一話 女神と崇められる少女
新作です。次話は今晩投稿します。
ゴールデンウィークの前夜。九日間も続く大型連休を前にして、御堂空は休み中の予定もなく、受験勉強に費やすつもりでいた。わびしい休日である。
今晩も前哨戦と言わんばかりに、自室で勉強に勤しんでいる時だ。
「お兄ちゃん!」
ノックもなしに、ずかずかと部屋に入ってくる少女がいた。
空の妹である御堂双那だ。
「ノックしろよ」
「それどころじゃないんだって! これ見てよ、これ!」
妙に慌てている双那は、机に向かう空の真横に立ち、手に持つタブレットを突き出した。
風呂上がりなのか石鹸のいい匂いがする。火照った顔をしている双那は、兄の目から見ても色っぽい。その上、暑いのか、パジャマの胸元が大きく開いていた。
タブレットよりも妹のしなやかな肢体が気になる。実の妹とはいえ、双那はかなりの美少女なのだ。スタイルもいいし胸も大きい。
「どこ見てるの! お兄ちゃんの変態!」
「見てないぞ」
「嘘ばっか。私の胸見てた。実の妹相手に欲情する変態兄貴!」
「そりゃまあ、俺も年頃の男だしさ。女子の胸は気になるしさ」
高校三年生の空は、歳相応にスケベだ。常々彼女が欲しいと思っている。
十七年半の人生で彼女ができたことはないが、だからこそ身近な異性である妹があられもない格好をしていると、思わずドキリとする。
妹と付き合いたいとか性的な行為をしたいとは思わない。思わないが、大きな胸には男のロマンが詰まっている。
「妹だろうと胸に貴賤はない! 女性の胸とは、性的ではなくロマンなのだ!」
「変態的なセリフを堂々と言わなくてもいいから、とにかくこれ見て」
双那とアホなやり取りをしていたが、ここでようやくタブレットの画面を見た。
何かのゲームの情報が載っているサイトのようだ。ユーザー同士が雑談をしている掲示板もあるが、双那はそこを指差している。
内容を読んでみると、このようなものだった。
ゲーム内に物凄い美少女がいる。女神のごとき美しさを誇る美少女である。
男性プレイヤーはこぞって夢中になっており、女神様を崇め奉る勢いだ。
「これがどうかしたか? ゲームなんだし、容姿くらい自由に変更できるだろ」
タイトルは不明だが、VRゲームだと思われる。昨今大人気のVRゲームだ。
VRゲーム黎明期だった二〇一〇年代後半の技術とは別物の、フルダイブ、あるいはフルイマージョンとも呼ばれる完全没入型の技術だ。現実に限りなく近い五感が再現されており、本物の異世界のような舞台で自由に動き回れる。
プレイヤーはキャラクターの容姿を自由自在に設定できるし、超絶美少女がいても不思議ではない。
「それが違うのよ。このゲームは、基本的に容姿の変更ができない仕様なの。細部は変更できるわよ。髪型、髪の色、瞳や肌の色ね。顔や体型は変更不可能だし、もちろん性別も無理」
「へえ、珍しい仕様だな」
ゲーム中では別人になって遊びたいと考える人が多い。
大抵は現実のコンプレックスを解消する方向で容姿をいじる。不細工ならイケメン美女に。チビなら長身に。デブなら細身に。性別すら変更して遊ぶ人もいる。
別人になれるのがVRゲームの面白さの一つでもあるのに、容姿を変更できない仕様にするとは珍しい。
「つまり、ここに書かれてる超絶美少女は実在するのか?」
「するのよ。しかもさ、スクリーンショットもあるけど、これが大問題なの!」
双那がタブレットを操作し、スクリーンショットを見せてくれる。
そこに写っているのは、なるほど美少女だ。文句なしの超絶美少女だ。
ただし、その顔には見覚えがある。
「双那?」
妹の双那に似ているのだ。
瓜二つというほどそっくりではない。双那も可愛いが、画面上の少女には劣る。
双那の写真を撮って修正すればこうなると思わせる顔だ。
「念のために言っておくけど、私じゃないわよ」
「分かってるって。双那よりも美少女だしな。見た感じ、胸も双那より大きい」
双那の胸はかなり大きく、男の目を惹く魔性の膨らみをお持ちである。高校一年生という年齢を考えれば、さらに成長の余地を残しているので、自分の妹ながら末恐ろしさを感じるくらいだ。
問題の美少女は双那をも上回る。ゲームの装備だと思われるローブを窮屈そうに押し上げる双丘は、見事の一言に尽きる。
「お兄ちゃんは胸にしか興味ないの!? 最低!」
「すまん、失言だった。んで、双那のそっくりさんがいるのは分かったが、だからどうした?」
「私、学校の友達に聞かれたのよ。『これって双那ちゃん?』って。もちろん、違うって答えたわよ。なんとか信じてもらえたけど」
「信じてもらえたならいいじゃないか」
「これで終わるとは限らないでしょ。噂なんてどんどん広まるし」
広まる可能性はある。有名なプレイヤーであり、スクリーンショットもあるのだから、双那の知り合いが見かければ疑いを持つだろう。
「この人が普通にゲームで遊んでるなら構わないのよ。でも違って、書いてある通り女神として崇められてるの。お兄ちゃんみたいな変態を侍らせて、好き放題やってるんだって」
「汚名を晴らしたいと?」
「女神よ、女神。厨二病患者じゃあるまいし、私の沽券に関わるわ。放置しておけば、どんどん私の悪評が広まりかねないもの」
双那は怒り心頭だった。問題の美少女にも、彼女を崇めるスケベな男たちにも。
「てことで、私はこのゲームをプレイしようと思うの。私の手で無実を証明するために。お兄ちゃんも手伝って」
「やだよ、面倒臭い。俺は受験勉強があるんだぞ」
「ずっとゲームしろとは言わないって。ちょっとだけでいいの。ゴールデンウィーク中だけか、せいぜいで五月いっぱい。それなら受験への影響も少ないわよね」
「まあな」
時間は、作ろうと思えば作れる。受験勉強に費やすゴールデンウィークをわびしいと思っていたところでもあり、心が揺れ動かないわけではない。妹を助けてあげたいという気持ちもある。
一日に数時間のゲームを、長くても一ヶ月程度だ。双那が言うように、受験の合否に大きな影響はないだろう。
空は協力する方向で考え始めていた。
「俺、VRゲームデバイスは持ってないぞ」
「私も持ってないし、明日にでも買いに行こう。私がデートしてあげる。手伝ってもらう報酬としてね」
「妹とのデートが報酬になるかよ」
「おっぱいも揉ませてあげ」
「詳しく聞こうか」
食い気味に反応した空を、双那はゴミを見るような冷たい目で睨む。
「私が言い出しておいてなんだけど、お兄ちゃんはどこまで変態なんだか。妹の胸を揉みたいの? それでいいの? プライドってものがないの?」
「冗談だ。本気にするな」
「嘘だ。私が揉ませてあげるって言えば、お兄ちゃんは絶対に揉んでた」
「兄を信じられないのか?」
「信じてもらえると思う根拠が知りたいわよ。信じて欲しいなら、『何があっても双那の胸は揉まない』ってこの場で宣言して」
「……まあそれは置いといて」
宣言できなかった空は、わざとらしく話を逸らした。
空は女性の胸が好きだ。特に大きな胸が大好きだ。
たとえ妹であっても胸は胸。揉めるのであれば揉みたいと思う。
「どうしようもないクズ兄貴よね。こんな兄を持った私は不幸だわ。それで、結局手伝ってくれるの? くれないの? ちなみに、おっぱいには指一本触れさせないから。私はそこまで安い女じゃないわよ」
「手伝うのはいいが、解決しようとしまいと五月中にはやめるぞ」
「いいわよ。明日からよろしくね。買い物に行って、すぐに始めましょう」
約束を取り付けた双那が部屋を出て行こうとするが、重要な話を聞いていない。
「どんなゲームをやるんだ?」
「ああ、言ってなかったっけ。ゲームのタイトルは」
双那の口からタイトルが告げられる。
「Solo Oro Stella」