けた声だな、と他人事のように思いながら、俺の身体もまた、この世界から徐々に消えていって――


       §


「――おい、聞いているのか?」

 男性の強い口調が鼓膜を叩いたのを認識すると同時に、目が覚めた。

 ラハトの寝室、ではない。

 どうやら会議室のような場所に移動したみたいだ。目の前の長机の上にナナントナさんがいる。

 他にいるのは、先程顔を見せた初老の男性と、若い騎士が四人、あとはオドオドした様子のちょっと顔色の悪い侍女二人が入口の方に控えていた。

 というか、口論が起きているという事は、ナナントナさんの誤魔化しがバレたのか。その上で争いに発展していないという事は、俺が意識を失っている間に休戦しなければならないような事態がまた起きたという事なんだろう。

 それが何なのかは、この身体の感知能力がすぐに教えてくれた。

 離れていた筈の龍の気配が、やけに近い。

 おかげで、うっすらとした居心地の悪さを身体が覚えている。その程度で済んでいるのは、この王宮に結界が施されているからだろう。

 それでも、侍女二人の顔色が悪いあたり、完全に防げているわけじゃないみたいだけど……

(……目が、覚めたのか?)

 躊躇いがちなレニの聲が届く。

 向こうから大した意味もない話をしてくるのは、多分初めての事だった。

 その理由に見当がつかないわけでもないが……まあ、今は気にしても仕方がない。それよりも、リフィルディールが投げつけてきた言葉の方が気がかりだったというのが本音でもあった。

 俺が既に会っている相手。

 可能性として高いのは、トルフィネのいる人達だ。けど、レフレリの人である線も無視はできない。リフィルディールの口ぶりから見ても、殆ど接点のない他人に近い誰かという事はないだろうから、さすがにアルドヴァニアで会った人という事はなさそうだけど……ナナントナさんなら、なにか知っているだろうか?

(――おい、聞いているのか?)

 何処か不安そうなレニの聲が、また頭に響く。

 起き立てに聞いた男性の言葉とまったく同じだったのは、多分ただの偶然だと思うけど、どうやら思考に没頭していると彼女の聲もある程度は遮断されてしまうらしい。

 ――その聲だけは聞こえたけど、なに?

(……状況を把握できていなければ、こちらも困るからな)

 ――そうだね、どういう状況なの? 

 その質問に、レニは三つの都市が極めて近い位置に移動した事と、その強い魔力の影響でナナントナさんの魔法が切れた事を教えてくれた。

(貴様は、どちらを優先させるべきだと思う?)

 オリジナルか、ノードレスか。

 難しい問題だ。あの龍がどういう行動をするのか全く読めない以上、最悪の横槍もあり得るし、逆にこちらにとって最高のサポートをしてくれる未来だってあり得る。

 理想はオリジナルとノードレスが勝手にやり合って、弱ったところを一網打尽にする事だが、レニ・ソルクラウは傲慢だけど臆病でもある人間だ。一度敗北もしている。まして相手の力量が判らないでもなし、さすがにそれは期待できないだろう。

 でも、ノードレスの方に仕掛けさせる流れなら、もしかしたら作れるかもしれない

 もちろん、それもその龍の特性なんかをナナントナさんがどの程度まで把握しているかによるわけだが……

「……まさか、」

 そのナナントナさんが、ぽつりと零した

 驚きと苦々しさを含んだ音。

 それに眉を顰める間もなく、ばたり、と顔色の悪かった侍女二人が倒れた。

 続いて、他の騎士たちも苦悶の声を上げ始める。

 原因は明白。結界が破られたのだ。

 そうして進入してきた膨大な魔力は、抵抗力の弱い人間の魔力を吸収するようにして膨大を続けていて、圧倒いう間に会議室の外からも倒れる音や呻く声が溢れだしてきた。

「別の結界に上塗りされたな。人食いの結界か」

 つまらなげにレニが呟く。

 その言葉で、展開されていた結界のさらに外に新たな結界が展開されている事に、俺も気付いた。

「帝都全ての命を用いて、今度はなにをするつもりだ? 貴様の半身は」

 鋭い視線をナナントナさんに向けて、レニが問う。

 それでようやく元凶の存在に辿りつくあたり、まだ余計な思考に囚われているという事なんだろう。把握できる筈の情報を見落としているというのは、さすがに不味い。――なんて危機感を覚えたところで、今度は外から凄まじい爆発音が響き渡った。

 ……覚えのある魔力。

 無法の王だ。無法の王が、ノードレスと戦闘を始めたのだ。

 窓から見た空は、赤黒い焔によって溶けるように揺らめいていた。


次回は四日後に投稿予定です。よろしければ、また読んでやってください。

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