29.ゴーレムを動かした
「では作戦を説明します」
「うむ」
「はい……」
俺が勇者でないのがつくづく惜しい、勇者だったらファンタジー史上初の勇者、女神、魔王の連合軍による人類の撲滅作戦というかつてない地獄絵図が完成したはずだったのに。このプロットはぜひ次のアイデアとして取っておこう。
黒板にチョークで全体の流れを説明する。
この手のプレゼンテーションは理系のおっさんである俺に任せておけ。
「目的は、教会の権威失墜、教会が独占している政府機能の破壊、人間への神の裁きである神罰の実行、そして人間と獣人の共通の敵を作ることによる人獣融和政策の足掛かりを得ることにあります」
「異議なし」
「……わ、わたしの信徒たちが……」
「なお、この作戦において、死者および怪我人を出すことは目的ではありません。安全に細心の注意を払い、一人の犠牲者もなく目的を達成することを第一目標とします」
「了解」
「は、はい……それなら……」
「目標は聖都ライノーラ。このように城壁に囲まれ、中心に大聖堂と巨大な女神像、そこから放射状に教会施設が続き、最外周に都市を防衛する防衛部隊が取り囲むという構造をしており、居住しているのはすべて聖職者、教会関係者、教会付属騎士団および部隊であり、一般市民や獣人奴隷は住んでおりません。この国の宗教、政治の中心地であり心臓部です。攻撃目標として最適だと思われます」
「うむ」
「ちょっ、こ……攻撃って……」
「今夜、まず俺と魔王ルシフィスの二人で聖都中央部に侵入、中央の巨大な女神サリーテス像にゴーレムの魔法をかけ、俺が破壊不可能な障壁の防御魔法を張ります。朝、日が昇ると同時に女神像を起動、中央の大聖堂から順次、女神ゴーレムによる教会施設の破壊を行います」
「ぷっ……。了解」
「あ、あの、あのあの、私の像をゴーレムにって……」
「破壊活動は一日一ブロックのペースでゆっくり行い、城塞内の人員に対しては避難および退却するための十分な時間を与えます。我々は市内に潜入し、市民の避難状況を見ながらこれを操作。予想されるサリーテス型ゴーレムへの近衛団および教会軍の攻撃、または進路妨害についてはその場で任意に対応。破壊活動は一週間以内を目安とし、城壁を残しすべて更地になったところで作戦終了です。今回の作戦名は『進撃のサリーテス作戦』といたします。では質問を」
「特にない」
「ちょっちょっと待ってください――――! 私完全に悪者じゃないですか――! 女神の私が教会を破壊してどうするんですか――!! 私が……私の信徒が……教会が……。あんまりです! あんまりです! 反対します! いくらなんでもひどすぎます! 反対ですっ!!」
「では反対意見も出尽くしたようですので多数決による決をとらせていただきます。賛成の方は挙手をお願いします」
俺、ルシフィス、そして手をぶんぶん振り回して半狂乱のサリーテス。
「賛成ありがとうございます」
「してませんっ! してませんって! 反対! 反対!!」
「えー、約一名が反対ですので、作戦を一部修正、次に第二案の提案に入らせていただきます」
「ぷぷっ」
「あああああああぅ、……いいです。聞かせてください……」
プレゼンで反対されそうな企画を通すコツはな、複数の案を用意しておいて、ほんとうに通したい案の他に、捨て用の代案も用意しておくことだ。
同じように説明して、どっちか選ぶしかないようにもっていく。そうすれば反対しにくいし、自分で選んだ気にもなってくれるので通りやすくなるんだよ。
どすーん……どごーん……どすーん……どごーん……
全高30mの巨大な岩でできたゴーレムが、岩山から歩き出す。
「どうだールシフィス!」
「問題ない。自律制御魔法のプログラミングにもうちょっとかかるが、歩きながらでもできる」
ゴーレムに乗ったルシフィスから返事が来る。
「わかったー」
「ほ、ホントにやるんですか……」
「やる。決まってるだろ」
いかにもゴーレムという感じのゴツゴツした岩でできた人型だな。
こんなものがよく魔法で動くよな……。すげえよルシフィス。
「完了だ」
1時間程度でルシフィスがゴーレムから降りてきた。
「よし、次は俺だな。【ウォールコーティング】!」
空気のATフィールド、空気分子固定の結界魔法を皮膜状にゴーレムに張り巡らせる。俺の一番得意な物理魔法だ。
「終了、ルシフィス、なんでもいいから魔法で攻撃してみろ」
「うーん、前に見せてもらってはいるが、大丈夫だろうな?」
「保証するよ」
「よしっ、ファイアボール!」
ひゅるるるるどがん!
おう、なかなか強力。でも弾かれるように爆散する。
「次、ウォーターランス!」
超高圧の水流にもびくともしない。
「クロスサンダー!!」
最大弱点の電撃を十字に食らわす。
「くっ……ではこれではどうだ! ソニックハンマー!」
どごおんっ。物凄い衝撃波が直撃したが、ゴーレムの歩みは止まらない。
「……どうなってる。こんな強力な結界魔法見たことないぞ」
「魔法じゃないって言っただろ? さ、飯にするか」
俺と魔王と女神の三人で、仲良く険悪にピクニックにした。
うん、メイドさんたちが作ってくれたお弁当。とってもおいしいよ。
聖都ライノールの背後から大胆に街道の上をずしんずしんと歩いて接近する巨大ゴーレムは翌日には発見され、急遽防衛部隊が結成されて街道がふさがれた。
まーなんていうか象にむらがるアリだね。
投げ槍だの矢だのは全然無効。ロープを次々に投げて縛り倒そうとしてるけどこれも全然歩みを止められない。
近衛隊が騎馬で突撃するけどそれでどうにかなるもんでもないし、途中で掘った落とし穴はあっさり避けて歩いてゆく。
面白いのはゴーレムは周りの兵士たちを完全に無視でただ歩いているだけということだ。街道の道筋から考えてもう目標が聖都なのは明らかなんだけど、どうにも止められない。
魔法部隊がずらりと並んでありとあらゆる魔法をぶつけるが、全部弾かれてるな。
「ふぁはっははははははは! 人間どもめ、己の愚かさを知るがよいわ!」
……ノリいいなルシフィス……300年ぶりだもんな。
「ほんとに丈夫ですねー、あきれちゃいますわ……」
三人で街道横の丘からこれを眺める。
「明日には聖都突入だな。さ、帰って一休みするとするか」
「おう」
「あの……私は……」
「娼館チェルシーへようこそ」
「女神が娼館に泊まるとかっ、あり得ないですから! 無いですから! 絶対に無理ですからっ!」
ぎろり。
「ひいいいいいっ……」
「チェルシーは宿屋だ、宿屋。メイドさんはお世話係。普通に泊まることもちゃんとできるぞ。まあこの際だ、一番いい部屋使わせてやる。せいぜいメイドさんにちやほやされろ」
「……わかりましたぁ……(涙)」
「ゴーレム、襲来」による聖都防衛戦のニュースはルーネにも届いており、街も騒がしくなっている。
「ごーれむにおそわれる――――っ!!」
「こわーい!」
「ゴーレムだって、ほんもののゴーレムだって!」
「サトウ様――、なんとかしてよ――!」
「まおうさまーっ、たすけて、この街を守って!」
帰るなりメイドさんたちが集まってきて大変だ。
俺とルシフィスで一人一人の頭をなでる。
「大丈夫だ。必ず守るからな。なにも心配するな」
「余に任せておけ、あんなゴーレムなどイチコロだ」
「……なんという自演」
ぎろり。
俺たちのひと睨みでサリーテスが黙る。
「サリーだ。ちょっとなりゆきで面倒見ることになった。四階の部屋使わせてやってくれ。パリス頼む」
「……女を連れてきたのはあんたが初めてだねぇ……あんたの連れてくる客はどうしてこういつも……。あ、いらっしゃいませ。宿屋チェルシー支配人です。お食事はどういたしますか?」
「三食出してやれ。あと午後のティータイムもだ」
「わかりました。メイドの好みはございますか?」
「一応それやるのか……。フォクシーちゃん頼める?」
「はーい、サービスはどうしましょう?」
「やらんでいい。宿屋として対応して」
「了解でーす。ご案内いたしまーす」
「うううう、なんで私が……私がなんで……」
「ルシフィス様……」
「大丈夫だミルク、君のことも、この館も余が守る。なにも心配するな」
「はい……。信じております」
酷い自演を見た。
「サトウ様……」
らぶちゃんを抱きしめ、優しくキスする。
うん、いろいろと心が痛い。




