表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/118

02

 魔物たちの小さな唸り声で目が覚めた。

 と同時に発作的に何度か咽て、最後にか細い息を吐き出す。

 どうにも息苦しい。呼吸器官が半分くらい狭くなったような感覚。

 思わず首筋に手を伸ばすと、鈍い痛みがそこから伝わってきていた。

(……なんて、忌々しい)

 レニの心の聲が届く。

 続けて、歯を軋ませる音。

 このままでは折れそうなほどの強さに、咄嗟に止めようと試みるが思うようにいかない。

 首筋に手を伸ばした時は自分の意志で動かせた感覚があったんだけど、どうやらそれはまったく同じタイミングで同じ動作を取ろうとした結果の錯覚だったようだ。

「……けほ、けほっ」

 再度、掠れた咳のようなものを零しながら、レニはシェルターを解き、ゆっくりと立ち上がって視線を魔物たちの方に流した。

(私に向けられた警告ではない、か。……覚えのある魔力だな)

 感知に意識を集中させた結果、こちらに近づいてきている複数の気配にレニは気付いたようだ。

 もちろん、彼女と感覚を共有している俺にも相手が誰なのかはすぐに分かった。

 リッセとラウ、そしてミーアの三人だ。

 隠密を取っていないという事は、争う意志はないという表明だろう。

(……まあ、妥当な判断か)

 素顔を隠す兜を具現化して、レニはそちらに向かって歩き出す。

 その間に、俺は今自分がこの身体にどの程度干渉できるかを確かめる事にした。

 結果、判ったのは眠る前よりも状況が悪化しているという事実。

 多分、今のままじゃ、レニの決定に逆らう事は難しそうだ。ただし、全てが悪くなったというわけでもなくて、義手の左腕に関してだけは多少の自由が利くようだった。正確に言えば、それを構築している魔力の操作は何とかできそうだと言ったところだろうか。

 といっても、向こうに気付かれるほど露骨に操作したわけじゃないので、実際どの程度の事が可能かは、まだ曖昧だが……

「あぁ、また会ったわね。お互い元気そうでなによりだよ」

 茂みを掻き分けた先にいたリッセが、小馬鹿にしたような笑みを浮かべてくる。

 挑発であり、こちらの精神状態を計るための探りでもある一手だ。

 それに対してレニは、

「そうだな、それなり使えそうな治癒師がいる事が判ったのは幸いだ」

 と、淡々とした口調で言葉を返してから、ミーアに視線を向けた。

「…………あぁ、そういえば、そこの女も治癒師のようだったな。良い心がけだ」

 奇妙な間。

 魔力の色などでミーアの魔法の方向性を当てたとかなら別に問題はないが、俺の記憶から引っ張り出してきたのだとしたら、それは酷く不穏な余白だった。

「どうやら建設的な話は出来そうね。それじゃあ、仲直りをする前に、あんたの目的でも聞いておこうかしら?」

「長距離転移に必要なものを用意しろ。そうすれば、この場所に用はない」

「質問の答えになってないんだけどな。まあいいわ。……おい、治してやれ」

 まるで部下を扱うように、リッセが言う。

 まだ、こちらの状態を計りきれていないから、関係性などは出来るだけ見せないようにしているといった感じだろうか。

 当然、とっくに示し合わせているんだろう。ミーアも特に反感などを見せることなく静かに頷いて、こちらに近づいてくる

 そうして手の届く距離になったところで、レニは自身を覆い隠している鎧を解いた。

「……」

 ミーアの表情が、一瞬だけ揺らぐ。

 それは、素顔を見たことによって強い疑いが確信に変わった故の動揺なのか、それとも普段のレニ(要は俺)とは明らかに違うだろう表情を前にしてか……

「……では、治療を始めます」

 やや硬い声を放ってから、ミーアがこちらの胸元に手を伸ばす。

 ラウとの戦いでまた少し傷口が開いて、シャツを血で重くしている箇所。

 淡い光が彼女の掌からこぼれ、じわじわと温かさが傷口に広がっていく。劇的な効果はないけれどたしかな安堵をくれる魔法。

「程度の低い魔法だな。これくらいの傷すら瞬時に治せないか」

 侮蔑を露わにレニが吐き捨てる。

 それだけでも、こっちとしては相当に不快な気持ちにさせられたわけだけど、次にこの女が取った行動は、ムカつくなんてものじゃ済まされないものだった。

「……あぁ、もう死んでいいぞ」

 傷がふさがったところで無造作に振るわれた左腕が、ミーアの右のこめかみを深く裂いたのだ。

 もしもに備えてだろう、ミーアに合わせてある程度の距離を確保してくれていたラウが割って入ってくれなかったら、多分首から上が無くなっていた。

「てめぇ――!」

 リッセが両手に隠していたナイフを表にだして、腰を落とす。

 左腕を右手でかろうじて受け止めたラウも、歯を食いしばりながら左の拳に力を込めていた。

 でも、そんな二人を歯牙にもかけず、刺すような眼差しをミーアに向けたまま、

「薄汚い国賊が、国家の危機を前に外に逃げるだと? よくもまあそのような恥を、この私に押し付けてくれたものだな。貴様の所為で私が今どのような絶望の中にあるか、判るか?」

 と、憎悪に満ちた声を淡々と吐き出しながら、ミーアのお腹を爪先で蹴飛ばした。

 それもラウがなんとか妨害して、軌道を変化させ脇腹を軽く掠める程度で済ませるが、その衝撃でミーアの身体は背後にあった大樹にまで吹き飛ばされて、抉れた脇腹から大量の血が噴き出す。

「誰が躱していいと言った? これ以上無駄な時間をかけさせるな」

 右手にナイフを具現化して、レニはそれをミーアに向かって放り投げた。

「わかったのなら、今ここで自害しろ。……あぁ、それが済んだら交渉の席についてもいい。それと今のうちに、汚物を私の前に晒した事を反省しておけ。次はないぞ?」

「……前言撤回。どうやら話も状況も理解できない能無しだったようだな」

 短いため息と共に、リッセが表情を消した。

「上等だ。そんなに死にたいっていうなら、望み通り殺してあげるわ。ここなら何の遠慮も要らないわけだしな」

 怖いくらいに静かな声。

 そしてそれに反比例するかのように、爛々と輝く金色の瞳。

 これは本気だ。更にいえば、その言葉を実現可能にする方法を彼女は用意している筈。

 つまり、こちらの命も非常に不味いというわけだが……まあ、このままの状態が続くくらいなら、殺されるのもありといえばありだろう。なんて事を短絡的に抱く程度には、俺の胸の内も相当に冷え切っていた。

「屑の為に命をかけるか。理解出来ない感情だが、まあいい」

 つまらなそうに呟いて、レニは自害の強要に用いたナイフを消し去り、

(収穫はあったしな。これなら、薄汚い罪人も有用に使えそうだ)

 不穏な思考が、こちらに漏れてくる。

 ……もしかすると、この女は俺にとっての彼女の価値を確かめるためだけに、今の凶行を行ったのかもしれない。

 だとしたら――

「私の目的は一刻も早く、私の国に帰る事だ。……あぁ、今のは感情的だった。このような屑に大事な時間を奪われるなど愚の骨頂。話を戻そう。貴様たちは私に何を望む? 釣り合いの取れている内容なら、即座に果たそう」

「……」

 突然の掌返しに、リッセは困惑と苦々しさを滲ませる。

 それを小馬鹿にするように、レニはため息を一つついた。

「どうした? 私は貴様たちにとって不都合な感情をこうして鞘に納めたんだぞ? だというのに、貴様はまだ続けるのか?」  

「……いいわ。お互い今は水に流すとしよう」

 傷口に治癒を施しながらよろよろと身体を起こそうとしていたミーアを横目にみてから、リッセは感情を抑えた硬い声でそう答え、

「まずは、街に戻る。詳しい話はそこでするわ。喉も渇いた事だしね」

 と、首筋を意味深に擦りながら言って、ミーアの元に歩み寄りその身体を支えるように腰に手を回して立ち上がらせ……そうして、俺たちはトルフィネの街へと戻ることになった。

 息が詰まるほどの沈黙を、お供に添えながら。


投稿が予定よりも遅れてしまい、申し訳ありません。

次回は三日後の6月11日に投稿予定です。よろしければ、また読んでいただけると幸いです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ