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たった一つの輝くもの  作者: ともむらゆう
第3章 ジャパンステラ
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四十五話 可愛い猫ちゃん(ただしタゴサク)

 隠し通路の先にあった部屋には、謎の機械が設置されていた。

 ボタンを押せば女性のホログラムが現れたが、その女性が口を開く。


「哀れな虫けらども」


 美しい外見に反し、のっけから罵倒された。

 機械音声のような硬い声だ。NPCは、人間の肉声と変わらない声をしているので、わざと機械的な声にしているのだろう。


「喧嘩売られてる?」

「落ち着け、ソーニャ。続きがあるみたいだぞ」


 タゴサクも驚いたが、単なる罵倒のために大がかりな仕掛けを用意したとは思えない。何かあるのだ。


「いつの時代も変わらぬな。集まれば争う。孤高になれば下を求める。哀れよ」


 連続して話しはせず、途中で言葉を止めた。

 待っていれば続きがある。


「しかし、ワタシは愛そう。哀れな虫けらを愛そう」


 またしても止まり、待てば続きが。


「天高くから、ワタシは虫けらを見守ろう。このは」


 今度は変なところで止まった。

 このはとはなんぞや。木の葉?


「るかなる空から、虫けらを愛し続けよう。それこそが母なる女神の役目よ」


 どうやら次の言葉に続いていたらしい。「この遥かなる」と言いたかったのだ。

 女性の言葉は終わり、ホログラムも消えた。部屋には静けさが戻る。

 待っても次の展開は起きないが、液晶パネルに電源が入った。

 そこには、「キーワードを入力してください」の文字が浮かび、ひらがな五十音から入力できるようになっている。


「キーワードってなんでしょう? どこかにヒントがあるのに、すっ飛ばしちゃったんでしょうか?」


 イアは、別の場所でヒントを得てからでなければキーワードが分からないと考えていた。

 タゴサクは一つ思い浮かんでいる。


「ソーニャは分かるか?」

「絶対とは言えないけど、多分ね」

「なんだ、分かってるのか。分かってないなら自慢してやろうと思ったのに」

「その口ぶりからすると、お兄ちゃんも気付いた?」

「俺も絶対とは言えないが、多分な」

「サクさんは分かるんですか? ソーニャちゃんも?」

「よくあるパターンよ。イアも聞けば納得するわ」


 女性の言葉がヒントになっている。

 一気に話さず、途切れ途切れになっていた言葉。さらに、「この遥かなる」をわざわざ「このは」と「るかなる」に分けたことを考えれば、答えは見える。


「頭文字をつなげる。よね、お兄ちゃん?」

「ああ。最初は『哀れな虫けらども』だったし、『あ』だ」


 この調子でつなげていく。

 次は、「いつの時代も変わらぬな」なので「い」になる。「しかし」の「し」、「天高くから」の「て」、「るかなる空から」の「る」だ。


「愛してる?」

「実際、セリフの中にもあった。虫けらを愛するって。女神とも名乗ってたし、女神様が哀れな人間を愛してくださるんだとさ」

「こっちも、マンガやゲームでよくあるパターンかもね。神様と人間が争う作品って多いでしょ」

「多いな。展開も決まってる」


 主人公は人間側で、神様と意見の対立がある。

 人間は醜い。でも尊い。俺は人間の可能性を信じるんだ。

 と主張するのは主人公である。


 人間は醜い。滅ぼす方が世のためである。

 と主張するのは神様だ。


 神様は、世界を創造したがゆえに、責任を持って醜い人間を滅ぼそうとする。

 主人公は、いくら創造主でも滅ぼす権利はないと訴える。

 意見は交わらず、戦いが勃発し、最後は主人公が勝利してめでたしめでたし。


「わたしが読んだことのある少年マンガでしたら、世界の創造主である女神様は本当に人間を愛しているってパターンがありましたよ。大好きな作品です」

「俺も読んだことあるやつかも。人間を愛するからこそ、自分が守ってあげないといけないって考える女神様?」

「それです。母親が小さな子供を庇護するみたいに、大事に大事に守ってあげようとします。じゃないと生きていけないので。主人公たちは、女神様の庇護がなくても生きていけるって訴えるんですよね」

「少年マンガ談義はいいけど、SOSの背景になってるストーリーに女神って登場したっけ? 私が知らないだけ?」

「俺も知らない」

「わたしも」


 女神と聞いて思い浮かべるのは、ソーニャのそっくりさんであるトキヒメという女性プレイヤーだ。

 SOSのストーリーに女神が関係していた記憶はない。


「このダンジョン限定の設定なのか、もっと全体的に関係してくるのか。今は考えても答えが出ないし、とりあえずキーワードを入力しよう。俺がやっていい?」


 二人が頷いてくれたので、タゴサクはキーワードを入力する。

 あいしてる、の五文字を。

 入力が終われば、女神が再び現れた。

 先ほどとは違い、半透明ではない。明瞭に見えているし実体があるようだ。

 胸より上だけが空中に浮いている。


「哀れな虫けらども」


 言葉と共に、絡めていた指をほどく。

 一本一本が普通の人間の腕ほどもある指は、剣や槍などの武器になった。


「戦闘があるの!? 隠しボスってこと!?」

「わたし、松明持ったままだよ! 槍は両手持ちだから戦いにくいよ!」

「急展開だが、やるっきゃないぞ! 俺が前衛、ソーニャは後衛! イアは明かりを維持しつつ、余裕があれば攻撃だ!」


 展開についていけないが、黙って殺される気もない。

 ソーニャとイアに素早く指示を飛ばし、臨戦態勢を整えた。

 自称女神様とのバトル開始だ。


「【アイシクルアイズ】!」

「【オレンジバード】!」

「【ブラックバード】!」


 タゴサクたちの魔法が放たれる。

 相手の的はでかいので、命中させるのは難しくない。三発とも直撃した。


「【流星衝(シューティングスター)】!」


 懐に飛び込み、スキルを使用する。

 タゴサクの連続突きは女神の胸に全弾命中し、相手はわずかにのけぞった。

 追撃のチャンスだが深追いはしない。女神の能力も攻撃方法も不明だし、チャンスと見て迂闊に攻めれば手痛い反撃を食らいかねない。

 タゴサクが追撃せずとも仲間がいる。


「【セカンドレイン】!」

「それダメ!」


 イアの警告は遅かった。

 ソーニャが魔法で攻撃しようとしたが、あいにく不発に終わる。


「あ、そっか。屋内じゃ……」


 屋内では使えない魔法らしい。

 ドジをやらかしたソーニャに、女神の攻撃が迫る。武器に変化している指を伸ばして串刺しにしようとする。


「【トリノライオン】!」


 妹のミスは兄がフォローする。タゴサクは魔法を使用した。

 三つの頭を持つ獅子が、鈍色の(たてがみ)をなびかせて駆ける。ソーニャに届く寸前だった指を噛み千切った。

 獅子の召喚ではなく、獅子を模した魔法を放っているという設定だ。よって、噛み千切った後はすぐに消える。


「ありがと! 【ジュラシックシャワー】!」


 タゴサクに短く礼を述べてから、ソーニャは攻撃を再開した。

 もう大丈夫そうだ。タゴサクはタゴサクで攻撃する。


「【全テヲ滅スル光(ラグナロク)】!」


 少し焦ったが態勢を立て直せた。

 タゴサクとソーニャがメインで攻撃し、時折イアも加わる。

 三人がかりの攻撃に、女神は防戦一方だ。


「よし、いける!」


 タゴサクは手ごたえを感じていた。女神はたいして強くない。

 考えてみれば当然かもしれない。

 ソロ前提のSOSでは、隠し通路を発見したプレイヤーは一人で女神と戦うことになる。暗い部屋なので、片手に松明を持った状態でだ。

 空中ダンジョン【ソラ】自体がレベル100程度のプレイヤーでも攻略できる難易度であり、かつ片手で戦う相手となれば、とんでもなく強いとは考えにくい。


 三人もいれば有利に決まっている。ソロプレイヤーから、コダると呼ばれて嫌われるわけだ。

 コダることの是非は考えず、次々と攻撃を加えてHPを削っていく。

 かなりダメージを与えているし、あと一息だろうとなった時だ。


「【女神の息吹(ゴッデスブレス)】」


 女神は口から強風を吐き出した。

 接近していたタゴサクはもちろん、後方にいたソーニャやイアも風に飛ばされ、部屋の壁に激突する。

 強風を吐き続けているせいで攻撃ができない。その隙に、女神の姿が変化する。

 ピカピカと発光したかと思えば、美しい顔が般若のようになった。


「怖っ! 美女が怖くなるのはイアだけにしといてくれよ!」

「わたしが美女? 美少女じゃなくて美女? やだもう、サクさんってば」

「喜んでる場合か!」


 イアは美女の言葉に反応し、ソーニャが突っ込みを入れた。可愛いではなく綺麗と言われたい年頃なのだろうか。

 美女でも美少女でもいいが、これはピンチだ。

 般若に変貌した女神は、これまでとは打って変わって苛烈な攻撃を繰り出すようになる。十本の指先が分かれ、数が倍以上に増加しての波状攻撃だ。


 HPが減ると、行動パターンが変わったりステータスがアップしたりする。

 RPGのボスにはありがちだが、女神がそれとは思わなかった。ソロプレイヤーが片手で倒せる相手と考えたのは間違いだったか。


「【断崖斬(プレシピススラッシュ)】!」

「【広域斬り(ワイドレンジエッジ)】!」

「【ブラックバード】!」


 今度はタゴサクたちが防戦一方になる。何十という数の攻撃を捌き切れない。

 このままではジリ貧だ。打破するには、奥義を使うしかない。


「ソーニャ! 少しの間、あいつの攻撃を食い止めてくれ!」

「了解!」

「【獅子ガ纏イシ死屍炎魔(ライオンエンマ)】!」

「【初メテヲ捧グ(ファーストキス)】」


 タゴサクとソーニャは奥義を使用した。

 ソーニャの奥義は、武器の性能を大幅に引き上げる効果を持つ。よって。


「【豪撃(ダイナマイト)】!」


 通常のスキルでも女神の猛攻を止められる。

 タゴサクの方は、発動までに少々時間がかかる。ソーニャに食い止めるよう頼んだのはそのためだ。

 鈍色の炎が肉体を浸食していく。【瘴炎焼閻(イルエンマ)】や【賤炎穿閻(オゥフルエンマ)】を使った時に近いが、奥義が浸食するのは剣でも腕でもない。

 ある箇所に収束し、タゴサクは変身を終える。


「可愛いです! もふもふしたいです! 中身がサクさんでもいいですから、もふらせてください! わたし、猫ちゃん大好きです!」

「嬉しくねえよ!」


 タゴサクの頭頂部からは猫耳がぴょこんと生え、臀部(でんぶ)には猫の尻尾もある。手首より先は猫の毛に覆われ、肉球まで完備だ。

 獅子と表現するには、あまりにも可愛い見た目であった。

 イアは目を輝かせているが、ちっとも嬉しくない。もふられたくもない。恥ずかしいだけだ。

 もふられるよりも、もふりたいのが本音だ。


 なぜ猫なのだと開発者を問い詰めたい。【瘴炎焼閻】と【トリノライオン】の熟練度を最大にして覚えた奥義なのだから、獅子にしてくれればいいのに。

 格好いい獅子に変身できるなら喜んで多用する。【トリノライオン】のように鈍色の鬣をなびかせるとか、男心をくすぐるではないか。

 猫だから台無しだ。程度の低いコスプレにしか見えない。


 この手の奥義は、本来ソーニャやイアのような美少女が使うべきである。

 猫耳美少女なら可愛らしい。愛でたいし、もふりたいと思う。

 なぜ、なぜ、男のタゴサクなのだ。このような理不尽、あってはならない。

 文句は山ほどあるが、強力な奥義なのは間違いない。

 人間を遥かに超える獅子の身体能力を得て、目にもとまらぬスピードで女神に肉薄する。


「らああああっ!」


 そして顔面をタコ殴りだ。

 猫パンチなので猫殴り? あるいは、タゴサクなのでタゴ殴り?

 と考えたのは内緒である。


 寒いジョークも酷いが、猫耳男子が般若の顔をした女神をボコる絵面もなかなか酷い。

 獅子が武器を扱うのはおかしいという考えなのかなんなのか知らないが、【獅子ガ纏イシ死屍炎魔】の発動中は武器が使用できない。ひたすらに殴り続ける。


 このまま押し切る気でいた。【獅子ガ纏イシ死屍炎魔】の効果は時間が短く、切れる前に倒す。

 必死で殴るが、バカみたいに守りが堅く押し切れない。

 後方にいるソーニャとイアには、今も女神の攻撃が届いているようで、対処しようとする声が聞こえる。


「【轟爆撃(グランドボム)】!」

「わたしも! 【ブラックカーテン】!」


 激しい戦闘が続けば、残念なことにタゴサクの奥義の効果が切れてしまう。

 猫耳と尻尾が消える。拳も人間に戻っており、殴ってもダメージなど入らない。

 女神の顔がパカッと開き、タゴサクに向かって光線が発射された。

 直撃はしなかったものの、かすっただけでも結構なダメージを食らう。

 再びピンチだ。他に打てる手はというと。


「イア! あれを頼む!」

「あれですか!? 失敗しても責任持ちませんよ!」

「構わん!」

「ソーニャちゃん、ちょっと暗くなるから我慢して!」


 タゴサクがイアに頼めば、彼女は持っていた松明を破棄した。

 部屋には暗闇が訪れ、暗闇の中で奥義を使用する。


「【首カラ吹キ出ス黒流血(エグゼキューショナー)】!」

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