十一話 優しく愛でるべきもの
タゴサクとソーニャは、格上のプレイヤーを相手に戦闘中だ。二本の剣を操る剣士である。
「【バースト】!」
「【初心者潰し】!」
右腕を失い、剣を落としているタゴサクは魔法で戦う。ソーニャはスキルを使用し剣を振り回す。
二人がかりの攻撃は、しかし相手には届かない。
ゲームを始めて三日目では、連携もくそもない。個人の戦闘能力も未熟であり、パーティーの連携も未熟となれば当然だ。
スキルも魔法も、無尽蔵に使えるわけではない。スキルはSP、魔法はMPを消費するので、枯渇すれば使えなくなる。
枯渇が先か、殺されるのが先か。
相手からすれば、タゴサクたちなど簡単に殺せそうに思う。
いたぶって遊んでいるのではなく、どうも背後で見守るイアを気にしているようだ。装備からして、初心者のタゴサクやソーニャよりも強そうに見えるイアを。
隙を見せた瞬間、イアにPKされてしまえば元も子もない。
それを恐れているからこそ、タゴサクとソーニャだけに集中できない。初心者二人でも食い下がれる余地が生まれる。
もっとも、食い下がったからといって勝てるわけではない。殺されるまでの時間を延ばしているだけだ。
「鬱陶しいなあ。俺に勝てないのは明らかなんだし、雑魚は雑魚らしく死ねよ」
男性プレイヤーは苛立った声を出した。
焦れたのか、スキルも魔法も使っていなかったが、ここで本気を出してくる。
「【舞踏剣】!」
名前の通り、ダンスを踊るかのごとく華麗に動く。
二刀流の死のダンスを前に、あっという間に全身を斬り刻まれてしまう。初心者の少ないHPなど吹っ飛ぶだけの攻撃だが、死の間際、最後の抵抗をする。
「【ショートショット】!」
狙いは相手の剣だ。相手が武器を手放せば、生き残ったソーニャの助けになると考えた。
タゴサクの狙いは一応的中し、右手の剣を弾き飛ばすことに成功する。
だが、そこまでだ。
左手の剣で斬り刻まれて死亡。視界が暗転し【テイヘーンの町Ⅱ】に戻される。
死んだおかげか、右腕は元通りだ。指をわきわきと動かして、違和感がないか確認してみる。
ちょうどそこへ、ソーニャも死に戻りしてきた。
「お兄ちゃん、手つきがいやらしい。妄想の中で私の胸を揉むのはやめて」
「揉んでねえよ。濡れ衣だ。さっき斬り落とされたから、調子を確認してたんだ」
「死ぬと元に戻るの?」
「みたいだ。高価な回復アイテムを使わないとダメとかなら困ったが、安心した。んで、ソーニャも負けたのか?」
「負けた! 悔しい!」
「あいつ、強かったな。今のレベルじゃ勝てない」
タゴサクはレベル23、ソーニャはレベル22だ。二人がかりで戦ってもまるで歯が立たないのだから、相手のレベルはイア以上かもしれない。
「そういや、イアは?」
「呼びました?」
「また急に現れる……イアも戻ってきたってことは、負けた?」
「負けました。あの人、最低でもレベル100はありますね」
「イアでも無理なのか」
イアですら勝てないレベル100以上の相手となると、タゴサクやソーニャでは太刀打ちできないに決まっている。
「確認してないが、他二つの通路にも門番みたいなプレイヤーがいる?」
「いるでしょうね」
「そっちもレベル100くらいかな?」
「分かりません。もっと弱い可能性もありますし、強い可能性もあります。挑んでみます?」
「どう考えても勝てそうにないし、金やアイテムを失いたくもないが」
「何事も経験ですよ。RPGなんて、死んで覚えていくものです。今なら失って困るアイテムも持っていませんし、死にやすいです。五日でコモンステラを脱出するという目標からは遠ざかりますけど」
効率的に最短距離を突き進みたければ、勝てる見込みのないプレイヤーに挑むのは愚かな行動だ。【ケダモノの塔】は攻略必須ではないため、無視すればいい。
経験を積むためと考えるなら、戦うのは無駄にならない。
「やってみるか?」
「負ける前提ってのは気に食わないけど、イアの言う通り経験よね」
もう一度【ケダモノの塔】へ向かい、他の門番とも戦ってみることになった。
甘い考えを述べるなら、門番となるプレイヤーがいないかもしれない。いても勝てるかもしれない。
わずかな望みを抱きつつ挑むが、結果は惨敗だった。【テイヘーンの町Ⅱ】に死に戻りしてしまう。
「また負けたな」
「負けたのもムカつくけど、負け方がムカつく! なんなのよあいつは!」
ソーニャは憤慨していたが、タゴサクも怒っている。
先ほどまで戦っていた、センターの通路を守る門番の男性プレイヤーは最悪だった。
タゴサクは両足を切断され、身動きが取れなくなってしまった。抵抗できないタゴサクの目の前で、相手はソーニャをいたぶって遊ぶ。
タゴサクにとどめを刺すのも、ソーニャを殺すのも簡単だ。なのに遊ぶ。二刀流男とは違い、明らかにいたぶるのが目的に見えた。
いたぶって遊ぶなら、まだしも許せる。ゲームの一環と考えればいい。マナー的にどうかとも思うが、マナー違反はお互い様だ。
ソーニャの胸を執拗に攻撃していたところが悪質である。セクハラ行為はゲームの一環と言えるものではない。マナーうんぬん以前に犯罪だ。
一度や二度なら偶然当たってしまったとも考えられるが、何度も続けば偶然とは考えにくい。
見かねたイアが、タゴサクとソーニャを殺してくれたおかげで解放された。
「ソーニャちゃん、落ち着いて」
「イアはなんとも思わないの!?」
「思うよ。わたしは、今回は逃げてきたから被害にあってないけど、ソーニャちゃんが酷い目にあったんだもん。怒ってるに決まってる。ああいう人は時々いるの。ルールの抜け穴を突くような人」
SOSは未成年も遊ぶゲームだ。未成年の教育に配慮し、過度に残酷であったり性的であったりする表現は禁じられている。
鎧には耐久度が設定されているが、壊れても裸にはならない。シャツとハーフパンツを着ているし、これらは耐久度の概念がなく絶対に壊れない。
格好のみならず、性的な行為も不可能だ。相手の動きを封じてから体に触れようものなら、違反行為でアカウント削除になる。
しかし、残念ながら抜け道は存在する。
今回戦った相手がやったのもそれだ。戦闘中の不可抗力を言い訳にして、性的な部位を攻撃する。
激しい戦闘において、女性の胸などを避けて攻撃するのは難しい。偶然当たってしまうケースはいくらでもあり、そのたびにセクハラ扱いされては男性プレイヤーが困る。女性側がわざと胸で攻撃を受ければ、嫌いな男性プレイヤーをゲームから追い出せてしまう。
故意か偶然かの線引きは難しく、グレーゾーンだがギリギリセーフになる。
「最初に戦った人がいましたよね。二刀流の人です。口調は少し嫌味でしたけど、戦い方はまともでした。正々堂々とゲームをしている、信用できる人です。少なくとも、コダっているわたしたちよりも真面目です」
「それに比べて、次の男はセクハラ三昧か。性格を見極める目安になるんだな。俺もセクハラ発言は多いが、女性の胸を執拗に攻撃しようとは思わないぞ」
「偉そうに言ってるけど、当たり前だからね。威張れることじゃないわよ。目安になるにしても、そのたびに胸を攻撃されちゃたまったものじゃないわ」
「ソーニャの怒りはもっともだ。なら、やり返しに行くか? 俺だってムカついてるんだ」
「セクハラ野郎と再戦しようって?」
「絶対とは言えないが、あいつなら勝てそうだと思う。イア抜きでもな」
タゴサクたちは、三度【ケダモノの塔】へ挑む。三度目の正直だ。
一旦ログアウトして休憩し、食事やトイレを済ませてから再集合する。
【ケダモノの塔】への道中では、タゴサクの考えをソーニャに伝える。
「まず、戦ってみた感想だが、眼帯男は二刀流男よりも弱い」
眼帯男とは、ソーニャの胸を攻撃した男のことだ。灰色の短髪に、髪と同色の眼帯で左目を覆っていた。
よく言えば野性味あふれる外見だが、やっている行為が行為なので、イキがるチンピラにしか見えない。
眼帯男は、二刀流男よりもレベルが低いと感じた。
「わたしと同じか、少し上くらいですかね。三人で戦えば勝てそうです」
「悪いが、イアは手出し禁止で頼む。俺たちの手でやり返したい」
「いいですけど、勝算はあるんですか?」
「真っ向勝負なら無理だ。絶対に勝てない」
レベルやステータスという理不尽な指標がある。低い者は高い者に勝てない。
「だが、あいつのゲスみたいな性格を加味すれば、勝ち目はある。ぶっちゃけ、俺にゲスなんて批判できる資格はないが」
「お兄ちゃんもゲスの部類よね。私の胸が大好きだし」
「同族嫌悪なのかもな。俺はあいつが嫌いだ。よくもソーニャの胸を」
ここで「ソーニャを」ではなく「ソーニャの胸を」と言ってしまうのが、タゴサクという男である。
「気持ち悪いけど、それはいいわ。性格を加味するってどういうこと?」
「俺にとどめを刺さなかったのは、なんでだと思う?」
「お兄ちゃんの目の前で、私を嬲りたいから?」
「正解だ。俺が『頼むからやめてくれ!』とでも言えば、最高に気持ちよくなれるだろうな。人の女を奪うことに快楽を見出す男はたまにいる。自分の方が男として上って意味になるし、気分いいんだよ」
「趣味悪っ。というか、誰が誰の女よ!」
「サクさん、大胆ですね。愛の告白ですか?」
「ただの一般論だ! つまり、あいつは俺を簡単には殺さない。ソーニャにもセクハラしたいから殺さない。そこに付け入る隙がある。一芝居打つぞ」
相手を騙すための芝居だ。騙して油断させる。
攻撃面では、タゴサクとソーニャの力を合わせればなんとかなる。
二人が覚えているのは、まずは【全力】のスキルだ。
タゴサクは二つの魔法を購入してある。二刀流男と戦った時に使った【ショートショット】と【バースト】の二つだ。
イアはスキルと魔法を一つずつ購入済みで、【初心者潰し】と【バースト】だ。
どうでもいいが、スキルと魔法は名前で区別できる。漢字にルビを振っているのがスキルで、カタカナが魔法だ。
タゴサクが魔法を購入した背景には、漢字にルビを振っているスキルが厨二病っぽくて恥ずかしかったからという、くだらない気持ちがあったりなかったり。
本当にどうでもいいので話を戻すと、二人が持つのは【テイヘーンの町Ⅱ】で買える程度の弱いスキルや魔法だ。
たいした特殊効果もないせいで、格上の相手に逆転勝ちするのも難しいが。
「不可抗力だよな。これは不可抗力だ。サクッと殺してやれればいいが、力の差があるからできないんだ。じわじわと嬲り殺しになっても、俺は悪くない」
「サクさんが黒いです」
「お兄ちゃんはシスコンだし、私が辱められて激怒してるのよ」
「女性の胸は男のロマンだ! 優しく愛でるものであり、辱めるものではない!」
「サクさんが気持ち悪いです」
「お兄ちゃんは、やっぱりお兄ちゃんだったわね。こんな性格だから彼女もできないのよ。黙っていれば、まあまあ見られる外見なのに」
タゴサクたちの会話は、真剣なのかふざけているのか不明だった。