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 一対一での戦いになってはっきりしたのは、オリジナルはこちらを殺す気がないという事だった。

 正確にいえば、今はまだ、といった感じだろうか。

 なにかを確かめたがっている。それがなんなのかは明白だ。彼女自身が有するもう一つの魔法だろう。ここまでの言動から見ても、それは間違いない。

 重要なのは、その確認が彼女にとって相当に優先度が高いという事だ。つまり、それをこちらが披露しない限りは、まだ殺しに来ない。

 ……というか、そうでなければ、片足を無くした今のレニが、ここまで持ち堪える事なんて不可能だろう。

 生かされている。程良く嬲り殺しにされている。

 レニにとっては屈辱の極致であり、絶え間ない苦痛の時間だ。それを主張するかのように、数多の弱音がこちらにまで漏れてきている。それを、憎悪で塗りつぶして、なんとか心が折れないように抗っているといった現状。

 一見すると、限界は近そうだ。

 けれど、追いつめられてからが本番というか、そこから相当に粘れるのがレニ・ソルクラウという人間でもあった。夢の中でうんざりするほどに味わった、彼女の強みである。

 おかげで俺はまだ戦闘を担う必要がないし、それ以外へ意識を割く余力も残っていた。

 もちろん、そんな微力にどの程度の価値があるのかは不明だけど、突破口を探る事もせずに終わるよりはずっとマシだ。

「……まったく、愚かな事だな。いつまでありもしない機会を窺うつもりだ? 早く、覚悟を決めろ。私は貴様に勝機を残してやってるんだぞ?」

 オリジナルが少しイラついたように言葉を吐き捨てる。

 強さに違いは表れていても、こういう分かりやすいところは同じようで、それは幸いだった。特に今は、こちらの推測が正しいという後押しにもなってくれている。

 とはいえ、短気な性分も改善はされていないようなので、いつ感情が優先されるかはわかったものじゃない。そろそろ延命の手段を変える必要も出てくるだろう。

 ――レニ、君のオリジナルは、あとどれくらい辛抱できると思う?

 腹を蹴飛ばされて、建物を四つほどぶち抜き地面に転がって血反吐を吐き終えた彼女に訪ねる。

 即座の返答はなし。

 ――強さ以外に変化がないなら、そろそろ「もういい」って殺しに来そうな感じがするけど。

(……忌々しい異物が、知ったような事を、口にするな!)

 急ごしらえの右の義足の接合部から断続的に届く痛みを噛み殺して、よろよろと身体を起こしながら、ゆっくりと近づいてくるオリジナルを睨みつけていたレニが吠える。

 ――だから訊いているんだろう? レニ・ソルクラウ。君が今何を考えているのかを。……これは、大事な質問だよ。ここを乗り切るうえで、なによりも知っておきたい情報だ。

(……)

 ――俺と休戦したのはなんのためだ? 殺される相手を変えたかっただけ? もしそうなら、さっさと主導権をこっちに丸投げして、永遠に黙ってればいい。

(……私がどう考えるかなんて、そんなもの状況次第だ。まずはそれを寄越せ。私と違って暇をしているんだ。あれこれ考えているんだろう? 小賢しい貴様は)

 ――あぁ、そうだね。……オリジナルは俺たちの魂を吸収なりなんなりする事によって、君が嫌っている方の魔法をより強くする事が出来るという話を聞かされていて、かつそれがある程度真実なんだという事が分かっている状況で、今ここにいるんだと思う。

(だとするなら、まだ我慢は出来るさ。強さというものは、私にとってなにより重要なものだし、代償がないなどとは考えないからな。むろん、命乞いでもしたら話は変わってくるが)

 ――なるほど、なら安心だね。それは君にはできそうにない芸当だ。

(能無しの屑が、知った風な事を言うなと、何度も言わせるな。……それで、まだ時間を稼げるのが分かって、なにか手はあるのか?)

 ――レニ・ソルクラウは、この状況でどの程度油断すると思う?

(切り札がどこまでおかしな性能を発揮するのか、私自身も正確には把握できないんだぞ? 油断をする理由がどこにある?) 

 ――たしかに、君は傲慢だけど慎重だ。奇襲の類が成功する見込みは薄いそうだね。少なくとも、一対一のこの状況では。

 俺がそう言うと、何故か心底不愉快そうな舌打ちが返ってきた。

(異物如きが、自惚れるなよ。貴様とちゃんとした連携をとったところで、結果が変わるわけがないだろう)

 そういう意味で言ったわけじゃないんだけど、まあ、たしかに今の状況ではそういう風に捉える事も出来るのか。

 ――俺が言ってるのは、ナナントナさんの事だよ。グラの事だ。向こうで何があったのかは知らないけど、致命傷でなかったのなら、此処に戻ってくる可能性はある。

(お目出度い頭だな)

 ――彼女もそう思ってるなら、奇襲は上手く行きそうだね。仕掛けるならそこ。そこで同時に二つ使う。来なかった場合も同じ。向こうか君の限界が見えたところでやる。

(……好きにしろ)

 呆れるようにそう言いながら、レニは右手に持っていた折れた剣を放り投げて、新しい武器を具現化する。

 こちらの絶望感を膨らませるため、ゆっくりと近づいてきたくれたおかげで生じていた小休止の終わり。

「ずいぶんと手ぬるいな、貴様、本当にレニ・ソルクラウか?」。

 引き攣った笑みを飾り、レニは健気な挑発をかます。

 オリジナルは一切動じない。いや、微かに警戒を増した感じだろうか。切り札をきる予兆として捉えたのだ。この辺りの駆け引きは、さすが本物と遜色ないコピーというべきか。

 ともあれ、そうして終わりを延長させる事に成功したレニは、再び一方的な防戦に身を投じて、色々な激痛をこちらにも齎してくれる。

 アドレナリンによってそれらの多くはただの熱として届くが、それでも時々呻き声が漏れそうなくらい強烈なのがやってくる。

 それを何とか堪えながらギリギリの戦いを続けて……一体、どれくらいの時間が経過しただろうか。

 残念ながら、事態が好転しそうな変化はなし。むしろ、こちらに漏れてきていたレニの弱音の数が圧倒的に多くなってきていた。

 どうやら、想定していた以上に早く、その時がやってきたようだ。

 ――身体能力と治癒能力を強化する。それでいい?

(痛い、痛い、痛いのは、嫌ぁ……)

 応答はなく、代わりに泣き声が届く。

 と同時に、嫌なヴィジョンが脳裏に浮かび上がった。

 高価な衣装を身に纏った大人の男が、小さな少女を何度も何度も殴りつけている。

 鏡越しに映る光景。飛び散る血。赤い視界。呼吸が上手く出来ないもどかしさ。

『これは、大事な学びの機会だ。貴様がどういう者であるのかを自覚するための。刻み付けろ。生まれるべきではなかった者の、この家での立場を!』

 男の声は震えている。それを鑑みれば、浮かべている形相も怒りから来ているものではなく、恐怖によるものだというのが判る。

 彼は幼い少女に殺される可能性に怯えながら、暴力を振るっているのだ。おぞましい力を内包した少女を従順にするために。

 気持ちの悪い記憶。

 幸いなのは、そうなる前に少女が自身の力の大きさに気付いたのだと想像出来る事だろうか。今の俺にとって、それが幸運かどうかは判らないけれど。

(……やっぱり、私は紛い物でしかないの? 生きてちゃいけないの……?)

 諦めるような呟き。

 俺と殺し合った時はもう少し頑張っていただろうに、こちらが想像していた以上にオリジナルの存在は彼女にとって鬼門だったようだ。それに、一方的に痛みを与えられるというのも、トラウマの類をフラッシュバックさせる要因になったんだろう。

 見誤った。今彼女の能力を向上させても、事態を悪化させるだけ。それより先に、彼女の精神状態を回復させる必要がある。

 彼女にとって一番の負荷は当然痛みだ。俺も十二分に共有させてもらっている、人にとって必要不可欠な感覚。

 それを、まずは切り離す。

 可能かどうかはわからない。ただ、身体の主導権は奪えるのだ。今は共有している感覚だってその一部として捉える事は出来る筈。

 怖いのは、それによってこっちの痛みが二倍になったりするという可能性だけど……まあ、なるようになれだ。俺じゃあ、どう足掻いても戦闘でオリジナルには勝てないわけだし。それに、どんなに不愉快な敵であったとしても、ああいう記憶に苛まされている女性を蔑ろには出来ない。

 ――少しのあいだ引き受ける。立て直してくれよ。頼むから。

 半ば自棄になっている事を自分の聲で感じつつ、俺はレニの感覚の主導権に手を伸ばして――



次回は三日後に投稿予定です。よろしければ、また読んでやってください。

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