もう一人の自分
トライファークにはもう一人の俺がいる。
しかも、今までの話からして、死期を悟っているくらいに年を取っている時点の。
ちょっと眩暈がした。
実感なんて湧くはずもないが、自分の老後がすでにどこかにいるとか、気持ちが悪いことこの上ない。
『すみません、あなたに話すべきことではないのかもしれません。
ですが、そのことであなたに力を貸してもらいたいんです。
ですから、まずはお話だけでも聞いてください。
ただ、ここからの話は、私がトライファークを出た後の出来事ですので、通信機で聞いた内容で、人づてになりますから、分からない所も多いです』
まあ、俺を再現した後、すぐにトライファークを出たみたいだから仕方ないだろうな。
それでも、今のトライファークの状況の貴重な情報だからな。
聞かない手はない。
俺の気分の悪さなど今は二の次だ。
『まず第一に、今回はあなたの時のようなイレギュラーもなく、トライファークの実験室に再現できたようです。
トライファークで再現されたあなたは、最初に今の状況と自分を再現した理由を聞いたそうです。
聞かれた研究者はレオルオーガの状況と助けてもらうために再現したことを説明しました。
それを聞いた後、少し真剣な顔で、さらに詳細に、周辺国との関係やトライファークの現在の技術レベルについて聞いたらしいです。
研究者は素直に答えました。
あなたはトライファークでは偉人ですし、助けてもらう相手に隠し事をするのも悪いと思ったからだそうです。
もちろん、全てを説明したわけじゃありません。
そんな時間もありませんでしたし。
ですが、研究者がマナの改変の話をした所で、明らかに表情が変わったそうです。
それから、マナの改変について、それを研究するに至った経緯も含めて、かなり細かく聞いたそうです。
その聞かれた研究者はマナの改変について、そこまで細かく知っていたわけではないんですが、知っている範囲のことを説明したそうです。
マナの改変を行ってサエグサユウトを再現したことも説明しました。
そして、なぜかファスタルの辺境に再現されたらしいこと、まだ合流するに至っていないこと、再現の後、すごい速度でファスタルの街に向かったことを説明したそうです。
その辺りから、どんどんと表情が険しくなって、最後はほとんど睨むように説明していた研究者を見ていたそうです。
そして、ある程度話を聞き終えると、レオルオーガの所に連れて行くように指示したそうです。
もちろん、トライファークとしては、一刻も早くレオルオーガの対処をしてほしいのは事実ですから、本心ではすぐにでも連れて行きたいと思っていたのですが、再現の直後ですし、トライファークに再現されたあなたはかなりの高齢ですから、一応日を改めても構わないと言ったそうです。
すると、あなたはそんな時間も余裕もない、と一喝してすぐに連れて行くように言ったそうです。
レオルオーガがいた場所は再現場所から比較的近いので、指示された後、すぐに向かったそうです。
そして、レオルオーガのところに行くと、あなたは何の躊躇もなく近づいていったそうです。
なぜか、ずっと暴れていたレオルオーガが、その時は大人しくなっていたそうです。
そして、二言三言何か話したような素振りを見せたかと思うと、レオルオーガが光ってあなたの制御下に入ったらしいです。
どうやったのかは分かっていません。
見ていた人間も特に何かをしたようには見えなかったそうです。
それからは、レオルオーガはあなたに従うようになったようです』
今の話から察するに、俺とルッツの間で起きた契約のようなものが古代種の制御が始まる証なのか?
単に名づけただけなんだけどな。
他にも何か条件があるのか。
サラは過酷な修行と真に服従させることが必要とか言っていたが。
話を聞く限りではトライファークの俺も制御前にレオルオーガを真に服従させたとは考えにくいんだよな。
「でも、それならもうトライファークの問題は解決したわけですよね。
俺はもう用済みってことですか?」
『いえ、それが、レオルオーガの問題は解決したんですが、別の問題、かどうかもはっきりとは分からないんですけど、個人的に手伝ってほしい状況になっていまして。
実は、レオルオーガのことが解決した情報を最後に、毎日行っていた定時連絡がなくなったんです。
こちらの通信にも答えてくれなくなりました。
それで、何かが起こったのかと思って、あなたを探す理由も当初より弱くなっていましたから、私は一度トライファークに戻ろうかと思ったんです。
でも、逆に言えば、レオルオーガの脅威はなくなったので、あなたの再現がおかしな状況になった原因を調べた方がいいかもしれないとも思ったんです。
結局、考えた末に、私はもう少しファスタルであなたの捜索を行うことにしました。
そんな状況で、さっきも説明したようにずっとあなたを探していたんですが、数日前に急にトライファークから連絡が入りました。
その連絡によると、トライファークに再現されたあなたが、レオルオーガを連れて隣国に行き、なぜか全く抵抗されないまま、その国を吸収してしまったと。
レオルオーガは確かに強力ですが、それだけで国を降伏させられるようなものではありませんから、かなり異様な状況だったようです。
それに、トライファークの研究者は他国への侵略など望まない人間が大半でした。
だからこそ、ニグートとは戦争になっていません。
それなのに、今はみんな、あなたの行動に異を唱えることもなく従っているそうです。
私に連絡してきた研究者は隣国へ行くことは反対したかったそうですが、どうにも今のトライファークの雰囲気では反対するのは難しかったらしいです。
そして、隣国を吸収してから、トライファークはあなたの指示の元、戦力増強を進めているそうです。
連絡してきた研究者は近いうちにニグートを攻めるつもりじゃないかと言っていました。
もちろん、ニグートに腹が立っている人間が多いのは確かですが、戦争なんてすれば、犠牲者がたくさん出るのは明らかです。
ただ、連絡の内容はそれが主目的ではありませんでした。
その連絡で言いたかったのは、あなたを見つけ次第、トライファークに連れてくるように、という指示だったそうです。
どうやら、トライファークのあなたがそう言っているそうです。
さっき言っていた本国からの催促がこれです。
なぜか数日間は私に連絡を取ることを禁じられたそうですが、その日、急に私にそれを伝えるように言われたそうです』
「それで俺に力を貸してほしいと?
俺にトライファークに行って、そのもう一人の俺と会ってほしいということですか?」
『違います。
いえ、もちろん私が受けた指示はそういうことですし、そうした方がいいのかもしれませんが。
私は、どうも今のトライファークの状況が怖くて仕方がありません。
もちろん、レオルオーガのことが解決したのは喜ばしいことですが、急に隣国を攻めたり、戦力増強を止めることができない雰囲気なんて、ここ数日の間に何かがおかしくなったとしか考えられません。
そして、その原因は明らかにトライファークでのあなたの再現だと思います。
さっきも言いましたけど、私は戦争なんて止めたいです。
でも、このままだと遠くない内に戦争が始まる可能性が高いと思います。
だから、止めるためにはトライファークにいるもう一人のあなたを止める必要があると思います。
そのために手伝ってほしいんです。
私にはトライファークのあなたが何を考えているのかは全く分かりません。
ですが、本人であれば、自分が何を考えているのか、分かるんじゃないかと思うんです。
そして、止めるための説得の力になってもらえるんじゃないかと思うんです。
ですから、勝手な都合で本当に申し訳ないんですけど、トライファークに同行してもらいたいんです』
雑貨屋の店主の予想はほとんど当たっていたみたいだな。
でも、まさかトライファークに現われた好戦的な人間が俺だとはな。
まあ、俺じゃないんだけど。
正直、いきなり色々言われて情報の整理ができていない。
だが、行くのは構わない。
老人になった俺が何を考えているかなんて分からないだろうし、今の俺の言うことを聞くとも思えないが。
だって、俺がこっちの時代に呼ばれないまま、普通に成長したやつなんだろう。
俺は元々人の言うことをあまり聞かない。
思い込みも強い方だ。
注意してくれるような友人もいなかったから、人から何か言われることもあまりなかったしな。
それに自分の仕事の結果にはいつも自信があった。
多分、その成長後ってことは自信家で利己的で人の言うことなんて聞かないやつに育っているだろう。
俺はこっちに来て、おっさんやサラに助けてもらって、かなり周囲の人のありがたみというものを知った。
だから、人の言うことを聞くことの大切さも知ったし、助けてもらうことの重要さも分かった。
それを知らずにあの過酷な労働環境のまま、成長していったんだろうからな。
ある意味気の毒だが、どこかが歪んでいる可能性はありそうだ。
しかも、俺はそいつにとっては、ただの未熟な頃の自分だろうから余計に聞く耳なんてもたないだろう。
それでも、行く意味はあると思う。
俺が行って、色々情報を集めれば、サラが危険に遭うことを防ぐことができるかもしれない。
ただ、タイミングと移動が問題だな。
「正直、もう一人の自分なんて会いたくないのが本音ですが。
ついて行くのは構いません。
ですが、どうやって行くんですか?」
『バイクです。
ファスタルから少し離れた場所に私が乗ってきたバイクが隠してあります。
私の護衛の分も合わせて、2台ありますから、私とあなたの分はあります』
さすがトライファーク。
バイクも持っているんだな。
2台も使っている辺り、俺の捜索は重要だったんだろう。
「途中はニグートを迂回するんですよね?」
『はい。
そのつもりです。
ニグートを突っ切るよりも時間はかかりますが、トライファークの人間がニグートを通るのは難しくて。
身体的特徴からトライファーク人だと分かることはないはずですが、国境は流石に身分証明がないと通れないでしょうし』
そこが少し問題だな。
多分ニグートを迂回しても、それほど大きく時間のロスはないんだろうけど。
俺はサラがトライファークの調査に行く前にトライファークに着いて動きたいんだけど、流石にそれは無理か。
というか、俺はサラの行動予定を知らない。
だから、それに合わせて動くことはできない。
いや、サラに聞いてみればいいか。
それで、陰ながらサラの安全を確保できるように立ち回れないだろうか。
まあ、俺がトライファークの行動を決められるわけじゃないから、そんなにうまくは行かないだろうけど。
うん?というか、俺が今の情報をサラに伝えれば、サラは調査なんてしなくてよくなるんじゃないだろうか。
「あの、もし俺が今の情報をニグートのそれなりの立場の人間に話して戦争を回避することを頼めば戦いは避けられませんか?」
『逆効果だと思いますよ。
だって、トライファークは実際に今戦力を増強しているのですから。
そんなことを伝えれば、ニグートはすぐにでも攻めてくると思います。
今までの小競り合いではすまないような規模で』
そうか。
そうだよな。
対話するような連中だったら、そもそも今のような状況にはなってないんだよな。
もしかしたら、俺がサラに情報を伝えたら、サラは戦力増強の具体的な調査をして来い、なんて言われる可能性もあるんだよな。
それはダメだ。
どうすればいいだろうか。
あ、おっさんに相談するのはどうだろうか。
相談には乗ってくれるって言ってたし。
いや、全部話すわけにはいかないか。
俺が過去の人間だとか。
トライファークで戦争を始めようとしているのも俺だとか。
そんなことは話せない。
でも、トライファークから情報を持ってきた人間がいて、争いになるのを避けるために助けを求めてると言ったら、おっさんだったら手伝ってくれないだろうか?
「ファスタルとトライファークの関係ってどうなんですか?」
『ファスタルとの関係、ですか?
そもそもトライファークは他国とはほとんど関係がありませんから、なんとも言えないです。
間にニグートがありますから、距離もそれなりに離れていますし』
「ファスタルで俺がとても世話になっている人がいるんですが、その人にも問題がなさそうな範囲で今の話を話して、助力を求めてもいいですか?
めちゃくちゃ頼りになる人だから、手伝ってもらえたら心強いんですが」
『そうですね。
あなたが頼りになると言うんだったら、助けてもらえたら私としても助かりますが。
ただ、トライファークは今、情報統制が非常に厳しくて、不必要な人間に内情を話すのはまずいんです。
あなたは私たちが再現した人間ですから、話す義務があると思いますが、それ以外の人にはあまりトライファークの実情は話したくありません。
一応、技術的な話でなければ、ある程度は許容されるでしょうが、話せる情報は限られます』
「分かりました。
そこはうまく説明するようにします」
『でも、バイクは2台しかありませんから、他の人は連れて行けませんよ?』
「それなんですけど、確実ではありませんが、俺ってバイクの二人乗りをしてもマナが干渉しない体質らしいんです。
だから、俺が二人乗りすれば、もう一人は連れて行けると思います」
サラとしか二人乗りなんてしたことないから、できるかどうかはやってみないと分からない。
でも、多分大丈夫だと思う。
『そうなんですか?
そんな体質があるんですか?
それは、是非調べてみたいですが、今は我慢します』
なんだか、ちょっとユラさん系の所があるよな。
研究員って言ってたから、そういう所は同じなのかもしれない。
「ですから、今日研究所に帰ってその人に相談してみたいんです。
それから、どうするかを決めてから、トライファークに向かいたいんですが」
いきなり、もう一人助っ人を連れて行きたいなんて言われて、迷っているらしい。
だが、二人で動いてもできることなんてたかが知れている。
仲間は多い方がいいと思う。
あ、でもおっさん自身が忙しい可能性もあるか。
まあ、話してみて、最悪知恵だけでも貸してもらおう。
『分かりました。
では、今日はこれで解散しましょう。
できたら連絡が取れるようにはしておきたいんですが、あなたのスマートフォンの番号を教えてもらっていいですか?』
「え?090……
ですけど」
『分かりました。
では、』
と言って、ポケットから取り出した端末を操作した。
すると、俺の携帯に電話がかかってきた。
知らない番号が表示されている。
『大丈夫そうですね。
では、あなたから連絡したい場合もその番号にお願いします』
なんだこれ?
電波は未だに圏外のままだ。
「何をしたんですか?
圏外のままだから、電話なんてできるはずないですよ」
『これは、古代の遺物です。
これを使えば、古代の通信機との通信ができます。
現在のトライファークの主な通信手段にもなっています』
いや、通信機で通信できるのはそうかもしれない。
でも、俺のスマホはそんな機能に対応していないはずだ。
反応しているということは使えるということなんだろうが。
古代の技術ってのは相手方の仕様に関わらず、通信できるんだろうか。
そんなことが可能なのか。
分からない。
何かおかしい気もするが、連絡が取れるのはいいことだから、今は気にしないことにする。
「分かりました。
じゃあ、研究所で色々相談してから、これで連絡します」
『はい。
お待ちしていますが、できれば早い方がいいです。
トライファークでも電波を観測しているでしょうから、私があなたと接触したのは分かっているでしょうから』
「大丈夫です。
今日中には連絡するようにします」
そう言って、トライファークの研究者と別れた。
色々話したが、正直まだ理解は追いついていないし、混乱している。
自分の中でも整理をつけないと取り返しのつかない間違いを犯しそうだ。
おっさんに話しながら整理することにしよう。
話せる内容は限られるだろうが。
そんなことを考えながら、一旦研究所に帰った。




