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 初めてレニが倉瀬蓮と直接的な邂逅をしたのは、世界の終わりを体現したような場所でだった。

 荒みきっていて、それでいてどこか美しい、とある神が用意した舞台。

 だが、今レニを迎えてくれたのは、ただただ冷たく乾いた灰色の世界だった。

 ここは空っぽの匣の中だ。

 ところどころが錆びていて、そこから不穏な霧を撒き散らしている。

 外に続いていそうな扉だけが、やけに綺麗で頑丈そうだった。

(……気配は、わからないか)

 此処は、こちらの行動を読んで敵が用意した新しい舞台なのか、それとも元々存在していた倉瀬蓮の心象世界なのか。

 なんとなく、後者である可能性を疑いつつ、レニは扉の前に立つ。

 この部屋の中には灰色以外何もないのだから、外に出なければ始まらない。

(魔法は使えるようだな)

 魂だけの世界だからか左腕がない状態だったが、義手を具現化するのに困る事はなかった。

 ただし、その強度はお粗末なものだ。そもそも使える魔力が相当に少ないというか、核ではない魂だけの部分で魔力を生成しているような感じがする。

 あまり消耗するのは好ましくなさそうだ。そんな事を考えながら凶器として具現化させた義手を叩きつけてみる。

 見た目の頑丈さに反して、扉は容易く粉砕できた。

 瞬間、微かな魔力の気配が流れ込んでくる。

 気配が読めなかったのは、部屋に施された作用だったというわけだ。

(そうでなかったら、迷子にでもなっていたか。……笑えない話だな)

 そう思わせるような光景が、外には広がっていた。

 無数の小屋と無数の分岐。全てがまったく同じで、どこまでも続いている。

 空は不自然な青。雲も太陽もなく、一色の絵の具で塗られたような単調さでこちらを見下ろしていた。なかなかに居心地が悪い。この世界の本質的な狭さのようなものを、強く感じる所為だろうか。

「……」

 観察をしながら、気配に向かって進んでいく。

 途中で、開かれていた小屋を見つけた。

 中にはなにもない。レニが最初に居た場所とまったく同じだ。

 だから無視しても良かっのだが、なんとなく気になったので入ってみる。

 瞬間、何もなかった筈の部屋が、生活臭に溢れた小汚い一室へと変化した。そして、怒号が鼓膜を震わせる。

 音源の方に振り返ると、無精ひげを生やした男が馬乗りになって女を殴っていた。

 女は顔を両腕で守りながら、声を殺してただ耐えている。その様子を、音もなく部屋のドアを開けて入ってきた五、六歳の子供が見つめていた。

 怖いくらいに殺伐とした眼差し。

 手には果物ナイフが握られていて、少年はそれを両手に構え、息を殺して男の元に近付いていく。

 男は暴力に酔っていて気付かない。

「簡単な事なんだ。これだけで良かった。これだけで全部変わっていた」

 少年の口から零れたのは、レニの知る倉瀬蓮のものだった。

「あ?」

 その呟きに気付いた視線を向けると同時に、少年が駆けだした。

 腕の力ではなく、身体全体を使って男の喉にナイフを突き刺す。

 迷いのない、実に綺麗な殺しだった。声も出ないし、頸動脈もしっかりと断ち切れたので抵抗する時間もない。

「後悔はもうしない。絶対に」

 返り血が少年の顔に飛び散り、しかしその血が着くことなく彼の身体をすり抜けたところで、その光景が元ある殺風景に戻る。

 今のは、時折レニに流れ込んでくる倉瀬蓮の記憶を脚色したなにか、なのだろうか?

(……ここにも、妙な魔力があるな)

 元に戻ったタイミングでうっすらと香ってきた。追いかけている気配と同じものだ。

 此処が倉瀬蓮の精神世界であり、無数の小屋が記憶の保管庫だとするのなら、これは敵の干渉によって生じているものだと考えて良さそうだった。或いは、精神に昇華の魔法を受けた副作用という線もありそうだが……。

(結局、この魔法については、まだ正確に把握しているわけではないという事か)

 生まれた時から持っていたのに、ずっと忌避してきた結果だ。

 最低限の効果だけに眼を向けず、もっとちゃんと向き合っていれば、その辺りの判別も容易かっただろうに……自身の怠慢にため息を零しつつ、歩みを進めていく。

 そうして、いくつもの角を曲がり、それでも一向に変わらない景色に嫌気が差してきたところで、急に開けた場所に出た。

 大体、小屋十二軒分くらいの広さだろうか。中心に向かってなだらかな窪みが出来ている。

 そこに倉瀬蓮はいた。ぼんやりとした表情で突っ立って、虚ろな表情で空を見上げている。

 その背後に、影のように一人の女が纏わりついていた。

 先程見た、倉瀬華と同じ姿をしている。ただし、全体的にぼやけていて、それはさながら霧が作りだした幻のようでもあった。

 そいつが、蓮の耳元でなにかを囁いている。

「私達は、ようやく再会出来た。でも、この奇跡を守るためには犠牲が必要。私はずっと貴方を守ってきた。貴方を守るために貴方が殺す筈だった男も殺した。だから今度は、貴方が私を守るの。恐ろしい、全てを破壊する龍から、私達の世界を守るの」

 聴覚を絞って聞こえてきた内容が、これだった。

 脳味噌が腐りそうなくらいに甘ったるい物言いだ。魅惑の魔法の一種なのは即座に理解出来た。

「神という輩は、どいつもこいつも小賢しい真似しかできないらしいな」

 蔑みを露わに、レニは右手に剣を具現化しつつ、薄気味悪い女を斬り捨てるべく、ゆったりとした足取りで窪みの中心に向かっていく。

 此処に入り込むために、色々と隠密に精を出したからか向こうの魔力量も相当に少ないので、今の自分でも問題なく処理できるだろう。

 もちろん、こいつだけが敵として立ちふさがるのなら、だが。

「私とやり直すのに、余分なものは要らない。最初の一歩と行きましょう。そいつを殺して、蓮」

「……」

 空を見上げていた蓮の視線がこちらに向けられる。

 その瞳に光はないが、今しがた見せられた少年の眼差しのような圧を放ってきていた。

 それが錯覚ではない事を示すように、右手にレニとまったく同じ形状の剣が具現化される。

「……間抜けが、一日二日身体を返してもらうだけでは足りないと思えよ? 貴様」

 蓮を殺さないように気遣いながら、女だけ殺す。

 これを機に器を完全に取り戻すという、当たり前の筈の選択を微塵も取る気になれなかった自身に愚かさにいっそ可笑しさを覚えながら、レニは普段では考えられないほどパワーも速度もない身体をもって、女に向かって踏み込んだ。


次回は四日後に投稿予定です。よろしければ、また読んでやってください。

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