26.獣人のハンターを助けた
いつものように、獲物を探すため上空を飛んでいると、下が騒がしかった。
「雅之、あれはちょっとまずいのではないか」
「ああ、ヤバいな」
「助けるか?」
「とりあえず俺が虎だけ止める。あとは話を聞いてからだ」
ぎゅーんと下に降りて行って……「【ウォールボックス】!」
ぴきんっ!
今獣人たちに襲い掛かろうとしていた赤い虎が俺の壁に閉じ込められる。
「がぅるるるるぁああ!!!」
虎、暴れまくってるけど出られないからねそれ。
「おい、もう大丈夫だ。全部で何人だ?」
「ご……五人だ」
虎に襲われていたのは獣人のハンターぽいやつ、うん、ちゃんと五人いるな。
俺とルシフィスで手分けして治療する。
「助かった……あんたたち、今空から飛んでこなかったか?」
「見なかったことにしといてくれ。全員ハンターだな?」
「そうだ」
全員ワンコだね。猟犬っぽい。シェパードの団体というとわかりやすいか。
迷彩のハンター服に、弓が三、槍が二だね。
治療が一通り終わったところで話を聞く。
「あのレッドタイガー、いったいどうなってんす?」
「ああ、ちょっと見えない箱に閉じ込めてある」
「すげえ魔法使う……。助けてもらってなんっすが、あんたたちは?」
「ああ、俺たちは通りがかりの『おっさんハンターズ』だ。まあ細かいことは気にしないで流しとけ」
「はあ……」
「さて」
トラブルになるかもしれないのでちゃんと確認はしておかないとな。
「お前たちアレを狩ろうとしてたのか? だったら、余計な手出しだっただろうから謝る。お前たちの態勢が整ったところで、解放して止めを刺してもらっていいが」
「とんでもない! 俺たちが狙ってたのはシロイボシシっす。そいつはいきなり襲われてまあ事故みたいなもんっす」
「ふむ……。獣人にもハンターの仕事をしているやつはいるのだな。虎の縄張りに近づきすぎたのだろう。諸君らはちょっと無理をしてしまったな」
「獣人のハンターがいるのは冒険者協会から聞いて知っている。腕のいいベテランハンターたちだと聞いているけど?」
「……やめてください。とりあえず礼を言いたいっす。助けてくれてありがとうございました」
「ありがとうございました!」
全員俺たちに頭を下げる。
「商人の中には獣人奴隷をハンターにして獲物を狩らせているのは聞いてるよ。君たちは商人の所属なのかい?」
「いや、俺たちは教会所属っす」
「教会も奴隷を使うのか」
「俺たちは山川珍味を集めるために組まれたチームってわけで。教会のお偉方の食卓を飾る獲物を獲るのが専門っす」
「ふむ……、教会というのはひどく贅沢なものを食うのだな」
ルシフィスがちょっと顔をしかめる。
「ああ、ちょっと珍しい鳥とか、四つ足とか、……まあ、言われたものを獲ってくるのが仕事っす」
「で、毎度毎度、だんだん要求が厳しくなってきて、君らでも獲れそうもない物を獲ってこいと言われてここまで来たと」
「……まあその通りっす」
「ふーむ……」
気の毒な話ではある。
「雅之、我らでそのシロイボシシを獲ってきてやるというのはどうだ?」
全員、おおっと顔が輝く。
「ダメだ」
全員、しょんぼりする。わかりやすいわ。
「何故だ」
「俺たちがそれを獲ってこいつらにやったとする。そうしたらこいつらの雇い主はそれがこいつらに獲れると思う。そうしたらどうなる? また獲ってこい、もっと強い相手も獲ってこいということになる」
「……なるほど」
「だからこの場合は失敗した、獲れなかった、ケガ人も出た、というほうがこいつらのためになる。俺はそう思う」
「ああ……そうか……そうっすね」
ワンコのリーダーががっかりする。
「しかし、それではまた獲ってこい、獲れるようになるまで何回でも行ってこいとはならないか? 彼らが罰を与えられたりすることは無いか?」
「そうだな、だからそれは俺たちが獲ろう」
「どういうことだ?」
「俺たちでシロイボシシをじゃんじゃん獲って冒険者協会にどんどん卸す。シロイボシシが市場に流れる。そうしたら教会の連中はシロイボシシが食える。市場に流れているんだから他のみんなもシロイボシシを食う。そうすると、シロイボシシを食っても自慢にならん。教会の連中はシロイボシシに興味を無くす。こいつらはもうシロイボシシを獲るために無理をしないでよくなる」
「うむ、それはいいな。いい手だ」
「でも俺たちケガ治してもらっちゃったしな……。俺たちどういいわけしたらいいものやら……」
うーん、ワンコたちもそこは困ってしまうところだな。
「なにも困ることは無い。全部正直に話してしまえ。シロイボシシを獲ろうと無理に奥地まで行ってみたらこの赤い虎に襲われた、ケガ人も出た。そこへ通りすがりのハンターに助けてもらったので逃げ帰った。我らのことを言ってなにか問題があるわけでもあるまい」
うん、シンプルだねルシフィス。
……それが一番か。
「よし、それでいいや。この虎俺たちでもらっていいか? 一応これ冒険者協会に持っていけばお前たちが虎に襲われた証拠になるしな」
「もちろんっす! 俺たちが手も足も出なかったんだから、今更ほしいとも思いませんよ!」
「よし、じゃ箱開けるからルシフィス、止め刺しちゃって」
「ひいいいいいっ!!!」わんこたち大ダッシュで逃げる。
「3、2、1、【ブレイクウォール】!」
「ライトニング!」
どおぉおおおおおん!
【ウォール】を解除と同時にルシフィスの雷が落ち、レッドタイガーは感電死。
「毛皮がきっと高く売れるだろうから、このままアイテムボックスに入れてくれ。さばくのは専門家に任せたほうがいいだろう」
「わかった」
「じゃ、そのシロイボシシとやらを獲りに行くか。お前ら、何頭ぐらい獲ってこいって言われてた?」
「い、一頭だ」
「じゃ、十頭も獲ればOKかな。ルシフィス、シロイボシシってわかる?」
「イボイノシシの白い奴だ」
「よし、じゃ、気を付けて帰れよ」
「あ、ありがとう」
「ありがと――――!!」
ワンコのハンターたちに手を振ってもらって俺たちは飛び上がった。
夜までにはなんとか十頭揃えてまとめて冒険者協会のローナンに預けたよ。
「……こ、これは凄いですな!」
さすがにローナンが驚く。イノシシ十頭に虎が一頭だからな。
いやこれを収納できるルシフィスのアイテムボックスが凄いわ。
「シロイボシシ一頭金貨50枚で買い取らせていただきます。レッドタイガーのほうは450枚でいいでしょうか?」
「シロイボシシは全部タダでよい」
ルシフィスの申し出にローナンが驚く。
「き、金貨500枚分ですぞ! そんな! ありえませんな!」
しょうがないので説明する。
「うーん、ちょっと事情があってね。これをとんでもない安値で市場にガンガン流してほしいのさ」
「なぜですかな?」
「教会の獣人奴隷のハンターたちがこれを獲るために無理をしてね、虎に襲われてたんだよ。俺たちで助けたんだけど、どうせまた獲ってこいって言われるだろ? だから市場に安値で流して思う存分食わせてやれば教会の連中も悪くはしないだろ」
「……なるほど、そうですな。そういうことなら……。いや、助かります。私どもも未来ある奴隷の獣人ハンターたちに、死んでこいなどと言う気はさらさらありませんからな」
そう言って、紐をひっぱると二階から協会会長が解体場に降りてきた。
びっくりしてたけど、話を聞くと納得してくれたよ。
報酬のかわりに冒険者ランクは、二人ともBにしてくれたね。
「今日は、シシ肉のパン粉油揚げですよ――!!」
らぶちゃんが夕食を持ってきてくれる。
「すごいなーっ。どうしたのこれ!」
棒読みにならないように気を付けながら返事する。
「昨日、大安売りで市場でたくさん買えたんです! 高級な肉なのに、すごいですね!」
「そりゃよかった。らぶちゃんも食べる?」
「さっき、まかないでみんなといっぱいいただきました。おいしいですよー!」
「ははは、じゃ、いただきます」
……トンカツじゃねーか。
すげえよこれ。
うん、旨いし。いい肉だ。
これからもじゃんじゃん獲ってこよう。
「この国にもトンカツがあるんだ……」
「トンカツ? いえ、それルシフィス様が作ったんですよ」
「なんですと――――!」
……驚愕の事実です。
「今日ふらっと厨房に来て、『ウマい料理法があるから』って作っていきました。料理お上手だったんですね。びっくりしました」
「へー」
「みんなにも調理法教えてくれて、支配人も名物料理が増えたって喜んでましたよ」
「よし俺も明日からなにか作ろう」
「……いえ、サトウ様にまでそこまでしてもらうわけには……」
「いや俺も料理できるよ?」
「サトウ様はみんなに治療とか護衛とかしてもらってますし、そこまでしてもらわなくてもみんな十分感謝してますから……」
ねえなんでみんな俺が料理ヘタだと思うの?
俺だって三十五まで独身で休みの日ぐらいは自分で料理とかしてましたから。
カレーとか、中華とか、揚げ物とかなんとか……。
…………。
……。
うん、考えてみれば調味料とか冷凍食品とか、パッケージになってる奴ばっかり作ってたわ……。ここの世界で再現させるのは難しいかもしれないな。




