5.知力の試練
ラファは、ウイルコースで一番と評判の鍛冶屋が打ったという剣一振り(20,000ジェニ)と、ヘルリザードというトカゲクリーチャーの皮を使った皮鎧(30,000ジェニ)、さらにマント(3,000ジェニ)を購入した。
なんと、僕の分のマントまで購入してくれた。ヒモ男街道まっしぐら。
『しっかり貢がせていますね。』
久しぶりに喋ってそれですか、アイさん。
その後、武器屋の看板娘さんにおすすめの宿を聞き、宿の部屋を取った。
1泊1人400ジェニ。もちろん宿代もラファ持ちだ。すみません、無一文ですみません、ヒモですみません。
最短予定は2泊だ。今日は休んで、明日、龍神の社で試練に挑む。そして明後日にはこの街を発つ。なかなか強行軍スケジュールだ。
ただ、これまで2回の試練も、ストレートには終わらなかったらしいので、その通りの予定で進む保証はないようだ。
さて、無一文状態を何とかしないと、このままではあまりにも惨めだ。幸い、今日はまだ少し時間がある。何かバイトしよう。
ラファには「市場を見に行ってくる」と伝え、宿を出た。一緒に行きたい風な顔をしていたので「明日の試練のために、しっかり休んでおいてくれ」と言い含め脱出した。だって必死にバイトしてるの見られるの、なんだか恥ずかしいし。
バイトするのはいいが、僕にできるのは採取くらいだ・・・・・・。なんとか割のいい採取の仕事がないか・・・・・・。とりあえず薬屋を探す。
薬品瓶らしき看板の店に入る。気難しい顔した20代後半くらいのお兄さんが店にいた。
聞くと、採取した薬草を持ち込めば、買い取りしてくれるらしい。
10種類くらい薬草の見本を見せてもらい、形、匂いを記憶、さらに繁殖地の条件などを聞く。よし、いけそう。
町の外まで慌てず、急がず、目立たない程度の速度で移動し、人目のない場所から、一気にジャンプで加速した。五感最大強化!
2時間後、薬屋のお兄さんは驚愕していたとだけ言っておく。
とりあえず、3,000ジェニほど稼げた。この調子なら、僕は薬草採取で食っていけるんじゃなかろうか。いや、ここに永住するわけじゃないけど・・・・。
マント代が3,000ジェニ、でもそれを払うと全額なくなってしまう。まずは宿代をラファに払おう。マント代は分割で・・・・・。
僕はラファに2泊分の宿代を渡した。
「・・・・・・、お金、どうしたの? まさか盗んだ?」
そんなに信用ないのか!?
「薬草採取のバイトしたんだ。」
「ばいと・・・・・?」
あ、バイトは通じないか。
「お仕事?かな。」
ラファは少し逡巡したのち、続けた。
「お金ならある。心配しないでもだいじょーぶ。」
いやいや、こういうのは、しっかりしといたほうがいいのですよ、のちのち何かあるといけないしね。
「僕はラファと対等の仲間だ。だから、自分の費用はちゃんと払わせてほしい。マント代も少しずつだけど返すから。」
ラファは少し赤くなりつつ、頷いた。
「うん、わかった。」
『フラグ構築は順調ですね。』
もう突っ込まない。
翌朝、いよいよ龍神の社へ向かう。ちなみに、宿はちゃんと別の部屋に寝たよ! お色気イベントはないんだからね!!
龍神はそれぞれに象徴とするものがあり、試練内容もその象徴に沿ったものになるらしい。ここの龍神の象徴は"知力"だそうだ。
龍神の社はウイルコース東側の外れにあった。龍神は一種の信仰対象であるようで、社自体は教会のように見える。
中に入ると、礼拝堂のようになっており、前方には西洋竜をかたどった石像が安置されている。
礼拝堂の中央あたり、ゆったりとした服を着た老齢の女性が、箒で床を掃除していた。こちらに気付くと、声をかけてきた。
「本日はどのような御用でしたか?」
ラファは右腕の紋章を見せる。
「試練を受けにきた。」
女性の目が驚きで見開かれる。
「ブレイヴ様とは知らず、ご無礼を。お出迎えにも行かず、申し訳ありませんでした。」
女性は丁寧に頭を下げる。
ラファはやや憮然とした表情で続けた。
「いい、それより試練へ案内してほしい。」
「かしこまりました。」
先ほどの老齢の女性はイレイナさんと言うらしい。イレイナさんの案内で、建物奥、石造りの扉の前に案内された。
「この先でございます。」
イレイナさんが扉を開くと、ややひんやりとした空気が漏れだしてくる。石の階段が地下へ通じている。
「お気をつけて・・・・。」
イレイナさんに見送られ、僕たちは階段を下って行った。
壁面にはランプが取り付けられていて、それなりに明るい。
中身はランプのような炎でも、電球でもなく、光の玉が入っている。術法と似たような原理で光っているのかもしれない。
階段を下りると、そこそこの広さの部屋に出た。卓球くらいならできそうだ。台が無いけど。
まず目に入るのは、こちらに対して威嚇するように立っている、二体のライオン像だ。
その向こう、部屋の奥には閉じられた扉がある。扉横の壁には石碑があり、文字が刻まれている。
"見つめあう獅子が道を開く"
「・・・・・・・・。」
ライオン、いや獅子か。獅子の像は今、僕らが入ってきた階段方向を向いている。これは、あれか。まさか、あれなのか。
ラファは石碑を読み、部屋中をぐるりと眺め、再び石碑を見る。また部屋を眺めている。わかっていないようだ。
その後も、ラファは石碑を叩いたり、扉を押してみたり、引いてみたり、ノックしてみたり、試行錯誤している。
さらにラファはじっと僕を見つめてくる。見つめあう獅子って僕らのことじゃないぞ?
しばらくラファの様子を見ていたが、一向に謎が解けそうな気配がない。
これは、僕が解いてしまってもいいのだろうか。
僕は獅子の像に近づき、像をつかんで回した。存外簡単に回る。左右の獅子を向い合せにしたところで、閉じていた扉が重苦しい音を立てながら開く。
「おおー。」
ラファが関心と驚きの声を上げている。
やったことないと、難しいのかね、こういうの・・・・・。
次の部屋に着いた。今度は床に押し込みスイッチのようなものが二つ。
早速片方にラファが乗る。ラファが僕を見てくるので、もう一つに僕が乗った。扉が開く。
今度はしてやったり、という顔で、ラファは扉に向かう。と、スイッチから降りた瞬間、扉が閉まる。ラファは扉の前で唖然としている。
これまた扉横に石碑があった。
"獅子の恩寵は扉を開く"
「・・・・・・・・。」
ラファがこっちを見てくる・・・・・。あ、涙目だ。
この部屋、3人連れ以上なら、2人置き去りで先に進めるけど、僕らは2人しかいない。これは、正式な攻略手段を取るしかないな。
僕は前の部屋に戻る。見つめあっている獅子を台座から外す。
台座から外した獅子を押し込みスイッチの上に置く。もう一個も置く。扉が開いた。
「おおおー。」
ラファが再び、関心と驚きの声を上げている。それでいいのか・・・・?
なんだろう、扉を開くたび、あの"効果音"が頭に響いている気がしてくる。
『ごまだれですね。』
なんで知ってんすか、アイさん!
さらに次の部屋。先ほどまでの部屋より少し広い。正面、閉じた扉には大きな鍵穴がある。
「・・・・・・・・。」
この部屋はさらに、左右に小部屋があった。
右の部屋、天井に穴があり、そこから光が差し込んでいる。
左の部屋、奥に大きな宝箱。宝箱の上、壁面には太陽の飾りがついている。当然、今は宝箱は開かない。
3部屋のあちこちに、大きな鏡のついた台座が置かれている。
いつものように石碑を見る。
"日には日を"
「・・・・・・・・。」
ラファはこの部屋に入ってからずっと、僕の後ろについてきている・・・・・・。
僕は諦めて、部屋のあちこちにある鏡を、移動させたり、回転させたり、太陽の飾りに反射光が当たるように調整した。宝箱からカチリと音がした。
僕は宝箱を開ける。中には大きなカギが入っている。
『ごまだれー』
アイさん、効果音ありがとう。とりあえず、カギを高々と掲げてみた。もうテンション上げてくしかない! ラファも横で手を掲げている。
カギで扉を開き、先にすすむ。
たぶん、次の部屋が最後だろう。なぜわかるかって? そりゃ前の部屋に大きなカギがついていたからだ。
これまでで一番広い部屋だ。これならサッカーもできそうだ。
部屋の中心には、大きな甲冑がある。右手に巨大剣、左手には盾を持っている。やっぱりそういう感じなのね。
甲冑の頭部、ほの暗い眼窩に鈍い光が灯る。甲高い衝突音を発しながら、甲冑が動き出す。右手に持つ巨大な剣を振り回してくる。
さすがに、ラファも意識は切り替えたらしく、早速甲冑に斬りかかる。しかし、甲冑が固いようだ。弾かれている。
甲冑が再び剣を振り下ろす、スーツを装着し、ラファの前に躍り出る。
両手を頭の上で交差、剣を受け止めた。室内に響くほど大きな音がしたが、問題なく受け止めた。
「ギガスザッパー!!」
ラファの剣が光る。一瞬の溜めののち剣戟を放つ。親カルガモを斬ったあれだ!
しかし、甲高い音が鳴り響き、ラファの剣が再び弾かれる。
展開的にそうかと思っていたが、やはり所定の手順を取らないと、倒せないタイプの敵らしい。
ラファと共に下がり、少し甲冑を観察する。
甲冑の中をスライム状の何かが蠢き、甲冑を動かしているようだ。
甲冑の肩、関節部隙間から、ゲルのような、赤い物体がちらちらと見え隠れしている。ここだな、たぶん。
「ラファ、見て。肩だ。甲冑の隙間を狙うんだ。」
ラファはすぐに理解したらしく、ひとつ頷くと、甲冑に吶喊した。
「ガルヘスト!!」
速度アップの術法だ。
甲冑は剣を振りかぶり、振り下ろす。
ラファはそれを軽々と回避、背後から右腕の付け根を斬りつける。あっさりと右腕が切り落とされる。
甲冑がラファを追いかけ、盾をぶつけようと振り回す。
僕は攻撃に割り込み、盾を止める。
ラファは甲冑の左後方に回り込み、左腕も切り落とした。
両手無くした甲冑はガクガクと震え、兜が上下に開いた。
中から怪物的で巨大な口が現れ、吠え猛る。
巨大な口でラファに食いつく。ラファは回避。
続けざまに僕にも噛みつき攻撃を繰り出してくる。口の中に赤い球体が見えた。これだ!
「ラファ、口の中、赤い玉だ!」
噛みつきを回避しつつ、ラファに伝える。
再び巨大な口が、僕に向かって接近する。
両手を上下に構える。上顎と下顎をそれぞれ両手で止め、さらに下顎を足で踏む。
僕の脇から、剣が伸び、奥の赤い球体を刺し貫く。
僕の背後にラファがぴったりと身を寄せていた。
甲冑の怪物は悲鳴を上げつつ暴れ、糸が切れたように倒れた。
奥の扉が開いた。
扉から進んだ奥の間は、先ほど甲冑と戦った部屋と同じくらい広い部屋だった。
そこには大きなドラゴンが居た。西洋竜と言えばいいだろうか、トカゲ状の巨体に翼が生えている。
部屋は広いが、巨体のドラゴンに比べると幾分狭く感じる。こんなところに居て窮屈じゃないのだろうか。
「ブレイヴ ラファよ、待っていました。」
ドラゴンが語りかけてくる。
「私はイスティ。あなたは私の試練を乗り越えました。 私の加護を与えましょう。」
どこからともなくラファの上に光が降り注ぐ。どこから降ってきた?この光。
「あなたはさらなる力に目覚めました。次の試練に向かいなさい。」
儀式は終わったらしい。イスティ横の地面に、円形に幾何学模様や文字が書かれた円陣が描かれる。いかにもあれに乗ると、外まで運ばれそうだ。
「イスティ様、質問よろしいですか?」
僕は元気に挙手した。イスティに少し聞いてみたいことがある。




