15.ナンバーワンにサービスした
次の日も遺跡の調査を続行し、キャンプして、翌日ルーネに戻ってきた。
冒険者協会の買い取りカウンター、ローナンにシラヤマドリを十羽納品。
「よく狩猟できますな……。飛ぶのが速い鳥ですのに」
「別に戦闘するわけじゃないし。うまいんだよね?」
「はい、大変喜ばれます。一羽銀貨5枚でよろしいですか?」
「お願いします」
ローナンが嬉しそうに笑う。
「いつもあり得ないものを持ってくるのでサトウさんについては感覚がマヒしがちですが、こういうものをきっちり持ってきてくださる冒険者も居なくなっております。私個人としてはこれこそがプロフェッショナルに相応しい仕事だと考えますね」
「ハンターの質が落ちている?」
「がた落ちですな。サトウさんなら良い後継者も育てられましょう。引退されましたらぜひスクールで教官をしていただきたい」
「俺のハンティングは多分他の人にはマネできないよ……」
「それでも、いつかはお願いしたいですな。金貨5枚、お納めください」
「ありがとう」
「おかえりなさいませ――!!!!」
娼館チェルシーに帰る。ロビーにいたメイドさんが全員出迎えしてくれるぞ。
なんでみんな正面玄関から入らないんだ。嬉しいぞこれ。
「はいパリスお土産」
「おかえりサトウ、いつもありがとね。シラヤマドリじゃないかい……」
「十羽あるからお客に出すといい。旨いんだろこれ?」
「ああ、助かるよ。自慢のメイドたちに料理も旨いとなれば館の評判も上がるさ」
「そして、客層がもっと広がって、獣人への偏見も無くしていければいいと思ってる」
「ありがたいねぇ。でもデガサンショウウオを市場に流すのはもうやめておくれよ」
「なんで?」
「あれを食い過ぎた領主が収まりがつかなくなってうちに駆け込んできてね、メイド二人がかりでやっとおとなしくさせたのさ。もうあんな騒ぎはごめんだねぇ」
風俗から救急車で病院に運ばれる患者はたまにいるが、逆に娼館に運び込まれる患者がいるとは斜め上です。バイアグラ効きすぎですな。
「夜まで時間があるし、風呂だけ借りたい。二泊狩場でキャンプしたからな」
「いつもの部屋使っていいよ。今ラブ呼ぶから」
「まだいいよ。休ませといてやって」
そう言って部屋に向かうと、声をかけられた。
「サトウ様、ちょっと……」
見るとロビーの奥の廊下からレースの手袋だけ出て手招きされている。
「……」
無言で近づくと、手を引かれて中に連れ込まれる。
「サトウ様、ちょっとお願い事が……」
リリイさんじゃないですか。珍しい。
娼館「チェルシー」のナンバーワン。トップに君臨するお姫様です。豊かにふわふわしたブルネットの黒い髪、美しい漆黒の瞳。黒猫さんの獣人で、綺麗なドレスに身を包んでいてまるでどこかの貴族令嬢、大変な美少女です。
このリリイさんの特徴は、頭のぺたんと下がったネコミミ以外はほぼ人間な所ですね。しっぽも無いんです。昼間は瞳孔が猫っぽく縦なのですが瞳が黒いので気付かれません。夜になるとまんまるですしね。なので、獣人が苦手、抵抗のあるお客様でもまず最初にお相手するのがリリイさんだと安心なんです。
ちょっと小柄であどけないかわいらしいお姿、誰でも一目で恋に落ちてしまいそうな愛くるしい笑顔、真っ白な美しい肌、そして可憐なお姿にふさわしく小ぶりながらちゃんと主張している素敵なバスト。領主、大商人、資産家などのVIPの御子息の初めてのお相手として、親御様からのご指名が多く、別名を「筆おろしのリリイ」と呼ばれております。
……そこはもう少しオブラートに包めなかったのかと思います。
普段はオーナーの屋敷に宿を借りており週に一度ぐらいしかご出勤なさいません。
それぐらいの高嶺の花な姫様ですね。
おいくつなのかは知りません。お年を聞いてはいけません。
大事なことなので二回言いました。
「……あとで四階のお部屋に」
「かしこまりました」
猛スピードでお湯をかぶり、素早くふき取って貴族風魔界正装に着替え、顔に歌劇座の怪人風のマスクを装着します。貴人に会うのですからこれぐらいの装備は当然です。以下『執事モード』でお送りします。
どなたですかな? それは単なる『執事なりきりプレイ』だとおっしゃるのは?
ノックして返事を待ち、入るとスカートをつまんで優雅にお辞儀してくれます。
「いつも当館『チェルシー』を御贔屓にしていただいてありがとうございます。リリイと申します。サトウ様のご活躍、いつも支配人から伺っておりますわ。当館のメイドたちを愛し、お守りいただき、館を代表してお礼を申し上げます」
どうですこの気品、気高さ、可憐さ、美しさ! 獣人の差別などいかにくだらなく意味のないことかがわかるというものです。
「私は夢の館で心を虜にされた哀れな男。礼には及びません」
執事式のお辞儀で返します。礼には礼をもって尽くさねばなりません。
にっこり笑って、席を勧められます。
「ご相談というのは、実はその……」
「……」
「メイドの子たちを、魔法で治療していただいておりますとか……」
「はい」
「それでですね……」
「……」
「あの……」くねくね……。
声、しぐさ、表情、その全てが究極の萌えと申せましょう。世の童貞諸君のハートをガッチリつかんで離さない「筆おろしのリリイ」、さすがです。
童貞諸君、ご婦人に話を急がせてはいけませんよ。また、ご婦人に恥をかかせてもいけません。
こういう場合はですね、こうするんです。
そっと近づいて、耳を傾ける。
言い出しにくそうにしていたリリイさんが顔を近づけて、手を添えてそっと耳打ちしてくれます。
部屋に二人しかいないのに何の意味があるのかとか思ってはいけませんよ。
ご婦人から恥ずかしい話を聞き出すためのテクニックの一つです。
「(かゆいんです……)」(小声)
にっこり笑って、手を差し出す。
「では、ベッドに横になっていただけますか?」
下だけ脱ぐのは恥ずかしいということなのでドレスを脱いで下着姿に。
白いレースのストッキング、ガーターベルトに豊かな胸を押し上げるコルセット。
まばゆいばかりの色っぽさ。横になっているだけでまるで一枚の絵画のような美しさです。
「ここですか?」
「いえ……」
「ではここ?」
「そこでもなくて……」
「ここですかな?」ポリポリ。
「はいっ……」
仰向けで顔から上半身まで大きな枕を抱きしめて、触れるたびに身悶えする姿が愛らしいです。
香しい匂いがかげる位置まで顔を近づけてよく観察させていただきます。
「毛虱ですね」
「け……じらみ……?」
「悪いお客様につかまりましたね。お薬を使うのはお勤めに差し障りがございますし、御髪をかき分けて駆除をするには時間がありません。全部剃ってしまうのが一番です」
お湯で濡らしたシェービングブラシに石鹸を付けてボウルでくちゅくちゅとかき回して泡立てます。
「じっ、自分で、自分でやります!」
「いつもはどのようにお手入れを?」
「毛抜きで……」
「それはいけません。ムダ毛ならともかく全部抜いてしまうと腫れてしまいますよ。私たち男という者は、毎日自分で髭を剃っておりますからお任せいただいて間違いありません。ご安心を」
「い、いつもはヒールですぐに治療してもらえると聞いて……」
「シラミにヒールなどかけてなんとします。かえってシラミが元気になってしまいますよ。当館自慢の姫様がお客様にシラミを移したとなれば娼館チェルシーの沽券にかかわります。お覚悟をお決めくださいお嬢様」
「はい……」
「足を」
「……はい……」
「蒸しタオルです」
「うにゃあ……」
「ブラシで石鹸を塗ります」
「う……あうんっ……」
「動かないようにお願いしますよ」
「はいいぃ……」
秘密の花園が一輪のピンクの薔薇のつぼみに変わるまで思う存分剃り倒し、クリームを塗って仕上げました。
リリイさんがぴくんぴくんしてぐったりしております。
特に悪戯などしておりませんが、この演技のない感度の良さもまた、人気の理由の一つでありましょう。
眼福をさせていただきました。ありがとうございます。
どなたですかな?『なんだよそのドS執事』とおっしゃるのは?




