22.魔王に遊んでもらった
「ただいま」
「おかえりなさいませ――っ!」
昼前に、娼館チェルシーに到着した。
「雅之、こ、ここがお前の屋敷なのか?」
「いーや、ここは宿屋。ちょっとかわったイイ宿屋」
ルシフィスがびっくりしている。
「おかえりなさいませ。……マサユキ、そのお方は?」
「友達」
「あんたに友達って……。あ、いらっしゃいませ。娼館『チェルシー』支配人でございます」
「いらっしゃいませー……」
メイド隊も、ルシフィスのあまりな風貌に、ちょっとテンション下がり気味。
チラ見には、まるで浮浪者を連れてきたかのようでもあるから無理もない。
「リロちゃん、これ返すよ」
犬耳メイドのリロちゃんに『泣いたオオカミ』の古本を返す。
「やくにたったー?」
「立った、立った。おかげで友達ができたよ」
「マサユキ様のご友人……?」
「おう」
らぶちゃんも意外そうな顔して俺を見る。そんなにぼっちでしたか俺。
俺はみんなを見回す。
「俺の友達、魔王ルシフィスだ。みんな知ってる、『泣いたオオカミ』に出てきた『まおうさま』がこのルシフィスだ。正真正銘、本物だよ。歓迎してやってくれ」
「うわあ――――――――っ!!!!」
チェルシーは蜂の巣をつついたような大騒ぎだ!!
「まおうさま――――っ!」
「まおうさま、ホンモノのまおうさま――――っ!!」
「きゃ――――っ!」
「ちょ、ちょっとまて雅之、それをばらすのか。そもそもここの娘たちはいったい……、ど、どういうことだ雅之」
「ここではアンタはちょっとした有名人、人気者ってことさ」
「なんでそうなる」
俺はみんなに向き直る。
「みんな、俺の大事な客人だ。丁重にもてなしてくれ。そうだな……まず風呂に入れてやれ。隅から隅までキレイにしてやるんだぞ。それから髪も切って、髭もそってやってくれないか。パリス、服屋に連絡して適当な服を持ってこさせてくれ。さあ忙しくなるぞ。金はいくらでも使っていい。かかれ!」
「わ――――っ!!」
その場にいたメイドさん全員(六名)がルシフィスの背を押してゆく。
ミルクちゃんがすげえ。さすが牝牛の獣人、力持ちです。
ルシフィスの腰を抱えるように上の階に連れていく。
「まてまてまて、ちょっ待て――――っ!」
「ルシフィス! いいからその子たちの言うこと聞いとけ。逆らうなよ!」
「夜帰ってこないでどこに行ったのかと思ったら……こりゃあ、チェルシー始まって以来の大仕事になりそうだねぇ」
「すまんなパリス」
「いいよもう……その分儲けさせてもらうからねぇ」
二時間ほどして、服屋が来た。
4階の一番いい部屋行くと、バスローブに包まれてルシフィスがいる。
おう、髪も貴族風に整えられ、髭もうまいぐあいに口髭だけ残して渋いオヤジになってるぞ。いい男じゃねえか畜生。
……なぜ顔を手で覆って嘆いている?
「どうしたルシフィス。綺麗になったじゃないか。なかなか渋いぞ」
「……洗われた……」
「ん?」
「たいへんだったー」
「くさかったよー」
「何回も入りなおしてもらいました」
「あかもぜんぶこすりおとしたのー」
「歯もみがいたのー」
「ひげもそったの」
「髪も切ったの」
「かわもむいたのー」
リロちゃん、その最後のやつは黙っててやってくれませんか。
メイドさんたちも全員バスローブ。何があったか聞きませんがかなりうらやましいことがあったことは間違いないです。
あっはっはっは。
「300年も寝てたんだからな。まあしょうがないか」
「そんなにーっ?」
「すごいーっ!」
「その髭と髪はだれが切った?」
「リリイさんだよー」
あ、リリイさんこんちはっす。
「私好みに好きなようにやらせていただきましたわ。どうです? 渋い殿方になりましたでしょう」
「……リリイさん剃刀は……」
「使えるようになりましたわ」
「……あれからずっと処理してるんですか」
「ちくちくいたしますもの。それに殿方が喜びますのよ」
そうですか。キャッチフレーズをもう一つぐらい増やしましょうかね。
「問題はそこではない」
「どうしたルシフィス」
「洗われた……全部」
「いいじゃないか」
「全部見られた……」
「そういうのはご褒美という」
「……その、余はその……婦女子の前であのような……ぼ」
俺なんかローションのテストのとき、かわるがわるぬるぬるされたぞ。
「げんきだったーっ!」
「りっぱだったーっ!」
「まおうさま素敵だったーっ!」
ナイスフォローですメイド隊さん。
「いいじゃないかルシフィス、ここではそうならなかったらメイドさんたちに失礼になる館だ。さ、次は着替えてもらおうか」
服屋が大量に持ってきた服を運ぶ。
やれパンツだ靴下だシャツだスーツだとメイドたちがやかましい。
着せたり着せたり脱がせたり着せたり脱がせたり着せたり、一通り騒ぐと立派な紳士が出来上がる。
「かっこいーっ!」
「しぶいーっ」
「やっぱりリリイさんの見立てはセンスいいよねー」
リリイさんがかいがいしくメインでお世話をしております。
……にやり。
あの……わかりますか? 嗅ぎつけましたね? 童貞の匂いがするのですね?
「さあ昼飯食って、のんびりして、だらだら過ごそう。ルシフィス、とにかく明日まではここの子たちに何も逆らわず、全部任せるんだぞ」
「……わかった」
部屋に料理がどんどん持ち込まれ、楽しく宴が始まる。
ルシフィス、300年ぶりに食うランチに感動している。うまいよなどれも。
腹いっぱい飯食って、夜まで昼寝タイム。
「リリイさん、今夜任せていいかな」
「もちろんですわ。こんなやりがいのあるお仕事、譲る気はさらさらありませんわ」
ウキウキしながらリリイさんがお茶のセットをもって部屋に戻ってゆく。
うん、千年物の童貞なんて、この後一生無いチャンスでしょうからな。
「昨日、帰ってこなかったから、ちょっと心配しちゃいました」
「ゴメンゴメン、連絡する暇がなかった……」
らぶちゃんに、全身の起毛ブラシで洗ってもらってます。
二人で泡だらけになって背中が気持ちいいです。
「まおう様をつれてくるなんてびっくりです。いったいどこから?」
「魔王城」
「あるんですかそんなのっ!」
「今は廃墟でね」
「そんなのよく見つけられましたね……」
「古い資料と、あとは魔法でね」
「サトウさんって本当はなんの仕事してる人なんですか?」
ごしごし、つるつる。
うーん、ウサギの毛ってどうしてこんなに柔らかいんだろう。
猫とか犬とかの比じゃありませんな。
「俺の仕事かぁ……。そうだなあ、強いて言えば、脇役かな」
「わきやく……? 役者さんなんですか?」
背中から、今度は前に回ってくれます。
わさわさ、つるつる。
「サトウさんって時々すっごくお芝居みたいにセリフ回しとかカッコいいときありますもんね! 役者さんだとしたらなんか納得いきます!」
はは、あの魔王城での独り芝居、もし見られてたらきっと大笑いされたろうな。
「執事さんのマネとか、本職顔負けですもん。リリイさんが出張の間、執事なんか従えてお姫様にでもなったみたいで気持ちよかったって言ってました」
「じゃあ、今夜はらぶちゃんの執事になってみようかな」
「え――っ……」
ざばあっ…… お湯をかけて、らぶちゃんのシャンプーを流す。
「お嬢様、タオルでございます」
「あの……サトウ様?」
「サトウ、とお呼びください。お拭きいたします。そのまま、そのまま」
「……はい……」
ごしごしごし……。ふさふさふさ……。
「かゆいところはございませんか?」
「えっいやっ私はまだ大丈夫。大丈夫ですからーっ!」
「なぜそのように驚かれます?」
「だって、その、……リリイさんが……」
「リリイさんがなんとしました?」
「毛を剃られたと――――っ!!」
「あはははは。はは……」
……その情報どこで聞いた――!!
朝、朝食を運ぶリリイさんとすれ違う。
……裸ワイシャツですか。あざとい、あざとすぎます。
あらゆる角度から童貞のハートをわし掴んでいきますな。さすがですお嬢様。
胸のぽっちがたまらなく煽情的です。
「おはようリリイさん、どうだった?」
「おはようございますサトウさん。バッチリですわ。一から十まで全部教えて差し上げました。上手になりましたわ。もうどこに出してもかまわない、立派な紳士ですわ」
あなたが『どこに出してもかまわない』とか言うととんでもなくエロく聞こえちゃうんですけど私がゲスなのでしょうか……。
「そりゃあよかった……。どんなやつだったね」
「シャイで、純粋で、さびしがりやで、優しくて……可愛い方でしたわ」
……あれを可愛いとか、さすがですお嬢様。
「しばらく面倒見られるかな?」
「童貞の輝きは一瞬……。一夜の夢が過ぎれば、ただの助平。あれほどの殿方、私ではもう持て余してしまいます。今日はもう屋敷に帰ります……。少し休まないと……ふわあぁ……」
……どんだけやったんですか。
昼飯は、俺がもっていく。
「こんちわルシフィス、一緒に昼飯食おう」
「おう雅之、おは……もう昼か」
「ふふふふふ……」
「……」
「どうだった?」
「……美しかった。薔薇のしずく……いや、それに……。いや、まったく、余は今までいったい何をしていたのか……。いや、まったく、何を……。いや、本当に……」
「『ケモナー同盟』へようこそ」
「……なんだそれは」
「はっはっはっ! さあ食おう」
「……リリイ嬢からいろいろ聞いた」
「なにがわかった?」
「うむ」
肉を挟んだパン、野菜のソースかけ、コンソメのスープ。
どれもうまい。
「今、獣人は皆奴隷だとか」
「そうだ」
「隷属していなければ、生きられない」
「ああ」
「奴隷とは、そういうものだからな……。魔界にもなかったわけではない」
「魔界では奴隷をどのようにしていた?」
「死ぬまで働かせる……。考えてみれば酷いことだ。余は自分の周りの魔族がすべて死んだ、いや、死なせてしまったからそれがよくわかる。幸せに働く、ということは、出来るのだ。余はリリイ嬢を見て、幸せに働くということの意味がわかった。本当にわかったのかはわからないが……」
「リリイ嬢は男の専門家だ。あれは天職だな。ははは」
「だが、奴隷は、やはり幸せとは言えないだろう」
俺は頷く。
「俺は獣人の差別をやめさせたい。せめて、奴隷からだけでも解放したい」
「余も、そう思った」
「だが、奴隷制度、奴隷差別をやめさせるのはとんでもなく難しい。そんなことはもうやめたいと考えるやつが一人もいないからだ。奴隷自身までもが、それを受け入れてしまっているほど当たり前の制度になると、もう誰にも止められない」
「で、あろうな」
「『泣いたオオカミ』を読んだ俺は、もしこれが実話なら、魔王ルシフィスは獣人を友人としていた。獣人奴隷を解放する力になってくれるんじゃないかと、思ったんだ……。無理に連れてきたみたいで、すまなかったが」
「いや。余は協力するぞ。させてくれ。そうでなければ余はアレスの御霊に顔向けできぬ」
「よかった……。ではこれから、改めて世界を一緒に勉強しよう。いや、勉強じゃないな。遊ぼう。遊んで遊んで、楽しんで、楽しくないことはそれを正していこう」
「面白そうだ。ぜひ一緒に遊んでみよう。この世界をお前と」
「おう、頼むわ」




