告白~トライファークの中心
俺は、自分のことをサラとおっさんに説明することにした。
とは言っても、俺自身、分かっていないことの方が多い。
当たり前だけど、話せるのは俺自身が分かっていることだけだし、それも全部を話す必要はないと思う。
余計な心配をかけたくないから。
「俺は、この時代の人間ではない、過去に存在していた人間らしいです」
サラとおっさんは急にそんな話が出てきて、驚いているようだ。
いや、驚いているというより、あまりに唐突な話に理解が追いついてないんだろう。
そりゃそうだろうな。
当人である俺ですら、最初に聞いたときはすぐには理解できなかったし。
『過去の人間?
そんなことがありえるんですか?』
サラがそう呟いた。
ほとんど独り言のようだった。
「ええ、トライファークでは可能なようですよ。
とは言っても、古代の技術を使って、色々条件もあるみたいですけど。
この話はトライファークの技術的な部分に関わると思うんですけど、話してもいいですか?」
俺はマイさんに確認する。
『ええ、仕方ありません。
サラさんも統括も既に当事者ですから。
ですが、あまり他言はしないようにお願いします』
サラとおっさんはマイさんの言葉に頷く。
「じゃあ、話します。
俺は、古代の遺物によって、この時代に再現された過去の人間らしいです。
俺自身、再現されたという実感はあまりありませんけどね。
俺がいた時代は、この時代で言う古代の文明が発達する直前の時代ってことになると思います。
まあ、正直、俺もまだ細かいことは全然分かっていません。
分かっていることの大部分は、マイさんから聞いた話ですし、それを聞いたのだって、つい最近のことになります。
ですが、俺がもともとこの世界の人間でないことは確かです。
俺がこの時代に再現されたのは、ファスタルの辺境でサラに会った時の直前だと思います。
再現された瞬間の記憶は曖昧なんですが、気づいたら、あの辺境にいました」
俺のその言葉に、サラはハッとした表情をしていた。
まあ、サラには思い当たるところはたくさんあるだろうからな。
なにせ、この世界に来たばかりの頃の俺を知っているわけだし。
会ったばかりの時は俺は色々おかしなことを言っていたはずだ。
まあ、世界の常識が分からなかったんだから、仕方ない。
「それで、まあ俺はそんな事情なんですが、今のトライファークの代表者は俺と因縁がある人間らしいんです」
あんまり突っ込まれるのも嫌なので、俺が過去から来たって話はさらっと流させてもらう。
今はまだ話についてこられていないので、あまり質問されることもないと思うし。
落ち着いたら色々聞かれるかもしれないが、それはその時に答えることにする。
まあ、俺自身、まだ色々気持ちの整理がついていない部分もあるから、深く話したくはない。
『因縁?』
「ええ、因縁です。
とは言っても、面識があるわけじゃありません。
ちょっと関係があるだけで」
実際はちょっとなんてもんじゃないけど。
やっぱりトライファークの代表者が俺本人だとは言いにくい。
サラが受けた命令のこともあるし。
『さては、お前が俺に説明したトライファークへ行く理由は嘘だな?』
おっさんに指摘された。
ここまで説明したら、やっぱりトライファークに来る前の俺の説明が不自然だって気づくよな。
俺とトライファークの代表者に関係があるんだったら、俺がトライファークに来るのはそれと関係あるに決まってるからな。
まあ、おっさんは最初から不自然だと気づいた上で聞かないでいてくれたような気もするけど。
「そうです。
すみません、あんまり俺のことを話したくなくて」
『謝らなくてもいい。
気持ちが分かるとは言わんが、色々思うところがあることくらいは分かる。
当人であるお前が話さないと判断したんだったら、とやかく言うつもりはない。
正直、俺としても、今のお前の話にどう反応したらいいか分からんてのもあるがな』
「俺もどう話せばいいのか分からないというのもありましたし、まあ、さっきも言いましたけど、俺が聞いたのもつい最近で、話し出すタイミングもなかったですしね。
元々はトライファークの情報を話すことはできないと思っていたので、迂闊に話せなかったってのが大きいですけど。
結果としては話してしまったわけですけど、トライファーク関連の情報を漏らしたら危険があると思っていましたから」
『ああ、まあそれは仕方ないな。
ファスタルでは、この国の話はご法度みたいになってるからな』
「ええ。
すみません。
サラ、俺のこと色々おかしいと思ってたと思うんですけど、そういうことだったんです。
すみません、騙すような形になっていました」
『いえ、騙されてはいないと思いますよ。
最初に、私が勝手に記憶がなくなったと思い込んだだけですし。
そうですね。
確かに、ユウトには色々不思議なところがありました。
会ってすぐの時にはどういうことだろうって考えることもありました。
でも、今はもう、私にとっては、そんなことどうだっていいんです。
それよりも、それでユウトが危険な目にあうことの方が気になります。
ユウトが言いたくないなら、その因縁っていうのが何なのかは聞きませんけど、それによって命を狙われるようなことなんですか?』
「いや、それがなんでこんなことになったのかは、俺にも良く分からないんです。
俺がトライファークに来たことがバレたら、何かしらの形で突っかかってくるとは思ってましたが、まさかいきなりレオルオーガを突っ込ませるとは思ってませんでした。
その辺の事情は俺よりもマイさんの方が詳しいと思ってたんですけど。
マイさん、なんでいきなり襲われたのか、分かりますか?」
『いえ、私もまさか、いきなりレオルオーガが襲ってくるなんて考えてもみませんでした。
私も、私たちがトライファークにいることがバレたら、何かしらの行動を起こされるとは思っていましたが』
「ですよね」
それきり、会話が少し途切れた。
それぞれ思う所はあるはずだが、何を話していいのか分からないという空気だ。
ただ、このまま俺の身の上話をしていても事態は変わらないし、いきなり襲われた理由も分からないだろう。
だから、今後どうするのかについて話をすることにする。
「まあ、襲われた原因については判断のしようがありませんね。
それで、ちょっと思ったんですけど、もう俺たちがトライファークにいることがバレている以上、隠れて情報収集する意味はないと思うんですよね。
もちろん、まだトライファークに来てから、大して情報も得られていませんし、本当はもっと状況を掴みたいのはやまやまなんですけど。
でも、こそこそ動き回って、代表者に見つかる度にレオルオーガが襲ってくるなんて状況を続けるくらいなら、むしろ隠れないで、堂々と動いた方がマシじゃないかと思うんです。
さっきみたいな街外れを行動していたらレオルオーガが襲ってくる可能性があると思うんですけど、トライファークの街で行動している分には、そうそうレオルオーガをけしかけることはできないんじゃないかと思います。
あいつが戦ったら、周りに被害が及ぶのは明らかですし。
というか、もういっそのこと、こっちから出向いて代表者自身と話をすればいいんじゃないかと思ったりしてるんですけど」
まあ、今までもバイクで移動していたわけだから、隠れているとは言えなかったけど。
気持ちの問題というか、情報収集をしに行く場所の範囲を広げるための条件づけというか。
どうしても、俺たちがトライファークにいることがバレないようにしようとすると、自然と行ける場所も限られていたからな。
その辺は、マイさんに任せていたから、はっきりとそうとは言えないけど、なんとなく行動範囲を限定していたことは分かる。
『確かにそれは一理あるかもしれませんけど、レオルオーガが襲ってこないとしても、代表者に会いに行くというのは、私はともかく、ユウトさんやサラさんにとっては危険な目に合う可能性がそれなりにある行動だと思いますよ』
「そうですね。
でも、レオルオーガと戦うよりはマシだと思うんですよね」
『それは、そうかもしれませんけど』
「統括、どう思います?」
『そりゃあ、レオルオーガと戦うのが一番キツイだろうな。
あれと戦うことを考えたら、他の何が起こったとしても、大概マシだと思うぞ』
「そうですよね。
それに、現状、その、失礼なことを言いますが、マイさんの先生があの状態だったことを考えると、トライファークの人たちから何か有益な情報を得られると思えないんです。
数日前にマイさんと連絡をとった研究者に会えたらよかったんですけど、それも無理そうですし。
となると、これ以上はあまり安全な場所で情報収集をしても意味がないんじゃないかと思うんです。
もちろん、時間をかけて調べれば分かることは色々あるでしょうけど、あまり悠長にしている余裕もないと思いますし。
やっぱりトライファークの代表者に会うか、それに近い立場の人に会って話ができたら、それが一番手っ取り早いですよね。
まあ、これはあくまでそういう偉い人間が会ってくれたらって条件付きなんですけど。
どうでしょう?
会えると思いますか?」
『今は確信をもってお答えすることはできませんが、会うことは可能だと思います。
今日のことがあるまでは、ある程度の情報収集が終わったら普通に代表者に会いに行くつもりでしたから。
普段代表者がいるであろう場所も分かっていますし。
ただ、今はこの状況ですから、そこに行ってすぐに会えるかどうかは分からなくなったと思います。
こちらに対してはっきりと敵対する意思があるのなら、会えないかもしれません。
レオルオーガの件を考えると、かなり敵意はあると思いますし。
ですが、一応、私はトライファークではそれなりの立場にいますから、私が尋ねたら無下には扱えないと思うんです。
ですから、会うくらいはできるんじゃないかと思います。
場所自体も、ここからそう遠くありませんし』
「それはさっきみたいな街外れですか?」
『いえ、トライファークの中心地ですから、街中になります』
「じゃあ、やっぱり、そこに向かいましょう。
さっき、レオルオーガが襲ってきたときに代表者っぽいやつも近くにいるのが見えましたから、俺たちにレオルオーガをけしかけた後に、すぐに戻ったのなら、もう戻ってるでしょう。
マイさんの言う通り、会えない可能性もありますけど、時間を置くよりは今行った方がいい気がします」
今だったら、逃げの一手だったとはいえ、俺たちは一度はレオルオーガの奇襲を防いでいるわけだから、相手も少しは警戒しているはずだ。
時間を置いたら、体制を整えて俺たちを近づけなくするかもしれないけど、まださっきの奇襲からほとんど時間は経っていないから、体制を整えるも何もないと思う。
レオルオーガの奇襲で倒せなかったわけだから、俺たちが近づいていっても中途半端な攻撃でいきなり手を出してきたりはしないと思う、多分無駄に終わるだけだからな。
だから、こっちから会いに行くなら、相手の体制が整っていないであろう今が一番の好機だと思う。
『分かりました。
でも、トライファークの中心ですから、今は戦力が一番集中している場所でもあります。
もしそこで攻撃されたら、無事には戻ってこれないでしょう。
それでも行くんですか?』
あ、それって生存フラグだよな。
あそこに行って生きて戻ってきた人は一人もいない、的な。
なんか大丈夫そうな気がしてきたぞ。
いや、気を抜いてはいない。
だけど、なんかそういうフラグって、ただのジンクスだとしても、結構当たると思うんだよな。
「サラと統括は待っていてもらっても構わないと思うんですけど」
『そんなことできるわけないです。
私だって、この国の代表者について調査しないといけないですから』
「でも、敢えてそんなに大変なところに行く必要もありませんし」
『馬鹿なこと言わんでいい。
ここまで来てお前らだけで行かせるわけないだろうが』
そう言うおっさんに頭をどつかれた。
おっさん的には軽く小突いたつもりなんだろうけど、結構痛い。
おっさんは部下想いだから、俺の発言でちょっと怒ったのかもしれない。
何にしろ、付き合ってくれるってことだから、ありがたいことだと思う。
「そうですね。
すみません。
じゃあ、行きましょう。
マイさん、案内お願いします」
『分かりました。
ついて来てください』
そこから15分ほど移動した。
移動していくにつれて、徐々に街中に入っていく。
その街の中は他の街とは少し雰囲気が違った。
道端に兵器らしきものが見られるようになったのだ。
対戦車砲とかそういう感じのやつだと思う。
平たく言えば、大砲だけど。
俺は武器の種類と用途なんて知らないから、何に使うつもりなのかは分からない。
この時代には戦車なんてないと思うし、戦車用でないのは確かだと思うけど。
ただ、戦力の増強ってのが事実行われているのだと、この街に入ってはっきりと確認できた。
しかし、そんな街の様子とは裏腹に、俺たちは意外にも誰かに止められることなどなく、どんどんと目的地に向かって進むことができた。
『もうすぐ着きます』
マイさんの言葉通り、先の方に大きな建物が見えてきた。
見るからにこの街の中心だった。
ニグートの要塞ほどではないが、それなりに無骨な外観の建物だ。
そして、その周りに他と比べて大きめのビルがいくつかそびえ立っている。
それらは他の多くの建物と違って、廃墟っぽくはない。
しっかりとした建物だ。
まあ、中心にある建物が廃墟みたいでは話にならないだろうしな。
その建物の前でバイクを停める。
相変わらず、誰にも止められない。
どころか、全く人影がない。
「全然人がいませんね。
この辺りはいつもこんな感じなんですか?」
『いえ、そんなことはありません。
いつもはもっと人で溢れていますよ。
それに、今は戦力の増強を進めているわけですから、特にこの辺りには人が集まっていると思います。
街の様子で分かったと思いますけど、この辺りは工場が多くて、武器を作っているのもこの街でしょうから』
「てことは何か理由があって、この状態ってことですよね。
俺たちが来ていることがバレているから、敢えて人払いをしている、とか」
『まあ、私たちが来て人払いをするかどうかは分かりませんけど、バイクで真っ直ぐ来ましたからね。
バレてるのは間違いないでしょう』
ですよね。
元の時代のバイクより静かとはいえ、音がしないわけではないし。
普通に街中を走ってきたし。
「レオルオーガが待ち受けてたりしないだけマシですね。
このまま会ってくれるつもりがあるなら、こっちとしても都合がいいです。
行きましょう」
建物の中に入る。
マイさんは入ったことがあるようだ。
迷いなく奥へ進んでいく。
俺たちはついていくだけだ。
そして、かなり奥の方まで進んで一つの扉の前に立つ。
『多分、この奥です。
連絡が切れる前までの情報で、よくこの部屋にいると聞いていましたから。
では、行きます』
その部屋へ入る。
建物の中にあるにしては、かなり広い部屋だった。
天井もかなり高い。
体育館と言っていい広さだ。
まあ、部屋の広さはおいておくとして、まず気になるのは奥に彫像のように立っているレオルオーガだ。
俺たちが入ってきた扉はレオルオーガが通れるような大きさじゃなかったし、他にも出入り口があるんだろうか。
どうやって入ったのかは知らないが、微動だにせずこちらを向いて立っている。
仁王立ちだ。
おっかない。
めちゃくちゃおっかない。
でも、流石に自分の国の建物の中で暴れ出したりはしないと思う。
戦うつもりがあるのなら、もっと早く現われただろうし。
それは間違いないはずだから、今はレオルオーガは気にしないことにする。
いや、めっちゃくちゃ怖いんだけどな。
ただ、その前に立っている人間もレオルオーガほどではないにせよ、かなりの威圧感を放っていた。
威圧感と同時に、俺は異常な不快感も感じていたが。
『来たか。
ああ、気持ち悪い。
我慢しても、やっぱり気持ちが悪い。
この不快感は筆舌に尽くしがたいな。
おい、お前もそう思うだろう』
その人間が俺に話しかけてくる。
すぐに分かった。
かなり高齢だと思うが、それを感じさせない精悍な雰囲気とはっきりした口調で話しかけてくるそいつは間違いなく、トライファークで再現されたもう一人の俺だ。