17.オーナーに会った
「サトウ、頼みがあるんだけど」
「治療?」
「いや、オーナーが会いたいって待ってるんだ」
「例の大商人さんか……。最近勘違いされてるが俺はタダの客なんだが」
「それでもさ。世話になってるから礼を言いたいと。アンタの苦手なタイプじゃないから安心しておくれよ」
「俺の苦手なタイプって?」
「……権力をかさに着て大威張り。違うかい?」
「その通りでございます……。じゃあ、まず着替えさせて」
「いいよ。ラブラン面倒みてやんな」
「はいっ!!」
例によってらぶちゃんがかいがいしく面倒をみてくれる。
待たせたくないので水を張っていない風呂で上からお湯をかけてもらってシャワー代わりにし、体を拭いてもらって例の貴族風魔界正装に着替える。
クリーニングされたシャツがパリッとして気持ちいい。
しゅっしゅって香水までかけてもらって準備OK。
「四階へどうぞ」
俺が最初に泊まった一番いい部屋だな。
「あの、サトウ様……」
「いいんだ」
俺は例の歌劇座の怪人風仮面を装着する。
「サトウ様をお連れしました」
「どうぞ」
中に入ると、パリスと、これも仮面をつけたオーナーらしい身なりの良い紳士が待っていた。
「初めまして。佐藤雅之と申します。現在の職業は冒険者です」
頭を下げて礼を取る。ちゃんと作法にかなったやり方で。
「冒険者……。いや失礼。そうしてると、とてもそうは見えないですな。この館のオーナーです。商人をしております。名前と仮面はご容赦いただきたい」
「どうぞ」
「十日前に突然ふらりと現れて、うちの館とメイドを御贔屓にしていただいているだけでなく、娘たちの陰となり日向となり助けていただいていると、すべて支配人より聞いております。お礼を申し上げたい」
そう言って頭を下げてくれる。敬意が感じられて好ましい。
「それ以上の物を受け取っております。礼には及びません」
「あなたのようなお客様が来てくれること、オーナーとして喜びに堪えません。これからも御贔屓に願います」
「もちろんです」
席を勧められてソファに座り向かい合う。
らぶちゃんがお茶を入れてくれる。
「しかしあの暴漢騒ぎの対応はお見事でしたな。まさか騎士団長のカールタスを子ども扱いとは……」
「少しやりすぎました。客を減らしたのではないかと危惧しております」
二階から見ていたか。たまにお忍びで自分の娼館でお楽しみですね。いい趣味してますオーナーさん、お友達になれそうです。
「あんな噂が広がってはカールタスはもうこの街にはいられませんな! 今は聖都で近衛団です」
「栄転ではないですか」
「市民の前でこそ威張れるのが騎士というものです。自分より下の者がいない聖都などていの良い左遷ですな。もう仕返しの心配もありますまい」
「それは良かった……。客足のほうは?」
「いえ、お客様は増えているわけではありませんが、雰囲気ががらりと変わりましたな」
「……どのように?」
「娘たちに対して、無理を求める客がめっきり減りました」
パリスを見る。そういえば治療の依頼が無いな。
「あんたがあそこで、メイドたちのもてなしを楽しめ、可愛がって、愛してやれって言ってくれたおかげだよ」
オーナーが言葉を続ける。
「あれで客の心持ちが変わったのです。剣をふるって襲ってくる相手に堂々と立ち向かい、体を張って、自分の命も顧みず娘たちを守る男の姿に、同じ男なら誰だって心が動かされます。そして、今まで獣の娼婦としか見ていなかった娘たちが、価値あるもの、愛すべき婦女子であると気付かされたのですね」
「……」
「獣の娼婦を守って闘う男がここにいる。娘たちには守られる価値がある。愛していい、可愛がってやっていい、いや男だったらそうしなければ恥ずかしい。そう思わせるものがあなたにあったのです」
「いやあ、それほどでも……」
「ずいぶん変わったよ。今まで後ろからヤってた男どもが前からヤってくれるようになったのさ」
「だいなしです支配人。もうすこし言い方というものを」
「いや、今は小さな変化でも、この先口コミで広がってくれることが期待できますし、私はこの変化に感動しています」
「出すぎた真似をいたしました」
「それにあの……あなたがラブランに仕込んでくれた……」
俺は直立する。そうしなければならない。
「お口でする……」
俺はソファから横にずれて土下座する。そうしなければならない。
「あのサービスを、他の娘たちにもラブランが広めたもので」
俺はぴったり頭を下げて、「申し訳ありません!」と床に頭を擦り付ける。そうしなければならない。
「教会関係者に好評なのです」
「はあ?」
「謝ることは無いよ。アンタもラブランにしてやってんだろ?」
らぶちゃんが耳を全部真っ赤にして顔を手で隠しててれってれです。
支配人、人の性癖を不特定多数の前で公開するのはやめてもらえませんかね。
「聖職者はタブーがいろいろあります。人間の女性がダメだとか、獣人ならいいとか後ろならいいとか。でもお口で満足してくれるようになったのです。娘たちも痛い思いをしないでいいし、聖職者もタブーを犯さず楽しめる」
「はあ」
「それにまたあの『ローション』というやつがまたいい。負担が減るだけでなく、手でサービスすることもできるようになりました。みんなあなたのおかげです」
「はあ……」
「ご年配でちょっと弱くなっていらっしゃるお客様にも最後までご満足いただけるサービスになりました。当館の自慢がまた増えてございます」
「そりゃあ……なによりです」
「これからもおもてなしの技術を磨いて、この国の獣人たちの地位向上をあなたと共に図っていきたいと思っています。娘たちをよろしくお願いいたします。オーナーとして、お願い申し上げます」
「はい。いろいろと失礼に失礼を重ねておりますが、私のほうからもよろしくお願いいたします」
世界最高峰のサービスを誇る日本の風俗文化がこの国の娼館の在り方を変えようとしている、らしい。いいことだと思いたい。いや、そうに違いない。
もうタイトルをいいかげん『ケモナーのおっさんが娼館と風俗で異世界チート』に変えたほうがいいかもしんない。タイトルだけで読者を二倍にできそうだ。
「オーナーは、なぜこの娼館を?」
「はははは! それはですな、私自身が楽しむためです!」
俺は仮面を脱いで、右手を差し出した。
オーナーも仮面を外し、がっしりと握手する。
後の『ケモナー同盟』の誕生である。
「お客さんの感じが変わった?」
「はいっ、最近はとっても優しくなってきたってみんな言ってます」
らぶちゃんがうつ伏せの俺の上に乗って、マッサージしてくれる。
腰をおしりでぐりぐりしてくれるのが一番気持ちいい。
「そっかぁ」
「全部サトウ様のおかげです……うんっ……うんっ……。あの、みんなを守って闘う姿がカッコよかったって……。あんな人もう教会騎士団の中にもいないってお客様が言ってたって……。ふんっ……ふんっ……」
「襲ってきたのがその教会騎士団長だもんなあ。ダメな世界だなあここは……」
「私、あの人に……」
「いいって」
「その……」
「わかってるって」
「……ありがとうございました。もう何も怖いことありません」
「教会の人とかも、もう悪いことする人いないの?」
「サトウ様が新しいサービスを教えてくれたから、みんながそれで」
「そういえばここ数日治療無いね」
「はいっ。嬉しい変化です。サトウ様が私たちを愛してくれてるのが他のお客様にも伝わったんです。きっと」
「そうか……、よかった……」
「どうぞ仰向けに」
「……」
「……」
「……」
「……あの」
「ん?」
「このまま……」
「おいで」
弾むメイド服、最高です。




