三話 パーティーであり、パーティーにあらず
御堂空ことタゴサク、および御堂双那ことソーニャは、Solo Oro StellaというVRMMORPGで遊び始めた。
ソーニャの友達と合流するとの話だったので待っていれば、しばらくしてやってきた。
「双那ちゃん……だよね?」
「ここではソーニャね」
「人違いじゃなくてよかった。わたしはイアって名前だから、よろしく」
「イアね。了解。紹介しておくと、こっちは私のリアルでの実兄よ」
「ソーニャちゃんが連れてくるって言ってた人だよね。はじめまして。わたしは、ソーニャちゃんの友達でイアといいます」
「は、はじめまして」
イアが登場してから、タゴサクは目を奪われっぱなしだった。
タゴサクやソーニャとは異なり、金属製の鎧を装備しているし背中には強そうな槍を担いでいる。そこそこレベルの高いプレイヤーなのだろう。
だが、そんなものはどうでもいい。重要なのは顔だ。
可愛い。その一言に尽きる。
パッと見て目を惹くのは、くりっとした大きな眼だ。右目は瑞々しい新緑色、左目は吸い込まれそうな夜空の漆黒。色違いの瞳は、少女の神秘性を演出している。
肩まで伸ばした栗色の髪はさらりと流れる。現実であれば、シャンプーのいい匂いが届いているであろう。
身長はソーニャと同程度で、百六十前後だ。
ソーニャも美少女だが、二人はタイプが結構違う。
ソーニャは、髪や瞳を真紅にしていることもあり、凛々しく見える。ややキツイ雰囲気だとも換言できる。
一方のイアは、垂れ目で柔和な顔立ちだ。話し方も優しげで、おっとりしたタイプと言える。
期待はしていたが、期待以上の相手が出てきた。嬉しい誤算だ。
「あの、お兄さんのお名前は?」
「俺はタゴ……」
名乗りかけたタゴサクだが、言葉を詰まらせた。
タゴサク。ソーニャからダサいと全否定されたばかりの名前だ。
「ほらね。早速後悔してる。だから、素直に別の名前にしておけばよかったのよ。お兄ちゃんの自業自得」
ソーニャの言葉が耳に痛い。
タゴサクという名前を笑いたければ笑えばいい。後悔はしない。
などと格好つけたことを考えていたが、イアに笑われたくないと思っているし後悔もしている。
後悔しても遅いので、仕方なく名乗ることにする。
「タゴサク……です」
「タゴサク? 本名じゃないですよね? ふざけてみたんですか?」
「本名じゃないですが、一応真剣に考えた名前で」
「す、すみません! わたしってば失礼なこと言っちゃって!」
「イアさんが悪いわけじゃないよ。こんな名前にしたのは俺だから」
タゴサクとイアは、お互いに頭を下げ合って謝罪していた。気まずい。
「お兄ちゃんは、キャラクター作り直す?」
「作り直した方がいいか? ソーニャにもイアさんにも不評だし、俺も恥ずかしくなってきた」
「ユニークでいいと思いますよ」
「イアさんがフォローしてくれるのは嬉しいですが、俺の名前を呼ぶのも恥ずかしくありません?」
「ちょっとだけ……でしたら、サクさんって呼ぶのはどうでしょう?」
タゴサクなのでサクというわけだ。酢酸にも聞こえるが、タゴサクよりはマシかもしれない。
「それでお願いします。作り直すのも面倒だし、このままで」
時間はたいしてかからない。ログアウトしてキャラクターを削除し、作り直して合流するまで、長く見積もっても三十分程度で済む。
惜しむような時間ではないが、一度は格好いいと思ってつけた名前だ。せっかくなのでこのままでいく。
どうせ、長くゲームを続ける気はない。ソーニャの問題が解決するまでか、期限である五月中までか、どちらかだ。
「お兄ちゃんとイアがいいなら、私も構わないけどね。紹介も終わったし、ゲームをしたいんだけど」
「わたしに任せて。色々教えるよ」
「頼りにしてるわよ。私もお兄ちゃんも、ゲームのことをほとんど知らないから。何すればいい?」
「まずは装備を整えないと」
「これじゃダメなの? 一応、武器も防具も装備してるけど」
タゴサクもソーニャも、簡素な革鎧を身に着け、一本の剣も持っている。今のままでも戦えるはずだ。
「初期装備は弱いよ。この村だとたいした装備は売ってないけど、初期装備よりは強いから、買い替えた方が効率よくなるの」
「始めたばかりだし、お金も持ってないわよ。お兄ちゃんはいくら持ってる?」
「千スター。これが多いのか少ないのかもよく分からん」
SOS内で使われる通貨単位はスターだ。タゴサクは、初期費用として千スターを持っている。
「私と同じか。イア、これで装備を整えられるの?」
「さすがに無理だよ。金銭価値は日本円と同等って思っていいかな。千スターなら千円だね。千円で武器や防具をそろえられると思う?」
「小学生のお小遣いレベルね」
「わたしが立て替えてもいいけど、初心者に過剰な施しをするのもよくないし、初心者保護を受給しに行こう」
生活保護のパクリのような名前が出た。
兄妹がそろって怪訝な表情を浮かべていると、イアが教えてくれる。
MMORPGの問題点として、後発のプレイヤーがどうしても不利になってしまうことが挙げられる。
救済策として考案されたのが、初心者プレイヤーにお金を与えて序盤を有利に進めやすくしようというものだ。ゲーム内で申請すればお金を受け取れる。
これが初心者保護である。
文句をつけたのは古参プレイヤーたちだ。自分たちの時はなかったのに卑怯だと苦情が殺到した。
すると、初心者限定であるはずの初心者保護が、全プレイヤーに開放された。
やり方は初心者と同様で、申請すればいい。初心者だろうと古参だろうと同額をもらえる。
初心者保護とは名前だけになってしまいましたとさ。
「なんつうゲームだ」
「たいした問題にはなってないんですよ。初心者がもらえるお金なので、たったの五万スターです。初期費用からすれば高額に思えますけど、ちょっと遊べば簡単に稼げます。古参プレイヤーは何十億と持ってますよ」
「はした金ってわけですか。はした金なら、ずるいなんて文句も言わなければいいのに」
「いくらだろうと、他人が得をするのは気に食わないって感じる人はいるんです。悲しいですよね」
「悲しいですね」
ゲームの話なのに、タゴサクとイアは妙にしんみりとした空気になった。
空気を払拭するように、ソーニャが明るい声を発する。
「世知辛い話はいいから、私たちも初心者保護を受け取ればいいってこと?」
「うん。五万スターあれば装備を整えられるから効率いいの。わたしも始めたばかりの頃に受け取ったよ。古参プレイヤーからすればはした金で、初心者にとってはありがたい。初心者保護の役目をちゃんと果たしてるでしょ」
イアの話を聞きつつ、村長の家に案内してもらう。ここで申請できるらしい。
申請はすんなり通り、タゴサクとソーニャは五万スターを受け取った。一度きりしかもらえないため、過去に受け取ったイアは何もなしだ。
「イアさんって古参なんですか?」
「全然です。SOSは対象年齢が高校生以上ですから、わたしは四月になってようやく始められました。一ヶ月もたっていませんよ」
「一年生なんですね」
「お兄ちゃん、さりげなくプライベートな情報を聞き出してるんじゃないわよ」
「そんなつもりはなかったが……すみません、イアさん」
「問題ありません。第一、わたしの年齢は想像つきますよね? ソーニャちゃんの友達ですし」
確かに、タゴサクはイアを高一だろうと考えていた。先輩後輩にしては気安い態度に見えるため、おそらく同級生だと。
「わたしはサクさんの後輩なので、敬語もやめてくれていいですよ。かえって申し訳ないです。名前も呼び捨てにしてもらえれば」
「分かった。お言葉に甘えさせてもらうよ、イア」
年下と思っていたとはいえ、出会ったばかりの相手なので敬語を使っていたが、タメ口でいいと言ってもらえるなら助かる。こちらの方が話しやすい。
若干打ち解けたところで装備を購入する。五万スターを使い切り、この村では一番いい装備にした。
装備を一式そろえられる金額に設定されているわけだ。ちゃんと考えてある。
弱い初期装備で地道に戦うよりもスタートダッシュをしやすくなるし、初心者の救済策としては成功だろう。
さて、いよいよ村から出てモンスターとの戦闘になる。RPGの醍醐味だ。
初心者の二人がゲームに慣れるために、とにかく戦ってみようとしている。習うより慣れろの精神だ。
「わたしは見ています。二人で頑張ってください」
「パーティーを組むのはどうすればいいんだ?」
「あ、言っていませんでしたね。SOSではパーティーを組めませんよ」
パーティーを組めない。タゴサクが聞いたことのない仕様だ。
MMORPGに詳しいわけではないので、よくあるパターンなのだろうか。
疑問をぶつけると、イアが説明してくれる。
「わたしも詳しくありませんけど、なかなかないと思います。協力プレイができないわけではありません。複数人で一緒に戦うことはできます。でも、碌にメリットないんですよ。ソロというタイトルになっているように、ソロでプレイする前提で調整されています。一人で足りるのに、複数人で戦っても意味がありません。経験値はモンスターを倒した人の総取りになりますし、奪い合いになります」
「MMORPGらしくないな」
タゴサクの乏しい知識では、MMORPGはパーティーを組んで遊ぶものだと思う。各プレイヤーは、アタッカーやタンク、ヒーラーといった役職になり、協力してモンスターと戦ったりクエストをこなしたりする。
他者との交流がMMORPGの楽しみの一つだ。複数のパーティーが集まってレイドになったり、ギルドやクランと呼ばれる組織を作り上げたり。
ソロプレイヤーもいないではないが、効率が悪いし数は少ない。マイペースに遊びたいか、友達がいないからソロになるなら分かるが。
「SOSのコンセプトですから。『人は、誰もがたった一つの星である』がキャッチコピーですよね。たった一つの星を目指すんです。仲間なんていりません。一人で全てを凌駕するほど強くなればいいんです」
「殺伐としてんなあ」
「そういうゲームなんですよ。プレイヤーも殺伐とした人が多い印象です。初心者保護に苦情を入れるように、何よりも自分が一番で、他人が得をするのは見たくもないって人ですね。なので、わたしたちもパーティーは組めません。一緒に遊んでいても、協力してモンスターと戦っても、パーティーじゃないんです」
聞けば聞くほど殺伐としたゲームだ。
人は、誰もがたった一つの星である。
綺麗なキャッチコピーだし、穏やかなゲームを想像していただけに、余計に衝撃は大きい。ソーニャから頼まれたのでなければ、まずプレイしようとは思わないゲームだ。
「殺伐としたゲームでイアが遊んでるのが意外だな」
「わたしは人見知りなので、他のMMORPGだと遊びにくいんです。ソロが前提になっているSOSの方が助かります」
「人見知り? 全然見えないが」
ソーニャとは親しそうだし、初対面のタゴサクとも普通に接してくれている。
美少女なので男性からの勧誘が鬱陶しいという話なら分かるが、それならむしろSOSの方が面倒だ。基本的な容姿を変更できないゲームのため、イアが美少女であることは確実だし、男性はこぞって勧誘しそうな気がする。
根掘り葉掘り聞き出すのも失礼だと思い、疑問は心の中に封じておく。
今はモンスターと戦おう。