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13.娼館を暴漢から守った


「悪いパリス、今夜、ここの女の子全員俺に買わせてくれ」

「帰ってくるなりいきなりなんだい……。なにかあったのかい?」


 買い物袋をカウンターに置き、らぶちゃんを連れてきて支配人のパリスに言う。

「多分今夜襲撃がある。良くて1人、悪くて5人」

 5人というのはあそこで見ていた衛兵の数を含んでだ。

「どういうことだい?」

「教会騎士団長カールタスにらぶちゃんが見つかった」

「ああー、そういうことかい……」

 それだけで全て察してパリスが言う。

「で、アンタはそれで逃げてきたのかい?」

「いや、穏便に引いてもらったんだけど恥はかかせたかもしれん」

「間違いなくかかせたね。自分の言うとおりにしないやつは全部自分に恥をかかせたと考える手のお人だろうからね」

「そんなわけで今夜は休業にしてもらえたらと」

「いや、ご予約いただいているお客様もいるしいつもの通りの営業にするよ。アンタに余計な金も使わせない。その上で考えとくれ」


 うーん……。どうしよう。


「この娼館に専属の用心棒はいるか?」

「いないね。いてもカールタスにはかなわないよ」

「……お客はみんな地下通路を通ってくる?」

「そうだね」

「通路の構造は?」

「案内するよ」


 地下通路のルートは4つ、それが一つの部屋に集まり、5枚のドアがある地下室に通じている。中央のドアを通り、一階と二階に行く階段に分かれている。

 一階は中央ロビー、二階行きは二階の接客室へ通される。

「二階階段は閉鎖。今日は全員一階ロビーで受付ってできるかい?」

「できるよ」

「じゃあそれで頼む」

「カールタスが乗り込んでくるとして、アンタ相手できるのかい? 教会騎士団長だし、この街最強の男だよ」


 ちょっと顎に触って考える。

「たぶんニワトリを捕まえるほうが難しいかな」


「……あんたいったい何やってたのさ」

「最終的な俺の役職名は……うーん言っても信じないと思うので内緒だな」

「まったく何者なんだい」

「さて奴は近づいただけでわかるのでとりあえず来たら教えるからそれまでは普通に接客していてくれ」

「なんでわかるのかねぇ」

「魔法」

「……もう任せたよ」

「あと仮面ってある?」

「お忍びのお客用のがなんでもそろってるよ」

「サトウ様、あの……」

「ん? なんも心配いらんよらぶちゃん」


 二階への階段には「修理中。一階ロビーへどうぞ」と張り紙をしてカギをかけた。

 一階ロビーで俺がカウンター裏に待機する。

 

 いつもと違うルートでやってきたお客がロビーのカウンターで受付する。

 8人ぐらいか。まあ地味目の服着てごまかしてるのはお約束だろうけど綺麗に切りそろえられてたり撫でつけられた髪を見れば身分がお高い人というのはわかる。

 ちょっと気まずそうながら、メイドさんが呼ばれて三つ指つくとデレデレして上の階に上がってゆく。

「予約のお客は全員来たよ」 

「よし、そろそろ来るか」

 ……盗聴魔法【ワイヤタップ】のセンサーに反応あり。

 音声の空気振動を電波変換する魔法だ。本来盗聴に使う魔法だが、【マップ】を組み合わせることで半径200mぐらいなら居場所がわかる。

 着替えてくるのはわかっているが、剣を下げるベルトは他にないはず。そこに仕込んだ【ワイヤタップ】が奴の接近を知らせる。


「奴があのドアを開けたら、一階のドアのカギを通路側から閉めてくれ」

「了解だにゃ!!」

 ネコミミメイドのミミンちゃんがぴゅんと飛んで行って二階に消える。


 バンッ! 乱暴に一階ロビーの秘密通路のドアが開けられて、カールタスが現れた。


「いらっしゃいませ、本日のご来館誠にありがとうございます。娼館チェルシーへようこそ。当館執事でございます」

 深々と礼をする。頭を上げた俺の顔には白い歌劇座の怪人風の仮面。


「お前は!」

「おひとり様でございますか?」

「当たり前だ!」

「御用があるのは当館メイドでございましょうか。それとも当館執事の私ですか?」

「お前に決まってる!」

「ご用件を(うけたまわ)ります」

「恥をかかせやがって! 俺と勝負しろ!」

「かしこまりました」

「……剣を取れ」

「当館は着剣でのご入館はお断りしております」   

「ふざけるな!!!」

 剣を抜いてふりかぶって斬りつけに来る。

 これを引き抜いた十手の(カギ)で受け止め、ひねり飛ばす。

  からん……。

 剣がロビーのはじまで飛んでいく。


 カールタス、唖然。

 150年戦争が無かっただけでそこまで腕が落ちるもんかね騎士さんよ。

 丸腰の市民だけしか相手したことないんじゃねえの?


「……他に御用はございませんか?」

「舐めやがって……」

 カールタスが剣を拾って、再びロビーで向き合う。

「食らえぇ!」

 袈裟に来た斬撃を十手の鉤で受け止め刃を滑らせ小手に当てて押し下げる。

「いてええええ! なにしやがる」

 カールタスが痛みに耐えかね跪く。


「無礼者! 無礼討ちにしてやるっ!」

「できますのであればどうぞお試しください。ほかに御用はございませんか?」

「離せっ!」

「かしこまりました」

 ぎゅんと十手をねじって腕を払い剣を叩き落す。

 叩き落した剣を蹴とばしてロビーのはじまで転がす。

「てめえええええええ!」

 剣を拾い上げ走って振りかぶってくる。

 一撃の斬撃も許さずこれを受け止め、柄尻を持ってぐるりと剣を180度回してカールタスの手首を交差させ剣をねじり取り、カールタスを突き飛ばす。


 右手に十手、左手にカールタスの剣を下げてカールタスに迫る。

 カールタスは尻もちをついたまま、後ろに下がる。下がる下がる。

「や……やめろ」壁に追い詰める。

「当館がお客様に危害を加えるなどあり得ませぬ。剣をお返しします。御納得いくまで何度でも」

 剣をカールタスの前に投げ出す。

 からんっ……。


 俺と剣を見比べる。顔が赤い。震えている。汗だらだら。

「後であれは油断だ、相手を舐めてたからだと思うこともあるでしょう。お客様に心ゆくまでお楽しみいただくのが当館の務めでございます。続きをどうぞ」


 震える手で剣を拾い、構えるカールタス。

 剣を払うのはもうやめた。どの斬撃も一撃でその場に剣を叩き落す。

 何度か目の斬撃についに剣が耐えらえず折れた。

 刃先が床に転がってゆき、柄だけになった剣を持ってカールタスの動きが止まる。


 汗をだらだら垂らし必死の形相でカールタスが今度は掴みかかってくる。

 腕を取って背中をむけてしゃがみ、そのまま低い高さから背負い投げる。

 びたんっ! ロビーにカールタスが仰向けに叩きつけられる。


 これはやるか? やりたいな。やっておくか。

 片足を取りくるりと一回転。スピニング・トウ・ホールド!

「いてえええええっ! は、はなせえええええっ!」

「当館自慢のマッサージにございます。ご堪能いただければ幸いです」

「我の怒りを炎に変えて我が敵をぐぅお……」

 振り向いて口の中に十手を突っ込む。

 魔法の詠唱をさせると思うか? 詠唱無いと撃てない魔法が実戦で使えると思うのか?

「うあ――、あう――――ぅごぼっう――――」

 カールタス、十手を両手でつかんで口から出そうとするがびくともしない。

 暴れると喉の奥に十手が突き刺さる。


 ぱちぱちぱちぱち……。拍手がする。

「無様だなカールタス!」

 カールタスが血走った目で上を見る。

 俺も上を見上げると、ロビーをぐるりと一周している二階の渡り廊下から手すりにもたれて客がこの騒ぎを眺めていた。

「どうしたカールタス! もう降参か?」

 別の客も声をかける。


 今日来館した8人の客全員が、顔に仮面をつけてメイドさんを横にはべらせてこの様子を上から眺めていた。

 失笑、そして笑い声。

 わはははははっ! ロビーが笑いで包まれる。そして拍手。


「腕自慢のカールタス様! そこでなにやってる。娼館になんの用だ!」

「騎士団長サマ、女神様の加護とやらを見せてくれよ」

「どうした騎士団長カールタス! 教会騎士としての意地は無いのか!」

 ヤジが飛ぶ。メイドさんも17人総出で、

「キャー!」

「執事さんがんばってー!」

「すてき――――!」

「カッコイイ――――!」

 らぶちゃんも大興奮ですな!


「あうぅ。ぐがががっ、ひ、ひょまえら!」

 口から十手を抜かれて、カールタスが起き上がる。

「本日のご来館、ありがとうございました。当館のサービスをご堪能いただけましたらどうぞ気を付けてお帰りください」

 十手をハンカチでふきふきして、俺は正面玄関に歩み寄り、扉を開ける。

 歯を数本折られたかカールタス、明日から会う人会う人全員に、「その歯どうしたの!」って聞かれるぞ? 刀傷なら名誉の負傷だが、折られた歯は負けた喧嘩だ。一生恥をさらすがいいわ。

 二階の連中をにらみつけて、スピニング・トゥ・ホールドで痛めた足をよろよろしながら扉の向こうに歩いていく。

 ぱたん。俺が正面の扉を閉めてカギをかけると、ぱちぱちぱちぱち!

 二階から大拍手。


 カールタスはわかったはずだ。たとえ仮面をつけていたとしても今日この場にいた客の何人かが誰であるか。

 しかし、それは後でどんなに脅しても問い詰めても、「見てた」とは言ってくれない。ここは娼館だからな。

「見てた」と言ってくれない以上、「誰にも言わない」とも言ってくれない。この娼館であったことを。

 そして、それはそのままその娼館で暴れて無様に取り押さえられたのは自分だと認めることになってしまう。

 娼館に乗り込んで暴れる理由など、どんな理由をつければいいのだ。執事の俺を殺せていたら、まだ無礼討ちでも決闘でも通る。返り討ちにあってしまったら何を言っても恥の上塗りにしかならない。そしてここで起こったことの噂をどんな方法でも否定できない。俺に負けた、俺に追い出された。そんなことを自分の口から言うことも、否定することもできない。騎士団長としてあり得ない。もうだめだ。詰んだな。騎士団長カールタス、一巻の終わり。ざまあ。


 俺は二階の客に挨拶する。

「紳士の皆様、本日のご来館まことにありがとうございます。今宵の余興、お楽しみいただけましたら当館執事として大変光栄に思います」

 一度深々とお辞儀をし、元に戻して手を広げる。


「この後は当館自慢のメイドたちのおもてなしをぜひご堪能ください。日頃の喧騒を忘れ、日常の疲れを癒し、当館メイドを御存分に可愛がり、愛していただければこれに勝る喜びはございません。これからも娼館チェルシーのご愛顧、よろしくお願いいたします」


 胸に手を当て、深々と頭を下げる。

 歓声、口笛、拍手。

 一幕の芝居が終わるように、俺はその場を退場した。


「……あんた、役者でもやってたのかい?」

「いやあ、死別した女房が芝居好きでさあ」

 パリスと笑う。

「にゃっ! 面白かったにゃっ! サトウ様!」

「ご苦労様ミミンちゃん」ハイタッチ。

「サトウ様……ありがとうございます」

「なあに、軽いもんよ」

 きゅっ。らぶちゃんの熱い抱擁とキスのごほうびいただきました。

 報酬としてはこれでもう十分ですね。

 うん、いい最終回だった。まだ続くけど。



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