7.新たなブレイヴ
俺の名前はヒロム アイダ 15歳の中学2年だ。
俺は家と学校を往復するだけの毎日にうんざりしていた。学校の勉強もくだらない。因数分解なんて社会に出て使うのかっての。
周りのクラスメイトも、くだらないことに一生懸命だ。成績だの、いい高校に行くために内申だの、学力で能力は図れないだろうが。いい大学出たからといって、優秀とは限らない。
俺はそんな鬱憤を溜めながら、家路を急ぐ。メンバーが待っているからな。
帰宅すると、俺は着替える前に、パソコンを立ち上げる。日課であるミルーシャ・オンラインにログインするためだ。
俺は構成員30人からなるギルドのマスターをやっている。これだけの人数をまとめ上げ、ギルド戦に挑むのは、誰にでもできることじゃない。
それにプレイヤーとしても一流だと自負している。高レベル帯のキャラクターを複数作成しており、盾役、火力、支援とキャラクターを変えれば、どんなスタイルでもプレイできる。今のギルメンの多くも俺が育てた。
実際に社会に出て役立つ人材ってのは、こういう、人を率いたり、後進の育成ができる人間だと思う。でもゲームの中だ、っていうだけで、こういった功績は評価されない。今の社会基準は間違ってるな。
「ん? ログインエラー?」
サーバーがまた不安定になってんのか? ミルーシャにログインできない。
俺は舌打ちしつつ、IDとパスワードの入力を繰り返す。
なんだか目が霞んでくる。俺寝不足だったか? 三徹くらい余裕なんだが。ディスプレイが歪む。あれ?
気が付くと、見慣れない街並みの中に立っていた。周囲には石造りの家屋が並ぶ。俺は制服姿のままだ。
遠くに城が見える。あの城には見覚えがある・・・・。
「あれは・・・・、ミルシャリス王城?」
そこには、ミルーシャで見慣れた、ミルシャリス王城と瓜二つの城があった。白亜に輝く中央の尖塔が一際高く、非常に特徴的だ。
俺の独り言に、通行人が怪訝な顔で通りすぎる。通行人たちの服装もなんだか古めかしい。
俺は目立たないよう、路地に入る。
「まさか、ここはミルーシャ・オンラインの世界なのか?」
俺は驚きつつも、意外とすんなり受け入れることができた。もしやと思い、ステータスと念じる。目の前にステータス画面が出現した。
「Lv1か、また育て直しだな・・・・。」
口ではそういいつつも、俺は笑みを止められなかった。俺はこの世界をよく知っている。効率良くレベルを上げる狩場も熟知している。
「アイテムとスキルは・・・・・。」
アイテム画面とスキル画面を確認する。
「完全に新規キャラクターの状態だな。そうだ、タレントはどうなってるかな。」
タレントとは、キャラクター作成時にランダムで付与されるユニークスキルだ。いいスキルを引くために、キャラクタークリエイトを何度も繰り返したものだ。いわゆるリセットマラソンだ。
「すごい! 成長率300%!! 取得素材2倍!! 鑑定マスター!!」
Lv1からのスタートだったが、これならすぐに高レベル帯に辿り着けるな。
ミルーシャは一応メインストーリーが設定されている。各地の龍神を巡って、クラススキルを解放し、フォースロードにクラスチェンジ。そこから、敵対勢力の王ダークロードを倒す。ダークロードは確か1時間でリスポンする。ダークロードはそれほど強くない。なので、熟練プレイヤーは低レベル討伐などのやり込み要素として利用されていた。
俺も以前縛りプレイで、ブレイヴでダークロード討伐とかやったな。ダークロード討伐にはフォースロードは必須じゃない。ブレイヴのままでも戦うことはできる。
とりあえず、フォースロードスキルはあれば便利だけど、そこまで高性能じゃないし、メインストーリーの攻略は置いといて、まずはレベル上げからだな。生産スキルとかもいいな。
差し当たり、王の謁見イベントを済ませよう。あれで、初心者向けポーションと初期資金10,000ジェニが貰える。
早速、俺は王城に向かい、門番にブレイヴであることを告げた。
「しょ、少々お待を!!」
門番はえらく慌てた様子で走り去る。言葉が通じて良かった。ここで言葉が通じないとなったら、かなり難易度が上がる。
しばらくすると、門番は身なりの良い男と共に戻ってきた。
「失礼、右腕を。」
身なりの良い男が、俺の右袖をまくる。俺の右手には、いつの間にか入れ墨のような模様がついていた。へぇ、ゲームではこんな設定はなかったが、確かにわかりやすいな。
「おおぉぉ、確かに!! すぐにご案内を!!」
少し予想外の対応だ。プレイヤーは誰でもブレイヴだ。だから、ミルーシャ・オンラインには大量にブレイヴが居る。なので軽い気持ちで王城へ行ったのだ。
だが、王城での反応は予想を超えるものだった。
王との謁見はすぐだった。場所は謁見の間というよりも、会議室のようだ。室内に入ると奥にいた一層豪華な服装の男性が立ち上がる。
「よくぞおいでくださいました。私はイルガ・ジュリアン・ミルシャリス、この国の国王を務めております。」
「ヒロム・アイダです。」
イルガ王が名乗るのに合わせ、俺も名乗る。
「異世界よりお出でのブレイヴ様、どうか世界をお救いください!!」
イルガ王が、すごい勢いで俺に頭を下げている。
「頭を上げてください。俺はまだ来たばかりで事情が・・・・。」
話を聞くと、どうやらブレイヴはダークロードの復活に合わせて、原則一人しか現れず、ダークロードを唯一倒しうる存在として非常に貴重なのだとか。
「先ほどの話だと、すでにブレイヴは旅立っているとのことでしたが?」
「伝承によると、真のブレイヴとは、異世界からの転移者だと伝えてられています。その力は強大であるとも。今現在は天啓により覚醒したブレイヴが一人のみでございます。」
俺以外には一人しかいないのか。あまり目立ちたくなかったが、早速目立ってしまったな。
「必要なものは、可能な限り揃えさせていただきます。何卒!!」
どうも、俺の知るミルーシャとはだいぶ状況が違うようだ。ここまでダークロード討伐を懇願されては、俺も無視はできない。
メインストーリーを進めるつもりはなかったが、ここはサクっとクリアしときますか。
「わかりました。俺にできることなら、やらせてもらいます。」
イルガ王は勢いよく顔を上げる。
「まことでございますか!! それは良かった!!」
イルガ王は満面の笑みだ。まだLv1ではあるが、まあ、メインストーリーをクリアするぐらいは、それほど手間でもないだろう。
その後のことは、追々考えておこう。
「俺も来たばかりで、少し疲れました。今日は休ませてもらっても?」
イルガ王は今気が付いたという顔で言った。
「そうでしたな!! だれか!」
王がそう呼びかけると、メイドと言った風情の女性が入室してくる。
「ヒロム殿を客室にご案内せよ。」
「かしこまりました。」
翌日、イルガ王から、現在揃えられる最高の武器防具をもらった。武器は魔剣ファブニール、鎧は竜皮の鎧だ。すごい、どちらもレア装備だ。
さらに、資金も2Mジェニ貰えた。各種回復薬も最高レベルのものが潤沢に渡された。
俺はそれらを順番にアイテム画面へ放り込む。持ち物は全て、アイテム画面に保管できるので、同じ品なら999個まで持てる。
「ヒロム様、どうか、これらの者をお連れください。」
昨日、王城の門で俺の右腕を検めた身なりの良い男は、宰相のダラス・ミルザ・ジャーガスと名乗った。その宰相が、3人の男女を連れてきた。
「この者たちはいずれもかなりの使い手、ヒロム様の旅のお役に立てるかと。」
俺は3人のステータスを検める。鑑定マスターの効果で、他人のステータスも確認できる。
全員Lv20か。NPCとしてはかなり高いな。大森林の狩場なら、こいつ等もまだまだ上がるだろう。
「わかった。よろしく。」
こうして、俺は3人の仲間を連れ、旅立つことになった。
俺は最短コースで攻略することにした。
まずは王都周辺でLv10まで上げ、そこから、まず5つ目の龍神の社がある山、"試練の地"へ。
龍神の社が目的ではなく、そこに生息しているグリフォンを捕えるのが目的だ。このグリフォンは騎獣にでき、飛行する移動手段として使える。
早速グリフォンを4体確保した。ここからは一気にレベルを上げる。大森林や荒野を巡り、経験値効率がいい、大量に倒せる敵をどんどん倒す。
いろいろとレベリングのコツもあるのだが、ここでは省略しよう。
旅立ちから4日目、俺はLv60、仲間たちもLv40程度まで上がった。これで準備完了だ。
レベル上げが一段落し、王都に戻ってきた。
明日からは、グリフォンで移動し、龍神の社を巡る予定だ。今夜はまた王城に泊めてもらう。
夕食後、仲間の一人、術法使いの男、ジミアが二人だけで話をしたいとのことなので、二人で場内の談話室へ行った。
円形の卓に向かい合わせで座る。ジミアは神妙な面持ちだ。
「ヒロム様には、お伝えしておきたいことがございます。」
ジミアは改まって話し始める。
「今、この世界は、ある邪悪な神によって操られています。」
ん?唐突に何をいいだすんだ?
「ブレイヴやダークロードの誕生も、その邪悪な神が操っているのです。それどころか、人々の生き死にさえ、邪悪な神の手のひらの上です。」
「それはつまり、ダークロードとはまた違う、真の黒幕が居るということか?」
ジミアは神妙な顔で頷く。
「そうです。その邪悪な神を止めない限り、ダークロードは復活し続けます。」
ミルーシャ・オンラインにはそんな設定は無かったが、この世界はやはり俺の知るミルーシャとは少し違っているようだ。
「私は、祖父の代から、その邪悪な神を追ってきました。そして、過去の文献から、その邪悪な神の居場所へ辿りつけるのは、真のブレイヴのみであると・・・・。」
それはつまり、転移者でなくては辿り着けないということか。
「私ごとき、ヒロム様へお願いするのは、おこがましいとは存じますが・・・・、」
ジミアは唐突に土下座した。
「どうか、どうかこの世界に、真の平和を!!!」
いきなりの土下座に、さすがの俺も焦る。
「お、おい、わかった。俺が何とかしてやるから!」
ジミアはがばっと顔を上げる。
「あ、ありがとうございます!!」
ジミアが椅子に掛けなおしたところで、改めて聞いてみた。
「で、そいつの名前はわかるのか?」
「はい・・・・・、デウスマキナと言います。」
デウスマキナか、真の黒幕がどれほどの敵かわからない以上、戦力はほしいか。
もう一人のブレイヴも仲間にするか。




