23.魔王に就職してもらった
「パリス、お会計」
「金貨74枚。サービス料、チップ、部屋、料理代、リリイのお召し代。服と靴、アンタの分も」
「……全部俺が出すよ」
「あと、聞いてると思うけどラブは今日から三日間休みだからね。どうするね」
「こいつと三日間、山に籠るよ」
「うむ、余も働かないといかんな」
「当たり前だ。さっそく仕事に向かうぞ」
「おう、なにをする」
「楽しくて幸せな仕事ってやつを、やってみるか」
俺がハンター迷彩に着替えてくるとルシフィスが驚く。
「むむ、そうしてるとかなり出来るやつに見えてくるから不思議だ。普段は優男でたいして強そうにも見えぬのに……。魔王城に一人で乗り込んでくるだけのことはある」
「やかましいわ。よし、冒険者協会に行くぞ」
「狩人みたいなものか」
「その通り」
二人で冒険者協会に向かい、カウンターでお嬢さんに声をかける。
「新規登録お願いします。この人です」
「はいどうぞ。ではそこにお座りください」
ルシフィスの登録は俺が代書きした。名前以外はまあ適当に……。どうせ全部自己申告だしな、登録料も出し、さあ第一の試練だ。
「ではレベルとステータスを調べますので、こちらの水晶玉に手を当ててください」
ルシフィスが水晶玉に手を当てると……。
「はい、ってええええ?あれ、ちょっとおかしいかな……? あれ? なんか壊れてるみたい……。あの、ちょ、ちょっと待ってくださいね」
お嬢ちゃん、水晶玉をぱしぱし叩いてもう一度。
「……あの、LV520って」
「うん、あー、えーと、壊れてるねそれ……あ、ホントは52のはずなんだけどねー? うん、たしかそれぐらいのはず」
俺がちょちょっと誘導する。
「あー、そうですよねー。HPも645とかMPも539とか、ちょっとありえないですもんね」
「うーん、そうそう、俺のカードみたいに、ほらランクだけつけて、ステータスは抹消しといてあげて」
「はい、そうします。あの、これ、黙っててくださいね」
ルシフィス、面白そうにニヤニヤしてやがる。俺は冷や汗ものだよ。
「はい、冒険者カードです。身分証明にもなりますから肌身離さず持ち歩いてください。一年に一度どこの冒険者協会でも更新が可能です。更新料は銀貨20枚です」
カードには、
ルシフィス(50)
冒険者ランク F
シンプルすぎるだろ!
俺もそうなんだけど、もう絶対他のパーティーと組めないよ!
「よしっ次は着替えてもらうぞ」
ガテン服屋に行って、俺と同じような迷彩服を買う。
俺より一回りサイズがでかいな。ブーツとかも揃えるぞ。
道具については、俺が持ってるからしばらく共用で、おいおい買いそろえておけばいいしな。
「ルシフィスは武器は何を使うんだ?」
「まあ闘うなら剣だが、狩猟なら魔法だけでもいけるだろ?」
「俺もそうだな。じゃ、このまま向かうか」
「何を狩る?」
「俺が最初に獲ったのはカモシカだった」
「いいな、あれは旨いからな」
「ルシフィスはなんか物を収納しておく魔法とか使えるか?」
「当然」
「じゃ、ここで着替えちゃえよ」
「わかった」
なんかいきなり空間に脱いだ服をしまう。
……アイテムボックスだよ。いいなあ……。
二人で迷彩服になって並ぶ。
「おっさんハンターズ、参上!」
「参上!」
「はっはっは!」
「ふはははは」
楽しそうでなによりです魔王様。
……店員、ノッてこいよ……。空気読めよ……。
街から離れて、二人で飛ぶ。
面倒だがしょうがないね。飛んでるとこ見られたらもっと面倒になるからね。
魔王は魔力で飛ぶ。俺と互角だね。ホントにマジモンの舞空術だよ。誰か原理説明してくれよ……。
キョーラル渓谷で、上空からカモシカの群れを見つける。
すっと近くの木の上に着地して、獲物を狙う。
「(雅之ならどう狙う?)」(小声)
「(これぐらいだと俺は電撃浴びせて気絶させるかな)」
「(ほう……、余と同じだな。誰でも考えることは同じか)」
「(じゃあ、俺が右の三頭……)」
「(余は左の三頭を狙おう……)」
「(タイミングを合わせて、3、2、1で)」
「(わかった)」
「(3、2、1……)」
バリバリバリッ!!!
二人とも、無詠唱でイケますよこれぐらい。
一気に六頭のカモシカがばったり倒れる。
すぐに飛び降りて素早く頸動脈をナイフで切る。
魔王手刀ですかエアーカッターですか? なんか素手ですっぱり行ってますけど?
空中からいきなりロープ取り出して足縛って木に吊るして血抜きしてます。慣れたもんですな。
俺は自分のロープをバッグから出して木に吊るし、ナイフで解体を始める。
「ほう、その場で解体するのか」
「まあね、肉にしてチェルシーにお土産に持って帰ると支配人が喜ぶんでね」
「余も一人になってからは全部自分でやっていたな」
「自給自足だなあ。アイテムボックスがあるならそれに入れといて、あとで冒険者協会の買い取りカウンターに持っていくと買い取ってくれるぞ。バラすのは向こうでやってくれる」
「ではそうさせてもらおう。それにしても雅之の魔法はなにか不自然だったな……。なんというか、魔力を全く感じなかった」
「俺のは魔法じゃないんでね。前の世界の女神の加護さ」
「ふむ……。それでは余は真似できんな」
「ルシフィスもすげえよ。本物の魔法だからうらやましいわ」
「手伝おう」
「じゃ、そっちの皮ひっぱって……」
二人でやると解体早いんだよなー。昔、バルトーと一緒にやったのを思い出す。
ハンティングって、男の遊びだよ。これやると、芽生える仲間意識がハンパない。
なんでも協力し、バックアップし合って、獲物を追う。
戦場を駆ける戦友のようにな。
夜、二人で、廃墟の中で語り合う。
「この廃墟は……獣人たちの物か」
「ああ、たぶん勇者アレスの偉業を伝えたものだろう」
ルシフィスが光球を作り、照明にして壁面を照らす。
ゴーレムと闘う獣人アレスのレリーフ。
「そうか、アレス、うまくやったのだな……」
「だが、その後のアレスは歴史から消えてしまった」
「なぜだろう」
「それについては資料がある。俺がかつての王族から盗んだ資料に」
「どうなっていた?」
「王都に迫るゴーレムを撃退したアレスは、その後一年で死んでいる」
「死んだ? たった一年で? あれからすぐに?!」
「理由はわからない。わからないが……多分暗殺だろう」
「……アレスは勇者ではなかったからな……。人間に殺されることもあるか……」
ルシフィスが目を伏せる。
余計な手を貸して早く死なせてしまった……。そんな感じか……。
「アレスの死後、弾劾裁判が行われている」
「死後に裁判だと? それはまたひどい話だな」
「裁判記録がある。アレスと、王国が付けたパーティメンバーであんたの城に一度行ってみたのは事実らしい。もちろんアレスに魔王を討つ意思はなかったと思うが、その旅の途中で、アレスが仲良くなったパーティメンバーに真実をバラしたんだな。友達だから黙っていてくれると、魔王との芝居だったことを話してしまった。魔王を討ちたくない理由を説明したかったんだろう」
「……アレスらしい。正直で真っすぐな奴だった……」
俺は頷く。
「そして、旅から帰ってから、密かに暗殺が計画されたと考えていいだろう。裁判ではアレスは魔王と手を組んで王国を騙した、国民を欺いたニセモノの勇者という判決が出ている。これを告発したのはかつてのアレスのパーティメンバーだ。おそらくゴーレム襲撃後英雄視され、勇者扱いされているアレスに嫉妬したか、本当は嘘だったゴーレム退治に失望したか、獣人の人権擁護の雰囲気をつぶしたかった王国の小細工か、まあその全部だろう……」
「……なんにせよ汚いな。王国も、教会も」
「汚い、とは思うが、アレスのゴーレム撃退が実は芝居だったというのも事実。この事件はアレスとアンタにも非があるってところが、事態を面倒にしている」
「……余が軽率であったかもしれぬ。いや、そうだったな……」
レリーフを見て、ルシフィスの目に少しだけ涙が浮かぶ。
「簡単な話だ。余があそこでアレスに倒されてやればよかったのだ。余はなんという馬鹿なことをしたものだ……。嘘の名誉などで英雄を作ろうなどと……」
どんな場合でも自分の非を認めるということはつらいことだ。
コイツはそれをしている。それができるやつなんだな……。
「……アレスの獣人を人間に認めさせるという目的は、一年で終わってしまったということになる」
「……どうでもいいことだが、300年の眠りから覚めてみると城は荒れ放題、略奪の跡もあった。多くの人間が踏み込んで、余の城を荒らしたのであろうな」
「そうだな」
「それについてはなにも惜しいことは無い……。今更だ。だが、そのことが、アレスが人間と仲間になって、そして我が城を訪問してくれたという証拠であろう。一時でもアレスが人間と友情を嘘でも結べたのは、よかったと思うべきかもしれぬ。裁かれたのが死後であるなら、アレスには幸福だったかもしれぬ」
「生きて裁かれるよりは」
「アレスは今でも獣人たちには英雄なのだろうか」
「英雄だった、ということだろうな。あの『泣いたオオカミ』も、公表された事実を獣人たちが、アレスを悪者にしたくない思いで作ったものだろう。オオカミが泣いたところで、物語は終わっている。ただ、裁判で弾劾されたことで、一度なくなりかけた獣人差別は復活してしまった……。その後、人間同士の戦争、女神サリーテスの降臨で、獣人は完全に歴史の外においやられ、奴隷としての意味しかない存在になって今にいたると……そんなところか」
枝に刺したカモシカの肉が焼けた。
食べると、なかなか旨い。
「旨いなこれ」
「余が採取してきた岩塩を砕いてハーブを使っている。一人暮らしが長かったからな、これでも料理は得意だ。アイテムボックスにいろいろ入っているぞ」
「ぶっ……、って300年前のかよ!」
「はっはっは、何百年経とうと塩は塩だ。岩塩が何万年前から地中にあると思っている。それにアイテムボックス内の物は時間の経過が止まっているからな」
「はいはい。まったく……。腹壊したら責任持てよ」
「ヒールでいいなら」
「はははは」
その夜は、そのまま廃墟の中で眠った。
俺たちは三日間、狩りをしながら廃墟や遺跡を巡り、俺の調べた資料や、ルシフィスの記憶とのすり合わせを行った。真実が明らかになってゆく。正しい歴史の辻褄が合ってゆく、そんな達成感がある三日間だった。




