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ショートショート9月~

あまいひと

作者: たかさば

私は、どうも…甘やかしてしまうタイプ、らしい。


誰かが苦労していると、ついつい手伝ってしまう。

誰かがわがままを言うと、ついつい叶えてしまう。

誰かが立ち止まっていると、ついつい背中を押してしまう。

誰かが迷っていると、ついつい道を示してしまう。


誰かの喜ぶ顔が見たくて、手を出してしまう。

誰かの安心した顔が見たくて、手を貸してしまう。


誰かが晴れやかになるというならば、いくらでも愚痴を聞く。

誰かが前を向けるというならば、いくらでも耳触りのいいことを言う。


誰かが喜ぶ言葉を伝えるのが、私の生きがい。

誰かが望むことをしてあげるのが、私の生きがい。


誰かのために、私が存在している。

誰かのために、私は存在し続ける。


誰かのために、私は、いる。


誰かが欲しがるものを与えるために、私は、いる。


「ねえねえ、これお願いしてもいい?」

「いいよ!」


「ねえねえ、僕間違ってないよね?」

「うん、あなたはあなたが正しいと思った事をしたらいいと思うよ!」


「ねえねえ、そろそろやめてもいいかなあ?」

「うん、あなたのタイミングであなたが決断したらいいと思うよ!」


「ねえねえ、僕の魅力って何かなあ?」

「あなたがあなたらしくいるところかな?」


「ねえねえ、僕は何をするべきだと思う?」

「あなたのしたいことをするのがいいと思うよ!」


「ねえねえ、僕のしたいことってなんだろう?」

「あなたがなくしたくないことなんじゃないかな。」


「ねえねえ、僕は君がいたらそれだけで満足みたいだよ。」


私は、いつしか…たった一人の為だけに存在するようになってしまって、いた。


「君といると、僕は自分をさらけ出せるんだ。」

「…開放感って必要だよね。」


「君といるだけで、僕は幸せなんだ。」

「…あなたが幸せでよかった。」


「君が僕に優しい言葉をかけてくれるから安心できるんだ。」

「…あなたに安心感を与えることができてうれしいよ。」


「君が甘やかしてくれるから、僕は僕でいられるんだ。」


甘やかされなければ、自分でいられない、気の毒な人。

甘やかされなければ、自分が出せない、窮屈な世界。


…私は、甘くない世界で、甘さを差し出せる人でありたいと思っているの。


甘い言葉なんて必要としない人もいる。

甘やかされることを嫌う人もいる。

甘えることを許さない人もいる。


…私を必要とする人も、いるの。


甘い、甘い私は、たった一人を甘やかし続ける。


「大丈夫、なんとかなるよ!」

「君は、本当に甘いね。」


「大丈夫、なんとかなったよ!」

「君は、本当に甘いよね。」


「大丈夫、なんとかしてみせるよ!」

「君は、本当に甘すぎるよね。」


甘い、甘い私は、甘いものに飢えている人から逃げられない。

甘い、甘い私は、甘いものに飢えている人から逃げようと思わない。


甘い甘い私を捉えているのはたった一人。

甘い甘い私が捕らえられているのはたった一人。


私が常に甘やかしているから、甘やかされる状況が日常となっている。

私が常に甘やかしているから、甘やかされて当然だと思っている。


…私は、甘やかしたくてたまらないの。


私だけが、この人を甘やかしてあげられる。

私だけが、この人に必要とされている。


とても、とても甘美な満足感が…私を包んでいる。


甘い、甘い私を、甘さに飢えていた人がぺろりと舐めた。


「ああ、甘い、君は本当に、甘い。」


甘い、甘い私を、甘さに飢えていた頃があった人がぺろりと舐めた。


「君の甘さは、本当に極上だよ。」


甘い、甘い私を、甘さに飢えていた頃を忘れた人がぺろりと舐めた。


「君の甘さが、僕を生かしてくれる。」


甘い、甘い私を、甘さに飢える事を忘れた人がぺろりと舐めた。


「もっと、もっと、僕に甘い君を味わわせてくれるよね。」


…限界まで舐め尽くされた私は、ずいぶん身を削ってしまった。


「大丈夫、ちゃんと甘いから。」


…これ以上私の甘さを堪能したら、私は消えてしまうというのに。


「まだ甘いところがあるじゃないか。」


甘い、甘すぎる私は、いつしか甘さを貪りつくされてしまった。


「どこを舐めても、甘さを感じないじゃないか。」


…私は甘さを、すべて舐め取られてしまった。

…私は甘さを無くしてしまった。


甘やかすことのできなくなった私を見て、甘やかされ続けた人が、苦々しい顔をしている。

ずいぶん甘やかされてきたというのに、ずいぶん苦い顔をしている。

甘やかされて、甘やかされることに慣れてしまった人は、食えない人になっていた。

おかしな考え方におかしな言動、おかしな方向性におかしな攻撃性を…恥ずかしげもなく、披露している。


私から甘さを吸いつくした人が、私が甘くない事に対して苦言を呈する。


「…もっと甘やかしてくれないと困るなあ。」


私から甘さを吸いつくした人が、私が甘やかさないでいる事を責め立てる。


「…どうして甘やかそうとしないんだ!」


…もう、私の中に甘さなど微塵も残っていないというのに。


ないものを求めて、怒りをあらわにしている。

ないものを求めて、悲しみをあらわにしている。

ないものを求めて、ただ欲しいと訴え続けている。


私から甘さを吸いつくした人が、甘さのなくなった私に、容赦なく厳しさを向ける。


…私から根こそぎ甘さを奪い取ったのだから、相当甘い人になっているはずと、思っていたのだけれど。


私が甘やかした人は、私に甘くなかった。

私が甘やかした人は、ずいぶん私に対してしょっぱかった。

…甘さを体内に貯め込んで、その身を丸々と肥やしておきながら。


甘さの消えた私に魅力を感じなくなった、かつて甘さに飢えていた人は…甘い甘い誰かを求めて、彷徨い始めた。

甘さの消えた、甘いにおいのしない私には、まったく目もくれず…彷徨い始めた。


与えるだけで満足していた私は、もういない。

ただ欲しいと願って、もらう事が当然だと思っている強欲な人は、もういない。


次に出会う誰かとは、甘さを分け合いたいと願う…私がいる。


「きっと、いるはず、出会えるはず。」


私は、甘さのなくなったこの体に、甘さを分けてくれる誰かを求めて…広い世界に飛び出した。


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― 新着の感想 ―
[一言] 主人公に甘さを与えてられていた人もまたかつては甘さを与えていた1人かもしれないんだ……。うわぁ。
[一言] 甘さもずっとは続かないんですね。 甘くなくなったらぽいですかぁ……。 冷めてゆく、そして離れてゆくんですかねぇ。
[一言] 他人に甘い人間になるというのは、かなり辛いことだと思いました。 精神を病むこと間違いないです。 嫌われる勇気を!
2020/09/30 20:27 退会済み
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