十話 ケダモノ
ゴールデンウィーク三日目は、ボスと戦ってみようとなった。
発案者はソーニャだ。新しいスキルを購入したので、試しに使ってみたいと言い出した。どうせ試すなら、雑魚モンスターではなくボスと戦えばいいとなり、三人でダンジョンへ向かう。
今度のダンジョンは、洞窟とはわけが違う。ダンジョンらしいダンジョンだ。
罠はあるし宝箱もある。最奥にはボスモンスターも出現する。当然、他のプレイヤーと鉢合わせする可能性も高い。
「行くのはいいけど、攻略できるかなあ?」
「私とお兄ちゃんじゃ無理って?」
「無理だと思うよ。多分、ダンジョン攻略を始める段階にもたどり着けないんじゃないかな。わたしが手伝えば別だけど」
イアに手伝ってもらえば楽だが、昨日ナンパと話したように、言いなりになるのは楽しくない。
ダンジョン攻略が無理だとしても、どこまで通じるか力試しをしたい。
「イアは見ているだけにしてもらえないか? 手出しも口出しもなしで」
「わたしがいたら簡単にクリアできちゃうからですか?」
「試行錯誤してこそゲームは楽しいと思う。イアから全部教えてもらえば確実だ。ダンジョンはクリアできるし、モンスターもとどめだけ譲ってもらってレベリングできるが、できれば自分でやりたい」
「サクさんのお気持ちは分かります。手を出さないのは構いませんけど、負けそうになった場合もですか?」
「例外はない。罠に引っかかって死んでも、モンスターに殺されても、他のプレイヤーからPKされても。面倒を見てもらっていながらわがままだが、お願い。ソーニャもいいか?」
「バッチこいよ。新しいスキルで全部なぎ倒してやるわ」
見ているだけになるイアはつまらないと思うが、今日は我慢してもらう。
タゴサクとソーニャが強くなるまでの辛抱だ。
というわけでダンジョンを目指す。【ケダモノの塔】を。
「獣にしておけよ。なんでケダモノなんだよ」
「一応、意味はあるらしいですよ」
タゴサクがダンジョン名に突っ込めば、イアから補足が入る。
「普通にプレイしていれば、最初に挑むことになるダンジョンです。初心者用のダンジョンですね。クリアは必須ではないので、スルーする人もいますけど、ゲームに慣れるためには挑んでおく方がいいです。いきなり高難度ダンジョンに挑んでも厳しいですから」
「理屈は分かるが、どこがケダモノ?」
「表向きは、獣系モンスターが多いからとなっています。ただし、裏の意味があるともっぱらの評判でして、ケダモノとはSOSのプレイヤーを指すと言われています。モンスターやボスを奪い合って、お宝も奪い合って、プレイヤー同士の殺し合いも発生する。まさしくケダモノだと」
「なんつうゲームだ」
ゲームを始めてから間もないのに、同じセリフを幾度となく口にしている。
設定の一つ一つがおかしいと言わざるを得ない。
「初心者用のダンジョン。すなわち、初心者(にSOSの洗礼を浴びせる)用のダンジョンですね。カッコ内の文言が重要なんです」
試金石とでも言えばいいのかもしれない。
ソロでプレイし、自分だけが強くなるゲームだ。奪い合いや殺し合いは当たり前であり、それを体験させてくれるダンジョンになる。
ここで躓くのであれば、SOSで遊ぶ資格もない。ゲームをやめてどうぞ。
客商売にしては強気というか、何も考えていないアホというか。
「ダンジョンだけじゃなく、出会うプレイヤーも敵か。分かってたことだが」
「でもさ、私たちが狙われる? 三人でいるのはマナー違反だからムカついたとしても、勝負を吹っかけるのは躊躇すると思うけど。一対三だと勝てないわよ」
「実際、二日続けてPKに襲われたぞ」
「あの人の強さは知らないけど、イアが言うには手馴れてるんでしょ? 初心者が挑むダンジョンに、手慣れたPKがいる?」
ソーニャの意見は理路整然としていたが、そう思うのはタゴサクがSOSに毒されていないからだ。
イアは全力で否定する。
「甘いよソーニャちゃん。付き合いたてのバカップルみたいに甘々だよ」
「比較対象に持ち出すものがおかしいわよ」
「じゃあ、わたしとソーニャちゃんの関係みたいに甘々?」
「誤解しか生まない発言をするな!」
「わがままだなあ。比喩はどうでもいいけど甘いよ。【ケダモノの塔】は初めての本格的なダンジョンだから、一人で攻略するのは難しいと考えて、協力し合おうとするケースがよくあるの。一時的に共闘したり休戦したりね。それを許さないって考える人が見回りをするし、フィールドよりもPKされる危険性が高いの」
イアが言っていた「ダンジョン攻略を始める段階にもたどり着けない」とのセリフは、これを意味している。
タゴサクもPKの危険性は考えていた。三人で遊ぶと決めた時から、SOSの遊び方とは相容れないのは分かり切っている。プレイヤーが多く集まるダンジョンでは襲われもすると。
どうやら、タゴサクの予想以上に厳しいようだ。
「やっぱり、PKはイアが撃退してくれる?」
「情けないこと言わないでください。こんな場所で躓いていたら、世界が定めた運命に抗うなんて不可能です。サクさんとソーニャちゃんの頑張りに期待します」
「可愛い顔してスパルタだな」
「お世辞を言ってもダメです。首尾よくボスを倒せたら、ご褒美あげますよ」
「ご褒美! 具体的には!?」
美少女からのご褒美だ。エロい妄想をしてしまうのは仕方ない。男の子だもの。
ソーニャの視線が冷たくなるが、知ったことではない。イアのご褒美が重要だ。
「ソーニャちゃん、サクさんが怖い……」
「お兄ちゃんがスケベなのも悪いけど、イアが無防備なのも悪いからね。男に迂闊な発言をするとどうなるか、理解できた? 自分の身は自分で守らないと」
「いや、俺は何もしないぞ? 本当だぞ? ちょっと過剰に反応したが冗談だ」
「ご褒美として、わたしがサクさんのほっぺにチュー」
「死に物狂いでクリアしますとも!」
「サクさん、見損ないました。ケダモノです。チューなんかしませんよ」
タゴサクの信用は失墜してしまった。自業自得である。
ご褒美の件はうやむやになったが、ダンジョン攻略は頑張ってみようと思った。
そんなこんなで【ケダモノの塔】に到着する。
草原のど真ん中に、天を貫くような立派な塔が建っている。何十階あるのか見当もつかない。
タゴサクとソーニャは、ぼけっと【ケダモノの塔】を見上げていた。
「初心者用にしては立派過ぎないか?」
「うんうん。これを攻略するのに何日かかるのよ」
「場所が間違ってるってことは」
不安になってイアに尋ねるが、彼女は間違っていないと言い切る。
「心配いりません。ゲームなので、見た目と中身が一致していないんです。中は五階層になっていて、五階はボス部屋のみなので攻略するのは四階層までですね。早速入りましょう」
イアに言われたため、タゴサクが先頭になって塔に足を踏み入れる。
そこは、扇形のだだっ広いフロアだった。野球のグラウンドを連想させる。
塔の入口がホームベースの位置だ。ライト、センター、レフトの位置には、ぽっかりと口を開けた通路がある。天井も高く、五メートルはあるだろう。
「凄いなこりゃ」
「凄いわね。それで、どこから行く?」
「ヒントもないし、順番に行ってみるしかないだろ」
最初はライトの位置から攻めてみることにした。
タゴサクとソーニャが並んで歩き、やや離れてイアが後ろをついてくる。
広い場所だが遮蔽物はなく、見通しはよい。他のプレイヤーがいれば姿が見えるはずだが、今は三人以外の人は見かけない。
とはいえ、油断は禁物だ。
襲撃を警戒しつつ歩き、通路の前まで行けば、やはりいた。
一人の男性プレイヤーが、通路に入ったすぐの場所で仁王立ちしている。まるで門番のように、ここは通さないと言わんばかりだ。
身軽さを重視したような軽装であり、鎧は装備していない。剣を二本持っているので二刀流だろうか。どちらもゲームでよくありそうな長剣だ。
強そうには見えないのに威圧感がある。
「初心者プレイヤーさん、ようこそ【ケダモノの塔】へ。早速だが質問だ。君たちは三人パーティーか?」
「そうだって言ったら?」
男性プレイヤーから質問され、タゴサクが答えた。
相手は、右手の剣で自分の肩をトントン叩きながら、一つため息をつく。
「ふう……無知なバカなのか、知っていてわざとやっているのか。SOSは、パーティー禁止だ」
「禁止ではないだろ。システム的にはパーティーを組めないが、協力して遊ぶのは問題ないって聞いてるぞ。公式に問い合わせて返答をもらったって」
「禁止なんだよ。誰もが同じマナーに従って動いてる。郷に入っては郷に従えだ。ソロならここを通してやるが、コダる奴は通すわけにはいかない」
「コダるね。臆病者って意味だったよな。一人で戦う勇気がない、群れなきゃ何もできないって見下した言葉だ。俺たちがコダってるのは事実だが」
「コダるの意味が通じるなら、全く無知ってわけでもないな。わざとやってるなら余計にタチが悪い。ルール違反者は」
男性プレイヤーは、一旦言葉を区切った。
ニィ、と口の端を吊り上げて笑う。嗜虐心に満ちたケダモノのような顔だ。
「正義のために殺すべきだよな」
言うや否や、男性プレイヤーはタゴサクに斬りかかってきた。ゲームのステータスのおかげだと思うが、人間離れした素早さだ。
タゴサクやソーニャがモンスターと戦っていた時のような、素人丸出しのつたない動きとは雲泥の差である。
タゴサクが反応できたのは運がよかった。半ば以上勘で剣を構えれば、たまたま相手の剣がぶつかった。
金属がぶつかり合う甲高い音が響く。
重い一撃に剣を取り落しそうになるが、相手はそれすら待ってくれない。
返す刃でタゴサクの右腕を切断した。腕と共に剣が地面に落ちる。
ゲームなので痛覚は再現されていない。わずかに衝撃を感じただけだ。
表現も割とマイルドになっているようで、血しぶきが飛び散ることもなければ切断面がリアルになっていることもない。
だが、自分の腕が斬り落とされるという現実ではあり得ない事態に、気分が悪くなってきた。
「死ね」
短いが、まぎれもない死神の宣告だ。
相手の剣は、タゴサクの首を狙っている。首を刎ねられれば即死だろう。
動きからして、タゴサクよりも遥かにレベルが上だ。勝ち目はない。
が、大人しく負けてやるほど物分かりのいい人間でもない。
腕を落とされて気分が悪くなりながらも、最後の抵抗を見せる。
「【ショートショット】!」
昨日購入したばかりの魔法をお見舞いした。
ほぼ密着状態でなければ使用できず、威力も弱い。【全力】未満だ。
それでも、相手を一瞬ひるませるには十分であり、ギリギリのところで死を逃れた。後方に飛びすさり相手から離れる。
タゴサクに代わって飛び込んだのはソーニャだ。
「【初心者潰し】!」
初心者が使うスキルなので【初心者潰し】という名前なのだと思うが、初心者を潰すようにしか聞こえない酷いスキル名だ。
名前の酷さはさておき、ソーニャのスキルは命中したかに見えた。
いや、事実命中はしている。胴体に直撃したのに、まるで効いていないだけで。
「ほいっと」
二刀流男は、軽いかけ声で蹴りを繰り出し、ソーニャの腹部を蹴飛ばした。力を込めたようには見えないのに、ソーニャは面白いように吹っ飛ぶ。
こちらはスキルを直撃させてもダメージなし。相手は蹴り一発で大ダメージ。
理不尽なまでの力の差であった。