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05

「この門を使えば、トーリンカルク第三地区の廃墟の中に出ます。おそらく、相手の背後を突く形になるでしょう」

 ある部屋の中にあった魔法陣の脇に立ち、そこに魔力を流しながら、スティングリスさんが言った。

 そして小さな転移門が開かれたところで、

「私はどうしましょうか?」

「助力が必要だとでも思うのか?」

 レニならこう言うだろうと、俺は冷ややかな口調で言葉を返す。

 するとスティングリスさんは大仰に驚きをアピールしてから、何度も読み返した台本の台詞を口にするような滑らかさで答えた。

「まさか。貴女様は戦力においての最高位たる黒の筆頭、次席である銀如きに遅れを取るなど、想像すらできません。ですが、雑兵の相手は煩わしいでしょう? 私ならば、貴女様の手間を省く程度の事は出来ます」

 ……多分、これは自分たちが役に立つことを早く証明して、協力関係を深いものにしたいという狙いから来ている言葉だと思うんだけど、正直レニ相手にはあまり上手い方法ではないだろう。

 現に、俺はなにも感じていないっていうのに、苛々とした感情が胸の内から広がってくる。まあ、さすがに殺意と言うほど強くはないけれど、こういう感情を受け止めなければならないのは俺にとっても迷惑ではあった。

「必要のない事ばかりだな。私の戦いが、どのようなものかすら知らないのか?」

 蔑みを少し含ませて、俺は言う。

「……失礼しました」

「まったくだな。そんな事より、貴様はあの二人を気に掛けておけ。細心の注意を払ってな」

「――は?」

「あれは、私にとっても油断ならぬ協力者という事だ。この国を救うために不可欠な、な」

 こう言っておけば、なにかを企てるにしても慎重になってくれるだろう。

 つまり、それくらい適当に並べた言葉なわけだが……もしかしたら、それが事実になるくらいあの二人は重要な存在になるかもしれない。

 そんな事を少しだけ思いつつ、開かれた転移門をくぐる。

 乾いた風が髪を撫でると共に、雲に覆われた灰色の空が迎えてくれた。

 割れた窓から街並みを見下ろす事が出来る。

 ここは、結構な高台のようだ。

 遠くで戦闘が行われている。魔力同士の衝突。戦力差は明らかのようで、じりじりとこちらから離れるように一方が下がっていくのが見て取れた。

 目を凝らすと、鎧を纏った騎士らしい格好をした者達たちが、傷付き倒れた者達にトドメを刺していく光景が届く。

 ずいぶんと楽しそうな表情だ。判りやすく暴力に酔っている。

 その結果、無抵抗かつ無関係に見える人達にまで、彼等は手を出していて――

(――屑共が)

 珍しくレニと同意見の感情を抱きながら、ある程度預けていた主導権を全て取り戻し、俺は窓枠に足を乗せて、戦場に向かって一気に跳躍した。

 自由が奪われた事への不満からか、舌打ちが脳裏に響いてきたが、別段気にする必要はない。

 空気を勢いよく切り裂きながら間合いを詰めて、地面に着地する。

 そこで、彼等は俺の存在に気付いたようだ。

 血に染まった剣を振り払いながら、こちらに振り返り、息を呑む。

 一人だけじゃない。そこにいた十数人全員が、まったく同じ反応を見せる。

 そして、その内の一人が震える声で呟いた。

「レニ・ソルクラウ……!」

 さすがの有名人というべきか、姿を見るだけで暴力の熱が冷め、みるみるうちに絶望が膨れ上がっていく。

 この調子なら、言葉だけで事態を解決する事も出来そうだけど……というのは、さすがに甘い考えか。

(近づいてきているぞ? ちゃんと構えておけ)

 脳裏に忠告が届くが、言われるまでもなく感知している。

 リッセに比べれば、ずいぶんと甘い奇襲だ。

 右手に細長い昆を具現化して、俺は振り向きざまにそれを振り払った。

 硬い手応え。

「……その反応、その力、やはり本物か」

 こちらの一撃を剣で受け止めた白衣を身に纏った青年が、淡々とした口調で呟く。

 他の騎士たちと違って、動揺の色はなかった。

 一目で、格が違う相手だというのがわかる。彼が、銀の筆頭なんだろうか。

「ザグナフ様……」

「正義を執行する者に臆する事など許されない。帝国の敵は全てをかけて葬るのみだ」

 右手にもっていた細剣に魔力を灯していきながら、ザグナフと呼ばれた男は感情のない眼差しを真っ直ぐにこちらに向けてくる。

「魔法陣の用意を。これより、処断を開始する」

「――は! 了解しました!」

 恐怖を打ち払うようなハキハキした声をもって、騎士の格好をした者達が一斉に駆けだした。

 もちろん、そんな暇を与えるつもりはない。――が、相手も、それを許すつもりはないようだ。

「逆賊よ、容易く行くと思うな」

「――っ」

 言葉と同時に迫っていた斬撃を左腕で受け止めながら、俺はこの男が刺し違える気で仕掛けてきている事を直感した。

 彼にとっては、レニ・ソルクラウなんて予想外もいいところだろうに、なんの逡巡もなくその決断をしたのだ。

(軍貴らしい無能さだな)

 鼻で嗤うように、レニが吐き捨てる。

 彼女にとって、今の状況はなんの脅威でもないという事なんだろう。

 けれど、俺にとってはそうもいかない。距離を離すために放った蹴りを当然のように躱され、続けて振り抜いた昆を絡めて取るような動きで受け流された事実を前に、想定していた以上の強さを感じていたからだ。

「片腕を失った痛手は、思った以上か。……朗報だな」

 どこまでも静かに呟きながら、ザナレフが細剣の刀身に紫色の光を滲ませていく。

 どのような魔法か不明だけど、今のところ強い力は感じられない。

 ただ、嫌な感じはする。他の攻撃よりも優先して、警戒した方が良さそうだ。

 一番安全な手は、リーチの長い武器で戦う事だろうか。とりあえずもっと距離を取って、様子を見る。

 その、保守的な考えを完全に読み切ったかのように、ザグナフは細剣をこちらに向かって投擲しながら、大胆なまでに真っ直ぐに踏み込んできた。

 目を見張る鋭さも相まって、一瞬反応が遅れる。

 結果、細剣は左腕で払えたが、懐に入られてしまった。

「――」

 ザナレフの腰に携えられていた短剣が、脇腹に突きだされる。

 だが、痛みはない。寸前で、簡素極まりない防具を具現化したからだ。

 レニのように全身を守る緻密な鎧の構築は俺には難しいけれど、湿布かなにかを貼り付けるように身体の一部を防護する事は出来る。もっとも、見えない位置はイメージが難しいので、それも視界に入る範囲に限るが――

「――っ!?」

 風を切る音を察知して、咄嗟にバックステップを取る。

 直後、弾き返した細剣が俺の頭部があった箇所を物凄い勢いで通り過ぎて行った。さらに、建物に突き刺さった細剣は小刻みに振動をしながら、淡い紫だった刀身の色を深く染めていく。同時に、込められていた魔力の質のようなものも、重くなっていくのが感じ取れた。

(屑が、早くと鎧を展開しろ。ここは戦場だぞ? それが出来ないのなら、大人しく私の身体を返せ。一生ただ見ていろ)

 レニが急かすように言ってくるが、当人も焦っているのが伝わってくる。

 鎧なしで喰らうと不味い攻撃なのは確かなようだ。

 だが、安易に主導権を渡すのは望ましくない。むしろ、ここを俺一人で乗り切る事が出来れば、よりいっそう、レニ・ソルクラウに自身の立場の狭さを教える事も出来るだろう。

 そういう意味でも、このアルドヴァニアでの初戦闘は重要なものになるのかもしれない。

 それを踏まえつつ、レニの意識を抑えつけながら、俺は普段仕事で馴染んでいる大剣に右手の得物を切り替えて、最小限の被害で済ますだなんて生ぬるい考えは捨て、この難敵に挑むことを決めた。


次回は四日後に投稿予定です。よろしければ、また読んでやってください。

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