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06

 血液の喪失と共に、意識が急速に薄れていく。

 ただでさえ貧血気味だった所為で、この程度の出血でも活動に大きな支障が出るレベルの致命傷になったようだ。

 また、あの世界に堕ちる事になる。

 それは俺にとって本来望ましい展開の筈だけど、さすがに今は不味い。現実に戻って来れる保証がまったくないし、ミーアに襲い掛かる人型の獣の姿も見えていたからだ。

 だから必死に意識を繋ぎ止めようとするけれど、抗えない。

 異様と言っていいほどの強制力。まるで、誰かに足を掴まれて引きずり下ろされているような――

(抗うな。堕ちろ)

 脳裏に、レニの声が響く。

 と同時に一つの魔法が起動したのがわかった。具現化とは違う、もう一つの魔法だ。

 込めた箇所は、おそらく体感に関わる神経。

 それを物語るように、突如全ての動きが極端にスローになった。だが、それは自分にも適応されるものだから、問答無用でラクウェリスを黙らせる事が出来るわけじゃない。

 その行為で得られるものと言ったら、せいぜい余すことなく今の状況を把握できる、という事くらいだろうか。…………いや、もう一つ、大きな意味を持ちそうなものがあった。

 向こう側での猶予だ。このままでは数秒の後にラクウェリスに殺されてしまうので、向こう側での時間も限られていたが、今の感覚を向こう側にも適応させる事が出来るのであれば、決着をつけて戻ってくる程度の時間は稼げるかもしれない。

 あくまで希望的な観測だ。でも、多分、レニはそれを狙って魔法を使ったんだろう。基本的に使う事を渋っている感じがする、こちらの魔法を。

 となれば、向こう側にも勝機を見出したという事になるけど……それがなんなのかに辿りつく前に、意識は完全に途切れ、再び世界の終わりのような場所が視界を埋め尽くした。


 目の前に、レニがいる。

 現実で負った傷もそのままに、息も絶え絶えといった様子。

 まあ、それは俺も同じだ。痛みは現実と地続きに、変わらず死の気配を主張してくれている。

 そんな中で、レニが口を開いた。

「このままでは私達は死ぬ事になる。貴様の愚行の所為でな」

「鎧を展開すれば問題なかったと思うけど?」

「それが出来なかったのも貴様の所為だろうが」

「……あぁ、なるほどね」

 どうやら、互いが自由に出来る魔力同士が干渉し合った結果の不具合だったらしい。

 納得だ。ついでに、この無駄なやりとりが続けられているという事実によって、レニの魔法が無事に機能した事もはっきりしてくれた。

 なら、とりあえず焦る必要は無さそうだが、多少は慎重になる必要がありそうだ。

「それで、君は文句を言うためだけにこの状況を作ったのか?」

 とりあえず、探り込みで蔑むように言ってみる。

 すると案の定、レニは怒りに歯を軋ませてこちらを強く睨みつけてきた。……けれど、その割には圧が弱いというか、少し演技くさい感じがする。

 もう少しつつけば、断定できるだろうか。

「打開策があるなら早く口にしたらどうかな? まあ、にらめっこがしたいって言うなら、一人でやっていればいいと思うけど」

 小馬鹿にするようにそう言うと、レニは強く拳を握りしめたが何とか堪えて、

「……状況が判っていないようだな。貴様の優位はもう失われているというのに」

 と、努めて静かな声で、呆れるように言った。

 努めてと表現したのは、そこに苦々しさが滲んでいたからだ。そして、こちらの方に装いの気配は感じられなかった。

 もし、それも演技だったんなら恐ろしい相手だったんだろうけど、幸いな事にその可能性は既にこの女の記憶が綺麗に否定してくれている。

 悪手に悪手を重ねて、それをただ暴力で塗りつぶしてきたような奴に、そんなしたたかさがあるわけもないのだ。

「くだらない見栄。つくづくどうしようもない莫迦だな、お前。少しでも買い被った事に恥じらいすら覚えそうだ」

「――っ」

 自身の言葉に多少は引っ掛ってくれるとでも思っていたのか、それとも慇懃無礼の前二文字すら捨てた事に面食らったのか、レニが息を呑む。

 こうなれば現状の打開より先に、こいつを殺しておいた方が良さそうだが……ナアレさんが、リフィルディールの影がもうすぐそこまで迫っている事を教えてくれた今、暴力の補強は必須といってもいいだろうし、今後を見据えてただ殺すのではなく手駒にするという方針を取るのも悪くはないのかもしれない。

 なんて事を考えながら、俺は淡々とした口調で言った。

「お前がこの世界に俺を引き摺りこんだのは、自分一人の手では目前の死を回避できないと判断したからだ。要は、助けて欲しいから俺に頼ったんだろう?」

 でも、それは死んでも認めたくないし、気付かれたくもないから、安いハッタリを並べてきたのである。

 だったら、それをしっかりとへし折ってから、ちゃんとお願いさせてやるのが飼い慣らしの第一歩といったところだろうか。

「戯言を――」

「あの場所にはもうじきラウが戻ってくる。そして瀕死の身体だろうと差し違える覚悟なら、俺でもラクウェリスに一撃くらいは与えてリッセ達に危害を向ける暇を潰す事くらいは出来る。悪くない戦果だな」

「……それこそ、くだらない強がりだ」

 強張った声でレニが吐き捨てる。

 本当に判りやすい奴だ。その滑稽さを糧に、俺は嗤いながら言葉を返す。

「全部顔に出てるぞ? そんなに死ぬのが怖いのか? まあ、怖いか、なにせ生まれて間もないわけだしな、偽物でしかないお前は」

「――っ、黙れ!」

 怒号と共に、レニが殴りかかってきた。

 不安や恐怖に晒された時、この女が取るのはこれだけだ。

 そのくせ、自分自身へのダメージを恐れてか、狙いは中途半端ときている。だから、ちゃんと痛いところにあたるように身体を動かして、俺はそれを直撃させた。

 その結果、呻き声を上げるのは殴った方となる。

「……いい加減、学習したらどうだ?」

 視界を跳び散る花火と痛みに顔を顰めながら、俺はレニの髪の毛を掴んで顔を近づける。

 怯えた目。まるで、あの胸糞の悪い男に暴力を受けていた頃の母みたいだ。

 或いは、人を殺した事をきっかけに怪物になってしまった母を前にした誰かというべきか。

 前者は非常に気分が悪いので、とりあえず後者を参考にする事にして、俺は努めて穏やかに微笑んだ。

「ほら、どうするのが正解なのか、しっかりと考えて発言するといい。俺と違って死ぬのが嫌なら」


次回は6日後の日曜日に投稿予定です。少し間を空けてしまいますが、よろしければ、また読んでいただけると幸いです。

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