15.終結
「ああ、もう終わりかぇ。もう少し楽しめるかと思うたがのぅ。」
真っ黒な女が独り言のようにつぶやく。
「お、お前は何者だ?」
いつの間に現れた!?
真っ黒な女は、僕の存在に今気が付いたかのように向き直る。
「ん、此方か? 此方はプロト。」
プロトは名前のみを名乗り、再びドニスガルに向き直る。
「ふむ、こうなってしまっては、もうよかろう。」
プロトが口を開ける。頬が裂け、口腔が広がる。口の中から大量の触手が伸び、ドニスガルを巻き取る。
そのまま口の中へ納まってしまう。
プロトの体はドニスガルより小さいのに、中に納まった!? な、なんだあれは・・・・。
「なかなか面白いことになっておるのぅ・・・・、これは"独行の技師"か・・・・。」
レガシの名前か!?
「ふむふむ、一度スキャンした工業製品なら何でも再現可能なレガシか。ドニスガルの奴は、これで兵器を量産しておったようだのぅ。」
こんな時だが、ガルロマーズの戦力元が判明した。やっぱりレガシだったか。
「うふふ、だが、此方ならそんな制限など無関係じゃ・・・・、どれ、少し私が遊んでやろう。」
く、来る!!
プロトが両手を翳す。
手のひらから乳白色の触手が伸び、床から素材を引きはがす。
エグゾスーツが構成される。あれは・・・・・、僕と同じ重火力型スーツ!? フライングシールドまで!?
「いけ。」
放たれた矢のようにフライングシールドが飛来する。その後ろから無人のスーツも襲い掛かってくる。
シールドにはシールドをぶつける。
無人スーツがレーザーを発射してくるのを回避する。
「まだいけそうじゃのぅ。」
プロトがエグゾスーツをもう一体生成した。
2体が同時に砲撃とレーザーを浴びせてくる。射線を予測し回避。いくらかレーザーはかするが回避できる。
突撃してくるフライングシールドを両断する。シールドの動きも単調だ。どちらも動きが読みやすい。
2体は射撃は当らないと思ったのか、撃ちながら接近してくる。2体とも両手のプラズマブレードを展開、都合4本のブレードが襲ってくる。
それぞれが左右対称のように片手のブレードで斬り下ろしてくる。少し後退してやり過ごし、1体を蹴り飛ばす。
もう一体とつばぜり合いしつつ、ゼロ距離から砲撃を加える。胴体に命中し、吹き飛んでいく。
蹴り飛ばしたもう1体からレーザー射撃。シールドで防御。シールドが焼け落ちる。
敵はレーザーを撃ちつつ近づいてくる。もう一枚のシールドで防御、表面が溶解を始めるも構わず突進。
シールドごと体当たりしつつ、ブレードを突き刺す。
「うおおおお!」
シールド越しに十字に斬りつける。エグゾスーツは四散した。
「ほぅ、やるのぅ。なら、これはどうじゃ?」
プロトが再び手を翳す。手から伸びる触手が銀色の人型を組み上げる。
造形はほとんど人のそれ、まさに銀色のマネキンといった風情だ。
「これはオールドマン。かの古代種が、旅立つ直前まで使用していた義体のレプリカじゃ。」
古代種!?
オールドマンが起動し体から光を放つ。全身が金色に変わる。視線を動かし僕を捉える。
次の瞬間には、オールドマンは僕の目の前に居た。繰り出される右拳、フライングシールド! を突き破ってくる!!
左手で防御。めきめきと拳がめり込んでくる。左手ごと胴体にめり込んでくる!
オールドマンが右拳を振りぬく! 僕は盛大に吹き飛ばされた。
気が付くとサイロの外壁にめり込んでいた。左腕と胴体部左側はスーツが大きく破損している。まだ来る!!
「SDモード!!」
加速された思考においても、オールドマンを捉えるのがやっとだ。既に目の前まで接近されている。
オールドマンの右パンチに交差するように右手のブレードを突き出す。
オールドマンは少し傾きながら回避、その刹那の間に僕も体をそらして回避、パンチがかする。装甲がはがされる。
壁から離れる、オールドマンが追ってくる! レーザーを撃つも射線を読まれるのか、当らない! 空中にも関わらず残像を残すような速度で移動してくる。
またも接近からの右パンチ、スウェーでギリギリ躱す。そのまま懐に向けブレードを! 左手でブレードを中ほどから叩き折られた!
オールドマンの膝蹴り! 右手で防御!! が、そのまま右手ごと胴体に突き刺さる。まずい!
蹴り飛ばされ吹き飛ぶ。体が壁で跳ね返り床に落下、ガリガリと削れる音がする。
危ない、咄嗟に後ろへ逃げなかったら、右腕も潰されていた。
「うふふふふふ、思った以上にやる。よかろう、とどめのダメ押しをしてやろう。」
まだ、何かくるのか・・・・・。僕は絶望的な気分になりながら、プロトを見る。
プロトの闇が濃くなる。だんだんと体が大きくなっていく。首が伸び、背中からは翼膜のある翼が伸びる。
プロトは、巨大な黒い西洋竜に姿を変えた。
プロトが咆哮を上げる。ビリビリと空気が震える。どこかで見たことが・・・・・?
プロトの口腔に闇が収束される。まずい!!
僕は辛うじて無事な右手で体を無理やり跳ね飛ばす。直後、僕の居た場所を黒い閃光が走り抜ける。
プロトが首を動かす。そのまま黒い閃光は軌道を変え、僕の方向に移動してくる。
上昇して回避!! 右側からオールドマンが!! 背中に衝撃を受け、そのまま再び床に落下!
だめだ、動けない。スーツもほとんど破壊され機能していない。
『肉体全身に渡り、重度の損傷過多、生命維持に緊急移行』
『左腕複雑骨折、組織破裂、右腕解放骨折、肝臓破裂・・・・・・・・・』
アイが損傷状態を列挙し、生命維持への移行を行っている・・・・・、しかし。
目の前にオールドマンが着地する。首を掴まれ持ちあげられる。
「なかなか楽しめたぞ、そろそろ終わりにしてやろう。」
黒い竜が嗤う。そして口腔には再び闇が収束する。
オールドマンは動かない。このままオールドマンごと撃ち抜かれる・・・・・・・。
黒い竜の口から黒い閃光が放たれる。
その瞬間、懐から青い光が漏れる。
「俺は、こんな危ない場所は御免だ。あとは任せたぜ!」
リックは通路に消えていく・・・・・・・、え!? 何が起きた!?
手に持っている回帰のらせんは淡く光を放っている。これの効果か!
振り返ると、依然としてドニスガルは虚ろな表情でぶつぶつと呟いている。
僕はドニスガルに肉薄すると、その胸をブレードで貫く。手のひらサイズまで縮んだ乳白色の物体が宙に舞う。
それを即座に手に取る。
ドニスガルは足から徐々に崩れ、ただの砂山になった。
気が付くと、すぐ近くに真っ黒な女が立っていた。
背中に一気に汗が噴き出るのを感じる。
「ああ、もう終わりかぇ。もう少し楽しめるかと思うたがのぅ。」
プロトが独り言のようにつぶやく。
「お、お前は何者だ?」
とりあえず、前回と同じように返しておく。
プロトは興味深げに僕に向き直る。
「此方はプロト。これはお主の仕業かぇ?」
プロトはドニスガルの残骸を指し、僕に聞いてきた。
「あ、ああ、そうだ。」
震えそうになる手を押さえ、答える。
プロトはドニスガルの残骸に目を落とす。
「うふふふ、そうか。まあよい。今回の戦利品はコレだけで満足しておこう。」
そう言うと、プロトは残骸の中から小さな玉を取り出す。あれは、忘却の羅針盤・・・・・。
プロトは再び僕に視線を移し、まじまじと観察する。右手で持つ回帰のらせんに目を止める。生きた心地がしない。
「うふふふ、なかなかに興味深いな・・・・・・。また見えることもあろう。」
プロトは歩き、僕の後ろへ通り過ぎていく。
一瞬金縛りのように動けなかったが、意を決して振り返る。
しかし、そこには既に何も居なかった。
その後の話をしよう。
プラントは陥落し、ガルロマーズは戦力の後方支援を失った。
さらに銀河連邦軍治安維持部隊の本隊が到着し、形勢は一気に逆転。
ロスタコンカスとガルロマーズ両惑星同時攻撃により、ガルロマーズは敗走。
ロスタコンカス軍は電撃的に首都ロスタリーナを奪還、のちに「一か月紛争」と呼ばれる紛争は終結した。
僕はといえば、銀河連邦軍治安維持部隊の本隊が到着したことにより、治安維持部隊としての役目は終了。
以後の作戦は本体に引継ぎ、暫定で任命されていた「第807独立遊撃隊隊長」の職を返上。レガシハンターへと戻った。
ただ、そのまま去るのも心残りだったため、紛争終結までパロユーロ基地で見届けさせてもらった。
ドーゼは、そのままロスタコンカス軍の正規兵として戦い抜き、数々の戦功をあげながら首都ロスタリーナ奪還作戦でも大きな戦果を残した。
最終的に階位は「大尉」となり、本紛争における最大功労者の1人として名誉勲章を受章したとのことだ。
アリュー親子は、紛争終結まではパロユーロ基地に居たが、終結後、大統領の帰還に併せてロスタリーナへと戻っていった。
その後、ドーゼとどうなったのか、そこまでは僕も聞いていない。
僕とラファは紛争終結の結果を受け、ジアースへと帰ることにした。
「今回は、苦労を掛けましたね。」
管理者も、さすがに気を使ってくれているようだ。
戦闘自体はだいぶ慣れたと思っていたが、戦争となると精神的にクルものがあった。
「正直、大分疲れました。」
「1か月の休暇を言い渡します。」
え!? こんなホワイト企業だったっけ!?
管理者が不穏な思考を読んだのか、睨んでくる。僕は姿勢を正し無言で潔白を表す。
「ジアースに戻り、休養を取るといいでしょう。それに、」
「それに?」
「配偶者に、故郷の案内もまだでしょう?」
「は、はいぐ!? いや、まだこんやく「はい、まだ、お義父さん、お義母さんに、ご挨拶、してません。」」
ああ、うん、まあいいや。
「ふふ、それでは、1か月後に改めて任務は連絡します。気を付けて帰るのですよ。」
「はい、ありがとうございます。」
管理者は消える。
ソレイユのダイニングルームには静寂が訪れた。
ラファが僕の背中に手を回し、横にくっついてきた。僕も肩に手を回す。
そうだな、僕が育った仮想世界を案内するのも悪くない。
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「独行の技師。」
その球体は宇宙地図を投影し、一点を示す。
宇宙地図を撫ぜる。すると地図の縮尺が変化し惑星が見えてくる。
「セントラルか・・・・・・。」
更に惑星が拡大、巨大都市にある大きな建物の中を指し示す。
そして反応が消える。
「やはりそうか。これは"箱庭"か?」
再び球体は同じ建物の中を指し示す。
「うふふふふふ、そうかそうか。」
闇は大いに嗤う。




