とりあえず、ハグしますか?
『お待たせしましたぁ〜いのりん特製♡スペシャルオムライスでぇーす!』
「いのりん、いつものはやくぅ!」
『はぁーい!それではいきますよぉ〜美味しくなぁれ♡萌え萌えきゅ〜ん♡』
ーーー
『あの…それスクリーンで流すのやめてもらっていいですか』
「え、なんで?」
『何で?って恥ずかしい以外ないでしょ…』
「人間って面白いよね〜オムライスに萌え萌えするだけで、こんなにテンション上がるんだね」
『趣味嗜好は人それぞれですから…というかコレなんですか⁇』
仕事終わりお客様を見送り店内へ戻ろうと振り返った瞬間、一面真っ白な空間に立っていた。
「ここは僕が創り出した空間。キミは選ばれたんだよ」
『選ばれた?何に?』
「ところで、キミはこの後メイド喫茶をやめてリラクゼーションサロンに転職したんだよね。」
『何で知って…』
「キミが転職する様子も見られるよ?見る?」
『…見ない』
"えー見ようよ"と言いながら椅子がないにも関わらず、まるで椅子に座るように足を組んで空中を漂うこの少年は一体誰なんだろう。
「僕はね、異世界にある物同士を繋げる存在だよ。ちなみに名前はないの。ビックリした?」
"んふふッッ"と笑う目の前の存在に不思議と恐怖感などはない。
『考えてる事お見通しって事ね…異世界にある物を繋げるって』
「何でも繋げてあげるわけじゃないよ?本当に必要だなって判断した時だけ」
私が今この空間にいるってことは、異世界で私を必要としてる人がいるってこと?
「そう、キミを必要としてる人がいる。キミの才能をね」
『才能?私の?』
「キミが働いていたリラクゼーションサロンはハグ専門店だね?人とハグをする事で癒しを与えるお仕事だ。」
『実際皆んなが皆んな癒されてたのわからないけどね、』
「中にはそういう人もいるかもね、でもキミは違う。不思議に感じた事ない?キミとハグをした人達が少なくとも数日以内に嬉々として何かを報告をしてくれる人が多かったはず」
報告?そう言えば"難しい商談が上手くいった"とか"面接で上手くいかなかったのに熱烈な歓迎を受けて就職できた"とか
『でも、それって偶然なんじゃ…』
「偶然じゃないよ、キミはハグで人を癒すと言うかそれ以上。成功へと導く才能があるんだよ」
『…なにそれ』
人を癒す?成長へと導く存在?
「ただ、これは他人に対してのみ作用するから自分で自分を抱きしめても効果はないよ」
益々なにそれって感じ。
「本当世界には色んな才能を持つ人間がいて面白いよ。まぁ、多くの人間が自分の持つ才能に気付いてないけどね」
『今までどんな才能を持った人に出会ったの?』
「うん?握手するだけで病気を治せちゃうとか、病気と言っても大きなものは無理だよ」
ハグをする事で人を癒し成功へと導く…知らず知らず自分の体がそんな事をしていたと知った今も特に何か実感することはない。
「理解してくれたかな?」
『…多少は』
「良かった良かった。中には暴れたりする人もいるから、キミは落ち着いてて助かるよ。では、本題に入ろうか」
"まずはこちらをご覧下さい"と言わんばかりのフリップをどこから共なく取り出した少年。
「まずはこちらをご覧ください」
『言うのね、』
「言ってみたかったんだよー、じゃ説明していくね」
フリップを使い身振り手振りされる説明をとりあえず聞くことにした。
「キミを必要としてるのはドリニタス公国、 今この国は魔力不足なんだ。だから、キミのハグで癒してあげてほしい。」
『魔力不足?』
「キミが住んでいた世界には魔力はなかったよね、魔力とは魔法を使うためのエネルギーのこと。ドリニタス公国は魔法を使える人間が国の中枢に多くいる。人間の体力と同じく魔力も使えば使う程、身体は疲弊していく。だから魔力を持つ人間は疲弊した場合、癒しを得る必要があるんだ。」
『癒しを得るってどうやって?』
「癒しを与える人間から、だよ」
『それって私の所謂才能と同じ?』
「うん、と言ってもキミは別格。癒し人10人分を一度に一人で賄えてしまう才能があるからね、」
"癒し人"?その異世界では癒しを与える事ができる人の事を癒し人と呼んでいるのかな。
「癒しを与えるのは何も癒し人だけじゃない。でも、癒し人から分けて貰うのが一番手っ取り早いんだ。でも…その癒し人が今現在ドリニタス公国では減少傾向にある。癒しは一種の才能、そう易々と才能を持つ子は生まれないんだ」
『私はその国で癒し人になる、と?いつ頃帰って来れるの?』
「ん?帰っては来れないよ、言わば永久就職。」
『…は?私がその国へ行くメリットは何もない様に思えるんだけど』
「いやいや、ここからがキミのメリットになるお話だよ」
指をチッチッチッと動かしドヤ顔をするその面をデコピンしてやるたくなる。
「癒し人は魔力を使う人間にとって欠かせない存在。だから保護も手厚いんだ。ただハグをしていればお金が貰えるよ!衣食住も心配要らないし、キミは癒し人としての能力もずば抜けて高いから特に特別待遇を受けるはずだよ」
『ハグをしていればお金が貰えるのは今と変わらないけど』
「と言うかキミ、今の人生に"退屈"してるんじゃない?」
その言葉に一瞬身体が固まった。
「異なる世界で今までとは違った自分になれるよ、何よりアッチの世界ではキミを本当の意味で必要としてる人達がいる。キミが生きたい世界はどちらかな?」
何となく気づいてた。今この世の中で私は必要とされているのか。ただ毎日寝て起きて働いて、また寝る。同じ事の繰り返し。
「気持ちは決まったかな?」
『うん…行く、行ってみたい!』
「良かった、って言うかもう戻れないから何方にしろ行ってもらわないといけなかったんだけどね、」
驚きの発言に口を開きかけた瞬間、身体が浮遊する感覚と共に一気に降下し始めた。
「じゃ、検討を祈るよ!」
ーーー
"ドサッ"と言う音と共に下半身に感じる衝撃。
『ッッ……』
ゆっくり目を開ければ視界には薄ら広がる靄、その先に揺らめく何かを見つめた。
「ハッ…やった…やったぞ!」
「癒し人様だ‼︎‼︎」
「召喚成功だッッ‼︎‼︎」
いきなり聞こえてきた声に驚きつつ、段々とはっきりしてくる視界の先。…誰かいる?目の前にいる黒い何かが音を立てて、床へと落ちた。微かに聴こえる人間の息の音。手で靄を払いつつ見えた先にいたのは、やはり人。黒いローブを羽織り、両膝をつき"ハァハァ"と肩で息をしながら、疲労を浮かべた表情でこちらを見ている男性。
"キミを必要としてる人がいる"
もしかしたら、この人が…
"キミのハグで癒してあげてほしい"
私に出来ることは…
『…とりあえず、ハグしますか?』
初めて投稿しました。