19日目 ニグートの代表者~トライファークへ
起きた。
うん、朝だ。
いつも通り、6時だ。
散歩に行くか。
『おう、起きたか?』
おっさんは既に起きていたらしい。
朝練の時もいつも俺より早いもんな。
何時に起きてたんだろ。
「ええ。
統括は早いですね」
『習慣だからな。
それで、散歩に行くのか?』
「ええ、ルッツに運動させてあげないと、かわいそうですし」
『そうだな。
俺もついて行く。
朝起きて動かないと気持ちが悪い』
まあ、毎日あれだけ動いてたら、そうなるわな。
「分かりました。
じゃあ、サラに声をかけてから、行きましょう」
俺は部屋を出る。
サラは隣の部屋にいるから、軽くノックをした。
「サラ、今からルッツと統括と散歩に行きますけど、どうします?」
『あ、私も行きます。
ちょっと待ってください』
そう返事があって、1、2分くらい待っただろうか。
サラとマイさんが出てきた。
「あれ?マイさんも行くんですか?」
『ええ、ニグートがどんなところか見てみたいので』
結局、全員で行くことになった。
ホテルを出て、通りを歩く。
時間が早いせいか人通りはほとんどない。
人の目がないのをいいことに、途中でダッシュしたりして、適度にルッツと動き回る。
「あんまり人はいませんね」
『そうですね。
この時間はまだお店もあんまり開いていないから、出歩く人は少ないと思います』
「それにしても、きっちり整備されてて、ファスタルとは大違いですね」
『ええ、ニグートは古代から残っている街を、ほとんどそのまま使っているらしいんですが、そのせいか綺麗に区画整理されています。
だから、ほとんど迷うことはないと思います』
まあ、サラはそんな街で育ったから、余計にファスタルの裏通りを怖がるのかもしれないな。
それから、おっさんとルッツと俺は運動しながら散歩していた。
その間、サラとマイさんは世間話をしていたようだ。
一晩たって、少し仲良くなっている気がする。
いいことだな。
一時間くらい散歩をした後、ホテルに戻った。
レストランで朝食をとって、軽く打ち合わせをした。
この後、ニグートの代表者に会いに行く予定だ。
行くのは、サラ、おっさん、俺。
俺はあまり行きたくなかったが、護衛も同行することになっているらしい。
その間、マイさんとルッツはこの宿で留守番だ。
代表者に今後の指示を受けた後、再びマイさんとルッツと合流して、その後の行動に移ることにする。
そんなところだった。
打合せ後、一旦部屋に戻って、小休止した。
『ああ、あのな、ニグートの代表者なんだがな』
おっさんが唐突に話しかけてくる。
「ええ」
『俺も直接会ったことはないが、気難しい人間らしい。
だから、俺はあまり話す気はないが、お前もいらんことは言わん方がいい。
心苦しくはあるが、サラに任せておいた方がいいだろう』
「俺は元から何も言うつもりはありませんよ。
事情もよく分かりませんし」
『それならいい』
それっきり会話はなかった。
しばらくしてから、部屋にサラが来て、出発することにした。
ホテルから代表者との面会予定の場所までは、すぐだった。
そこは、ファスタルの研究所に勝るとも劣らない規模の建物だった。
ニグートの王様がいる場所ということだが、いわゆる、お城感は全くない。
普通に要塞だな。
ファスタルの研究所とは違って、本物の要塞っぽい。
建物の周りは堀のような用水路があるし、壁は高いし、無骨だし。
でも、街中に要塞があるってのはどうなんだろう。
普通は要塞都市とかだったら、街ごと要塞になるもんじゃないんだろうか。
まあ、俺はあんまりそういうことに詳しくないから、普通かどうかなんて分からないし、ニグートの建物に興味なんてない。
サラの案内のまま、壁の中に入ってから、どんどん奥に通された。
その間、色々な人がサラに挨拶してきた。
サラに取り入ろうとする魂胆が見え見えで気持ち悪かった。
ユラさんが言っていたのは、この人たちのことか。
ただ、サラは適当に受け流していたので、俺が何かする必要はなかった。
しばらく進むと、でかい扉があった。
ああ、謁見の間とか、そういうやつっぽい。
脇に控えていた衛兵っぽい人が扉を開いてくれた。
なんだか、中途半端に中世ファンタジーっぽい。
本当におかしな世界だ。
扉の向こうには玉座、はなかった。
かなり大きな長机があった。
貴族が会食とかしそうな部屋だった。
会議室なんだろうか。
奥には何人かの人が座っていた。
一番奥の席に座っていた人が、こちらの姿を見るなり、立ち上がって近づいてきた。
『おお、サラじゃないか。
久しぶりだな。
元気にしていたのか?
本当にお前は、全然帰ってこないで。
たまには顔を見せに帰ってこんか。
心配するだろう』
多分、この人が代表者だろうな。
っていうか、完全にサラの父親だな。
ひげを蓄えた壮年の男性だが、ユラさんやサラと少し似ている。
威厳も威圧感もあるし、代表者と言われても納得できる。
だが、最初に見せた態度は俺が想像していたより、ずっと父親らしく、好感の持てるものだった。
『ご無沙汰しています、お父様。
研究に没頭していて、帰ってこれませんでした。
今日はお父様の通達に従って参上しました』
サラは他人行儀だ。
顔も少しこわばっている。
どうしたんだろう。
今の所、普通のいいオヤジさんだと思うんだけど。
『まあ、座れ。
護衛の人たちもご苦労だったな。
説明するから、座ってくれ』
そう言って、着席を促された。
俺は、護衛は立っておけ、とか言われると思っていたから、少し驚いた。
やはり、そう悪い人には思えない。
『じゃあ、説明するぞ。
大方は聞いているだろうが、隣のバカの国が意味の分からん行動をしておってな』
えらい言われようだな、トライファーク。
『お前に通達を出した時は隣国を吸収したところまでだったが、その後の調べで、今は愚かにも戦力を増強していることが分かっている』
へえ、なかなか調べられてそうだな。
これなら、サラの調査なんて必要ないんじゃないか?
『どうやら、それを強く推し進めている愚か者がいるらしい』
すいません、俺です。
『お前にはその愚か者の始末を命ずる』
え?
なんて?
『お父様、それはどういう意味でしょう?』
『どういう意味も何もない。
隣の国の愚か者を消して来い。
方法はなんでもいい。
お前が手柄を立てるチャンスだ。
それが適ったら、今までニグートを顧みずにファスタルに留まった愚挙を許してやろう』
なんだ?
なんでいきなりそんな話になった?
どういうことだ?
俺は、展開についていけずにおっさんの方を見る。
おっさんは驚いてはいるようだが、口出しするつもりはないらしい。
いや、ここは突っ込む所だろう。
だって、その命令は戦力増強しつつあるトライファークの中心に突っ込めって意味だろ?
ていうか、いくらなんでも冗談だろう。
そう思って、俺が口を開こうとすると、
テーブルの下でおっさんに蹴られた。
驚いておっさんの顔を見ると、目で、今は我慢しろ、何も言うな、と言われている気がした。
なんでだ?
流石におかしいだろう。
危険な場所に行かせないという話はどうなった。
危険どころの話じゃないぞ。
いや、そもそも、サラが呼ばれたのは、調査が目的のはずだ。
『分かりました。
仰せのままに』
サラがそう答えた。
いや、待て。
おかしいだろう。
全然意味が分からない。
『流石サラだ。
そう言ってくれると思っていた。
お前を呼んで正解だったな。
頼りにしているぞ、わが娘よ』
今の言葉だけを聞いたら、確かに娘に期待している親のそれだ。
だが、命令がおかしい。
何を言っているんだ。
この人、頭おかしいんじゃないのか。
これか?このことを言っていたのか?
サラや他の人が言っていた、ニグートの人間がおかしいというのは。
そして、さっきおっさんが言っていた、いらんこと言うなってのは、これに何も言うなってことなのか。
サラを見ると、特に表情に変化はない。
想定の範囲内って態度だ。
俺が知らないから、驚いているだけなのか?
いや、やっぱり我慢なんてできない。
そう思って、また口を開こうとすると、
今度はテーブルの下で、サラに手を握られた。
サラを見ると、お願いだから何も言わないで、という表情をしていた。
俺は納得はできないが、当人が納得しているのに、他人が騒ぐのはおかしい、と無理やり我慢して、黙っていた。
その様子をサラのオヤジは笑顔で眺めている。
くそ、あいつの笑顔、腹立つな。
いいオヤジとか思っていたせいで、余計に腹が立つ。
『話は以上だ。
下がっていいぞ』
クソ野郎は終始笑顔だった。
俺はサラとおっさんに従って、その部屋を退室する。
そして、そのまま要塞を出た。
「なんなんですか、あれは?」
俺は、吐き捨てるように言った。
『すいません、不愉快な思いをさせて。
これがニグートなんです。
上の人間は、いつもあんな感じです。
こちらの都合など考えていません。
自分の考えだけを押し付けるんです』
「いや、サラが謝ることじゃないですけど。
でも、さすがにおかしいでしょう。
都合も何も、あんなの敵地の真ん中に突っ込めって」
俺がそこまで言ったところで、おっさんに遮られる。
『そこまでにしとけ。
お前の気持ちは分かるし、俺も腹立たしいが、サラの気持ちを考えろ。
実の親に言われたんだぞ。
お前や俺の比じゃないだろう』
『いえ、私はもういいんです』
そうだ。
俺は何をまた一人で怒っているんだ。
問題はサラだろう。
いいわけがない。
サラだって傷ついたはずだ。
俺の怒りなんてどうでもいいことだった。
俺は一気に頭が冷えた気がした。
本当に情けなかった。
「すいません、サラ。
俺はサラの気持ちも考えずに」
『いえ、ユウトが怒ってくれて、私は少し楽になりました。
ニグートでは、お姉ちゃん以外、誰も怒ってはくれないでしょうから』
そう言ったサラの笑顔が悲しかった。
「でも、だったら、どうしてあそこで文句を言えなかったんですか?」
『そりゃ、お前。
お前が怒り出した辺りから、向うの代表者の脇にいた奴がものすごい殺気を振りまいていただろうが』
そうだったのか?
全然気づかなかった。
『ああ、お前はそういうのに疎かったな。
あの這いずりしものの気配を大して気にしないような奴だしな。
まあ、そういうわけだ。
お前が文句を言ったからといって、殺されはしないだろうが、不敬罪とか言われて最悪牢屋ってのもありえる。
そうなったら、サラの護衛どころじゃないだろう?』
「そうですね。
全然気づいていませんでした。
助かりました」
『ああ、まあそれはいい。
問題はこれからどうするかだが』
「とにかく、トライファーク行きは決定でしょう」
もうあほらしくて、あの国とか言う気が失せた。
ある意味、行動予定は俺の想定通りになったわけだが、こんな形を望んでいたわけじゃない。
「その、トライファークの人間を殺すんですか?」
俺はおそるおそるサラに聞いた。
『分かりません。
できるかどうかも分かりませんが、仮にできたとしても、私に人を手にかけることができるかどうか分かりません。
それに、ニグートは一方的にあの国を悪いと決めつけてますけど、もう少し調べないと分かりません。
もし、悪くなくて、ニグートに攻めてくるつもりもないなら、私は命令でも従いたくありません』
良かった。
サラは安易に人を殺そうとしたりしない。
「俺もそれがいいと思います。
でも、従わないで大丈夫なんですか?」
『大丈夫じゃないと思います。
でも、いいんです。
もしダメなら、ダメなときに考えます』
サラは今回のことに関して、既に色々覚悟ができているらしい。
だから、ファスタルにいるときから、あんなに思い詰めていたのか。
俺の認識は全然甘かったな。
「すみません、変なことを聞いて。
ダメなことになんてさせません。
俺がなんとかします」
無責任な発言だが、本心だ。
サラをどうにかなんてさせない。
「とはいえ、とにかく、トライファークに行かないと始まりませんね。
ニグートからトライファークへはすんなり入れるんですか?」
『いえ、難しいでしょう。
ただでさえ、普段からニグートがちょっかいを出していますから。
ニグート方面からの侵入は普通はできないと思いますよ』
「代表者があんな命令を出したんだから、ニグートがそれを手引きしてくれるってことはないんですか?」
『ないですね。
方法はなんでもいいって言ってましたから、全部自分で何とかしろってことでしょうね』
それで、また腹が立ったが、とりあえず我慢だ。
「じゃあ、やっぱりマイさんと相談した方がいいですね」
そのまま、すぐに宿に戻った。
一度、部屋に全員で集合して、今後の話をする。
サラはトライファークの人間に言われた命令を伝えるのはどうか、と迷っていたようだが、隠しても仕方がないので、マイさんにも命令の内容は説明した。
「マイさん、トライファークへ入る方法はあるんですか?」
『ええ、それは大丈夫です。
ただ、街に入ってから、二人乗りしているのが見られたら研究者が寄ってきそうなので、サラのあの布を使って誰かは隠れた方がいいでしょうね』
どうにかなるらしい。
あまり聞いていないけど、マイさんはトライファークでもそれなりの地位にいるみたいだから、サラと同じように関所は大丈夫なんだろう。
それに関しては一安心だな。
研究者が寄ってくるってのは、実にトライファークらしいんだろう。
好奇心が強いんだろうな。
研究者はみんなそうだと思う。
『ちょっといいですか?』
そう言って、マイさんが俺を呼ぶ。
どうやら、二人で話したい、ということらしい。
「すみません、ちょっと待っていてください」
サラは少し怪訝そうな表情をしていたが、特に止められなかった。
俺とマイさんは部屋を出て、廊下で話す。
『サラさんの受けた命令なんですけど』
「ええ」
『あれは、あなたを殺せってことですよ?』
「俺じゃありませんけどね」
『いいんですか?』
「サラの安全という意味ではよくありません。
俺の問題としては、正直いいかどうかなんて分かりません。
でも、サラも迷っていました。
トライファークの俺がよっぽどの悪人でなければ、サラは命令に背くつもりみたいです。
よっぽどの悪人ならば、どうなるか分かりませんが、俺もサラを手伝うでしょうね」
マイさんはため息をついた。
『分かりました。
サラさんがそんな決意をするほど悪人ならば、私だって手伝ってもいいと思うでしょう。
でも、サラさんはその人があなただってことは知らないんですよね?』
「ええ、言うつもりもありません。
言ったって混乱させるだけだと思いますし」
『あなたがそう言うなら、それで構いませんけど。
まあ、もういいです。
戻りましょう』
部屋に入る。
『もういいのか?』
おっさんに聞かれた。
「ええ、大した話じゃありませんから。
それで、今後の方針なんですけど。
とりあえず、このままトライファークに向かいましょう。
どれくらい時間がかかりそうですか?」
『そんなにかからないと思いますよ。
ここはニグートの首都で合ってますよね?』
『はい』
『バイクで真っ直ぐ行けば2時間くらいで着くと思います』
「じゃあ、早速ですけど行きましょうか」
俺はもうニグートにいたくなかったから、すぐに出発することにした。
出発してしばらく経っても、みんな色々思う所があるのか、ほとんど会話はなかった。
それから、マイさんの言った通り、2時間くらい運転した所で、先の方に街のようなものが見えてきた。
『あ、ちょっと止まってください。
じゃあ、ここからはサラさんはあの布で隠れてください。
それから、ちょっと道を逸れますからついてきてください』
サラは言われたとおり、布を被った。
バイクは俺が運転している。
それはいいけど、道を逸れるってのはどういう意味だろう。
それから、ホントに道を逸れた、ガッツリと。
ちょっと道を外れるとかじゃない。
途中からは道なき道を進んだ。
あげくのはてには、周りに木々が増え始め、気づいたら森の中を進んでいた。
理由を聞きたかったが、マイさんはどんどん進んで行くし、大声を出そうにも口を開けたら舌を噛みそうなくらい揺れているし、とにかくついて行くしかなかった。
それから、30分くらい、そんな状況で進んだだろうか。
不意に開けた場所に出て、大きめの道に辿り着いた。
そして、そこでようやくマイさんはバイクを停めた。
『トライファークに入りましたよ』
マイさんはいきなりそう言った。




