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12.休日を過ごした


 新作のデンプンローションのテスト第一号にさせられまして、もう手の空いてるメイドさんたちまで集まってきて大変でした。

 パリスさんあんたねえもう現役じゃないでしょなんであんたまで見に来るの。

 わかってる? こんなかわいい子たちに凝視されながらってどんだけご褒美なの。

「サトウ様って、思ってたより……」

「うん、フツー」

「フツーだね――っ」

「らぶちゃんのノロケ聞いてたからすごいんだと思ってたけど」

「フツーだった」

「あんたたちも覚えときな。男はアレじゃないんだよ」

 フォローありがとうございます支配人。

 涙拭いていい?


 みんな俺のをなでなでしながら、「……人間っていいよね~」とつぶやきます。

 は? 同族同士が一番いいんじゃないんですかね?

「私は、人間のが一番好き……」

 みんなうんうんうなずいて愛し気に触れてくれます。なんかみんなに愛されててすごく幸せ。


「トゲあるんだよ? 痛いし」

「終わっても抜けないしさあ」

「押さえつけられて動けなくされてだし~」

「のしかかってくるのもイヤだよね。重たいよ」

「早いし」

「早いよね~!」

 きゃはははってみんなが笑います。……猫さんも犬さんも他のみんなも大変です。種族ごとにいろいろあるんですね。カマキリ獣人さんとかいなくてよかったです。


 野生動物は人間みたいに悠長に子作りしていられません。一番無防備な瞬間ですから。

 また絶対に子孫を残すぞ、という競争が人間の比では無いですし、人間が一番その方面に特化して進化してしまったドスケベ種族なんですなあ……。


「……サトウ様は休日、どう過ごされますか?」

 暖かい毛に包まれて今日もふんわりと目覚めます。あんなにされてさすがに干からびちゃって昨晩は添い寝だけしてもらいました。それはともかく、らぶちゃんがお休みの日は俺もお休みなんですね決定事項ですね了解です。


「うーん、この世界のことあんまり知らないからよく調べてみようと思って。できれば聖都まで行ってみたいな」

「聖都かぁーいいなあー……」

「らぶちゃんは外を出歩くって大丈夫なの?」

「この街なら一人で出歩いても大丈夫ですよ。屋台のお買い物もできます。レストランとかお店にはご主人様と一緒でないと入れないけど屋台で食べ物を買ったりもできますし、仕事熱心な衛兵さんにはたまにチェックされますけど、首輪を見せれば問題ないです」

「よその町を歩くには? 聖都とか」

「ご主人様が一緒でしたら大丈夫です」

「らぶちゃんのご主人様って誰になるの?」

「この館がご主人様ですね」

 法人登録か。つまり会社を人間に見立てている感じ。


「館はついてきてくれないからなぁ」

「支配人が館の代行になりますね」

 うん、つまり支配人も獣人で隷属の身だから支配人が保護者でついていてもダメだということですな。現状らぶちゃんがこの街を出る方法は無いということか。

「館の持ち主は大商人様なんですけど、身元は秘密らしくて支配人しか知りません」

 そりゃそうか。大きな商人でも娼館経営は大っぴらにはしませんよと。

「そうかあ……今日ちょっとぐらいはらぶちゃんと街をデートしたりしてみたい……」

「わあっ! 嬉しいです! できたらいいなぁ!」

「……支配人に相談してみよっか」

「はいっ!」

「じゃ、そろそろ……」

「あんっ……」


 朝風呂浸かって、らぶちゃんによそってもらって朝食をとり、今日は平服でなくてあの貴族風魔界正装を着せてもらう。今日はもう館に戻らないからな。今日中に聖都でも見に行こう。あんまりみすぼらしい平服着てると舐められそうだ。


 パリスに店外デートのことを話すと、案外簡単に「いいよ」と言ってくれた。

「午前中だけね。昼食食べたら返してやってほしいね。目を付けてきて面倒になる奴もいるからね。私からアンタに保護者を頼んだ形にしておくから衛兵がなんか言って来たらこれ見せてやって」

 そう言ってさらさらと用紙にサインして渡してくれる。

「じゃ、楽しんできな。ラブ早く着替えておいで」

「はい! ありがとうございます!」

 らぶちゃんが駆けてゆく。はええっさすがウサギ。


「サトウ、こんなこと言うのもなんだけど、絶対にラブを守るんだよ。見捨てたり逃げたりするんじゃないよ。ないと思うけど、そんなことしたらこの館を出入り禁止にしてやるからね」

「この命に代えましても」

 胸に手を当てて片膝で跪き、頭を下げる。

「……」

「……」

「……凄いねアンタ。娼婦相手になんでそこまで本気になれるのさ……」

「本気にさせる価値が、この館にはあるからです」

「……嬉しいこと言ってくれるね」


 で、しばらく待ってると戻ってきたらぶちゃんの格好はロングスカートにショール、帽子にフードと手袋で露出を完全防御。首輪は見えるようにしておかなきゃいけないらしくて、顎の下で金色に光ってる。

 うん、獣人が街を歩くって大変なんだね。

「じゃ、行くか!」



「らぶちゃん朝ごはんまだだよね」

「はい」

「じゃ、手っ取り早く屋台でなにか食べようか。時間もったいないし」

「はい!」

 屋台でミートサンドを二つ買う。バーガー風だね、肉を野菜で包んでソースかけてパンで挟むやつ。それにぬるいけどお茶。麦を炒った麦茶だね。

 あ、ウサギだから草食ってわけじゃなくて獣人は食べるものは人間と同じだ。メイドさんにキツネのフォクシーちゃんがいるけど、ウサギのラブランちゃんがいじめられてたりはしませんよ。みんな仲良しです。


「うーんおいしい!」

 シンプルだけど素材がいいからけっこう旨いよ。

 次は女の子だったらみんな大好き雑貨店。

 素っ気ない実用一点張りの物に飽きたら、やっぱりちょっとかわいいデザインのものが欲しいよね。

「今日はなんでも買ってあげるよーっ」

「そんな……嬉しいですけど……」

「おじさんはお金持ちなんだよ」

「もうっいやらしい言い方やめてくださいっ」

「あははははは」

 冗談でなく現金は大金貨100枚(一千万円相当)あるんだよね……。


「あの、お客様……」

 店員が声をかけてくる?

「なにかな?」

 そう言ってすっと銀貨を店員の手に握らせる。

「あ、いえ、なんでもありません。御用があればお呼びください」

 獣人はちょっとアレとか、なんか言いたかったのか? 言わせないよ?

 女の子の一番幸せな時間を邪魔すんなよ。


 らぶちゃんが選んだのはシャンプーとか石鹸とかヘアブラシを5本5種類(多いわ!)とか。

 いや多いとか言ってゴメン。全身の毛の手入れは大切だよね。髪用体用尻尾用とかもう用途があるんでしょうねそれぞれに。美容はご婦人のたしなみですからね。

 

 紙袋を持ってやって、つぎは洋服店かな。

「あ、ここ館に出入りのお店です!」

「それなら安心だね。入ってみようか」

 入ってみて「うわあー」とディスプレイされた服たちにらぶちゃん大喜び。

「あ、ラブランさんじゃないですか」

「こんにちは!」

 店員さんが挨拶する。

「お店に来るのは初めてですね、そちらはご主人様?」

「本日ラブラン様の保護者を申しつけられたサトウと申します」

 すっと執事風に礼を取る。

「そうですか。なかなか来られないでしょうから、いっぱい買ってあげてくださいね」

「もちろんです」

 その様子を見てらぶちゃんがあたふたする。

「(サトウ様って何者なんですか?)」(小声)

「(生前は魔王代行とか側近とか執事とか外交特使とかハンターとか護衛とか物理学者とか理科学者とか機械技師とかいろいろやってたもので)」(小声)

「(全然わかりません……生前ってなんですか生前って……)」


 地味目な下着、ブラウス、ロングスカート、フード、手袋。

 いっぱい買ってあげましたよ。今着ているものも、けっこう古ぼけていましたからね。

 館ではきわどいセクシーなものか、無しが多かったけど、本当はこういう地味目の下着が好きなんですね。下着についてはらぶちゃんは自分のお金で買うと言い張るのでそうさせてあげました。

 自分のお金が持てる幸せな獣人がどれぐらいいるのか。娼館はまだマシなほうなのか……。


「あの……サトウ様はどういう服装がお好みですか?」

「全裸」

「いえ、そうではなくて……」

「脱がせやすいやつ」

「もうっちゃんと答えてください!」

「メイド服」

「そうじゃなくてぇ……」

「白いウエディングドレス」

「もうっ……ばかっ……」


 ばか、いただきました。今日最高のご褒美になりましたよ。



 運河を超える橋の上を渡ろうとしたときに、事件は起こった。

「ちょっと待て」

 衛兵が立ちふさがる。

「獣人、どこの所属か」

「はい。『娼館チェルシー』です。ご覧ください」

 そう言って首輪を見せる。

 衛兵が首輪を遠慮なく引っ張って刻印を見る。

「ふん……娼婦か。行っていいぞ」

「はい、ありがとうございます」

 らぶちゃんが丁寧にお辞儀をして歩き出す。

 ここまではよくある風景なのだろう。ちょっとイラッとしたけどそのまま続くと……。

「ラブラン、ラブランじゃないか?!」

 大きな声がかかってらぶちゃんがすっと俺の後ろに隠れる。

 見ると、声をかけてきたのは騎士っぽい大柄な男。

「あ、騎士団長」

 周りの衛兵が敬礼する。

 騎士団長と呼ばれた男はこっちにツカツカと歩いてきて「なんだ元気そうじゃないか。病気で伏せていると聞いたが?」と無遠慮に手を伸ばしてくる。

 俺は「失礼」と言ってすっと前に立ち塞がりらぶちゃんを守る。

「なんだお前は」

「娼館チェルシー、ラブラン様付執事、サトウと申します。以後お見知りおきを」

 そう言って優雅に礼をする。

 礼にかなったちゃんとした作法だ。

 ここで、俺のおっさんとしての四十歳の風貌が生きてくる。


 俺がここでいかにもテンプレなトラブルの中からトラブル回避のために取った手段は周りの人間の反応を十分に意識したものだ。

 一つ、彼女は娼婦であること。

 一つ、騎士たる者が、獣人で娼婦の女に衆目の上で公然と声をかけたこと。

 一つ、こちら側はすでに礼を尽くしており、相手に無礼呼ばわりされる言われは無いこと。


 の三つだ。後のらぶちゃんの怯えっぷりが伝わる。彼女の体を傷だらけにしたやつはコイツだ。確信できる。支配人パリスがなにを言われてももう彼女にこいつを会わせないようにしたのは簡単に推測できる。

 黙って騎士長とやらを見る。すでに礼は尽くした。何か言うとしたらお前からだ。

「執事? 娼婦に執事とかふざけるな!」

 その娼婦に公衆の面前でケンカを売っているのはどこの騎士様だよ。言っていいのかそんなことを大声で。

 ダメだこいつ頭悪いわ。普通の頭なら先の三つでここで引かないと恥の上塗りになるというのがわかるはずだ。

 馬鹿相手でも礼儀を尽くす。慇懃無礼というやつだな。これはこれで効く。


「失礼ですがラブラン様とはどのようなご関係で?」

「……知り合いだ」

「どのような知り合いで」

 娼婦の知り合いと言えば客に決まっている。自分は娼館に通い詰める教会騎士団長と公衆の面前で白状したに等しい。

「うるさい! 邪魔をするな!」

「失礼ながらラブラン様をお守りするのが私の仕事でございます。ラブラン様の休日を邪魔なさらないようにお願い申し上げます」

 これもきちんと礼を取り、お願いという形で頭を下げる。

 周りの市民たちから失笑が漏れる。

「どけっ」

 どかない。どけられないだろ。さあどけてみろ。

 俺を腕ではらいのけようとしてびくともしないのに騎士団長が驚く。


「まだご紹介にあずかっておりません。お名前をうかがってよろしいですか?」

「名乗る必要など無い。お前俺を知らんのか?!」

「まことに失礼ながら存じておりません」

「ふざけるな! 俺はサリーテス教会ルーネ騎士団長ブルノー・カールタスだ!」

「そのサリーテス教会ルーネ騎士団の名のもとに、市井の一娼婦に御用があるというブルノー・カールタス様、どのような御用でしょう。サリーテス教会ルーネ騎士団の『娼館』チェルシーへのご用件、執事のわたくしがラブラン様に代わって(うけたまわ)りますので口上をどうぞ」


 周りは下卑た笑いで包まれる。

 教会の騎士団長が教会の名乗りを上げて娼館の娼婦に用があると公然と宣言したのだ。

 これ以上関わったらマズいことになるぐらいの頭がお前にあればいいが。


「いい加減にしろっ!!」

 騎士団長が剣に手をかける。周りの民衆から悲鳴が上がる。

 すっと前に進んで柄を押さえる。


「【ウェザリング】ボソッ……いい加減になりましたところで御用はお済でよろしいでしょうか?」

「ふんっ……ふんんんっ!! 手、手を離せ!!」

「かしこまりました。【ワイヤタップ】ボソッ」


 手を放して離れる。

 騎士団長が顔を真っ赤にして剣を……抜けない。

「ぎぎぎいいいいっ!」

 ぼぎいっ!

 俺の【ウェザリング】を受けて真っ赤に錆びてボロボロになった剣が折れて柄だけが騎士団長の手に残る。金属の酸化、酸化物の分解を同時に行う風化魔法だ。

 呆然として剣があったはずの場所を見る騎士団長。

「サリーテス教会の盾たるべき騎士団を率いる騎士団長カールタス様が獣人の娼婦に剣を抜き斬りかかろうとした理由については今回は不問にいたします」

 にっこり笑って周りを見回す。


「ご覧の皆さまも衛兵の方々も、騎士団長と教会の名誉のために今回のことは他言無用に願います。御用はお済のようですので失礼いたします。剣の手入れは欠かさずに騎士団長様。まいりましょうラブラン様」


 そう言って一礼し、ガタガタ震えるらぶちゃんの背中を押して、置いていた買い物袋を抱えて俺は橋を引き返して、そのまま娼館チェルシーに帰ることにした。



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