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21.魔王を起こした


 夜。廃墟の城を進む。

 荒れ果てた古城、略奪の限りを尽くされたような、なんの飾りも無い黒い石造りの回廊に足音が響く。


 吹き抜けてしまって満月が見える広間。

 主を失ってしまった、石でできた玉座。張ってあったはずのビロードも今は面影も無い。


「御就寝のところ、お騒がせをいたします」


 誰もいない広間、俺は魔界風貴族正装で仮面をかぶり、一人、語り出す。


「今宵、ささやかながら、拙い余興をお楽しみいただければと思い推参つかまつりました。夜分失礼とは存じますが、どうぞよろしくご静聴願います」


 深々と無人の玉座に頭を下げ、巻物を取り出す。


「さてこれに取り出したるは、獣人族に古くから伝わる一巻の物語。演目は、『泣いたオオカミ』にございます。聞けば、必ずや心動かされ、その物語の行く末に思いを馳せることでしょう。それではお聞きください」


 俺は、巻物をするっと広げ、手の上で滑らせる。

 リロちゃんから借りてきた古い巻物だ。


「むかしむかし、あるところに、一人のオオカミ男が住んでいました。オオカミ男はいつもひとりでさびしくて、一人で野山をあるきまわって暮らしていました……」


 俺一人による朗読劇だ。

 俺は、物語を、誰かに読み聞かせるように、ゆっくりと話を進めてゆく。


「ある日、オオカミ男がふらりと立ち寄ったふるいお城で、一人の男と合いました。男は『魔王』だと言います」


 風がやむ。


「……まおう、おれと、ともだちになってくれ。まおうは『いいよ』と言って、二人はともだちになりました」


 ふっと月が雲に隠れ、広間が真っ暗になる。

 ……俺は破れた屋根を見上げ、月が現れるのを少し待った。




 ぽんっ。


 燭台に火が灯る。


 (かかったっ!)


 ぽんっぽんっぽんぽんぽんっ。

 

 次々に広間の燭台に火がともってゆき、十分に字が読めるぐらいに明るくなった。


「……まおうはゴーレムたちをひきつれて、にんげんの街をおそいました。ゴーレムたちが、街の城壁をどんどん、こわしてゆきます。にんげんたちが悲鳴を上げてにげまどうなか、オオカミ男があらわれて……」

 俺は片手を振り上げて、暴れるゴーレムと、一歩も引かず剣をふるうオオカミ男を一人、熱演する。


「くそう、オオカミ男め、いまにみていろ。そういってまおうは逃げていきました」

 すたこらさっさ、俺は広間を一周して、元に戻る。


「……オオカミ男が一人でお城に入り、まおうのいた部屋にいってみると、そこには一通のオオカミ男あてのてがみがありました」


 手の上の巻物を、手紙に見立ててそれを読む。


「せっかくできたにんげんのともだちに、おまえがまおうのともだちだとわかったらこまってしまう。おれは百年のねむりにつくから、おれをたおしたことにして、おまえはにんげんとなかよくくらせ」


 跪き、顔を伏せて、静かに読み上げる。


「オオカミ男は、ほんとうのともだちを、なくしてしまいました。ほんとうのともだちを、うらぎってしまったのです。オオカミ男は、まおうの手紙をにぎりしめ、泣きました。いつまでも、いつまでも、なみだをぽろぽろ流して、泣きました」


 静寂。


 立ち上がり、巻物をくるくると巻き戻して、胸に手を当て、一礼する。


「今宵の演目、『泣いたオオカミ』、一巻の終了にございます。ご静聴、ありがとうございました」



 ぱち、ぱち、ぱちぱちぱちぱち……。

 顔を上げると、玉座に男が座って拍手していた。


「魔王ルシフィス様とお見受けいたします。真夜中の推参、誠に失礼いたします。300年の長き眠り、さまたげてしまい申し訳ございません」


「もう、そんなに経っておるのか……」

 魔王ルシフィスが、城の中を見回し……、黄ばんだ古いハンカチーフで目元をぬぐう。


「して、オオカミ男はどうなった?」


「それはご自身で、確かめられるのがよかろうかと」


 ……。


「仮面の男、客人として歓迎する。余は魔王ルシフィス。……ごらんのとおり、なんのもてなしもできぬがな……」

 そうして、俺たちは話を始めた。





 魔王ルシフィスは、俺より少し年上? 50歳ぐらいに見える。がっしりとしたたくましい体。俺より背が高い。渋いオヤジという感じがする。角が生えていたり、牙があったりとかの魔族ぽい部分はなく、一見人間のようではある。

 古ぼけた貴族服、黄ばんだシャツ、伸び放題の白い髪と髭。300年の年月を自らを封印し、ゆっくりした時間の中で眠っていたらしい。

「その巻物は?」

 手渡す。

「獣人族の娘が持っていました。古い童話のようです」

「そうか……そのように伝わっておったのか……」

「なにか間違いがございましょうか?」

「おおむね正しい。そこに書かれているのはアレスのことであろう」

「私もそう思います。いきさつを、お話しいただけませんか」


 俺たちは二人、広間にあぐらをかいて向かい合っていた。

 椅子もテーブルも、この城にはもうないのだ。


「およそ500……いや、800年前になるのか。その昔、世界は人間と魔族に分かれておった。余は増え続ける人間に対して衰退を続ける魔族たちを案じ、人間に(いくさ)を仕掛けた。だが、それは間違っておったな。女神スィフテリスの祝福を受けた勇者たちに何度も、何度も繰り返し撃破され、我々魔族は居場所を失い、数百年後には絶滅をも覚悟した」


「スィフテリスは、我らに慈悲と申して、この地を保護してくれた。この地を出るな。その約束を守る限り、魔族には干渉しないと。余はその約束を守り、この地で少ない者たちと暮らし始めた。長き時が過ぎ、一人、一人と魔族が消え、余だけが残った……。余は自分が不死の魔王であることを呪った」


「そんな時、アレスが来た。300年も前になるのか……。狼男だった。たった一人でこの城に来て、余を倒すと言ったのだった。なぜそのようなことをする。このような孤独な魔王の白髪首一つ落としても無駄なことだと言うと、獣人族のためだと言う」


「獣人族は、差別されている。獣人族に未来はない。このままでは数を減らして滅んでしまうと。だから、魔王を倒して自分が勇者になり、人間に認めさせるのだと。獣人は、魔族と同じだった。衰退し、人間に存在を危うくされ、それをなんとかしようとしている。アレスは余だ。余と同じだ。アレスは余と同じ間違いを犯そうとしているのではないだろうか、余は危惧した」


「アレスにはスィフテリスの加護はなかった……。彼は勇者ではなかったのだ。アレスは余を倒すことはできなかったが、長い時を話すうち、余とアレスは友となった。余はアレスを英雄にしてやりたかった。だから、ゴーレムを造り、人間の街に向かわせた。アレスにはゴーレムを葬れる魔法を与えた。アレスにしか使えぬ魔法だ。これで余のゴーレムを倒せ、さすれば英雄にでもなれようと……」


 ……。


「アレスは再び、この城を訪れたのでしょうか」


「……わからぬ。余はもう二度とこの城には来るなとアレスに言い、帰還するアレスを見送ったのち、眠りについたのだ……。貴殿、アレスがどうなったか知っておるか。300年も昔では、とうに死んでいるとは思うが」


「この童話の最後は、たぶん、獣人たちが自分たちの英雄であるアレスの理想像を書いたものだと思われます。その後どうなったかは、書かれていません」

「アレスの言い伝えは?」

「人間の歴史からは、完全に消えています。これをどうぞ」

「これは……聖書?」

「今の聖書です」

「サリーテス……? 女神サリーテスとな」

「はい。現在のこの世界の女神です。スィフテリスは亡くなったそうです」

「……。今度は人間同士で戦争を始めたのか……」

「今の世界に戦争はありません。サリーテスが降臨し、やめさせました」

「いい女神ではないか。さぞかし人間も、獣人も、共存したすばらしい世界ができていることであろう」

「そうはなりませんでした」


「……」


 俺は立ち上がって、仮面を脱ぎ、座っている魔王ルシフィスに手を差し出す。

「見に行きましょう」

「しかし余はこの地を……」

「スィフテリスはもういません。魔族もあなた以外はいないのです。約束は果たされました。もうあなたは自由です」

「……貴殿、何者なのか」

「私は別の世界から来た迷い人、異邦人にございます」

「その迷い人がなぜ余を誘う」

「そうですね……」


 俺は、ちょっと考える。

 ……そういえば、どうしてなんだろう。

 どうして俺はこんなことをしているんだろう?


「……よく考えてみたら、私も、この世界に友達がいませんでした」


「はっはっはっはっ!!!」

 魔王ルシフィスが笑う。

「ははは、たしかに、おかしいですねこんなこと。なんの得にもならないことを、していますね。私も、そしてあなたも」

 俺も笑う。


 ルシフィスが俺の手を取る。俺はそれを引っ張って立たせる。

 そのまま握手になった。


「余は貴殿の友になれるか?」

「あなたが私の友になってくれるなら」

「名前を聞いていなかったな」

「佐藤雅之です」

「余は魔王ルシフィスだ。いや、もう魔王ではないな。ルシフィスでよい。雅之、お前も余をルシフィスと呼べ。もうなんの遠慮もいらぬ」

「わかった。ルシフィス、まずは俺と遊んでもらおうかな」

「おうっ、なにして遊ぶ?」

「そりゃあ、大人の遊びに決まってる」

「……遊びに、大人も子供もあるまい……?」

「いいからいいから、まあ付き合え。俺の奢りだ」



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