表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/97

6.脱出

 寝苦しい、なんじゃ、この圧迫感は。あまりの寝苦しさに目覚める。

 ダブついた腹肉を押さえつつ上体を起こす。

 サイドチェストの水差しをとり、コップに注ぎ、一気に飲み干す。


 ふと気づく。部屋の隅がいつもに増して暗い。暗いというか、深い闇に沈んでいるように見える。

 闇の中に白い顔が浮かんでいた。


 女だ。真っ黒な長袖のワンピースを着ている。スカートが長く、くるぶしまで隠れている。

 黒い直毛を胸あたりまで垂らし、前髪はまっすぐに切り揃えられている。

 全身から黒い粒子でも噴出しているかのような錯覚を覚える。

「だ、誰だ!! わ、わしの寝室に勝手に入り込みおって、たたた、ただではすまんぞ!!!」

 本能に訴えてくる恐怖に、体が震える。全身を押さえ、精一杯反抗した。


「あの男、羅針盤は今でも肌身離さず持っておるよ・・・・・・。」

 何の話だ?羅針盤だと?リックのことか?

「だ、だが、奴は隠したと。捕らえたときに身体検査もした! わしとて昔ダルクが持っていた羅針盤は見たことがある! もし本当に持っていたら見落とすはずはない!!」

 そうだ、手のひらよりも少し大きいサイズの円盤状の物体を見落とすはずがない。


 闇に溶けるような女はクスリと嗤うとつづけた、

「信じられぬなら、あやつの持つ『想起の水鏡』を見てみるがいい。あれは過去を映す。あやつが羅針盤を用いる様も見られよう・・・・。」

 想起の水鏡だと、管理者が回収依頼を出していると聞いていたが、奴が持っていたか。

 ならば、さっそく水鏡を取り上げて・・・、いや、まだリックの奴に悟られてはいかん。ひそかに調べ、奴を切るタイミングを計ろう。



 そこでふと、女はなぜ、わしにそれを教えたのか疑問になる。

「貴様、なぜわしに・・・・・・。」

 部屋の隅には月の光がほのかに当たり、ほんのり明るくなっていた。

 先ほどの闇に溶けるような女はすでにいない。


「うふふふ・・・・・・。」


 どこからともなく、女の声が聞こえた・・・・・・。



====================



 捕えられ、命を担保にされている状況では、コルンの要求を呑まざるを得ない。

 天墜の梢は、聖杯確保後に追うしかない。所在が分かり次第、即座に管理者へ連絡かな・・・・。

 また管理者に怒られそうだ。


 聖杯は意外にも近くにあった。

 惑星サロマナのある恒星系の外縁天体のさらに外側にある小惑星群の中だった。その小惑星群内に紛れて漂っているようだ。

 まあ、意外に近いといっても、80億kmほどの距離はあるが。


 僕はソレイユを停泊している格納庫に来ていた。周囲をコルンの部下が囲んでいる。

「ソレイユに下手な細工していないだろうな。」

「何も手を触れてはおりゃせん。」


『アイ、艦内チェックよろしくな』

『かしこまりました。』

 脳内だけでアイとやり取りしつつ、乗船する。久しぶりにソレイユに戻ってきた気がする。

 いや、実際には一日ぶり程度なんだけどね。


 ブリッジに入り、艦長席に座る。

「アイ、エンジン始動、以後、発進準備を任せる。」

『かしこまりました。エンジン始動、』

 重力子ジェネレータの駆動音が艦内に響く。

『全重力子ジェネレータ正常起動、全武装オールグリーン、・・・、ハッチ解放、侵入者です。』

「なに!?」

 その時ブリッジに扉が開き、コルンの私兵が4人乗り込んでくる。

「・・・・・・、聖杯を取りに行くのは僕一人では?」


「貴様らが結託し、なにやらよからぬことを企まないとも限らんからな。監視させてもらう。」

 監視兼、口封じ役かな・・・・・。

「予定通り動く分には、邪魔はせん。早く出発しろ。」


 ここで揉めてもどうしようもないか。まあ、とりあえず手は打っておこう。

「アイ、発進準備だ。」

『かしこまりました。全ハッチロック、各部機密チェック、エンジン臨界、管制塔へ発進許可申請、申請許可』

 ブリッジ前方画面に映っている格納庫の扉がひらき、空が見えた。

「ソレイユ発進」

 艦を支えていたアンカーは解除され、一瞬の浮遊感の後に艦は滑るように進み始める。重力ドライブが加速を強め、船首角度を上げる。艦は順調に大気圏を離脱した。



====================



「今は、指定の座標まで残り1万km程度の距離です。数分で座標まで到着する見込みです。」

 ユウを監視しているコルンの部下から連絡が入った。

 俺はコルンの部屋にある一人掛けのソファに深く腰掛け、足を組んでリラックスしていた。

 ついにコルンの酒をせしめてやった。コルンはしぶしぶグラスを出してきたが、あえて瓶から直接飲んでやった。

「うむ。引き続き頼むぞ。トラブルがあるやもしれんからの、くれぐれも気をつけよ。」

「!、・・・・・・わかりました。」

 酒瓶に口をつけ、酒を呷ろうとして、手を止める。なんだ、妙な間があったな。



 酒瓶の蓋を閉め、そのままソファから立ち上がる。

 なるべく足音をさせないように、部屋の扉に向かう。コルンの護衛長を務める男が扉の横に仁王立ちしている。

 目が合う。

 こいつはディムナガルダ。元傭兵で今はコルンの護衛長をやっている。相当にいい金もらってんだろう。

 両手両足を機械化しており、通り名は鋼鉄のディムナガルダ。生身でエグゾスーツみたいなやつだ。

 こいつが居なければ、とっくにオサラバしているんだが、こいつのせいでオイソレと逃げられない。


「どうした、リック、どこへいくんだ?」

 背後からコルンが話しかけてくる。ゆっくり振り返る。

「・・・・・・・・、ちょっとトイレに。 歳くうといやだね、しょんべんが近くなる。」


 コルンがディムナガルダを見る、目配せしている。

 俺は振り返る勢いで酒瓶をディムナガルダに投げつける。

 やつは顔めがけて飛来する酒瓶を、腕の返しだけで逸らした。瓶は割れることもなく、床を転がる。動きが滑らかすぎるっ!、機械の動きじゃないぞ、それは!


 酒瓶に気を取られた一瞬は致命的だった。その一瞬でディムナガルダの左拳は俺の腹にめり込んでいた。

 前のめりに倒れた上体、その流れに沿うように左腕を取られ、肩を極められた。



 コルンが俺の前に立ち、俺の襟からネックレスを引き出す。

「まさか、羅針盤とは、わしの知る円盤の、中心部にあるガラス玉が本体だったとはな。」

 まずい、ばれていた。

 実のところ、大昔に親父から、「絶対に肌身離さずもっておけ」と言われて渡されたネックレスが羅針盤だった。

 もともと親父は、この小さな水晶球を円盤板の中心に取り付けて使っていた。俺に預けるときに、中心だけを取り外してネックレスに加工していたのだ。

 水鏡を見るまで、俺がずっと羅針盤を持っていたとは気が付いていなかった。


 コルンがネックレスを引きちぎる。

「なぜ、気づいた・・・・・。」


 コルンが上着の内ポケットから、想起の水鏡を取り出す。

「これじゃ、お前が羅針盤を使う様子が、よく見えたぞ。」

 いつの間に水鏡を!? いや、割とその辺に放置してたな、水鏡。

 いやいや、言い訳させてくれ、羅針盤のほうが重要だろ状況的に!! そりゃ水鏡忘れがちにもなるって!

 どうする、何とか切り抜ける方法は・・・・・・。


「・・・・・・、と、取り引きをしよう。」

「いや、もうお前とは取り引きはしない。」

 コルンのその言葉を聞くまでもなく、俺は動き出す。無理やり体を回す、ゴキリと嫌な音がして、左肩の関節が外れた。

 痛い、ものすごく痛い。だが、今は逃げるのが先決、扉に向かって・・・・。


 ミシリと硬いものが脇腹にめり込む、そのまま体は跳ね上げられ、天井近くまで吹き飛び、落下した。ディムナガルダに蹴り上げられた。

 なんとか脱出しないと・・・・、扉はディムナガルダの向こう側、窓なら右手の壁だ。

 コルンの位置を覚える。ユウの船でくすねたスタングレネードを懐から取り出し、投げつけた。

 俺は目を閉じたままコルンに突撃する。やつの手にある物を奪いつつ、窓から飛び出す! うぁぁ、ここ5階だ!


 コルンのアジト前は、それなりに幅のある道路だった。このままだと道のど真ん中に俺の干物が出来上がる。

 右手を反対側の建物に向けて翳す、コートの袖に仕込んだワイヤーアンカーを発射。

 アンカーは壁に突き刺さり、落下方向が真下から、アンカーを支点とした振り子運動に変わる。

 そしてそのまま建物一階に突っ込んだ。




 瓦礫まみれになりながら、体を起こす。体中が痛いが、ボディスーツのおかげで重傷は免れたな。とりあえず逃げの一手だ。


 俺は改めて右手で掴んだ物を見た。

「こっちかよ・・・・・。」

 俺の右手には、想起の水鏡が握られていた。



====================



「うむ。引き続き頼むぞ。トラブルがあるやもしれんからの、くれぐれも気をつけよ。」

「!、・・・・・・わかりました。」

 コルンとのやり取りが終わったらしい。でも何か妙だ。


 僕はブリッジの艦長席に着席している。

 コルンとのやり取りは通信席でのことだ。4人の監視の中では、コルンと通信していたやつがリーダーのようだ。

 残りの3人も僕から2mほどの距離をとって、ブリッジ内に立っている。


 通信席の男が僕に銃口を向ける。他3人も一斉に銃を構える。

 装備は小銃か、セルグリッドで強化されているとはいえ、エグゾスーツ無しで被弾し続けると死んでしまう。

「聖杯はまだ手に入っていないが、これはどういうことだ?」

 リーダーと思われる男に聞く。

「すでに状況が変わったのだ。お前は用済みだ。」


 やはり元々この予定だったようだ。リックのやつ、なにやらいろいろと企んでたみたいだが、どっかで読み間違えたんじゃないのか?

「ふー」

 僕はわざとらしく息を吐きながら、艦長席にもたれかかる。

 艦長席の背もたれには非常用バックパックが格納されている。バックパックが背中に装着される。


「アイ」

 僕の呼び声に呼応し、ブリッジの照明が落ち、人工重力が解除される。

 暗闇の中、浮遊しながら護身用軽装甲エグゾスーツを装着する。

 周囲で発砲しているのか、マズルフラッシュで居場所が居場所がわかる。

 ちなみに無重力で反動銃を乱射しているため、彼らは反動でぐるぐる回転している。そろそろ止めないとブリッジが壊れる。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ