五話 初めてのクエストとPK
タゴサク、ソーニャ、イアの三人は、初期の村から次の町へと移動した。
初期の村の名前は【テイヘーンの村】、町の名前は【テイヘーンの町】である。
底辺だ。考えた開発者たちは、頭がおかしいと言わざるを得ない。
名前にふさわしく、【テイヘーンの町】は閑散としている。村よりも多少マシという程度だ。
死んだ魚のような目をしたNPCが町を歩いており、ちょっとしたホラーにも思える。無邪気に駆けずり回る子供のNPCが唯一の癒しだ。
「こんな場所にいたら、精神がおかしくなりそうだ」
「だからこそ、早く上の星に行けってことなんですよ。コモンステラからの脱出は難しくありません。お金を貯めて船に乗るだけです。一人百万スター必要ですね」
「百万って、簡単に貯まるのか?」
「最速記録は二日だったかと。わたしは十日くらいでしたね。ゴールデンウィークですし、ゲームをプレイする時間も確保しやすいですから、半分の五日を目標にしておきましょうか。お金を貯めている間に自然とレベルも上がります」
右も左も分からない状態では時間もかかるが、イアがいてくれる。無茶な目標ではない。
「クエストをやりましょう。スキルを覚えられるアイテムが入手できるクエストです。序盤を乗り切るために役立ちますよ」
イアに先導され、クエストが受注できる場所に向かう。
NPCの家であり、中には痩せこけた老夫婦がいた。作り物の世界、作り物の人間であるとはいえ、見ているだけで胸が苦しくなる。
話を聞くと、食べ物がなくて生活が苦しいと言っていた。老い先短い自分たちはともかく、孫にはお腹いっぱい食べさせてあげたいと。息子夫婦は既に他界しており、忘れ形見である孫だけは幸せにしてあげたいと涙ながらに語る。
最下級の人々が暮らしている星なので、作物を育てるには不向きであり、飢えている人が多いという設定らしい。
「重いわ! なんつうゲームだ!」
「こういう部分があるから、高校生以上が対象になってるのね。小学生とかには遊ばせられないのも分かるわ」
ストーリーの重さに悪態をつくタゴサクと、冷静に考察するソーニャがいた。
さておき、クエストである。食糧を入手するお使い系クエストだ。
モンスターを倒せば、種別に合った食糧が入手できるという話だ。動物系なら肉が、植物系なら野菜が。
「モンスターを食うのかよ」
「ゲームの設定に文句つけても仕方ないわよ。戦いに行きましょう」
町に到着したばかりだが、外に出てモンスターと戦う。
草原には動物系のモンスターが多い。名前もそのままで【グロッサイノシシ】や【ピッコラウサギ】などだ。グロッサはイタリア語で大きい、ピッコラは同じく小さい。単純である。
レベリングの時と同様、剣を振っていれば簡単に倒せ、稀に肉も入手できた。
「肉ばかりだな。野菜もいるんだっけ?」
「必要です。バランスよく渡さないとクエストクリアになりません」
「飢えてる割には贅沢だな」
イアと会話をしつつモンスターを倒していく。植物系モンスターが出現してくれず、肉ばかりが溜まる。
作業を続けていると、イアが突如大声を発する。
「あっ! あれ、レアモンスターです!」
イアが指差した先にいるのは、一匹のトカゲだ。背中には金色に輝く花を咲かせる、一風変わったトカゲである。
「【オーロフィオーレ】! 本体はトカゲじゃなくて、背中に咲いている金色の花です。ゲームのタイトルにもOroとついているように、金色のモンスターは特殊な扱いで……って解説は後回しにしましょう!」
イアは興奮気味にまくしたてた。
よほどモンスターを逃したくないらしい。イア自身が飛びかかりそうな勢いだ。
イアに戦ってもらえば楽かもしれないが、ここはタゴサクとソーニャで戦う。
が、【オーロフィオーレ】というモンスターは非常にすばしっこかった。これまで戦ったモンスターとは違い、剣をがむしゃらに振るだけでは命中してくれない。
「ソーニャ! そっち行った!」
「えいっ! このっ!」
二人がかりで取り囲もうとするも、うまくいかない。剣による攻撃をひらひらと避けられてしまう。
反撃はしてこないため、ダメージは受けない。まぐれでもなんでもいいので、いずれ命中してくれるだろう。
呑気に考えていたせいで、周囲への警戒がおろそかになった。
「サクさん! ソーニャちゃん!」
イアの悲鳴じみた声が聞こえた時には、タゴサクの視界は暗転していた。爆発音も聞こえた気がするが、何が起きたのか把握できない。
わけがわからぬまま、草原でモンスターと戦っていたはずのタゴサクは、さびれた家の中に立っていた。隣にはソーニャもいる。
「ソーニャ、俺たちはどうなったんだ?」
「さあ?」
ソーニャも状況を把握できていなかった。
家の中にいるので、【テイヘーンの村】か【テイヘーンの町】のどちらかだと思われる。
草原から町まで一気に戻された。転移するアイテムなり魔法なりを使ったわけでもないのに。
以上から推測できるのは。
「死んだ?」
「のかなあ。なんか、爆発音も聞こえた気がするし」
「ソーニャにも聞こえたってことは、俺の空耳じゃないんだな。モンスターが自爆でもしたのか?」
「分からないけど、HPは満タンだったわよね。一発で即死するの? 難易度高くない?」
「死んだものはしょうがないし、イアと合流しようか」
状況は不明ながら、このまま突っ立っていても意味はないし、家から出てみる。
そこはやはり【テイヘーンの町】だった。
「んで、どうやって合流するんだ?」
「簡易メッセージを送れるはずだけど……あ、イアから届いてる」
メニュー画面を開いて操作していたソーニャは、メッセージに気付いたようだ。ソーニャの手が動いているので、メッセージをやり取りしているのだろう。
「こっちにきてくれるって」
「徒歩でか?」
「アイテムですよ」
「うおっ!」
ソーニャと話していれば、いきなりイアが現れて驚いた。
「驚かせてしまってすみません。SOSはゲームの舞台となる世界が広いので、町へ転移できるアイテムがあるんです。徒歩で移動するのは大変ですから」
「ああ、RPGでよくあるやつか。一度訪れた場所に飛べるってやつ」
「それです。そしてですね、すみませんでした」
イアが頭を下げ、謝罪した。タゴサクたちが死んでしまったことへの謝罪だと思われる。
「死んだのは俺たちが油断したからだし、謝る必要はないって」
「お兄ちゃんにしてはいいこと言ったわね。自爆するようなモンスターなら、あらかじめ教えて欲しかったとは思うけど」
「自爆? 違うよ。さっきのは、他のプレイヤーに攻撃されたの。要はPKされたってこと」
PK――プレイヤーキルだ。MMORPGで他のプレイヤーを殺す行為を指す。PKをする人はプレイヤーキラーで、こちらもPKと略す。
「問答無用でPKかよ」
「一番を目指すゲームですからね。他人を蹴落とすために、PKも日常茶飯事ですよ。レアモンスターもいましたし、サクさんとソーニャちゃんも巻き込んで攻撃したんです。他の理由もあると思いますけど」
「俺たちをPKしたプレイヤーはどうなった?」
「アイテムを使われて、逃げられてしまいました。手馴れていましたね。遠距離から魔法を撃ち込んで倒し、さっさと逃亡です。常習犯と考えていいと思います」
そういうゲームと知っていても腹が立つ。次に会えばやり返したいところだ。
復讐に燃えているのはソーニャも同様で、イアに質問する。
「イアは相手の顔を見た? やられっぱなしは癪なんだけど」
「遠目だから、チラッと見ただけだよ。男の人で、ソーニャちゃんと同じ色の髪を逆立ててたよ。PKに成功して笑っていたけど、わたしには手を出してこなかったし頭がいいと思う。確実に倒せる相手だけを狙ってるっぽい」
モンスター一体すら倒せず、素人丸出しの動きをしていた二人を見れば、明らかに格下だと分かる。イアは装備からして強そうだし手を出さないと。
この考えが正しいと決まったわけではないが、SOSの洗礼を受けた気分だ。
「デスペナルティはあるのか?」
「アイテムとお金をランダムで失います。PKの場合は、失った分はPKした人が入手できます。モンスターを倒すよりも効率いいんですよね」
確認してみると、確かに金とアイテムを多少失っていた。
レアアイテムは持っていなかったので、回復アイテムと集めていた肉を失っただけで済んだのは不幸中の幸いだ。
「PKでアイテムを奪えるのか。殺し合えって言ってるに等しいな」
「ですから、日常茶飯事なんですよ。町の中では攻撃できませんけど、一歩外に出れば常に警戒する必要があります。ただ、まさか【テイヘーンの町】周辺にPKが出没するとは思わなくて、油断してしまいました。初心者を狙ってもおいしくないんです」
「初心者の方が狩りやすいと思うが?」
「碌なアイテムを持っていませんから、あまり意味がありません。初心者を狙ってPKするくらいなら、適正レベルのモンスターと戦う方がいいです。高レベルの相手をPKすれば話は別ですけどね。ですから、あの人が襲ってきたのはアイテム狙いではないと思います」
「なるほど、納得した。アイテム狙いじゃないなら何が狙いだ?」
「そこはおいおい説明します。ちなみに、PKした際に好きなアイテムを奪えるスキルとかもあるらしいです。もっと高レベルにならないと覚えられませんし、わたしも覚えていません」
ますます殺し合い推奨に聞こえる仕様だ。タゴサクも、いずれは染まってPKするようになるのかもしれない。
「俺はまだしも、ソーニャはなあ」
「私にPKするなって? やられっぱなしでいろって言いたいの?」
「他人を蹴落とす人間にはなって欲しくないって意味だ。兄としては妹が心配なんだよ」
「進んでPKしようとは思わないけど、降りかかる火の粉を払うのは問題ないわよね。さっきの奴も、今度襲ってきたら返り討ちにしてやる。そのためにもレベルを上げないとダメだし、レベリングしよう!」
殺伐としたゲームシステムにうんざりするタゴサクに対し、ソーニャは殺る気十分であった。頼りになるが恐ろしい妹である。