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「……今の、身体だけではないな。神経にも行使したのか」

 微かに目を細めて、オリジナルが呟いた。

 先程の彼女の無様な動きは、昇華の魔法を前者にしか用いる事が出来なかった故に生じた不備だ。動体視力と反射神経を遙かに凌駕する能力を完璧に制御する事は、稀代の英雄にも不可能というわけである。

「なるほど、たしかに有用な存在のようだ。確保しておくに越したことはないか。――聞いての通りだ。始めろ」

 視線を頭上に向けて、オリジナルがため息交じりに吐き捨てると、空間が開いてそこから見知った顔が姿を見せた。

 倉瀬蓮がこの身体で出会った御使いだ。名前はたしかネムレシアだったか。

「人間風情が、命令なんてしないで欲しいものね。不快だわ」

 不貞腐れたような表情で、少女の姿をした超常はそう吐き捨てながらオリジナルの隣に降り立つ。

 そして、こちらに向けて真っ直ぐに右手を突き出して――なにか、嫌な予感がした。こいつに行動させては不味いと、直感が囁いたのだ。

 この手の感覚を疑う理由はない。

 レニは倉瀬蓮に頼る時間もないと判断し、今度は自ら昇華の魔法を駆使して、ネムレシアへと踏み込んだ。

 たった一歩をもって距離を殺し、何も見えないままに剣を振り抜く。

 鼓膜が破けそうなほどの、金属同士の衝突音。オリジナルが間に入って防いだのだというのは、視認できなくとも即座に理解出来た。

 ――乱暴な、使い方だな!

 やや引き攣った蓮の聲。

 と、同時に昇華の魔法が再び発動する。

 おかげで、オリジナルの反撃の刃を悠々と躱す事に成功した。が、続けてネムレシアに放った斬撃は、失敗に終わってしまう。

 オリジナルが斬撃と同時に放っていた蹴りによって、ネムレシアの身体は砲弾のように吹き飛ばされていたからだ。自分が言うのもなんだが、ずいぶんと酷い扱いである。

 つまり、その程度の価値しかない存在だという事だ。なら、あまり優先して攻撃するのもよろしくない。

 幸い、今の一撃で気絶したようだし、しばらくは放置でもいいだろう。

 そう判断しつつ、目標をオリジナルに切り替え、斬撃を乱舞する。

 五度の衝撃まで差異はなし。

 だが、そこから先は、徐々にお互いの動きの違いが響いてくる。優位というものが、着実にこちらに傾いてくる。

「ずいぶんと大雑把だな!」

 十五度目の攻撃を凌いだところで決定的になった隙に歓喜をあげつつ、レニは相手の右太腿に剣を突き立てた。

 ギリギリで防具を展開して、根本からは逸れてしまったが、十二分に速度は潰せた筈だ。

 それに満足しつつ、反撃の斬撃を大きく飛び退くことで回避して、ひとまず距離を取る。畳み掛けても良かったが、なんとなく一呼吸入れた方がいいと感じたからだ。

 痛みはなくても、身体の限界は察知出来ているという事なんだろう。その証拠に、離れた途端に超感覚が消えてしまった。

「……二ヵ所以上に展開しながら、継続時間も私と同じか。紛い物には過ぎた力だな」

 出血部分を具現化の魔法で塞ぎながら、オリジナルが怖い声を漏らす。

 余裕がなくなってきた証拠だ。

(これで仕留めるぞ。もっと振り絞れ)

 蓮に命令しながら、レニは鎧の強度を落とし、剣の切れ味を高めていく。

 そして感覚が再び特化したのを感じるや否や、自身に行える最高の踏み込みをもって、剣を振り抜いた。

「――ちっ」

 忌々しげな舌打ち。

 罅の入った刀身を再構築しながら、オリジナルが左腕を突き出してくる。

 それを同じく義手の左腕で防ぎつつ、レニは義足で前蹴りを放った。

 回避される心配はない。なにせ、感覚を尖らせる事の出来ない敵はこの攻防の速さにまったくついていけていないのだ。だから、致命傷以外は捨てるしかない――なんて甘い考えを叩き伏せるように、義足の付け根に想定以上の衝撃が走った。

 さらに本命の一撃もあっさりと弾かれる。

 これ以上ないくらい完璧な人読み。だが、そんなもの、自分を敵だと想定すれば容易な事。そこの考慮が欠けていたこちらの落ち度でしかない。もっと自分ならどう動くかを考えて、その裏を掻けば次は届く。

「……レニ・ソルクラウは一人でいい。そして、その一人こそが本物だ。私こそがな」

 独白と共に左腕を禍々しい三本爪の凶器に切り替え、レニは勝負の一手に打って出た。

 それに合わせるように、オリジナルも左腕を鋭利な剣に、同じタイミングで地を蹴る。

 刃と刃が擦れて、火花を散らす音。

 互いの攻撃が芯を外したのは、互いが狙いをずらしに行った結果だろう。

 その不快な一致に歯を軋ませながら、間髪入れずに右手の剣を振り抜く。

 動きだしはこちらの方が早い。だが、オリジナルが防戦に回る事態にはならなかった。初動で勝っても、斬撃の速度で負けていた所為だ。

(ずいぶんと割り切って来たな)

 速度最優先の全力攻撃というのは、空振りでもしようものならリカバリーは不可能で、下手をしたら反動だけで腕が千切れ飛ぶかもしれないリスクを背負っている。

 それを何の迷いもなく実行するあたり、同格以上との戦闘経験も相当に詰んでいるのが読み取れた。その事からも見て取れるように、色々な部分でこちらは型落ちとなっているわけだが、それでもたった一点の優位によって、今こちらは勝利に近付いている。

 皮肉ではあるが、やはり愉快な現実だ。

 知らず口元に笑みを浮かべながら、レニは攻勢を強めていく。

 ……けれど、その笑みは、程なくして消える事になった。

 全てを完璧な形で凌がれてしまったからだ。先程まで猛っていた威勢も、ものの見事に鎮火されてしまった。

「思いのほか手緩いな。まさか、これが全力か?」

「……下手な虚勢だな。すぐに剥いでやろう」

 不安を掻き消すように強い口調で吐き捨てながら、レニは更にギアを上げていき――完璧な手応えと共に、オリジナルの右手に握られていた剣を弾き飛ばした。

 手首と指の骨が完全に砕けたのだ。やはり、敵はただ無理をしていただけ。

(これで、終わりだ)

 万が一でも仕留め損なう事がないように、レニは鎧を犠牲にありったけの魔力を込めた大剣を大上段の構えから振り下ろそうとして、そこで超感覚が途切れた。

 と同時に、忘れていた激痛が蘇る。

 それを、なんとか堪えながらトドメを実行しようとするが、硬直が長すぎた。

 ぶつん、という音と共に、右手の感覚が消失する。

「やはり痛みを手放していたか。だから、自身の限界すら見失う。かつての私らしい瑕疵だな。見るに耐えない」

 切り落とされた右手が地面に落ちて、音が聞こえるほどの大量の出血によって意識が明滅する最中、オリジナルは淡々とした口調で呟き、意趣返しとばかりに大上段の構えを取った。

「これで終わりだ。紛い物」

 右手と一体化するように具現化された大剣が振り下ろされる。

 新たな痛みへの拒絶反応の所為で、身体は動かない。対応が間に合わない。死ぬ。希望を掴めないままに死んでしまう。


 ――交代、だよ。


 消え入りそうな倉瀬蓮の聲が、脳裏に響いた。

 途端、身体の主導権を失い、左腕が勝手に動く。

「……入れ替わったのか?」

 ギリギリで攻撃を凌がれた事実を前に、オリジナルは微かに眉を顰めつつ、脇腹目掛けて回し蹴りを放った。

 肋骨がへし折れ、内臓に突き刺さる感触。

 否応なく血反吐が溢れ、呼吸が出来なくなる。そんな中で、しかし倉瀬蓮は奥歯を折るほどに食いしばる事でそれを堪えながら、反撃を実行した。

 もちろん、効果なんてない。悪あがきもいいところだ。

 それでも、オリジナルはただその攻撃を受け止めるだけに留め、

「その状態で抗う。なるほど、紛い物に一番足りていないものを貴様が補っているのか。或いは、それはまだ私にも足りないものなのかもしれないな。――誇れ、貴様に名乗りの機会をくれてやる」

 真っ直ぐにこちらを見つめて、そう言った。

 それはレニ・ソルクラウが行う最大限の敬意と言ってもいいだろう。そもそも他人の名前など、レニにはなんの価値もないのだから。

「……」

 倉瀬蓮は言葉を返すことなく、再度、夥しい量の吐血をする。

 その損失が決定打となったみたいに、急速に視界がぼやけてきた。意識があるのが不思議なくらいの朦朧具合。

「さすがに喋る余裕はないか。まあいい。取り込んだ後で、存分に話は出来るだろうからな。……もう大人しくしていろ。私が存分に、貴様の価値を活かしてやると言っているのだから」

 穏やかな微笑を浮かべながら、オリジナルがこちらに手を伸ばしてくる。

(――やめろ)

 胸元に伸びてくるその手に殺意はない。

 ただ、触れられた瞬間終わる気がしたのだ。奪われるのが怖いと、感じてしまった。

 その衝動が、主導権を奪い返したのか。レニは大きく後方に跳び退いて――その足が地面から離れる寸前に、左足まで千切れ飛んだ。

 四肢断裂。もはやどうしようもない。

 が、その瞬間を狙ったかのように、とっくに期待から排除していた管理者の救援が訪れた。

 かろうじて移動する事には成功した身体の背後に、空間の裂け目が発生していたのだ。そして、その孔から菱形の結晶体が現れて、オリジナルに目掛けて雷光を孕んだ熱線を放つ。

 それをオリジナルが鎧で防いだのを確認したところで、空間の裂け目が閉じて、緊張の糸が切れると共に、レニの意識は途切れた。


次回は三日後に投稿予定です。よろしければ、また読んでやってください。

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