8.聖杯
「お、親父・・・・・。」
え、オヤジ?
「お、お、お、、、リック・・・・か?」
液体金属がさらに立ち上がり、ほぼ全身のサイズになってスクリーン間近に近寄る。
「ずいぶん・・・、おおきく、なったな。・・・」
「ああ・・・・・、20年だからな。」
リックは何とも言えない表情をしている。
「親父、その姿はどういうことなんだ? 聖杯はどうしたんだ?」
少し驚いたような、呆れたような、複雑な表情をした親父さんは、救命カプセルの縁に腰掛け、語りだした。
「おれはせいはいと同化した。この銀色のすがたは、聖杯だ。」
話慣れてきたのか、少しずつ言葉が落ち着いてくる。
「聖杯は永遠の命を授ける。確かに永遠に生きられる。絶対に壊れることのない聖杯になれるんだからな・・・・。」
親父さんはうつむいたまま続ける。
「だが、聖杯になると、触っても感じない、匂いも味もしなくなる。それに自由に液体になれるから、自分の形が分からなくなってくる。」
やっぱり聖杯もろくでもないレガシだった。三種の神器って、そろってろくでもない。
羅針盤はそうでもないって?だって、ゴミ漁りしたし。
「俺は聖杯になったことで、過去の"三種の神器"の出来事を知った。聖杯になった者は、いつも数十年で自我が消え、聖杯は主のない状態に戻るのだ。」
「親父は、永遠の命がほしかったのか・・・・?」
少し間を開けて、リックは窺うように聞いた。
「俺はトレジャーハンターだ。聖杯も商売のために探した。だが、聖杯を見つけた途端、コルンに・・・・・・・。奴は俺の持つ羅針盤を手に入れるのが目的だったんだ。」
コルンの裏切りで、この状態になったのか、そして救命カプセルに入れられて放棄されたわけか。
「って、そうだ、天墜の梢! 結局取り引きはどうなったんだ!?」
僕は焦って、リックに確認する。
「そうだ、俺も天墜の梢の起動を感じた。あれは最悪の兵器だ。野放しにはできん。」
聖杯のいろいろを知る親父さんが、強い使命感を感じておられる。液体金属の波立ち具合が激しくなった。
「あー・・・・、それな・・・・、実は、少々行き違いがあってな・・・・・。」
やっぱり、何か下手うったらしい。
「コルンは、そろそろ天墜の梢を確保に向かってるころかな。」
「なんだと!? コルンが天墜の梢を手に入れるのか!? いや、誰であろうとも変わらない。あれはひとたび起動されれば、大きな犠牲が出る。何としても止めなくては・・・・・。」
救命カプセルに腰掛けていた親父さんが立ち上がる。
体中の液体金属が激しく泡立つ。
「天墜の梢はどこだ? 今更取り引きもなにもないだろう。教えてくれ。」
僕はリックに問う。そして出てきた回答は最悪のものだった。
「セントラル・・・・・。銀河連邦首都 セントラルだ。」
セントラル。現在の銀河連邦首都であり、都市中心部だけで1億以上の人口を誇る、まさに宇宙最大の都市。惑星全体が1都市として機能している。
もちろん、管理者の本体施設もセントラルにある。
先日、天墜の梢が起動したことで惑星カルミーニが崩壊した。もしセントラルで起動するようなことになれば、被害はカルミーニの比ではない。
「・・・・これ以上ないくらい危機的状況だな、まずは管理者に連絡だ。僕も急いでセントラルへ向かう。」
『はい、わかりました。』
アイが管理者に連絡してくれるだろう。
「申し訳ないが、リックのお父さん・・・・・」
「ダルクだ。」
「ダルクさん、あなたの知識が必要だ、一緒に来ていただけますか?」
「天墜の梢を止めるのは俺としても望むところだ。こちらこそ連れて行っていただきたい。」
三種の神器についていろいろと知っているのはありがたい。もしかしたら天墜の梢の弱点も知っているかもしれないし。
ダルクさんに了承を取ったあと、画面越しにリックを見る。
リックは一瞬目を合わせたが、すぐに横に逸らした。
「セントラル行っても、もうお宝は手に入らないだろうしな。あー、終わった後に親父は返してくれよ。」
リックは何ともない顔で言った。
この数日でリックの性格はなんとなくわかっていたつもりだ。こうなるとは思っていたが、なんだか寂しく感じた。
「・・・・・、サロマナで借りた格納庫に、リックの宇宙船を置いてきた。修理してあるから使えるはずだ。」
「気が利くねぇ。本当に修理してくれるとは思わなかったな、あんまりお人よしだと、今に痛い目みるぜ。親友からの忠告だ。」
リックのいつもの癖なのか、相変わらず大げさな手振りでおどけるように話す。
「もう見てるよ。」
僕は今どんな顔をしているだろうか。自分でもよくわからない。
「あー、その、お前が貸してくれたこのボディスーツいいな、記念にいただいとくぜ・・・・・。」
リックは頭をかきながらさらに続けた。
「その・・・・、ありがとよ、このスーツのおかげで命拾いした・・・、船のことといい、礼は言っとく。」