プロローグ:救国の勇者の役割は……
気づくとそこは見たことのない部屋の中だった。
これは、夢?
俺は体を起こしつつ床に手を触れる。
冷たい。それにゴツゴツしたこの感じは、石の感触。
「……」
俺は五感を働かせて周囲の状況を知覚する。
夢であれば、どこかあやふやなところがあるし、頭がそれを感じなかったとしても、何となく分かる。
だが、はっきりとした触覚、うつろうことのない視覚……そして、遠くから聞こえる音を拾う聴覚。
「ここは……どこだ?」
体温がぐっと寒くなるような悪寒を感じながら、俺はゆっくりと立ち上がった。
俺の名は、平山茂明。
日本のどこにでも居るような、普通の人間だ。
身長172センチ、体重70キロ。容姿に特筆するような点もなく、収入は中の下くらいの28歳。
大学を卒業してからこれまた普通の企業にエンジニアとして入社し、親元を離れて6年目。
両親ともに健在、兄弟は妹が1人、恋人は……今のところは無し。
地方の企業勤めで女っ気のない職場だからそれは仕方ない。
昨日は仕事納めで今日からは正月休みで実家に帰る……つもりだった。
「それが……これだものな」
最悪の可能性も考えつつも、俺は冷静に状況を把握し、推測する。
「まず、誘拐という線は無いだろうな」
誘拐されるような心当たりもないし、そもそも誘拐であればこんなところに放置するのは不自然だ。
茂明の居る部屋は、全面が石造りで出来た広さ20畳ほどのガランとした地下室のような場所で、天井から淡い光が降り注いでいる。
だが、その光源は蛍光灯や電球、最近流行りのLEDとも違うようで、何なのかはわからなかった。
「入り口に扉もないし、見張りも居ない。遠くから音が聞こえるが……どうする」
集めた情報を整理した茂明の頭のなかで、ある仮説が思い浮かぶ。
「異世界召喚……だというなら、まあ悪いようには扱われないだろう……たぶん」
異世界召喚。
ここ数年主にライトノベルと呼ばれる小説で流行した背景設定だ。
ある小説が非常によく出来ていて、今の流行は後追いで様々な作者が模倣したものであるが、実はこれには裏が有る。
ブームのきっかけとなった小説を書いた作者は、実際に異世界に飛ばされていたことが明らかになっているのだ。
その小説家は自分で見聞きした地球とは全く違う文化を、日本に戻った後で本にまとめ、その本はベストセラーとなる。
そのおかげで、異世界召喚は特に日本国内ではありうる現象として認識されていた。
(「と言っても、仕事を休む口実に使うとか、そんな範囲だけれどな……」)
もちろん確証はない。
だが、そう考えれば辻褄が合う。
勝手な解釈ではあるが、茂明はそう楽観視することにした。
厳密に言えば、そうとでも思っていなければパニックになりそうだったため、逃避したにすぎないのだが。
「遅いな」
どのくらい時間がたっただろう。
茂明は部屋の中をうろうろしていた。
異世界に飛ばされたにしろ、そうでないにしろ、何らかの接触があるはずだ。
そう考え、その場で待ち続けていたが、特にすることもなく、焦れ始めていた。
(「そもそも、本当に異世界召喚なんて非現実的なことがあるのだろうか?」)
体を動かさず、眠りもしないとなると、自然と頭をフル回転させていろんなことを思考し始める。
(「それに異世界召喚ということは、こちらの世界では何かの危機があるに違いない」)
物語の主人公たちはそれらを華麗に解決しているが、同じことが俺にできるのか?
いや、きっとうまくいかない奴らだっている。
むしろ、そういう人間のほうが多いと考えるのが自然だ。
現代日本ではそうそう原因不明の行方不明などは発生しない。
だが、それが全く無いとは言い切れないのだ。
(「よしんば上手く危機を救えたとしても、戻れないっていうのも考えられるしな」)
幸いというか、茂明には日本での生活への未練は比較的少ない。
もちろん、親たちが悲しむ姿は見たくないが、そもそもそれを見ることもかなわない。
学生時代や職場での付き合いもあるが、よくも悪くも平凡だった彼には、そういう縁でも強いものは存在しなかったのだ。
(「でも、とりあえずは元の世界に帰れる方法を……」)
「あのー」
肩がビクッと動き、背中にバリバリと緊張が走る。
「ご、ごめんなさいっ」
声の主はそんな茂明の反応を見て後ろにのけぞりながら謝罪の言葉を紡ぐ。
「あ……いや。ごめん」
少し考え事をしていただけだ。茂明はそう言って微笑みを作り、相手を見る。
声の感じから想像したとおりの、若い女性の姿がそこにあった。
まだ10代。もしかしたら20を少し超えるくらいだろうか。
明るい茶色の髪にウェーブがかかり、ふわふわと弧を描きながら肩の辺りまで伸びている。
瞳も同じ茶色で、ぱっちりとしてどちらかと言うと可愛らしい印象だ。
耳は少しとんがっているように見えるが、背格好は人間と大差無いように見えた。
胸は……。
「あ、あのー」
下に向けようとしていた視線が慌てて彼女の眼に戻る。
「勇者様。です、よね?」
自信なさげに見つめる彼女に、
「さあ? わからんが、君が俺を呼んだのか?」
そう答えると、彼女は小さく頷いて、
「はい。私たちを救っていただくために、召喚いたしました」
ならばそうなのだろう。茂明の言葉に彼女は笑顔を浮かべ、
「お願いします! 私たちに……私たちの国にダービー優勝の栄光をもたらしてください!」
これ以上にない程真剣な瞳で茂明を見つめ、嘆願するのだった。
習作的に異世界召喚物を書こうと思ったら、こんな話が頭に浮かびました。
誰得感有りまくりですが自己満足が第一ですので気にしないことにします。
時間が取れるときにのんびり書き進めたいと思います。