エピローグ/新しい神たち 01
「……以上よ」
ヘキサフレアスの面々に囲まれ椅子に縛られていたリッセは、盛大なため息と共に自分が彼等と離れていた間にしていた行動についての説明を締めくくった。
実に二時間にも及ぶ尋問だった。組織のリーダーに対する扱いとして、なかなかに酷いものである。
とはいえ、心配をかけたのは事実なので、文句は言えない。
「あのさ、早く解いて欲しいんだけど?」
だから、出来るだけ殊勝なトーンで、リッセは解放を求めた。
ヒトの酒を勝手に呑んでいる肥満オヤジに青筋が立ちそうになったが、それも堪えた。
「では、重要な部分の確認作業に入るとしようか。酒の所為であまり頭に入ってこなかったしな」
自慢の腹をさすりながら、ダルマジェラが言う。
「そうだな、それがいい」
と、こちらの対面にある酒場のテーブルの上に腰かけていたラウが、眉間に皺を寄せたままに頷いた。
完全に嫌がらせである。
「……あんたらって、そこまで莫迦じゃなかったと思うんだけど?」
「それは買い被りだろう。なにせ、お前さんの得意技を失念して動揺していたような節穴共だからな」
「そうだね。騙されたって皆怒ってる。だから、ちゃんと納得させて欲しい」
ダルマジェラの皮肉に乗っかるように、ケイが真っ直ぐにこちらを見つめて言ってくる。
隣のシェリエもこくこくと頷いていた。
どうやら、この苦行は二時間では足りないらしい。
「いいわ、あんたらが満足するまで付き合ってやるわよ。で、何が気になるわけ?」
「まずは、この件の首謀者についてだ。儂等にすら黙って、死者を騙っていた理由だな」
「さっきも話したけど、リフィルディールって奴よ。そいつはこの世界で唯一になってしまった神だって言ってたっけね。で、レニをアルドヴァニアって場所に連れて行った代わりに、あいつが居なかった間に起きたあいつの損失を補填するために、あたしを生き返らせた」
「生き返らせたというのは、本当に言葉通りの意味なのか?」
眉間に微かな皺を寄せながら、ラウが訪ねてくる。
「そうよ、仮死状態から蘇生したとかじゃなくて、本当にあたしは一回死んだわけ。そういう意味では、別にあんたらを騙してたわけでもない。目が覚めたのだって、殺されてすぐってわけでもなかったしな」
「だが、接触が出来ないほど切迫した状況でもなかったはずだ。……何故、全てが終わらったあとに、連絡をする事態になった?」
「もちろん、借りを返すことを優先したからよ。あたしの性格は知ってるだろう? 命を助けられたわけだからね。その分、レニの奴の事情に付き合う必要が出来た」
「具体的になにをしていた?」
「色々よ。異世界に先に足を運んだり、人助けしたり、偽装をしたり」
「それら全ては、お前さんの判断によるものか?」
と、ダルマジェラが目を細めながら訊いてくる。
彼にとっては、そこが見落とせない部分らしい。
「あぁ、一応はそうだ。まあ、誘導された感がないとは言えないけどね。情報を寄越したのは、得体の知れない存在だったわけだし」
「その存在を、お前さんはどう見立てた?」
「触らぬ神に祟りなしって言葉が、かつてはあったらしいわよ? まったくもって、立派な心がけだと思ってるわ。今はね」
「貴族相手にも上等どころか、喰い尽すような気概のリッセ・ベルノーウがそこまで言うか」
「あんたも遭遇してみればわかるさ。あれは、人間が関わっていいものじゃなかった」
話した時間はほんの少しだけど、それでも未だに居心地の悪さが胸の奥に残留している。中身を掻きまわされたみたいな気持ち悪さだ。その癖に、また会える事をどこかで期待している自分も居て……ああいうのを、ある種の魔性と言うのだろう。
「そいつの目的は、やはりあの龍だったのか?」
義足となった方を軽く擦りながら、ラウが独白のように声を漏らした。
あの絶対的な化物の事を思い出して、今の自身の弱さを噛みしめていると言ったところだろうか。
「裏はないと思うわよ。多分言葉通り、レニへの報酬以上の価値はない」
「だが――」
「あれはただ単に、ディアネットの魔法によってレニの異常性が完全に消えただけよ。だからあの龍は目標を失って、本来の優先順位に戻った」
「つまり、奴の行いは無意味だったと?」
「意味があったのなら、みすみす殺させはしないでしょう? あの神の目的は全ての龍を殺すことなんだから。完璧な複製を作るのも、ただではないみたいだしね」
「……なんか、壮大な話だね」
ぽつりと、不安そうな表情でシェリエが呟いた。
ここまで小難しい事実確認に付き合ってきたが、更にややこしい話に突入しそうな気配を前に、さすがにもう限界のようだ。まあ、ここまで集中力を切らさなかっただけでも上出来である。
「そうね。だからこそ、あたしたちの人生には無縁な話でもある。あの化物が一万年後に世界を消したとしても、そこにあたしたちはいないしね」
「子孫はいるかもしれないぞ?」
「あんたはそうかもな、ダルマジェラ。じゃあ、その子孫の為に戦ってみる?」
「……ふむ、残念ながらそこまでの正義感はないな。では、次の話題に移るとしよう。イル・レコンノルンとの今後についてだ」
「ここに落ちてきた異世界の人間たちを、元の世界に帰すっていう話についてか?」
「その詐欺にお前さんが加担するという話についてだよ。どういう風の吹き回しなのか、理由は明かされていない筈だ。儂がまだ記憶喪失になるほど呑んでいなければな」
そう言いながら、ダルマジェラはテーブルに置かれていた酒を開けて、三杯目に突入していた。
「――ってか、待て! それ、アンジュゼーヴェンじゃねぇか! 金だけじゃ買えない酒にまで手だすんじゃないわよ!」
「ヲレン産の酒はいつ飲んでもいいもんだな。都市自体は終わっているが、本当に酒だけは絶品だ。あぁ、心配しなくても、拝借するのはあと三本だけだ。一本は残るさ」
「お前――」
幾らなんでも図に乗りすぎだと、リッセは殺意を滲ませ、
「今日此処に来れなかった二人に詫びは必要だろう? それとも冒険者組合の動きに不満でもあったのか?」
その言葉で、あっけなく萎れてしまった。
「……ないわよ。あんたに言われなくたって、うちの冒険者二人にはそれよりいい酒を贈るつもりだったしね。……ってか、残りの一本は誰の分なわけ?」
「無論、妻への土産に決まっているだろう?」
「……あ、そ」
あまりに堂々とした物言いに、いっそ脱力を覚える。
でも、まあ、こういう男だ。
「話を戻すぞ。お前はどこまで噛むつもりだ?」
弛緩を嫌ってか、ラウが鋭い声をあげた。
「別に、あれと仲良くするつもりはないわよ。ただ、あたしも実際に行ってみて、異世界って奴に少し興味が湧いたってだけ」
「投資の価値があると? 魔力もないような世界に」
「自由な土地がある。下手すればこの世界で人が使えるものよりも多くのね」
「龍の問題はどうなる? あれは秩序の象徴でもあるんだろう?」
「今回のは露骨にやりすぎたから動いたってだけで、小さな孔を開けて問題を感知されないようにすれば、出し抜くことは出来る。少なくとも、あたしはそう判断したわ」
「……なるほど、時間を掛けた静かな支配という事か。保護した連中はその尖兵であり情報源として使うと」
口元に手を当てて、ダルマジェラが思案気に呟く。
彼自身の表の商売にとっても、そこには利益があると嗅ぎ取ったんだろう。
「今回の件で、トルフィネは大きな危機に晒された。それは相当に特殊な不運と言ってもいいものだけど、それでも次がないとは限らない。そして次も防げる保証もない。だからアレは保険をかけたいって思ったのかもしれないわね」
「神無き世界で新しい神になる、か。最終的にはもちろん、イル・レコンノルンは排除して独占する腹積もりなんだろう?」
「当然でしょう? あいつの退屈な管理社会になんて興味ないしね」
「新しい市場での殺し合い。たしかに面白そうな試みではあるな。いいだろう。私は賛同しよう」
愉快そうな笑顔と共に、ダルマジェラが頷いた。
こうして商売関係の重役の了承は得たので、あと落とす必要があるのは一人だけ。
「……頭はお前だ。好きにしたらいい」
その一人であるラウも、若干いつもよりは幾分投げやりにではあるが頷いて――頷いたところで、新調したこの中地区にある閉店中の酒場のドアが開かれた。
「なんだ、まだ続いていたの?」
入って来たのは初めて見る顔の女性だったが、声には覚えがあった。
レドナだ。
「もう終わりだよ。共犯者のあんたが来てくれたからね」
「そうだな。この莫迦の一月禁酒で、とりあえずこの件の説明は終わりでいいだろう」
ため息交じりに、ラウがとんでもない発言を寄越す。
「はぁ? なに勝手な事言って――」
「所有している酒を全部叩き割ってもいいが?」
有無を言わさない、恐ろしい脅迫だった。
既に椅子に拘束されている状態だし、ここで逆らったら本当にそれを止める手立てがない。
「………明日からじゃ、ダメ?」
最後の手段としての泣き落としを刊行してみる。
結果、
「「ダメ」」
この場に居る全員が、一斉に、完璧なタイミングで同じ言葉を返してきた。
味方は誰一人いなかった。
「まったく、仲がいい事でなによりね。わかったわよ。お酒は我慢する。その愉しみの分、貴族共を苛めろってことでしょう。受け入れてやるわ。だからいい加減解いてくれない? あたし、このあと予定あるんだけど」
「予定?」
「その尖兵に会う約束をしてたのよ。あいつの親族共にね」
その中に居たつまらない女の顔を思い出しつつ、リッセはシニカルに微笑んだ。
次回は四日後に投稿予定です。よろしければ、また読んでやってください。




