トライファークの代表者
トライファークの中心にある建物で、レオルオーガと一緒にいるトライファークの代表者、もといトライファークで再現された俺を見つけた。
出会ってそうそう、気持ち悪いだのなんだのと、酷い悪態をつかれた。
だが、それはこっちも同じだ。
「ええ、そうですね。
俺も不快感がすごいです」
『ほう、言ってくれるじゃないか。
レオルオーガを前にしてその反応とは、いい度胸だ』
かなりの高齢者のはずなのに、言葉遣いも雰囲気も老人らしくない。
そのへんも気持ち悪い。
これは同族嫌悪的なものなんだろうか。
なぜだか分からないが、もう目の前の男の全てが気持ち悪く感じる。
「まあ、ここまで来てジタバタしてもしょうがないですからね。
それにしても、最初はいきなりレオルオーガをけしかけてきたくせに、どうして今はすんなりここまで通したんですか?」
努めて冷静に話す。
喧嘩を売ってもいいことはないだろうしな。
『ああ、まあレオルオーガと戦っているのを見て、誤解している可能性があることが分かったからな。
真偽を確かめる必要が出てきた。
とりあえず、いくつか質問に答えろ。
まず、お前の目的はなんだ?』
何を誤解しているのかは、よく分からない。
が、俺に関して、何か確かめたいことがあるようだ。
かなり目つきが鋭い。
値踏みするような感じで俺のことを見ている。
「目的?
トライファークが戦争を始めるのを止めるのが目的ですけど」
『ああ?
戦争?
俺は別に戦争をしたいわけじゃないんだが。
ああ、お前、ニグートを通ってから来たのか?
連中は俺たちと戦争をする気になっているのか。
まあ、ニグートがそのつもりならこっちも逃げるつもりはないがな。
いずれ叩き潰さなければならないのは確かだしな。
じゃあ、どうやって止めるつもりだった?』
トライファークが戦争しそうだと言っているのはニグートだけじゃないんだけどな。
っていうか、いきなり戦力の増強なんてやりだしたんだから、みんなトライファークは戦争の準備を進めているって思ってるんだけど。
代表者の反応を見る限りでは違うみたいだけど、信用していいかどうかは分からない。
「どうって言われても、トライファークがどんな状況かも分からなかったから、具体的な方法なんて考えてませんよ。
まずは情報収集して、できたら話し合いで止めたいと思ってましたけど」
『ほう。
ニグートでは何て言われたんだ?』
それは、言いにくい。
あんたを始末しろって言われた、なんてな。
どう答えるべきか。
少し俺が悩んでいると、その様子で何か察したらしい。
『なるほど。
大方ニグートの連中は、俺を暗殺しろとでも言ったんだろう。
まあ、あの国のやつらだったら、そう言うだろうな。
お前はそれを言われてどう思った?』
隣でサラも息をのんでいる。
図星を突かれたからな。
「いや、どうって言われても、正直何言ってんだ、としか。
流石に戦力の増強をしていても、いきなり暗殺ってのはぶっ飛びすぎだろうと」
どっちかと言うと、サラに危険なことをさせることに腹が立ったのが第一だったから、暗殺がどうとかは、それほど深く考えてなかった。
そう言えば、俺はニグートの連中を批判しておきながら、自分はサラをトライファークの中心に連れてきているわけだから、批判する資格はないかもしれない。
ただ、事前に想像していたよりも、トライファークの国内が緊張していなかったせいもあるんだけど。
『ふむ。
お前、この時代に来てから、ファスタルの街と辺境を何度か行き来したな。
なぜだ?』
俺は、なぜそんなことを聞かれたのか分からなかった。
俺の行動は、マイさんからの報告か、スマホの電波を観測して知ったんだろうが、何か気になることでもあるんだろうか?
特に隠す必要があるとは感じなかったので、理由を説明した。
『じゃあ、辺境の遺跡はまだ奥には入っていないんだな?』
「ええ、そうですけど、なんかあるんですか?」
『なんか、なんてものじゃないな。
ファスタルの地下には行ったのか?』
「ええ」
コイツ、ファスタルに地下があることを知っている。
いや、古代人にとっては常識なのか?
『そこの管理用AIは見つけたか?』
「ええ」
AIのことも知っている。
なんでも知っているみたいで、気持ちが悪いな。
『何か聞いたか?』
一応、聞いたことを簡単に説明した。
「でも、管理者コードがどうとか言って、詳しいことは何にも聞けないですけどね」
『なるほどな。
じゃあ、次だ。
その犬はルッツだな?』
ルッツを見ながら言ってきた。
「え?なんでルッツの名前を?」
『ああ?
俺のパートナーだぞ。
俺がつけた名前がルッツだ』
そうか。
俺は元々、黒い大型犬、グローネンダールがほしかった。
そして、もし飼うことができたら、ルッツと名付けると決めていた。
コイツは未来の俺だからな。
実際に飼って、ルッツと名付けたのか。
古代種だから、グローネンダールじゃないかもしれないけど。
古代種を飼うことになった経緯はよく分からないけれど、自分のパートナーにルッツと名付ける辺り、流石に自分と同一人物なだけはあると思う。
『ルッツとはどこで会った?』
「再現されてすぐに、ファスタルの辺境で会いましたよ」
『そうか。
それで、お前の制御下に入ったのか。
残念だが、仕方ない。
むしろ、その方が安全な可能性が高いから、それでいいか』
最後の方はほとんど独り言のようで、よく聞こえなかった。
ただ、ルッツのことを話している間は、少しだけ表情が和らいでいた。
『まあ、ルッツのことはいい。
それより、お前は自分に対してどこまで把握している?』
また厳しい表情に戻った。
別に表情はどうでもいいんだけど、さっきから聞かれてばかりで少しうんざりしてきた。
「さっきからなんでそんなに色々聞くんです?
別に話してもいいですけど、ちょっとは俺の質問にも」
俺が少し抗議の言葉を言いかけると、
『黙れ』
すごい威圧感を放ちながら、遮られた。
思わず、口をつぐむ。
『全く理解してないようだが、今お前は生きるか死ぬかの瀬戸際にいるんだ。
下らないことを口にしてる暇があったら、俺の質問に必死に答えることだけ考えるんだな』
なんだこいつ。
どんだけ偉そうなんだ。
腹立つな。
レオルオーガがいなけりゃ、ぶっ飛ばすところだ。
『お前、本当にバカだな。
レオルオーガなんて関係なく、お前なんぞ俺の足元にも及ばん。
試してもいいが、…まあいい。
それで、お前は自分のことをどこまで把握している?』
考えてることがばれた。
顔に出てたか?
もともと不快な上に、色々言われて頭にきているからな。
顔にも出ようというものだ。
でも、争いに来たわけじゃないので、苛立ちを押さえつけて自分について分かっていることをある程度話した。
この話し合いは、俺としてはギブアンドテイクのつもりだ。
俺の情報がギブになるのか分からないが、こっちの情報を話したんだから、そっちも話せ、と言うつもりだった。
こんなに向こうから立て続けに質問してくるとは思ってなかったし、こっちの質問を遮られるとも思ってなかったが。
『お前、自分がちゃんと自分であると自信を持てるか?』
言っている意味が分からない。
「どういう意味ですか?」
『お前は、自分が過去から来たと思っているだろう』
「ええ」
『それは本当に正しいか?
その人格は本当に過去にいた自分のものだと自信を持って言えるか?』
「そんなこと当たり前でしょう。
俺は俺以外の何者でもありませんよ」
コイツは何を言っているんだろう。
そもそもマナを保存したのは自分だろうに。
そのマナから再現されたんだから、俺は俺だろう。
『じゃあ、聞くがな。
お前はこの時代に来た時、携帯端末を持っていたか?』
スマホのことだよな。
「ええ」
『どうしてそんなものを持っていた?』
「え?俺のマナから再現したって聞きましたけど」
『お前はバカか?
マナってのは人格や記憶、身体的特徴なんかを情報化したものだ。
確かに、その中には所持品の情報も含まれる。
だが、マナからは本人が知らないものなんて再現できん。
俺はマナを残すときに、同時に自分の持ち物を再現装置に読み取らせた。
だから、俺が再現された時にはその情報から携帯端末なんかも再現された。
じゃあ、おまえの持っている端末はどこから来た?
当然だが、お前の時代に再現装置などなかっただろう。
だから、お前の端末の情報など残ってはいない。
それとも、お前は構成物質も含めた端末の中身の全ての情報を知っているのか?
それなら、確かにその情報を元に再現できるだろう。
だが、そんなこと知っているはずがない。
なぜなら、俺が知らんのだからな。
確認するが、お前が再現された時に持っていた携帯端末はお前のものなんだな?』
「そんなの当たり前です。
だって、使い方だって、中に入っているアプリだって、知っているものばかりだし」
『むしろ、その方がおかしいんだがな。
もしかしたら、お前の持っている端末と同型の機種が情報として再現装置に登録されていた可能性はある。
だから、再現したお前の年代に合わせて、登録情報から端末が再現された可能性はある。
だが、そうだとしたら、それはあくまで元々登録されていた同型の端末を再現するだけだ。
お前だけが知っている、お前が使っていたアプリケーションが入っている端末なんて再現装置に登録されているはずがないだろう。
そのアプリケーションはどこから来た?
何を元に、どうやって、それは再現された?
お前の記憶を元にか?
俺にはそんな記憶ないのにか?』
「そんなの、どこかに情報が残って…」
『情報って言うが、具体的にどんな情報だ?
確かに、再現装置はかなり高度な技術で作られている。
だが、過去のものを含めた世界の全ての情報が蓄積されているわけないだろう。
あくまで、保存した情報が残っているだけだ。
じゃあ、お前の持っていた端末の情報なんてどこに保存されている?
確かに俺は、自分の記憶なんかの情報をできる限り全て保存した。
だが、ピンポイントにお前であった時の記憶が、細かく正確に残っていると思うのか?
俺は記憶力は悪くないが、お前なんて俺にとっては何十年前の存在だと思っているんだ?
もちろん、仕事に関する記憶は比較的しっかりと覚えているし、その当時、大体何をやっていたかってのは覚えている。
初めて自分で考案したシステムを開発した時期だろう。
確かに、他の時代よりも鮮明に覚えている時期ではある。
だから、そういう情報は確かに保存した。
だが、俺はお前の年齢の頃に持っていた携帯端末の正確な型番とか、ましてやその中に入れていたソフトなんぞ、ほとんど覚えていないぞ』
「でも、それは…」
こいつは何を言っている?
気持ち悪い。
俺の携帯の情報は残っていないだと?
気持ち悪い。
じゃあ、俺が持っているスマホはなんなんだ?
気持ち悪い。
そもそも、こいつは俺であった頃の情報を詳細には覚えていない?
気持ち悪い。
だとしたら、俺の記憶はなんなんだ?
気持ち悪い。
『もう一度聞くが、お前、自分がちゃんと自分であると自信を持てるのか?』
「俺は、……」
俺は、俺の記憶はどこから来た?
いや、それはコイツが保存したマナからのはずだ。
じゃあ、俺は自分の過去をどこまで覚えている?
考えたこともなかったが、こっちに来る前の会議の記憶はある。
それ以外の記憶は?
あれ?
色んな知識もある、数学だとか電気回路の知識だとか。
でも、思い出としての記憶は?
あれ?
断片的にしかない。
そして、携帯に関する記憶は?
あれ?
ほとんどない。
『お前はちゃんとお前自身の意志で行動していると言えるか?』
俺の意志?
俺の意志はある。
ある、と思うけど、記憶もあやふやなのに、意志なんてあるのか?
「俺の意志は…」
どんどん自信がなくなってくる。
自分の存在自体もあやふやなものに感じられてくる。
『お前は、何かに操られていないと、断言できるか?』
『もう止めてください!』
サラが俺と代表者の間に割って入った。
『あなたたちが何を話しているのかほとんど分かりませんけど、今あなたがユウトを追い詰めているのは分かります。
何かユウトに恨みでもあるんですか?』
『なんだお前は?
鬱陶しいな。
邪魔をするな。
そいつに恨み?
個人的には吐き気がしそうな感覚があるが、別に恨みはない。
あるとすれば、過去の自分の馬鹿さ加減に腹が立つといったところだが、それはあまり重要ではない。
それよりも、そいつがなんなのか、それが問題だ。
俺はそれを確かめる必要がある』
『だから、あなたは何を言ってるんです。
ユウトはユウトです。
あなたにユウトのことをとやかく言う権利なんてありません』
『とやかく言う権利ねえ。
あると思うんだがな。
俺にも責任の一端はあるわけだからな。
ああ、お前、俺との関係を言ってないのか?
あれか?心配かけたくないとかか?
馬鹿だな。
まあ、お前の気持ちを汲んで、種明かしはやめといてやるか。
それで、お前は何者だ?』
サラを無視して、なおも俺に問いかけてくる。
『まだ言うんですか?
やめてください。
そんな質問になんの意味があるんです』
『うるさいな。
意味が分からないなら、黙っとけと言うんだ。
これ以上邪魔するなら、殺すぞ』
ものすごい威圧感と殺気とともに、サラを脅してきた。
サラはあまりの迫力にその場にへたり込んだ。
でも、まだ睨んでいる。
『鬱陶しい目だな。
おい、レオ』
呼びかけられて、レオルオーガが動き出す。
だが、そこにおっさんが立ちはだかった。
『そうはさせん。
俺はこいつらの護衛だからな。
何か意図があっての問答に口出しはせんが、危害を加えるなら話は別だ』
だめだ。
このままでは。
「待ってください、統括。
サラもありがとう。
俺は大丈夫ですから」
俺がちゃんとしていれば、こんな流れにはならなかったはずだ。
確かにコイツはめちゃくちゃ不愉快だが、おっさんの言う通り、何か意図があって質問をしているのは分かる。
「おい、やめろ。
ちゃんと聞きたいことには答えてやるから」
俺は、なんとか気を持ち直した。
色々言われたが、細かいことを考えるのは後だ。
『偉そうに。
まあ、いいだろう。
レオ、下がっていろ。
で、お前は何者だ』
「俺は俺だ。
2015年から来た俺だ。
他の何者でもない。
確かに携帯のことはよく分からない。
それに、この時代に来てから、やたらと体調はいいのに精神的には不安定だ。
記憶にも怪しい部分はある。
だけど、毎日自分で決めて、自分の意志で行動している、それをあんたにどうこう言われる筋合いはない」
それが、今の俺が言える精いっぱいだった。
俺のその言葉を受けて、代表者は何か考えているようだ。
何を考えているのかは分からない。
たっぷり数分間考えた後、代表者は深く息を吐いた。
それとともに表情が和らぐ。
俺たちが部屋に入ってから、ずっと感じていた威圧感もなくなった。
よくは分からなかったが、何か一つ区切りがついたようだった。