5.忘却の羅針盤
結論から言おう。羅針盤は隠されてはいなかった。
「うっかり不燃ゴミのごみ箱に落としたまま、気が付かずに廃棄されて、地下道に埋設されてる。」
「ということは、そのゴミが埋設されてる地下道を漁るってことか?」
「そのとーり。」
サロマナの首都サロマナバーダの宇宙港に入港した。一応小規模格納庫に入れたのだが、停泊料は1日2000リル取られた。
ちなみに、1リルは日本円で100円程度と考えてくれ。つまり、一日20万円。高い、ぼったくりだ。早く羅針盤を見つけなければ。
上空からも見ていた通り、首都サロマナバーダは大都市だった。中心部は高層ビルがひしめき合い、フライカー(空飛ぶ自動車)が大量に行き交っている。
夜も眠らない街なのだそうだ。だが、その街並みも東西南北100kmも離れると、様相が一変する。
郊外は貧民街が広がっていた。
都市中心部は上に地下に建物が伸び、高い人口密度を誇っていたが、こちらはこちらで、狭い掘立小屋に人が詰め込まれ、人口密度が高い。まさに光と闇。
かなりの悪環境に見えるが、それでも首都近くにいれば、何かのお零れにあずかれるため、人々はここから離れない。
今回の目的地は、そんな貧民街のさらに外れ、荒野のど真ん中にあった。
旧世紀の地下待避施設だった場所は、10年ほど前まで不燃ゴミの最終処分場として利用されていたらしい。
それも、ちゃんと埋め立てたわけではなく、入口を塞いだだけ。まさに臭いものに蓋。
地下道の入り口にやってきた。とりあえず入口はコンクリートのようなもので塞がれている。
2人がかりでシャベルでガンガン叩いて壊す。
「大昔、ここは一応非常用のシェルターとして作られたらしいぜ。でも兵器類の威力が上がりすぎて、この穴倉じゃ助からないってんで、放棄されたんだと。」
リックはコンクリートを叩きながら、説明してくれる。
塞ぎ方もずさんだったのか、あっさりと蓋は壊れた。
中からものすごい臭気が漂ってくる。ずさんなゴミ処理だな。まぁ、お陰で羅針盤を探すのは多少楽だが・・・・。
この匂いの中に入るのか・・・・・、セルグリッドの機能で、ゴミのにおいが付くの、防げるんだろうか。
『匂いだけでなく、高い免疫能力があるとはいえ、衛生面の心配もあります。帰艦後にすぐ洗えるよう、洗浄設備を準備しておきます。』
アイちゃんデレ期ですか! お風呂準備してくれるなんて、まるで「お風呂にする?それれともご飯にする?・・・以下略」みたいだ。
なんかやる気出てきた。男って単純よね。
ちゃんと来る途中でマスク、長靴と軍手にショベルも買ってきた。よし、ゴミ掘るぞ!
「過去映像だと、このあたりにあるはずだ・・・・・。」
僕も少し映像を見せてもらい、羅針盤の形を覚える。それからは、黙々とゴミをどかしては漁る。
どかしては漁るを繰り返す。
だんだん、匂いが麻痺してきた。さすがに手のひらサイズの物体をゴミ山の中から探すのは容易ではないな・・・・・。
たびたび休憩しつつ、どのくらい探し回っただろうか、すでに2時間以上は漁っている。
「あった!、あったぞ!」
リックが声を上げた。
「やった!!、やっとか!!」
思わず本音も出ようものだ。
「ああ、これでこんなゴミ山からおさらばだ。」
二人でひーひー言いながら、地下道から這い出してきた。
やれやれ、これは相当念入りに洗わないと、匂いが大変なことになってそうだ。
地下道から出た途端、何十人もの武装した人間に包囲されていた。
上空には無音ヘリが3機ほど対空し、こちらに機銃とミサイルの照準を向けている。
「ごくろうだったな、リック。」
コルンが僕らを出迎えていた。
「アイ」
『対象からの敵性行動を確認、対象を敵性勢力と断定、銀河連邦管理者へ攻撃許可要請・・・・・・・・・エラー、通信できません。』
「え!?」
『だめです。Gネットへの接続が妨害されています。』
「レガシハンターとの戦い方は良く知っているよ。」
コルンが勝ち誇ったように言う。既に素性はばれていたらしい。
だが、これでは僕には攻撃手段がないのは確かだ。レガシハンターの大きな弱点だな、これは。
あえなく僕らは、コルンの私兵団に捕縛されることになった。
どうやらコルンも忘却の羅針盤を狙っていたらしい。
コルンはリックが持っていた羅針盤を取り上げ、満足げな表情を浮かべている。
「連れて行け。」
コルンがそう命じると、僕とリックが連行される。
去り際、リックはコルンになにかを耳打ちしていた。コルンは驚愕の表情になっていたように見える。なんだろうか・・・。
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俺はコルンの前に、腕を拘束されたまま立っていた。
相変わらず自室の趣味が悪い。値段が高いだけの絵画や彫刻。統一感が無いし、こだわりなんかもなさそうだ。とりあえず高いの買っただけだな、ありゃ。
「どういうことだリック、この羅針盤は偽物だと言ったな!! 確かに呼びかけに反応せん!!」
ああ、そうだ、それは本物じゃない。
「本物の羅針盤は隠した。場所は俺しかわからねぇ。俺を殺せば、また羅針盤は闇の中だぜ。」
コルンはわなわなとふるえている。
「取り引きしようぜ。なぁに、お互いに利のある話をしようってだけだ。」
酒瓶が大量に並ぶ棚を見る。おおっと、酒もいいのが並んでるな。一本ぐらい拝借してもいいだろ。
「俺は聖杯がほしい。あんたは槍だろ?」
俺は勿体ぶって言葉を溜めつつ、棚から、一番たくさん残っているウイスキー瓶を取り出す。
コルンは射殺さんばかりに睨み付けてくる。
「俺ぁ、両方の在り処を知ってる。聖杯が手に入りゃ・・・、俺は槍はいらねぇ。 だから俺たちを解放してくれたら、槍の場所を教える。」
あえて大げさな手振りを交えながら要求する。
手が拘束されてるとウイスキー開けにくいな。
「そしたら、俺たちは聖杯を探しにいく、あんたは槍を探しに行く、そこでさよならだ。 どうだ?悪くない取り引きだろ?」
コルンはしばし考え込んでいたが、突然俺に近づいてくる。
「いやだめだ、お前が正しい槍の場所を教える保障がない。お前らが一緒に槍の場所まで来い。わしが槍を手に入れたら、お前たちを解放してやる。」
そういいながら、俺からウイスキーの瓶を分捕り、棚に戻す。ケチ臭いやつだ。
「そりゃだめだ。槍見つけたら、俺らはあんたに始末されちまう。」
「そこまで信用ねぇとはな。わかった、ならこうしよう。聖杯はおまえの連れの男に取りに行かせる。それまでお前はここで人質だ。それで、聖杯発見の連絡を受けたら、おまえはわしに槍の場所を教える。それでわしが槍を見つけたらおまえを解放してやる。心配するな、見張りはつけるが、ちゃんと解放してやる。」
このあたりで妥協するしかないか、相変わらず命の危険はあるが、そこは何とか乗り切るしかないか。
「・・・ああ、分かった、その条件でいいぜ。」
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「それは約束違反じゃないか?」
既にリックはコルンと話をつけていたようだが、改めて僕も呼ばれ、僕が聖杯を取りに行くという話を聞いた。
「リック、君との協力関係での約束は、君が聖杯、僕が天墜の梢だったはずだ。その流れだと、僕には何の利もない。」
リックは本気で驚いた顔をしている。たぶんこれは完全に忘れてたな・・・・。
「だけども、現状命を握られている状況であることには違いないか、命あっての何とやらということであれば、聖杯を取りに行くしかないか。」
確かに現在捕縛されている状況では、選択の余地はなさそうだ。
「しかし、ひとつ条件がある。聖杯発見後の天墜の梢争奪戦に僕も参加させてもらう。」