6.ティア・アルジール
すぱーん。丸めた新聞で頭を叩かれた。
「ふが。」
俺は勢い余ってベッドから落ちる。
さかさまになりながら見上げると幼馴染のアリューが立っていた。
アリューは茶色の髪をまとめ上げ、グレーのシャツとベージュ色のゆったりしたズボンを履いていた。
さすが、大統領官邸でメイド仕事に就けるだけあって、アリューはなかなか整った容姿をしている。
「いい加減、自分で起きなさいよね。」
アリューを床から見上げ、いろいろな凹凸に意識が行ってしまい俺は思わず赤面する。
それをみたアリューも恥ずかしくなったのか、顔を踏みつけられた。
「もぅ! 朝から何してんのよ!!」
いや、俺なんにもしてないんだが・・・・。
アリューは食卓にあるコンビニ弁当の入れ物を見ている。
「もう、ちゃんとしたご飯食べなきゃだめだよ。」
そういいながら、アリューは入れ物を片づけている。
「・・・・・、今夜、夕食、準備してあげるから、うち来なさいよね。」
アリューはこっちも見ずに、俺の部屋を出て行った。
夕食がちょっと楽しみになった。
ふと視線を落とし、自分の手を見る。
手は血まみれだ。
「うぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
「ドーゼェェェ・・・・・。」
俺のひざに血みどろの手が伸びてくる。
床から全身血まみれのガーランド少佐が現れる。
「が、ガーランド少佐・・・、」
俺の肩に手が置かれた。恐る恐る振り返る。
「モント少尉・・・・。」
目を開いた。石の床に倒れこんだ状態で気を失っていたようだ。
俺は痛む全身に鞭打って体を起こし、壁にもたれて座る。
見えるのは石造りの独房、そして無機質な金属製の扉が一枚。
不休の労働で限界になり、気を失った俺をここへ放り込んだのだろう。
それにしてもずいぶんと懐かしい夢を見た。かれこれ約20年前だろうか・・・・・。
変化はある日突然だった。
管理者が消え、プロトと名乗る存在が銀河連邦を掌握した。
プロトは皇帝を名乗り、全宇宙を支配するとして「帝国」を樹立した。
当然多くの星系が反発した。ロスタコンカスも抵抗の意を示した。
その反応に対する帝国の回答は、武力制圧だった。
大量のヴァリアントと戦闘ロボット部隊が送り込まれ、一方的な侵攻が開始された。
ロスタコンカスは銀河連邦軍残存戦力を受け入れるなどして、約3年に渡り抵抗を続けた。
だが結局は滅ぼされ、俺は僅かな部下を連れ落ち延びることになった。
その後同志を集め、抵抗軍を組織して10年以上に渡り抵抗運動を続けた・・・・・。
だが、その抵抗軍も半年前に壊滅。俺はこうして強制収容所に収監された。
「生き恥を晒しながらも抵抗を続けてきたが、それもここまでか・・・・・・。」
プロトも、その眷属たちも、結局俺たちでは太刀打ちできる相手ではなかったのだ。
俺の脳裏に一人の男が浮かぶ。
「アマクサは、どこへ行ってしまったんだろうな・・・・・。」
初めて見たときは、頼りなく見えた。
様々なトラブルに見舞われながらも、しかし結局は問題を解決してしまう。
彼が居たら、状況はもっと違ったのではないだろうか・・・・・。
「詮無い話だな。」
俺は目を閉じ、頭から全ての思考を排除した。
もう俺にできることは無いのだ・・・・・。
にわかに外が騒がしくなる。
警備ロボットが独房の外を何機も走り抜けていく音が聞こえる。
誰かが暴動でも起こしたか・・・・・・?
破壊音が響いてくる。誰かが争っているようだ・・・・・。
どんどんと音が近づいてくる。そして音は俺の独房前で止まった。
「・・・・・。」
突然、金属扉からピンクの光を灯した切先が飛び出した。
「プラズマブレード!?」
プラズマブレードは的確に金属扉の蝶番を破壊していく。
蝶番が全て破壊され、金属扉がこちらに倒れてくる。
独房の外には一人の人物が立っていた。
全身銀色のボディスーツを纏い、身の丈ほどもある長いプラズマブレードを持っている。
頭部もフルフェイスで覆われており、顔は覗えない。
「ロスタコンカス軍のローマルク大佐とお見受けしますが、お間違いないですか?」
その声は、意外にも若い女のものだった。
「"元"だがね。君は?」
「私はティア・アルジール。お助けに上がりました。」
フェイスカバーを展開しつつ、彼女はティア・アルジールと名乗った。
カバーの下から現れた素顔は、どこか見覚えのある顔つきだった。
最も特徴的なのは瞳の色だ。右目は茶色だが、左目は濃い青色をしている。
「こちらへ、脱出します。」
ティアは左右を警戒しつつ、俺に手招きをする。
ティアは再びフェイスカバーを閉じ、独房前の通路を進んでいく。
ふらつく足に気合を入れつつ、俺も後を追う。
通路の先から大量の警備ロボットがこちらに向かってくる。
ティアはバックパックから高周波音を響かせながら、目にも留まらぬ速さで接近する!
長尺のプラズマブレードが振るわれた後には、鉄くずに変わった警備ロボットたちが転がっていた。
「急いで!」
ティアの後を追い、俺は走る。
収容所の建物から外に出る。
「そこまでです!」
外には、金属ボディの男が立っていた。
全身は磨き上げられた銀食器のように光沢がある。
「プロト様のために身を粉にして働けるというのに、この施設から逃げ出そうなどと・・・・、愚かしいにもほどがあるっ!」
金属ボディを見せ付けるようにポーズをとりながら、男は宣言してくる。
「プロト様の眷属である私が! その愚かさを正して差し上げましょうっ!!!」
男の体が黄金色に輝く。
あいつはヤバイ!
「ま、まずいぞ、奴はプロトの眷属だ。あのボディは"オールドマン"だ。」
オールドマンの性能は常軌を逸している。
ロスタコンカス軍の抵抗も、オールドマンの投入で潰されたといっても過言ではない。
オールドマンボディを持つ眷族1人に、ロスタコンカス軍の艦隊5隻とエグゾスーツ100機が落とされたこともあった。
あれが相手では、戦うどころか逃げることすらできない。
眷属の姿が掻き消えティアの目の前に出現する。
瞬間! 眷属の右拳がティアのボディに突き刺さった・・・・・、かに思われた。
ティアは眷属の攻撃を受け流していた。
その表情は、獲物を見つけた肉食獣のように獰猛な笑みを浮かべている。
「ソウルバースト、最大稼動。」
ティアは全身に濃密な赤い粒子を纏う。
眷属が吹き飛ぶ。俺の目が追いつかないが、どうやらティアが蹴り飛ばしたようだ。
次に認識した時には、吹き飛んだ眷属にティアが追いついていた。
プラズマブレードを振り下ろす。眷属はあわてて取り出したソードで受け止める。
「な、何だ貴様っ!! この異常な速度はっ!!」
ティアがプラズマブレードを神速で振るう。俺の目には手が増えているように見えるほどの速度だ。
「眷属は、見つけ次第殺す。」
ティアの回し蹴りが眷属の右ひざを打ち砕く。
「がぁっ」
眷属からうめき声が漏れる。
気が付けば、眷属の首が宙を舞っていた。
眷属のボディが力なく倒れる。
「お、オールドマンを歯牙にもかけないとは、君は一体・・・・・・。」
そのとき、俺の体を覆うように影が差し込む。
空中が揺らめき、1隻の宇宙船が姿を現していた。
「こ、この船は・・・・・、ソレイユ!?」
忘れもしない。あの時、ずっと共に戦ってきた船だ。彼と共に・・・・。
ティアが振り返る。その表情は先ほどとは大きく異なり、柔らかな微笑みを浮かべていた。まるで、自慢の服装を褒められた少女のように。
「覚えておいででしたか。もう、かなりの老朽艦なのですけどね。」
そういいながら近づいてきたティアは、俺の腰に手を回す。
「さぁ、いきましょう。」
そのまま跳躍し、ソレイユの艦上に飛び乗る。
「脱出しますよ。」
ソレイユはこの星から離脱すべく、上昇していった。




