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チートなし異世界生活記  作者: 半田付け職人
第6章 異世界生活17日目以降 騒乱
98/119

19日目終了 代表者2~絆

『ふむ、まあいいだろう。

 危険はあるが、その程度なら許容範囲だ』


 どうやら、俺の答えは悪くないものだったらしい。


 俺の中の不快感だけは相変わらず残ったままだが、威圧感がなくなったことで少し楽になった。

 何が許容範囲なのかは分からないが、代表者の態度が軟化したことを考えると、一応、いい方向に進んだのだと思う。


『精神的に不安定なのはマナをいじったせいだろうな、体調がいいのは俺のおかげだ。

 感謝しろ』


「どういうことだ?」


『ったく、口の利き方がなっていないが、まあいいだろう。

 お前も聞いたかもしれんが、俺は自分の死期を悟ってからマナを保存した。

 だから、もしも再現されたとしても、遠からず死が待っている。

 だが、俺にはやらなきゃならんことがある。

 そのためには、強い肉体が必要だったんだ。

 だから、マナを保存するときに、ちょっと細工して、肉体の情報だけ強化した』


「そんなことができるのか?

 マナは自分自身の情報だから、嘘なんてつけないんじゃ」


『ああ、普通はできんだろうな。

 やろうと思っても、一朝一夕にできることでもない。

 だがな、マナってのは思考によるものだ。

 つまり強く思えば思うほど、自分の思い通りに働かせることができる。

 俺は、昔から強い自分というものを頭の中で思い描いていた。

 お前には分かるだろうが、それこそ小さいころからずっとだ。

 だから、マナを保存するときに、肉体の情報を自分が思い描いていたものに近づけた。

 別に嘘の情報を保存したつもりはない。

 俺にとっては、その姿はもはや一つの真実だからな』


 そ、それって妄想ってやつじゃ。

 いや、思い当ることはある。

 というか、こいつは俺自身なんだから、思い当るも何も言っていることはほぼ100%分かる。

 

「それで、こんなに体の調子がいいのか。

 ずっと鍛えてきたおかげかと」


『まあ、鍛えてきた経験がベースにあるのは間違いない。

 自分の思い描いたものに近づけると言っても、あまりにもかけ離れたものにすることは不可能だからな。

 あくまで、理想に近づけるだけで、理想になれるわけじゃない。

 どうやったって、アニメのキャラクターのようにはなれん。

 寿命だって伸ばすことはできなかった。

 せいぜい、力とか体力が何割か増しになっているくらいだ。

 だから、別にそれほど強力ではないし、絶対的な力でもない。

 今優れた運動能力があるなら、それは鍛えてきた努力があってのことだから、それは誇ればいい』


 実際、代表者自身も少し誇らしそうだ。

 自分が鍛えてきたことに自信と自負があるんだろう。

 見るからに高齢者なのにこれだけ元気なのは、かなりの努力の賜物なんだろうな。

 傲慢な態度がなければ、尊敬できる人間だったのかもしれない。

 

「俺がファスタルの辺境で再現されたのも、あんたが何かしたからなのか?」


『いや、違う。

 それを確認するために、お前に色々聞いているんだろうが。

 お前がトライファークではなく、ラボに再現されたことが問題なんだ』


「ラボ?」


『ああ、なんだ?

 知らないのか?

 いや、無理もないか。

 歴史には残ってないのかもしれんからな。

 ファスタルの辺境のあそこは、もともと俺が研究所として使っていた施設だったんだ。

 最後には奪われたがな。

 あそこには、この時代で言うところの古代文明の英知が結集しているんだ』


「でも、中には入れなかったけどな」


『そりゃそうだ。

 そんな場所に誰でも入れるはずがないだろうが。

 だが、正面の扉は開いたんだろう。

 あれも、そう簡単には開けられないはずだがな。

 複雑なマナの制御と認証石が必要だからな』


 あの石は認証石って言うのか。

 マナの制御はサラのおかげだ。


『あの石は普通のやつには見つけられない場所に隠したつもりだったが、まあお前なら仕方ないか。

 あのレベルのマナの制御ができるやつがいたのは誤算だったがな。

 誰がマナの制御をやったんだ?

 まさかお前じゃないだろうな?』


「開いたのはサラ、この子ですよ。

 俺よりもマナの制御は数段うまいです」


 少し落ち着いてきて敬語に戻ってしまった。


『なんだと?

 お前がやっただと?

 見た所、かなり若いが、何者だ?』


『ニグートの代表者の一族です。

 私はニグートの代表として、あなたを止めに来ました』


 サラはさっきめちゃくちゃ言われたから、かなり警戒している。


『なるほどな。

 王族か。

 それなら、マナの扱いに長けるのも頷けるな』


「どうして王族ならマナの扱いがうまいんですか?」


 マナの入門書を読んでいた時から、疑問に思っていたことだ。


『それはお前、王族ってのは近親者で婚姻を結ぶことが多いから血が薄まらないだろう。

 そもそも、マナってのは、俺たち日本の研究者が生み出したものだ。

 日本人てのは心の機微なんかに敏感だし、曖昧な概念に対する理解力も高いやつが多い。

 だから、マナを扱うことは日本人にとって得意な分野だったわけだ』


 ああ、黒髪、黒目の人間がマナを使うのが得意とか言われてるけど、あれは日本人を指してのことだったのか。


『それに、開発したのは俺たちなんだから、自分たちに合うような仕様にしたってのもある。

 特に、俺によく合った仕様になっている。

 お前もマナを扱えるなら、心当たりはあるだろう』


 確かに、俺はサラ曰く、かなり早くマナを扱えるようになったらしい。

 それは、元々マナが俺に合った仕様だったからなのか。

 まあ、マナは思考パターンの情報らしいから、その仕様ってのは何を指しているのかよく分からないけど。

 サラに負けているからあんまり自信があるわけではなかったが、サラがしきりに褒めるから、ちょっと才能があるかもとか思っていた。

 でも、才能の問題ではなかったらしい。


『長い年月の中で、次第に色々な人種なんかが混ざってマナに対する適正の高い人間とそうじゃない人間なんかが出てきたようだが、王族ってのは元の日本人の血が濃い。

 それに王族は元々マナの研究をしていたやつらの末裔である可能性も高い。

 だから、自然とマナの扱いに長ける人間が多くなる。

 他の国や地域との交流が少ないトライファークに関しては、王族以外でも言えることだがな』


 なるほど。

 頭がいいとか、そういうことじゃなくて、元々の仕様がそうなっているから王族はマナの扱いがうまいのか。


「それで、なんで俺が辺境で再現されたことが問題なんですか?」


『そんなことも分からないやつに説明する必要はないな。

 まあ、それが分からない時点で、お前には大した脅威もないと言えるわけだが。

 存在が不愉快だから消してもいいんだが、ここで暴れられても鬱陶しいからな。

 今日の所は見逃してやるから、さっさと消えろ』


 酷い言われようだが、さっきまで感じていたような威圧感はない。

 一応、色々教えてくれたし。

 もう敵として警戒しているわけではないが、相手をするのが面倒だから、さっさと出て行けという意味だろう。

 でも、まだ聞かないといけないことは残っている。


「いや、俺はあなたを止めに来たと言ったでしょう。

 あなたが戦争をするつもりなら、出ていけません」


『だから、俺には戦争などする気はないと言っただろうが。

 俺の目的の結果、戦争が起きる可能性はあるだろうが、それ自体が目的ではない』


「じゃあ、何が目的なんですか?」


『そんなことも忘れてしまったやつに話すことなどない。

 消えろ。

 これ以上うるさくするなら、ここが荒れるのは忌々しいが、レオルオーガと戦うことを覚悟しろ』


 くそっ。

 何かとレオルオーガを使って脅しやがって、むかつくな。

 効果てき面なのが、また腹立たしい。

 もう少し聞かないといけないことがあるから、ビビりながらもまだ出て行かない。 


「トライファークの人たちがおかしくなったのはあんたが何かしたからですか?」


『別におかしくはなっていない。

 ちょっと協力してもらっているだけだ』


「洗脳でもしたんですか?」


『洗脳?

 そんなことはしていない。

 ただちょっと思考を俺寄りにしただけだ』


 それを洗脳と言うんじゃ。

 いや、コイツにそう言っても無駄かもしれない。

 自分を否定する意見は聞き入れなさそうだし。

 我が事ながら、バカかと思うけれども。


「戦争をする気はないとか言って、隣国を支配したんでしょう?」


『支配なんてしていない。

 ちょっと用があったから立ち寄って、ついでに協力してもらっているだけだ。

 お前がニグートで何を聞いたのか知らんが、俺は今の所、武力なんて使っていない。

 使う必要もない。

 戦力増強を進めているのは、戦争とは別の目的のためだ』


「だから、その目的はなんですか?」


『しつこいやつだな。

 お前に言うつもりはない。

 俺の気が変わらんうちに消えろ』


 そう言って、目でレオルオーガの方を示した。

 これ以上居座るならレオルオーガで排除する、そう言いたいのだろう。

 コイツの目的が分からないままなのはなんとも気持ち悪いが、どうしようもないか。


「仕方ない。

 一旦引きましょう」


『いいんですか?』


 サラに聞かれる。


「ここで、レオルオーガを出されるのはまずいですからね。

 まあ、最低限の情報は集まりましたし。

 それに、曖昧な言い方をしているから確実ではありませんが、一応、トライファークから戦争をしかけるつもりはないようですから、俺たちの今後の方針も話し合いたいですしね」


『そうですね。

 それに、ユウトの体調も心配です。

 大丈夫ですか?』


 俺はそんなに辛そうに見えたんだろうか。

 確かに最初からずっと不快感があって、今も気分は悪いが。

 さっきと比べたら、ずいぶんマシだ。


「ええ、大丈夫です。

 とにかく、一度出て、どこかでゆっくり話しましょう」


 俺は、自分のことについても考える必要がある。

 それに、あれだけ言われたら、サラとおっさんにも俺と代表者の関係について説明しといた方がいいだろうな。

 心配もかけたわけだし。

 というか、もうバレバレだと思うから、今更説明する必要はないかもしれないけど。

 とにかく、あまりぐずぐずして本当にレオルオーガを出されたら困るので、この場所を離れることにした。



 建物を出た。


「どこかでゆっくり話したいんですけど、いい場所はありませんか?」


 マイさんに尋ねる。


『そうですね。

 近くに私の家がありますから、そこに行きましょう』


 マイさんの案内でトライファークの街を進む。

 来るときは人影はなかったのに、今はどんどん人が増えてきている。

 建物の中にいたんだろうな。

 タイミング的に、俺たちと代表者の話が終わったのに合わせて出てきたんだろうけど、そんなのどうやって知ったんだろうか。

 まあ、こちらに干渉してくる様子もないし、別にどうでもいいが。

 様子を見ていると、武器の整備をしていたり、工場の中で作業していたりするようだ。

 工場の中までは見えないけど、作業している音が聞こえてくる。


 そんな中をしばらく進んで、一つの建物の前に着いた。

 比較的きれいな建物だ。

 廃墟というほどには崩れていない。

 多分、構造的に古代でもマンションか何かだったんじゃないだろうか。

 マイさんの部屋はその中にあった。

 今も、建物全体が住居として使われているようだ。

 ファスタルの研究所の住居スペースと似ている。

 その中のリビングらしき部屋に通された。

 他に人の気配はなかったから、一人暮らしなんだろう。

 あまり他人に話を聞かれたくなかったので、ちょうどいい。

 

「えーと、何から話しましょうか?」


『とりあえず、今後どうするか、じゃないですか。

 サラさんはニグートからの命令がありますけど、どうされるつもりですか?』


『そうですね。

 正直なところ、私はトライファークの代表者は嫌いです。

 偉そうだし、ユウトを追い詰めるし。

 でも、悪人かどうか、という意味では分かりません。

 ニグートに対して、いい感情を持っていないのは明らかだと思いますけど、今すぐにトライファークから戦争を仕掛けるような気はない、というのは分かりました。

 ですから、私から何かしたいとは思いません』


『それは、ニグートの命令に背くことになりませんか?』


『なると思います。

 でも、やっぱりニグートの被害妄想のせいで、あの人の命を狙うというのはおかしいと思います。

 だから、一度ニグートに戻ってこの国が直ちに攻めてくるつもりがないことを説明したいと思います。

 その時に、この国の状況についても説明したいと思っています。

 おそらく、ニグートから手を出さなければ、戦争にはならないだろうと。

 すみません、トライファークの人たちはニグートに情報が伝わるのを嫌がると思いますけど』


『それは仕方ありません。

 ニグートとの戦争を止めるためですから。

 それに、確かに情報統制は厳しいですが、技術情報でないのなら、ある程度は許されると思います』


「マイさんはどうされるんですか?

 一応、元々の目的は果たしたと思うんですけど」


『そうですね。

 あなたも見つけましたし、トライファークの代表者にも会わせましたから、最初の目的は果たしました。

 でも、ファスタルで言った通り、今の私の目的は戦争を止めることです。

 現状、すぐに戦争にならないだろうというのは分かりましたけど、トライファークの代表者が何をするつもりなのかは分かっていません。

 ニグートを攻めないとしても、戦力の増強を進めているのは確かですし。

 だから、代表者の目的を調べたいと思っています』


「手掛かりはあるんですか?」


『ちゃんとした手掛かりはありません。

 それに、もう一度代表者に聞きに行って、教えてもらえるとも思えません。

 残念ながら、先生の様子を考えると、トライファークの人たちに聞いても分からないと思います』


「じゃあ、どうするんですか?」


『私は、あなたに対する代表者の態度から、あなたと代表者の目的には何らかの関わりがあると思っています。

 それが思ったより薄かったから、あなたには脅威がないと判断したのだと思いますが。

 でも、今私に分かる手掛かりらしきものはあなたの存在だけです。

 ですから、もうしばらくはあなたに同行させてもらいたいと思っています。

 あなたはこれからどうするおつもりですか?』


 俺がどうするか、か。

 そういえば、トライファークでの目的はなくなったことになるんだろうか。

 元々はサラの危険を少しでも減らすのが目的だった。

 サラがトライファークを出るなら、とりあえずの危険はなくなると思ってもいいだろうか。

 いや、サラがニグートへ戻ってトライファークの代表者の暗殺を独断でやめたと説明したら、ニグート側から何かされないだろうか?

 ニグートの人間なら、笑顔で罰を言い渡したりしそうだ。

 本来は国のことに口を挟むことはできないんだろうが、理不尽な危険にさらされるのなら、なんとか助けたい。

 こっちの価値観を押し付けて勝手に何かするのは迷惑なんだろうけど、せめてついて行ってサラにとって不本意なことにならないようにしたいと思う。


「俺は、サラについて行きたいと思ってるんですけど、迷惑ですか?」


『迷惑なんて、そんなことありません。

 ありがたいです。

 でも、何があるか分かりませんから、もしニグートの人間がおかしなことを言い出したら、ユウトと統括はすぐにファスタルに帰ってください』


 それはおかしなことを言われる可能性が十分にあると思っての発言だよな。


「分かりました」


 と、言うだけは言っておく。

 もしそうなっても絶対サラを置いて逃げるなんてしない。

 多分、おっさんもそんなことはしないと思う。

 なんせ、レオルオーガに立ちはだかる男だからな。

 俺はおっさんに目配せをした。

 おっさんは、分かっていると視線で答えてくれた。


「じゃあ、みんなで一度ニグートに戻るということでいいですか?

 今日はもうこんな時間ですから、明日出発の方がいいと思うんですけど」


『そうですね。

 じゃあ、今日はこのままここに泊まってください。

 明日朝一で出発しましょう』


 その後、客間のような所に案内された。

 そこで泊まればいい、ということだった。

 サラとおっさんと俺の三人だが、寝るだけなら十分な広さがあった。


『ちょっと夕食を買ってきますね。

 みなさんの分も買ってきますから、待っていてください』


 そう言って、マイさんは出て行った。

 

『俺もついて行こう。

 荷物持ちくらいにはなるからな』


 おっさんもついて行った。

 おっさんは気遣いのできる男だからな。


 サラとルッツと三人で留守番になった。

 ちょうどいいから、俺のことと代表者との関係についてサラに話すことにする。

 俺自身、まだ混乱している部分が多いが、人に話したら整理できることもあると思うし。


「あの、サラ。

 話があるんですけど」


『はい』


 俺が真面目な顔をしているせいか、サラも真剣な表情だ。


「今日、トライファークの代表者に会って、色々言われたのを聞いていたので、察しはついているかもしれませんが、俺のことについて話しておきます」


『ユウトが辛いんだったら、話さなくてもいいんですよ?』


「いえ、俺もサラには話しておきたいんです」


 そうだ。

 この時代に来て、最初からずっと一緒にいるサラには話しておきたい。

 何と言ったらいいか分からないが、この俺がこの時代に作られてから、ずっと見ていてくれたのはサラだから、サラには俺の現状を説明しておきたい、そんな風に思った。

 自分自身の存在に自信がなくなっているせいか、サラに話して確認したいと思ったのかもしれない。


「代表者に会いに行く前にも話しましたけど、俺はトライファークによって再現された過去の人間です。

 そして、俺は今日会ったトライファークの代表者とは同じ人間です。

 いえ、どちらかと言えば、代表者の方が正しい姿です。

 人間を再現するときには、その人が残したマナを使うらしいんですが、俺は代表者のマナをいじって、若い時代の情報だけを使って再現した人間らしいです。

 ですから、今日代表者に言われたように、俺の再現には怪しい部分や記憶にも欠落があります。

 なぜか、今日指摘されるまで気づきませんでしたけど、俺自身でちょっと考えてみただけでも、自分の記憶や知識には疑問を感じる部分が多々あります。

 代表者の言ったことを全面的に信用しているわけではありませんが、やはり俺という存在には不審な点が多いのは確かみたいです」


 自分で言っていて悲しくなってくる。

 人格は確かにあるし、俺の意志は俺のものだ。

 でも、その裏付けとなる記憶や知識があいまいだ。

 そのせいで、俺は自分と言う存在に不安を感じている。

 今考えてみれば、日本に対する執着がほとんどないのは、そういう、細かい記憶なんかがないからではないだろうか。

 全くないわけじゃない。

 一応、それなりにはある。

 でも、大した記憶はない。

 少なくとも俺は大したものとは認識していない。

 考えてみれば当然のことだった。

 俺の記憶は代表者の年齢になってから、過去の思い出として記録したものなんだから、言ってみれば、数十年前の記憶ってことだ。

 そんなもの、ただの事実としての記憶であって、深い思い入れみたいなものはあまりないのだろう。

 まあ、記憶に対する思い入れなんて人によるとは思うし、人によっては過去の記憶をとても大切にしていることもあるだろう。

 だけど、俺の記憶を保存したのはあの代表者だからな。

 過去の記憶を大事にしていたとは思えない。

 だから、俺自身、自分の記憶、つまり元の日本の記憶を大したものには感じないし、帰りたいと思う気持ちが希薄なんだろう。

 普通に考えれば、この世界がどれだけ心地良くても、元の世界に帰ることをもっと考えるはずだと思う。

 雑貨屋の店主があっさりと元の世界に帰るのを諦めたと言っていたのも、同じことじゃないだろうか。

 仕事に対する思いが強かったのは、代表者にとって俺の年代で強い思い入れがあるのが、仕事だからってことだと思う。


「だから、俺は俺だと思っていますけど、代表者が危惧していた何かが俺の中にはあるのかもしれません。

 もしかしたら、これから俺が何かおかしなことになることもないとは言えません。

 サラには俺がそんな状態だということを分かっておいてほしいんです。

 それで、何かあったら、さっさと俺を見捨ててくれて」


『何を言ってるんですか!』


 サラに遮られる。

 怒っているみたいだ。


『確かに、今日この国の代表者の話を聞いて、ユウトに不安定な所があるのは分かりました。

 ユウトが言うんだったら、記憶があいまいなのも確かなんでしょう。

 でも、そんなことの何が問題なんですか。

 私は、辺境でユウトに会って、それからずっと一緒にいました。

 確かに色々不思議な所はありましたし、聞いたことのないような知識も教えてもらいました。

 でも、そのどれも私にとっては、新鮮で楽しいことでしたし、不審だなんて思いませんでした。

 代表者が言ったことはユウトにとって、とても大切なことかもしれません。

 だから、今ユウトは悩んでいるんだと思います。

 でも、ずっとあなたと一緒にいた私には分かります。

 あなたはとても強くて頼りになる、優しい人です。

 過去の記憶はあいまいかもしれませんけど、そんなこと今やこれからには関係ないはずです。

 少なくとも私の記憶にいるあなたはおかしなことになんてなっていません。

 だから、これからもおかしなことになんてなりませんし、それで私がどこかに行くなんてこともありません。

 私は最初にあなたに助けてもらった時から、あなたに困ったことがあったら力になろうと決めていました。

 もし、もしもあなたに何かあっても絶対私が助けます。

 だから、そんなに悩まないでください。

 あなたには私がいます』


 最後は、少し涙目になりながら訴えられた。

 サラに会えてよかった、ただそう思った。

 俺には色々足りないものがあるし、記憶もあいまいで不安だ。

 自分が何者なのかもはっきりしない。

 でも、俺にはサラがいる。

 それは、とても安心できることだと思う。

 話してよかった。

 心が軽くなった気がする。

 

 自然とサラを抱き締めた。


「ありがとう、サラと会えてよかった。

 少しだけこのままでいさせてください」


 サラは俺に身を任せてくれた。

 俺はそのまま、抱き締め続けていた。



 どれくらいそうしていただろうか、玄関のドアが開く音がした。

 俺はその音でサラを放した。


『大丈夫ですか?』


「ええ、ありがとうございました。

 元気になりました」


 少し照れくさかったが、俺もサラも笑顔だ。


『お待たせしました。

 すぐに夕食にしますね』


 マイさんはそう言いながら部屋に入ってきた。

 後ろから、荷物を持ったおっさんも入ってくる。

 おっさんは俺の顔を見て、


『おう、すっきりしたみたいで何よりだ。

 もう心配ないな。』


 と言われた。

 そんなに顔に出ていただろうか。


「ええ、ご心配をおかけしました。

 もう大丈夫です。

 それにしても、統括には何から何までお見通しなんですか?」


『俺は統括だからな。

 部下が悩んでいることくらいすぐ分かる』


 久しぶりに聞いたセリフだ。

 どこまで分かっていたのかは分からないけど、俺の悩みに気づいてサラと二人にしてくれたんだろう。

 気を遣ってくれたんだな。

 ほんと、流石統括だ。


 その後、サラとマイさんが二人で夕食を作ってくれた。

 ちゃんとルッツの分も用意してくれた。

 それをみんなで食べて、寝ることにした。

 今日はニグートを出てから、一日大変だった。

 明日も平和な一日、とはいかなそうだが、このメンバーならなんとかなると思う。

 隣に敷いた布団で寝ているサラを見ていると、落ち着いた気分で眠りにつくことができた。





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