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(――っ、おい!)
全身に届けられた凄まじい負荷に、歯を食いしばりながらレニは聲を荒げた。
荒げたところで、いくつかの骨に罅が入った音が体内から聞こえてくる。
今のは相当に無茶な使い方だった。安全度外視もいいところだ。加減を間違えてあと一段、或いは複数個所身体能力が強化されてしまっていたら、皮膚を突き破って何本もの骨が顔を出していた事だろう。下手をすれば死んでいた。
(油断大敵という奴か……?)
ナアレと同じように、レニも真っ先にそれを考えたが、即座に違うという結論に辿りつく。
昇華の魔法が使用される直前に、奇妙な気配を覚えていたからだ。こちらには匂いだけを届かせ、蓮にだけ触れたなにか。
そのような高度な精神干渉が可能な存在は限られている。
(二柱だけではなかったという事か)
そいつが、この魔法の欠点をついてきた。
今、蓮の精神状態はかなり危うい。それはつまり制御に集中しきれないという事でもある。そんな
状態では自己治癒能力を昇華する事も儘ならないだろう。調整を間違えれば、増殖した細胞によって、それこそ今しがた始末した二柱のように破裂死してしまう。
(それを、こいつは今理解しているのか?)
激しく不安だった。
その不安を消すためには、主導権を取り戻す必要がある。
いつぞやの再戦だ。
(だが、私に出来るか……?)
自身がなによりも強大な戦力である事を疑ったためしはないが、自身が強固な精神をもった人間かどうかという点においては強い疑いがあった。
他でもない倉瀬蓮という男に、その不安を刻み込まれていたからだ。
正直、あの精神世界で彼と対峙して勝てる自信は、まだレニにはない。ただ、それでも、あの場所に赴いてこのリスクを排除しなければならない。
なんとも気が滅入る話。説得が出来れば穏便に済ます事も出来るのかもしれないが、おそらくその可能性はないだろう。彼の殺意はまだ消えていないからだ。むしろ増している。
これが、敵の干渉によるものなのか、単純にまだ復讐するべき相手が残っているからなのかは不明だが……
(……あまり猶予もない、か)
ぼろぼろと、二柱の神が構築した世界が壊れていく。
かろうじて保っていた足場が崩れるのも時間の問題だろう。そんな中、蓮は痛んだ身体をそのままに、殺気を強めながら視線を彷徨わせる。
ひとまず、最悪の選択は取らなかったようだが、結局は同じ結末が先延ばしにされただけだ。なにせ身体の至る所から力が抜けはじめている。これではまともに戦えないし、それでも戦えるような状態にしようとすれば、今度こそ決定的な自壊をして終わりだ。
その危険性を肌で感じ取ったのか、不意にナアレが立ち塞がった。
そして真っ直ぐにこちら――まだ傍観者に甘んじているレニを見て言う。
「少しの時間程度なら、制限を掛ける事も出来るけれど、貴方の魔法は私にも届くものだから、場合によっては思わず殺してしまうかもしれない。それを考慮して、事に当たってくれると助かるわ。アルドヴァニアの英雄さん」
(……ずいぶんと不快な大口を並べるものだな)
気に入らない女だ。舌と手足を切り落として分を弁えさせたくなる。
が、こいつが状況を膠着させている間に事をなすのが一番なのも確かだ。良いように使われているような感じなのも気に入らないが、仕方がない。
どうにも忌々しいが、仕方がない。
そうやって二度ほど自分に言い聞かせながら、レニは身体の内側、二つの魂の接点に意識を飛ばす事にした。
次回は三日後に投稿予定です。よろしければ、また読んでやってください。




