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06

「なんだ、着替えもせずに出てきたのか? 忙しい事ね」

 自宅を後にし、あてもなく歩いていたら、頭上から声が響いた。

 見上げた先にいたのはリッセ・ベルノーウ。今、特に会いたくもない人物だった。

「……そちらの話は、もうついたのですか?」

 感情を堪えた声で、ミーアは言葉を返す。

「つくわけないだろう? 大体、あたしが話つけたんじゃ、時間稼ぎにならない。そういうのは全部、あの女にやってもらわないとな」

 そう言って、リッセは目の前に降り立った。

 こちらと違ってちゃんと着替えを済ませたようで、ずいぶんと可愛らしい服を着ている。直接的な荒事には手をつけないという意志表示だろうか? ――なんてことをぼんやりと思っている間に、リッセが不意に踏み込んで、こちらの表情を覗きこむような上目遣いで、

「格好以上に酷いツラね」

 と、蔑みを滲ませた声で言ってきた。

 その追い討ちが、思っていた以上に刺さって……

「……煩い」

 消え入りそうな声しか、返せなかった。

 そんなミーアに、リッセはより明確な侮蔑を含んだ溜息をつく。

「本当に打たれ弱い奴よね、あんたって。基本後ろ向きだし、視野も狭い。だから気付けないのよ、あいつがくれた勝算にすらな」

「それは、どういう意味ですか?」

 無視できない言葉に、ミーアの声は少し震えていた。

「勝つ気がない奴に、教える必要があるのか?」

「私は――」

「言葉が刺さるのは、この状態が続く未来に怯えてるからだ。あいつが元に戻らない未来にね」

 ……思わず身体が強張って息が止まるくらいに、それは図星だった。

 でも、だからこそ、そんなものを肯定するわけにはいかない。

「そんなこと、ありません」

 さっきよりは、幾分の力を込めた返答。

 我ながら虚勢もいいところだ。それを嘲笑うように、リッセは言う。

「だったら平然としてろ。他人なんてどうでもいいお前が、あいつでもなんでもない他人の言葉に傷ついてんじゃねぇよ。それとも、まだ混同してるのか? 迎合でもしたいのか?」

「――っ!」

 最後の言葉で、一気に怒りが噴きだした。

 それでも、拳でなくビンタで済ませたのは、彼女の意図をどこかで感じ取っていたからか。なんにしても、不謹慎ではあるが、少しすっきりした。

 ……まあ、叩かれたっていうのに不敵な表情を浮かべているリッセを前に、色々と負けた気分にもなったが、沈んでいた感情を立て直す事は出来た。

 悔しいけれど、それを見越しての挑発だったんだろう。

 ミーアは別の方向に乱れた気持ちを整理するように一つ深呼吸をしてから、

「勝手な憶測を、さも事実のように話すのは止めてください。私はただ、あの場の吐き気のする魔力に少し中てられていただけです」

 と、努めて静かな口調で返した。

「それは知らなかったわね。でもまあ、たしかにグゥーエの奴にはずいぶんと出血してもらったからな。弱い奴にはきつい空間だったか。弱い奴には」

「貴女の顔色だって良くはなかったでしょう?」

「あたしの場合は名誉の貧血だよ。……で、なんだったかしら? 注意力散漫の間抜けに、なにがあったのかを教えてやるんだったっけ?」

「そうですよ。そこは認めてあげますから、早く答えてください」

 その切り返しをどこか愉しげに受け止めながら、リッセが答える。

「まず、あの場所を用意したのは、感知能力を阻害するためと、あいつが主導権を取り戻すきっかけになるかもしれないっていう期待からだったわけだけど、少なくとも前者の方は上手く機能した。あたしたちだけが、あいつから伝言を受け取る事が出来たからね」

「伝言、ですか?」

「レニの左腕から垂れていた魔力が床に文字を描いてたんだよ。あたしたちに向けた内容だった。帝国のレニ・ソルクラウが、わざわざそんな事をする必要はないだろう?」

「たしかに、それはそうですね。……それで、内容はなんだったのですか?」

「グゥーエの魔法を付着させる事と、あんたらの家の飲み物に睡眠薬を仕込む事よ。どっちも既に完了してる」

「大丈夫なのですか?」

 どちらも、かなりリスクがある行為だと思うが……。

「前者が気付かれる事はもうないだろう。こっちは言われる前から用意してたやつだし、そのための魔法陣だったわけだしね。後者も上手く行く筈だ。風呂から出たところで多分飲むわ。もちろん、こっちの効果も大したものじゃない。別に魔法を使ったわけじゃないし、あくまで深く眠るための補助に過ぎないしな」

「それならいいのですが……」

 でも、それはそれで物足りない感じがして仕方がなかった。

 他になにか出来る事はないのか、果たしてそれはどの程度有効なのか……どうしたって、不安は募ってしまう。そんなミーアに、

「元々、外からの干渉でどうにかできる問題でもないのかもね」

 と、リッセは冷めた口調でそう言ってから、一呼吸の間を置いて、

「でも、逆を言えば、内側からならどうにかできる余地があるって事だ。少なくとも、あいつの伝言には勝つ意志があったわ。たしかな勝算を感じた。そして、それは現実ではなく夢の中にある。一つの身体の中に二つの人格があるってのがどういうものなのか、あたしには判らないけどね。きっとそこでなら戦えるって事なんだろう。……で、どうする? あいつの伝言には、あんたを自分に近付かせるなってのもあったんだけど」

「私は家に戻ります」

 澄みきった水のような声で、ミーアは答えた。

 ……レニの魔力は今、ずいぶんと薄まっている。これは体内の調子を整える為に、眠りに入った証拠だ。

 リッセの言葉通りだとするなら、それは同時に両者の戦いが始まった合図でもある。

 正直、彼女が再び目を覚ました時に、事態が好転しているかどうかはわからない。それでも、どちらであっても、その時自分が傍にいないというのは絶対に嫌だった。

 だからこそ、迷わずに出た答え。

 それが吉と出る事を信じて、ミーアは今来た道を堂々とした足取りで引き返した。


 その背中を見送りながら、リッセは小さく呟く。

「そうだな。どっちにしたって、殺るか殺られるかしかないわけだしね。逃げたところで仕方がない」

 先程口にした内容の通り、負ける気はこれっぽっちもないが、最悪というものにはいつだって備えが必要だ。

 目を覚まして進展がないようなら、レニは殺す。あの女にこれ以上くれてやるものなどトルフィネにはない。それが、ヘキサフレアスという組織のリーダーとしての、この街の代表者の一人としての、リッセの判断でもあった。


次回は四日後に投稿予定です。よろしければ、また読んでやってください。

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