四話 悩ましい問題の数々
モンスターとの戦闘がどうなるか不安だったが、いざやってみれば楽勝だった。
装備を整えられたのが大きい。モンスターの攻撃を食らってもHPはほとんど減らず、こちらの攻撃は一、二発当てるだけで倒せる。
サクサク狩れるので、わずか一時間でタゴサクとソーニャはレベル5まで上がっていた。
楽なのは確かだが、拍子抜けした気持ちもある。
「思ったのと違う。ゲームで遊んでるってよりも、作業感が強い」
「剣を振り回してるだけだもんね。もっとこう、派手なスキルをドカン! 大魔法をバーン! っていうのを想像してたんだけど」
兄妹はそろって愚痴をこぼした。
レベリングをしていたこの一時間、ひたすらに剣を振り回していただけだ。最初は新鮮で面白かったが、単調過ぎてすぐに飽きた。
剣術を習っているわけではないため、動きは素人丸出しだ。素人の動きですら楽に勝てるのだから、ぶっちゃけ面白味はない。
飽き性の二人に、イアは苦笑している。
「序盤は仕方ないですよ。できることも限られますし」
「せめて、スキルの一つでも覚えていれば違うんだろうが、俺たちは何も覚えてないんだよな」
「SOSは、レベルが上がってもスキルや魔法を覚えない仕様ですから」
「どうやったら覚えられるんだ?」
「専用のアイテムがあるんです。入手方法はまちまちで、店売り、ダンジョンの宝箱、モンスタードロップ、クエスト報酬とか。次の町に行けば入手できます。レベルが5になったなら、行ってもいいかもしれませんね。行きますか?」
イアに聞かれ、即座に頷いた。単調な作業を続けるのは勘弁だ。
一旦村に戻り、回復アイテムの類を購入する。装備のメンテナンスも行った。
武器にも防具にも耐久度が設定されており、使い続ければ壊れてしまう。定期的なメンテナンスが必要になる。
準備もでき、次の町へ向けて出発だ。
草原をてくてく歩く。モンスターは脅威にならないためピクニック気分……と言いたいが、周囲の環境が悪過ぎる。
空は紫色の雲が覆っているし、肌を撫でる風は生温い。夢のあるファンタジーとはお世辞にも言えない世界だ。
気を紛らわすように雑談が増える。
「コモンステラにいる間は、正直つまらないと思います。見ての通り、景観もよくありません。さっさとレベルを上げて上の星に行かないと」
「コモンステラって何? 俺、ゲームの仕様が分かってなくて」
「SOSはファンタジーっぽいですけど、SFの側面も持ちます。いくつもの星々を旅するゲームですね。ちょっと長くなりますけど、ゲームの背景になっているストーリーをお話ししましょうか?」
「お願い」
タゴサクが頼めば、イアが話してくれる。
SOSは、人類が宇宙に進出した遥か未来が舞台になっている。地球を離れ、人間が住める星を見つけて移住した。
だが、そこまで都合のいい星がポンポン見つかるわけがない。厳しい環境で暮らすことを余儀なくされている人もいる。
タゴサクたちが今いる星はコモンステラと呼ばれ、最下級の人々が住む。
「コモンって、カードゲームのレア度で使われるよな。『よくある』とか『ありふれている』とかって意味の英単語だったはずだが」
「ステラはイタリア語だし、英語とイタリア語を交ぜないで欲しいわよね」
「わたしに言われても」
「お兄ちゃんが変な突っ込みをするから」
「お前もだろうが。まあ、俺たちが悪かったから、イアは話を続けて」
厳しい環境の星で暮らしているが、しょうがないと諦めてしまう人もいれば、上を目指して這い上がろうとする人もいる。
NPCは前者であり、プレイヤーは後者であるという設定だ。
すなわち、プレイヤーはコモンステラで強くなってお金を貯め、別の星を目指すのが目標になる。
一つ上の星に行けば、また次の星を目指す。こうやってどんどん成り上がって行くのだ。
「最終目標は、支配者になることだと言われています。一つの星と言わず、周辺の星々も支配下に置き、自分が頂点に立った銀河を作り上げるんです。現状ではトッププレイヤーでも自分の星は持てていません。なので、単なる噂だという声もあります」
「壮大な話だな」
「壮大ですけど、やっぱり殺伐としてるんですよね。支配者は二人もいりません。一人でいいんです。自分が頂点に立つためには、他のプレイヤーなんて邪魔な存在です。仲間はいりません。パーティーを組む必要はありません。自分が第一です。仲間ではなく、配下や下僕ならありですけど」
ただひたすらに、自分が一番になることを目指すゲームだ。自分以外の人間など踏み台でしかない。
分かりやすくはある。優越感を満たしたいと思うのは人の感情としておかしくないし、MMORPGで遊んでいる人にも当てはまる。
自分だけレベルを上げ、自分だけレアアイテムを入手し、自分だけのユニークスキルや魔法を習得する。有用な情報は、他人には絶対に教えない。独占し秘匿し、自分の利益とする。
結果として自分が優位に立ち、力をひけらかす。他人の嫉妬など優越感を満たすためのスパイスでしかない。
全てのプレイヤーがそうだとは言わないが、多かれ少なかれ似た気持ちは持っている。
SOSは、MMORPGの負の側面を押し出したゲームと言えよう。他人を蹴落としてでも一番になれと言っている。
「ひっでえゲームだ」
「酷いかもしれないけど、正直でいいと思うわよ。綺麗事で誤魔化すよりもマシだと思う。私の考えだし、他の人がどう感じるかは知らないけどね」
ソーニャの意見にも一理あるが、正直なだけでは社会で生きていけないし難しいところだ。
ゲームで遊んでいるのに、なぜこのようなことを考えなければならないのか。普通に楽しめばよさそうなものなのに。
「とまあ、ストーリーはこんな感じです。わたしなら、コモンステラは脱出しました。次の星に行っていますね」
「イアのレベルっていくつ?」
「65です。プレイ時間も短いですし、低い方ですよ。レベル50まではチュートリアルだって言われているほどですから、わたしはチュートリアルが終わった段階ですね。レベル50を超えると、できることの幅がぐっと広がりますし、俄然面白くなります」
「レベル50か」
今日ゲームを始めたばかりで、レベル5であるタゴサクには遠い話だ。
長くても一ヶ月しか遊ぶつもりはないため、レベル50に到達して面白くなり始めた矢先にやめてしまいそうな気がする。
「ソーニャのそっくりさんには、もっと簡単に会えるかと思ってたが」
「簡単にはいきませんよ。彼女はトッププレイヤーの一人ですから、ずっと上の星で活動しています。下の星には降りてきません。その辺の町を歩いていて偶然遭遇することはないんです。わたしたちも上に行かないといけません」
「なあ、ソーニャ。五月中とか言ってたが、間に合うか?」
「自信なくなってきたかも。こうなったら、最終手段を使うしかないわね。こんなこともあろうかと準備しておいて正解だったわ」
ソーニャは不敵な笑みを浮かべていた。いかにも悪だくみをしていますと言わんばかりの表情だ。
「お兄ちゃんに聞くけど、イアは可愛い?」
「急になんだよ。可愛いと思うぞ。学校でもモテるだろ」
「モテるわよ。入学から一ヶ月なのに、もう告白もされたもの」
「ちょっと、ソーニャちゃん!」
「詳しく話すのはプライバシーの侵害だからやめておくけど、とにかくイアはモテるのよ。こんなに可愛い女の子と知り合いになれたのに、ゲームやめちゃっていいの? もったいなくない?」
ソーニャの言いたいことは理解した。
イアに協力を頼んだのはこのためでもあったのだ。タゴサクがイア目当てでゲームを続けるように。
「悪魔かよ」
「私は強制しないわよ。選ぶのはお兄ちゃん。もちろん、無理矢理手を出すのはなしだからね。イアは一番の友達だし、お兄ちゃんの毒牙にかかるのは看過できないわ。お互いに合意の上なら自由だけど」
「あの、わたしの意思は?」
「イアにも強制しないって。お兄ちゃんから告白されたとして、付き合うのも断るのも自由にすればいいわ。私としては、お兄ちゃんごときにイアはもったいないって思うけど」
「告白って、気が早いよ。わたしたち、さっき会ったばかりなのに」
「早いな」
イアは美少女だ。タゴサクも年頃の男子だし、美少女が嫌いなわけはない。彼女になってもらえるなら願ったり叶ったりだ。
とはいえ、さすがに早いと思う。一緒にゲームで遊んでいるうちに距離を縮め、やがて恋人になるなら分かるが、今日明日中にどうこうできる話ではない。
ソーニャも理解した上で、ゲームをやめるのはもったいないとそそのかす。
受験勉強を優先するか、美少女と遊ぶのを優先するか、悩む問題だ。
いっそ、現実の連絡先を聞き出そうかとも考える。ソーニャと同じ学校に通っているのだから、家もそう遠くないはずだ。現実で会ってデートができるなら、ゲームで遊ぶ意味もなくなる。
「お兄ちゃん、イアの連絡先を聞き出そうとか考えたでしょ」
タゴサクのせこい考えは、妹様には見透かされていたようだ。長年兄妹をやっているだけはある。
「やだやだ。男ってこんなのばっか。私の偽物に夢中になってる男もだし、可愛ければ誰でもいいの?」
「答えにくいことを聞くな」
「ソーニャちゃん、男子だけを悪く言うのはよくないよ。女子だって、誰それが格好いいって顔しか見てないんだし」
「まあ、私も不細工よりはイケメンの方が好きよ。私が嫌いなのは、『俺が好きになったのはあくまでも内面だ』とか言いながら、実際は美少女にしか声をかけないような奴。これが最低。顔で判断するなら素直に言えって思うわね」
「ひねくれ者め」
「自覚はあるわよ。こんな性格なのに、私と友達になってくれたイアには感謝してるの」
「わたしもソーニャちゃんに感謝してるし、大好きだよ」
ただの友達かと思っていたが、二人は妙に仲がいい。
「友達になるきっかけとかあったのか?」
「入学式の時、ナンパに絡まれて困っていたんですよ。学校を案内するとか言ってました。断ってるのにしつこかったんですけど、そこで助けてくれたのがソーニャちゃんです。すっごく格好よくて、まるで王子様みたいでした。ソーニャちゃんが男子だったら好きになっていたかもしれません」
「お前、やるなあ」
「私もよくナンパ被害にあってるからね。しつこい男は嫌いなの」
ソーニャは行動が男前だ。兄よりも妹の方が格好いいとは情けない話である。
殺伐としたゲームのこと。イアとの関係や受験勉強。ソーニャのそっくりさんの存在。
頭を悩ませる問題が山積しているのだった。