20日目 引き金
『すごい成果ですよ。
予測値をはるかに上回っています』
俺は部下からの報告を聞いて、満面の笑みを浮かべた。
当然、とまでは言わないが、自信はあった。
俺が命を懸けたと言っても過言ではないくらいに苦労して作ったシステムだからな。
「それで、そのデータは本社にも送ったんだろうな?」
『もちろんです。
これなら、各地での採用間違いなしですよ』
そうしてくれないと報われないからな。
まあ、もう俺の手は離れているとも言えるが、やはり誇らしい。
ふふふ、これが導入され始めたら世界は変わるぞ。
楽しみだ。
◇
「夢か。
また良く分からない夢だったな」
おかしな夢で目が覚めた。
2回目だ。
昨日色々なことがあった影響だろうか。
ふと、思った。
この夢はもしかして、俺に残された記憶の残骸じゃないだろうか。
前回も今回も俺の体験が夢として現れたような感じだった。
やたらとリアルなのは、ただの想像じゃなくて、俺自身の記憶が元になっているからではないだろうか。
完全に推測でしかないけど、ありえそうな気がした。
それくらい、現実味があったということでもある。
だとしたら、今回のは仕事の成果が出たときの記憶なんだろう。
長いサラリーマン生活の中では、そんな記憶の一つや二つあるだろうから、別に特別なことじゃないと思う。
ただ、俺には身に覚えのない体験だった。
つまり、改変によって削られてしまった、俺にとっては未来にあたる記憶なんじゃないだろうか。
マナの改変といっても、完全に狙った記憶を消せるわけじゃないと思うから、俺の中には未来の記憶が多少残っていて、それが夢の形で現れてくる。
うん、ありそうだ。
そうだとして、俺が気になるのは前回の夢だ。
あの中で、俺は何かに対して怒りを感じていた。
かなり激しい怒りだったと思う。
そして、その対象に対して復讐を誓っていた、と思う。
対象までは、はっきりとは覚えていないが、その復讐の思いはとても強かったと思う。
あれだけ強い復讐の気持ちがあったのならば、それは今もトライファークの代表者の中に残っているんじゃないだろうか。
そして、トライファークの代表者の目的とその復讐は関係しているんじゃないかと思う。
いや、完全に予想だし、多分、本人に聞いても答えないだろうから、はっきりしたことは分からないと思う。
でも、全然分かっていないトライファークの代表者の目的を知る手掛かりになりそうな気がした。
ただ、分からないものをいつまでも気にしても仕方ないから、今は夢のことを考えるのはこれくらいにしておく。
スマホで時刻を確認する。
昨日の夜から電源は入れてある。
もう隠れる必要もなくなったからな。
6時だ。
いつも通りだ。
いつもなら起きて朝練に行くんだけど、トライファークで不用意に出歩くのは躊躇われる。
大人しくしておくことにしよう。
隣の布団を確認すると、おっさんは既に起きてどこかに行ったようだった。
サラはまだ寝ている。
あんまり寝顔を見るのはやめたほうがいいと思ったが、ついつい目が行ってしまう。
昨日、サラに悩んでいることを打ち明けた時、勢いでサラを抱きしめてしまった。
あれは完全にその場の流れでやってしまったわけだけど、冷静に考えたら、とても照れくさい。
別に俺はそんなことで照れるほど初心ではないはずなのに、やたらと女性に対する免疫がなくなっている気がする。
これもマナをいじった影響かもしれないな。
なんて、なんでもかんでもマナの改変のせいにするようなことを考えていると、サラが目を覚ました。
「あ、おはようございます、サラ」
『おはよう、ございます』
寝ぼけているみたいだ。
ぼんやりしている。
寝癖がかわいい。
ただ、今更だけど、あんまり寝起きを見るのはデリカシーがないと思ったので、退室することにした。
「俺、先に起きてますね」
『はあい』
昨日話し合いをしたリビングに来た。
既にマイさんも起きていたようで、おっさんと話していたみたいだ。
『おはようございます、昨日はしっかり眠れましたか?』
「はい、おかげさまで。
二人とも早いですね」
『おう、俺はいつも通りだがな。
ただ、お前らを起こすのも悪いから、先にこっちに来てたんだ』
「そうなんですか。
すみません、気を使ってもらっちゃって」
『かまわん。
疲れているだろうから、もっと寝ててもいいんじゃないかって話してたところだ』
「それは統括も同じでしょう」
『俺は統括だぞ。
この程度で疲れなど溜まらん』
本当に化け物だな。
昨日は長時間慣れないバイクを運転したり、レオルオーガと戦ったりしたのに。
「相変わらず、すごい体力ですね。
俺も自信あるんですけど、統括には負けます」
『はっはっは、俺に勝とうなど、10年早いわ』
そんな感じでおっさんとマイさんと話していると、サラが部屋から出てきた。
『すみません、お待たせしちゃいました』
「いえ、大丈夫ですよ。
じゃあ、みんな揃いましたし出ますか?」
『そうですね。
今日は普通の道からトライファークを出ましょう。
ニグートに入るときには、サラさんに任せていいですか?』
『はい。
昨日出発したばかりだから、多少不審がられるかもしれませんけど、大丈夫だと思います』
それから、マイさんの家を出発した。
昨日の朝よりは緊張感は少ない。
まあ、一応すぐに戦争とかにはならないだろうというのが分かったからな。
色々分からないことは多いが、常に張りつめているわけにもいかないしな。
マイさんの言った通り、今回は普通の道を通った。
来るときは、道をそれたせいもあって、2時間以上かかったが、今日はすんなりとニグートの関所まで辿り着いた。
途中にあったトライファークの関所では、マイさんが何か説明すると、すぐに通してもらえた。
意外だったのは、ニグートとトライファークが普通に道でつながっていたことだ。
かなり仲が悪いみたいだから、どこかで道も途切れるのかと思っていた。
ただ、トライファークの関所から、ニグートの関所までの間は頻繁に小競り合いがある地域らしく、戦った跡らしきものが残っていた。
平野が荒れていたり、小さいクレーターがあったりだ。
ニグートの関所に近づくと、見張りの兵が近寄ってきた。
それをサラが対応する。
サラが言った通り、少し不審がられているようだ。
でも、サラが、情報を持ち帰ったので代表者に説明したい、と言うと、すんなり通された。
なんだかんだ、サラもニグートでは権力者ってことになるんだろうからな。
関所を通れない、なんてことはないんだろう。
ニグートに入ってからは真っ直ぐ首都まで向かった。
サラは徐々に緊張し出したようで、話さなくなった。
そのサラの態度からも、ただ情報を報告して終わり、とはいかないであろうことは容易に想像できた。
ニグートの国内をしばらく走って、昨日代表者と会った建物に着いた。
当たり前だけど、昨日と変わらない。
着いてすぐに、サラは建物の入り口付近にいた人に話しかけていた。
『いきなり来ましたけど、今だったら代表者と会えそうです。
昨日の部屋にいるそうなので、すぐに行きましょう』
アポなしだったが、タイミングが良かったのか、すぐに代表者と会えることになった。
俺たちはサラの先導で建物の中に入っていく。
ちなみに、マイさんはこの建物に着く前に近くの喫茶店で待機してもらうことにした。
サラとおっさんと俺の三人でトライファークに行ったことになっているからな。
いきなり知らない人間を連れて行ったら、何を言われるか分からない。
目的の部屋のでかい扉の前に行くと、衛兵が扉を開けてくれた。
部屋の中では、昨日と同じようにニグートの代表者と他数名が何かの会議をしているところだった。
『失礼します。
ただいま戻りました』
サラのその声に気づいたニグートの代表者がこちらを見る。
『おお、サラ。
良く戻ったな。
早かったじゃないか。
もう隣国の愚か者を討ち取ってくれたのか。
さすがは我が娘。
はっはっは』
相変わらず、見た目は人の良さそうなオヤジに見える。
『いえ、そのことですが、お父様に報告したいことがあって戻りました』
代表者はサラのその言葉に少し眉を顰めながら、
『報告したいこと?
なんだ?
言ってみろ?
くだらない報告ならいらんぞ』
上機嫌から一転して、不機嫌そうにしている。
トライファークの代表者の傲慢さも相当うざかったが、コイツはコイツで鬱陶しいな。
自分の言いたいことしか言わないし、ほしい情報しか聞かん、みたいな感じだ。
それから、サラはトライファークの現状と代表者に会ったこと。
今の所、積極的にニグートを攻める気はないということ。
戦力の増強は行っているが、戦争をする気はないこと。
レオルオーガがトライファークの代表者の制御下にいること。
などを説明した。
サラはトライファークの代表者のことを嫌いと言っていたし、事実かなり鬱陶しいやつだったが、そういう私見は一切挟まず、現在のトライファークはニグートにとって決定的な脅威ではないということを分かりやすく説明していた。
サラはまとめて話すの上手いな。
サラの報告を聞いていたニグートの代表者は最初から不機嫌な感じだったが、話が進むと、もっと露骨に機嫌が悪くなり、最後の方は憤怒の形相になっていた。
しかし、サラが一通りの話を終えると、普通の表情に戻った。
その変化は横で見ていて不気味だった。
そして、淡々とした口調でサラに話しだした。
『よく分かった。
それで、お前は直接そいつに会ってきたんだな?』
『はい』
『なぜそこで始末しなかった?』
『え?
ですから、戦争をする気がないのなら、そんなことをしても意味がないと。
むしろ、私がそこで攻撃をしたら、戦争の火種になる可能性があります』
『お前は命令を覚えているか?』
『……はい』
『私は調査を命じたのではない。
始末しろ、と言ったのだ。
なぜ勝手に帰ってきた?』
雲行きが怪しい。
このオヤジがトライファークの代表者を始末しろ、と言ったのは確かだ。
そういう意味では、確かにサラの行動は命令違反だ。
でも、戦争を防ぐことを考えたら、サラの行動は間違っていないはずだ。
『ですから、お父様の命令だと、トライファークとの争いの原因を作ることになります。
そんなことになってはいけないと思いました』
『そんなこと?
そんなこととはどんなことだ?
隣国と戦争をすることか?
それをするためにわざわざお前を派遣したのに、なぜお前はそれを勝手に防ごうとする?』
『え……』
サラは絶句している。
このオヤジは今なんて言った?
戦争をするためにサラを派遣したと言ったのか?
ニグートはトライファークが戦争の準備を進めているから、その元凶をなくして、戦争が始まるのを防ぐためにサラを派遣したんじゃなかったか?
いや、ちょっと待て。
よく考えたら、コイツはそんなことは一言も言っていなかったか。
俺たちが戦争をやめさせるのが第一だと勝手に判断しただけで。
コイツはそもそも最初から、サラを捨て駒にして、トライファークとの戦争のきっかけを作りたかったってことか?
それに思い至った瞬間、頭が沸騰するかと思った。
つまり、コイツはサラの安全なんて考えていない。
いや、それは昨日会った時から分かっていた。
今分かったのは、安全を考えるどころか、積極的にサラを危険にさらして自分が進めたい侵略の火種にしようとしたということだ。
許せない。
コイツは許さない。
トライファークの代表者も不愉快な奴だったが、コイツはその比じゃない。
ぶっとばしてやる、俺がそう思って、立ち上がろうとした時、代表者が再び話しだした。
相変わらず、普通の表情と淡々とした口調で。
『いや、待てよ。
隣国の愚か者はお前たちに会って、その後、お前たちが何もせずにニグートに戻ったことを知っているのか?』
『それは、私たちは帰りはトライファークの関所を通りましたので、把握していると思います』
『ふむ、だとするとお前たちが、隣国には戦争の意志がない、ということを私たちに知らせたことは向こうも分かっているんだな?』
『そうだと思います』
代表者が急にニヤニヤしだした。
なんだ?
何を考えている?
『そして、お前たちは隣国の愚か者に戦争を止めたいとかなんとか言ってきたんだな』
『ええ』
まあ、俺とサラは確かにそんなようなことを言ったな。
『愚か者は戦争が目的ではなく、他の目的のために戦力を増強していると言ったんだな?』
『はい』
なんなんだ?
さっきサラが説明したことをいちいち確認してくる。
何が言いたいんだ?
意図は分からないが、何かまずい予感がある。
『つまり、今、隣国の愚か者はすぐにニグートが攻めてくることはないと考えている可能性が高いな。
そして、何かは知らんが自分の目的に戦力を集中するだろう。
お前たちがそうする状況を作ってくれたということか』
何を言っている?
俺たちはそんな状況を作ろうとしたわけじゃない。
『よくやった。
流石は我が娘だ。
お前は本当に頭がいいな。
私も騙される所だった』
いきなりサラを褒めだした。
サラも何を言われているのか分からないようだ。
『お前たちは愚か者を油断させて、私たちが攻め込む絶好の機会を作ってくれたというわけだな。
確かに、お前が暗殺しようとしても、近くに古代種がいたのでは失敗していただろう。
そして、そんなことをしたら、余計に警戒されて隙がなくなることになる。
だから、成功の可能性の低い暗殺よりも、今回は油断させることを優先したということだな。
お前はファスタルなんぞで研究なんかにかまけているから平和ボケしているかと思ったが、とんだ智将ぶりだ。
お前が帰国したら、相応のポストを用意せねばならんな』
なんだコイツは?
一人で納得して、一人で話を進めている。
『おい』
そして、隣にいた軍人らしき人間を呼び寄せる。
『サラが作ってくれたこの好機、無駄にしてはならん。
早速、全軍に通達して隣国に攻め込むぞ』
そんなことを言い放った。
『待ってください、お父様。
私はそんなことをしてほしくはないです。
戦争を止めるために』
『よいよい。
敵を騙すにはまず味方からということだな。
よくやった。
ご苦労だった。
もう下がっていいぞ。
私はこれから作戦会議だ』
サラの言葉を遮ってそんなことを言いだした。
『やめてください。
私はそんなことのために』
『私は下がっていいと言ったのだ。
早く下がれ。
邪魔だ。』
サラの言葉を遮って言い放つ。
また、不機嫌になっていた。
なんなんだ一体。
俺も一言言おうとしたが、
『おい、行くぞ』
おっさんが俺とサラに言った。
「なんでですか?
このまま放っておいたら、ニグートが」
『いいから、行くぞ。
このままじゃサラがまずいことになる』
二言目は俺にだけ聞こえるように言ってきた。
その言葉に俺は、ニグートの代表者の後ろに立つ男を見た。
そいつは昨日の朝、おっさんがものすごい殺気を放っていたと言っていたやつだ。
俺は殺気なんて感じないけど、確かに鋭い目つきでサラを睨んでいる。
俺がそれを確認したのを見たおっさんは、
『そういうことだ。
何を言ったってこの場の流れは変えられん。
引くしかない』
そう俺に言う。
「そうですね。
サラ、行きましょう」
俺はサラを促して、退室した。
サラは項垂れている。
無理もない。
ニグートが最も避けたかった戦争と言う方向に突き進もうとするのを目の当たりにして、しかも自分の行動がその発端となったのだから。
俺たちは、そのままそそくさと建物を出た。
「とにかく、一度マイさんと合流しましょう」
マイさんが待つ喫茶店に向かった。