25.新しいメイドさんが来た
ちょっとトイレの帰りにパリスが俺を手招きする。
「この子なんだけどさ……」
パリスの後ろに立っている女の子。
犬の子だ。たれ耳で小柄で、かわいらしい。
……リロちゃんより若いんじゃねえの?
いや、リロちゃんは若く見えるだけで実際は……いややかましいわ俺。
目をつぶって、杖を持ってる。
え?
「どうしたの?」
「うちの新しいメイドというか……」
「……」
「……」
「パリス」
「わかってるよ!」
メイドさんたちが何人か集まってきた。
……無言。
「ミルク、この子厨房に連れて行って、なにか食べさせてやんな」
「はい。ねえ、おなかすいてる?」
「……はい」
「じゃ、食べにいこっか! おいで」
ミルクちゃんにやさしく手を引かれて女の子がロビーを出ていきます。
「どういうことか説明してもらえるんだろうね」
「……そのつもりで呼び止めたんだよ。話だけでも聞いてくれないかねぇ」
「それって、相棒にも聞かせていい話?」
「……しょうがないねえ。呼んできな」
ルシフィスをサロンから呼んでくる。
「あの子はねえ、目が見えないのさ」
「……わかった」
「どうわかったのさ」
パリスが、あんたになにがわかるのさというムッとした顔をして俺を見る。
「ジョークを一つ」
「聞こう」
ルシフィスとパリス、メイドさんたちが俺を見る。
「神から教皇に神託が降りた、女と寝なければ、世界が滅びると。悩んだ末に教皇は自分と寝る女に三つの条件をつけた」
「ふむ」
「一つは、口がきけぬこと、誰と寝たか言えぬように。一つは、目が見えぬこと。誰と寝たのかわからぬように。最後の一つは……」
「……?」
「おっぱいがでかいことだ」
「……」
誰も笑わなかった。
「……アンタ、よくわかったね」
「そんな……」メイドさんたちが絶句する。
「????? どういうことなのだ?」
ルシフィスがクエスチョンマークだらけになる。
「つまり、あの目の見えない子は、教会のとんでもなく身分の高いどなたかの相手をさせられるために、ここにつれてこられたということだろう?」
ルシフィスが厨房まで犬耳の女の子を見に行く。
見えない目で、ぽたぽたとスープやパンを食べている。
これは……辛いな。
「……まだ子供ではないか……」
「……そうなんだよ……。酷い話じゃないか」
「で、パリスはそれを断れないと」
「……ねえサトウ……」
みんなが一斉に俺を見る。
「どうだかなー……。俺ケガは治せるんだけど、もともと見えないとか、病気で見えなくなったとかは治せないんだよな」
「余が治せる。待っていろ!」
どかどかと厨房に踏み込む。
もうっ行動早いな! さすがです魔王様!
「娘、ちょっとこっちを向いてくれるか?」
「はい?」
「娘、名をなんと申す」
「ち、チロルです」
「よし……チロル、じっとしておれよ……」
……ルシフィスが手をチロルちゃんの目に当てて念じる。
ぶつぶつ、口の中で唱えている。
治せるのか? ルシフィス。いや、魔王様。
えらく長い時間が過ぎたような気がする……。
ルシフィスがそっと手を放す。
「さあ、チロル、目を開けてみるのだ」
「はい……あっ」
チロルちゃんが目をあけてびっくりする。
「あ……あ……、見える……。見える、目が見える!」
「わあ――――――――っ!!!!」
厨房にいたメイドさんが全員大歓声!
「見える――――っ! 目が見えるよっ! 昔みたいに! 目が見えるう――っ!」
「よかったな! さすがは魔王!」
「ふんっ、この程度」
いやさすがだよ魔王、大したもんだよ!
ミルクちゃんに抱き着かれてでれでれしてなきゃの話だけどな!
「すごいねぇ、あんたうちで働かないかい?」
……パリス、考えることはやっぱりそれかい。
「……いや、余は今はまだ客のほうがいい」
「アンタもかい」
パリスとルシフィスと三人で、サロンで向き合う。
「わかってると思うけど、これで万事解決ってわけじゃないんだよねぇ」
「だろうな」
「うちとしてはね、なんだこの子目が見えるじゃないか、誰か間違ってつれてきたんじゃないのってそのまんま返せばいい話なんだけど」
「それで良いではないか。どんな問題が」
「別の子がまたつれてこられるか、そのまんまあの子がつれていかれるか、わかったもんじゃないね……」
「あの子を助ければよいのではないか?」
ルシフィスがまだクエスチョンマークだらけなんだよな。しょうがないけどな。
「そうじゃない、パリスが言ってるのは時間稼ぎ、問題の先送り、根本的な解決になってないってことさ」
「あんた、うちの子と遊んでて綺麗事言うのだけはやめておくれよ。あの子を一人助けたところで、それがどうしたって程度のことなんだからさ。あの子になにかしてやりたいんだったら、もっと大きなことで助けてやってよ」
「……」
ルシフィスが頷く。
「わかった。そうしよう」
俺はそのあと、この娼館でメイドさんたちの治療をしたこと、なぜメイドさんたちがそんな目に遭っているかとか、教会の連中の性的嗜好のこと、今までここで見たこと、やったことを全部ルシフィスに話した。
「なぜそれを今まで余に話さなかった」
ルシフィスが教会に怒りを隠さず俺に言う。
「いや、童貞に話してもわかんないんじゃないかと」
「どっどっ童貞ちゃ……いや、その、いや、確かに余にはわからないことだらけだな」
「俺も見て聞いて驚くことばかりだ。ルシフィスは三週間前の俺だ。同じさ。俺たちはもうちょっとこの世の中を勉強しないといけないな」
「わかった。しかし……」
「ん?」
「雅之も童貞だったとは……」
「どっどっ、童貞ちゃうわ!」
そこじゃねえよ!




