トライファークの古代種~異世界生活の裏で
俺がこの時代に呼ばれた理由を聞くと、トライファークに現れる古代種が原因、そう言われた。
だが、何か隠されたような気がする。
態度が白々しい。
嘘を言っているわけではなさそうだが。
多分色々理由はあって、そのうちの一つが古代種の存在なんだろうが、それより大きな理由があるんだろう。
大きな、と言うより、言いにくいだけかもしれないが。
まあ、向こうの都合は俺には関係ないから、それはどうでもいい。
それよりも、今は少しでも多くトライファークの情報を手に入れる必要がある。
トライファークのことを知ることが、サラのことをどうにかすることに繋がる可能性もある。
よし、まだ混乱しているが、少しだけ冷静になってきた。
「古代種?」
『ええ、発見されたのは、10年ほど前になります。
名前はレオルオーガと言います。
ライオンのような顔をした鬼です。
かなり巨大で力も強く、高い知能を持っています。
古代の文献では、周囲のモンスターを統率することが目的とされています。
事実、発見された地域は強力なモンスターも生息していますが、総じて大人しく、特に問題が起きたことはありませんでした。
発見された時も、特に何もせずに、静かに暮らしていたようです。
それが、6、7年ほど前から、急に人が襲われる事件が起き始めたんです。
最初は、誤ってレオルオーガの住処に近づきすぎた人間を襲うだけでした。
ですが、原因は分かっていませんが、その後は、どんどん狂暴化が進み、自ら人を襲うようになり始めたんです。
レオルオーガは非常に強力なので、私たちは古代人に助けを求めることにしました。
現在は失われている古代種の制御方法を知っているからです。
強力とは言っても、古代種ですから、古代人が作った種族です。
制御してしまえば、なんとかなると思ったんです』
「言ってることは分かりますけど、それは、普通に倒せなかったんですか?」
『はい。
幸か不幸かニグートのせいで、私たちも兵器開発をある程度行っています。
ですから、比較的下級のドラゴン程度ならば簡単に退けるだけの武器はあります。
ですが、レオルオーガを倒すには至りませんでした。
それで、古代人に助けを求めようと思ったんですが、トライファークに残されていたマナの古代人はどの方もかなり高齢の状態のものばかりだったんです。
おそらく、長年マナを使った末にようやくマナを保存できる制御のレベルに到達するんだろうと思っています。
ですが、さっきも言いましたけど、再現してすぐにまた死に直面させるのもどうかと思うとか、強力な古代種と対峙する可能性が高いのに高齢の人にそれをさせるのはどうか、とか主張する人たちがいて、マナの改変の研究を進めることが決定されました』
一応、筋は通っている、のか?
ちょっとおかしい気もする。
どちらかと言うと、研究を進めたいから無理やり言い訳を作ったとか、じゃないだろうか。
さっきのコイツの様子からして、他にも理由はありそうだしな。
『それでも、4年前に犠牲者を出しながらも一度はレオルオーガを退けたんです。
退けたといっても、街に近づいたレオルオーガに手傷を負わせて元の住処に追いやっただけですが。
その時に、身内に犠牲者を出した研究者が武力増強を主張して、トライファーク内部でも大きな争いになりました。
何せ、ちょっかいは出されても特に被害は出なかったニグートと違って、実際に犠牲者が出てしまったわけですから、主張は強硬でした。
その争いはちょっとした混乱を引き起こしました。
その際に、一人の研究者と古代人がトライファークを去りました。
情報ではニグートに入ったらしいんですが、私たちにはどうすることもできませんでした。
ですが、トライファークの技術がニグートに渡るのはまずいですから、その後は情報統制を厳しくするようにしました。
ニグートに渡った研究者によってニグートの技術進歩が懸念されましたが、不思議とそれは起こりませんでした』
それってユラさんとか店主とかが言っていた事件だよな。
その古代人は店主のことだろう。
「その研究者の人なら、ニグートに入ってすぐに亡くなったそうですよ」
『え?亡くなった?まさか』
かなり驚いている。
「その人はトライファークによって暗殺されたと言われていますけど」
『そんなこと、私たちはしません。
確かに研究の方向性で衝突はしましたが、暗殺なんて誰も考えていなかったはずです』
どういうことだ?
嘘をついてはいなさそうだ。
さっきの様子を見るに、コイツは嘘が下手そうだし。
じゃあ、ニグートの人間が殺したのか?
でも、ニグートにとって、トライファークの技術は貴重なはずだ。
なんかおかしいな。
ただ、今重要なのはそれじゃない。
「まあ、その人のことはお気の毒ですけど、その古代種は退けられたんですよね?」
『あ、はい、そうです。
それが4年前になります。
その後は、しばらく平和でした。
武力増強派の声はかなり根強く、混乱もしばらく続いたんですが、一度退けた後はレオルオーガが再び攻めてくることもなく、平和な毎日の中で徐々に納まっていきました。
レオルオーガによる事件も起きないので、私たちはまた研究漬けの毎日に戻っていったんです。
今から考えれば、みんな楽観的すぎたとは思いますが。
それが、今から20日ほど前に再度レオルオーガが現れたのです。
いきなり、市街地付近に現れて、人を襲い始めました。
すぐにまた私たちは武器を集めて、撃退しようとしたんです。
ですが、レオルオーガは4年前よりも強力になっていました。
なんとか足止めはできたんですが、いつ市街地に入られてもおかしくない状態でした』
20日前ってことは俺がこっちに来る直前だな。
『そこで、私たちは、研究がある程度完成したマナの改変技術を使って、古代人を再現することにしました。
私たちは残されたマナの中で誰を再現するのか議論したんですが、一人最適な人がいました。
古代の文献には古代種をパートナーとする古代人の話があります。
その人はパートナーの古代種を連れて、トライファークで色々な活躍をしたそうです。
トライファークでは童話にもなっています。
文献の中にはいくつか好ましくないものもありましたが、私たちは古代種の制御を頼むのであれば、その人にしようという話になりました』
ああ、それってカトーさんが言っていたルッツのパートナーか。
サラが言っていた童話の英雄もその人だったんだな。
『それがあなたです』
え?俺?
「いやいや、俺そんなことしてませんて。
古代種の制御法も知りませんよ。
というか、俺の時代に古代種なんていませんよ」
『確かに2015年時点のあなたでは知らないと思います。
私たちが再現しようとしたのは、2060年頃のあなたです』
「2060年?
いや、それ俺、70歳超えてますよ。
そんな人間に古代種を押し付けてもダメじゃないですか?」
さっきは高齢の人間を呼ぶのが気が引けるから、若くする研究をしたとか言っていたのに。
『いえ、文献によればあなたは非常に長生きされて、かなり高齢までお元気だったようです。
もちろん、体力的なピークは過ぎていたようですが、70歳くらいの頃が一番古代種の制御には適していたと思います。
古代種が作られたのは比較的早くですが、制御まで含めて安定しだしたのが、その頃だとされています』
「でも、実際に再現されたのは2015年の俺ですよ。
そのマナの改変って不安定なんじゃないですか?」
自分で言ってあほらしくなってくる。
信じていないわけじゃないが、全く実感がわかないし。
人の夢に出てきた話を真剣に議論しているような、そんな気分だ。
『いえ、確かに日時の指定まではできませんが、年数の指定ならほぼ確実に成功するようになっています。
ですから、場所も含めて、あなたの再現には多くの不明点があります。
ただ、あなたがかなり若い状態で再現されたと分かったのは、この間、ファスタルであなたとぶつかったときです。
私はあなたを探しにトライファークから出てきました。
そして、ようやくこの間見つけたのですが。
最初はあなただと分かりませんでした。
ですから、声をかけるのが遅れて立ち去られてしまいました』
ああ、それであんなに俺のことを凝視していたのか。
「でも、どうやって俺を見つけたんですか?」
『あなたが持っているスマートフォンです。
そこから出る電波を観測しました。
最初にトライファークで再現しようとしたとき、なぜか装置では再現完了と出ているのに、あなたの姿はありませんでした。
ですから、私たちはあなたが持っているであろう携帯端末の電波を観測したのです。
技術的には考えにくかったのですが、あなたが少し離れた場所に再現された可能性を考慮したからです』
そういえば、この世界はそういう電波とかを観測する技術は結構進んでるんだよな。
スライムしかり、発信機しかり。
あれ?そういえば、この時代では電気はエレクターで単位はエレクトだよな。
なのに電波は電波なんだな。
この数百年で電気の概念は大方失われたのに、電波という言葉は残っている、ってことかな。
おかしな感じだ。
「でも、俺は2015年の姿で出てきたから、2060年の俺が持っている端末から出ている電波を探そうとしても見つからないんじゃないんですか?」
『いえ、今この世界には電波を発生させるような装置はかなり限られています。
ですから、特定の周波数とかでなくて、もっと広い範囲で、単に電波を発生させているものとして探しましたので、見つけることができました。
さすがにファスタルの辺境にいるというのは驚きでしたが。
そんな所の電波を観測できたのは幸運でした。
古代の遺物を使っていますので、そのおかげなんですけどね。
それで、すぐに調査隊として、私がファスタルに向かったんです。
トライファークからだとニグートを間に挟むので、少し大回りして向かいました。
さすがにトライファークからニグートを突っ切るのは危険だからです。
そして、私たちがトライファークを出た直後に、あなたが高速で辺境を動き出したのを確認しました。
私たちは驚いたんです。
まさか再現してすぐのあなたがどうやってそんなに高速で移動しているのか分かりませんでしたから』
ああ、サラにバイクで送ってもらったからな。
『もしかしたら、あなたがドラゴンか何かに食べられて、スマートフォンがおなかにあるまま、ドラゴンが移動しているのか、なんて話まで出ました』
うん、ありえないとは言えないよな。
いきなりドラゴンに襲われていたりしたら、十分にありえる話だ。
『ですが、観測を続けると、あなたがファスタルの街に入ったことが分かりました。
ですから、私たちは目的地をファスタルの街に変えて追ってきたんです。
途中で一応辺境には寄りました。
そこで、遺跡を見つけました。
中には入れませんでしたが、あなたが再現されたのはその遺跡だろうというのは、想像できました。
それから、あなたを追いかけていたのですが、すぐに電波の反応はなくなっていました』
ああ、スマホの電源切ったからな。
『ですが、私たちはあなたがファスタルにいると考えて、ファスタルに向かいました。
ほどなく、ファスタルに到着したのですが、あなたは見つかりませんでした。
当然ですね、私たちはあなたが70歳くらいだと思っていたのですから。
それで私たちは途方に暮れかけていたのですが、そんな時に、また観測装置に一瞬ですが、電波の反応があったんです』
多分地下に行った時だな。
灯り代わりに一瞬電源を入れたからな。
『それで、あなたがまだファスタルにいることが分かりましたから、また私たちは探し始めました。
その一瞬の反応がこの裏通りの奥の方でしたから、その辺りを中心に探しました。
ですが、』
そこで暗い顔になった。
『一緒に調査に来た人間が宿に戻ってこなくなったのです。
確かに裏通りはかなり複雑ですから、迷うこともあるとは思うのですが、連絡も取れなくなるというのは、何かあったと思いました。
ですから、その人間の足取りがつかめなくなった場所の付近を探しました。
そこで、地下への階段を見つけたんです』
ああ、俺のスマホの反応を頼りにしてたんだったら、地下に辿り着くだろうな。
『それで、中に入ってみたんですけど、すぐにモンスターがいることが分かりました。
恐らく、一緒に来た仲間はモンスターにやられたんだろうと思います』
「それは、お気の毒です」
『ええ、私の護衛で来たのに、私と関係ない所でモンスターに襲われるなんて、残念です』
本当に、お気の毒だな。
『それで、私は一旦宿に戻ったんですが、その時、また観測器に反応がありました。
なぜか、また辺境で反応があったんです』
ああ、フォーサルに行ったときか。
『私は、辺境に戻るか迷いました。
ですが、仲間がいなくなったのもあって、少し自暴自棄になっていましたし、私はその日は宿で一日過ごしました』
まあ、仕方ないだろう。
ショックだったろうな。
『それから、次の日も宿でぼーっと過ごしたのですが、本国からも催促されたのもあり、私はもう一度あなたを探し始めました。
でも、どうしても身が入らずにこの裏通りをふらふら歩いていました。
すると、観測器に、かなり近い所に反応があるのを見つけました。
そこで、その反応を追いかけたんです。
それで、裏通りを歩き回っていたら、あなたとぶつかったんです。
私は最初は裏通りでふらふらしている人なのかと思いました。
ですが、あなたを見ると、童話通りの黒い髪と黒い目で、私たちが持っている老後のあなたの写真の面影があったので、まさかと思いました。
連れていた犬も黒い子でしたし。
でも、話しかけて人違いだったらまずいので、しっかりと顔を見て確認していたら、あなたは私が話しかける前に立ち去ってしまいました。
追いかけたんですけど、すぐに見失いました。
ですが、あなたがファスタルにいることは分かったので、また裏通りを探しました。
それで、さっきようやく、あなたを見つけて声を掛けたんです』
それは、本当にご苦労様でした、と思う。
思うし、協力してもいいとは思うが、
「でも、俺には古代種の制御はできませんから、申し訳ないんですけど、役には立てませんよ」
そう、俺は古代種の制御なんてできない。
『でも、現にその古代種を制御しているんじゃないですか?
文献よりも小さいですけど、それはあなたのパートナーでしょう』
ルッツを見ながら言われた。
「パートナーと言えばパートナーですけど、ルッツは俺の普通の愛犬ですよ。
古代種らしいですけど、別に制御なんてしていません」
『おかしいですね。
マナの流れが制御できている古代種のそれなんですが』
とぶつぶつ言っている。
『でも、それはもういいんです。
実は、レオルオーガの問題はもう解決しました』
「え?倒せたんですか?」
『いえ、倒してはいません。
これから話すことは、あなたにとっては気分が悪くなる話かもしれません。
私たちとしても、非常に大きな問題となっている話です。
さっきも話した通り、あなたの再現のあと、私はすぐにトライファークを出たんですが、あなたはなかなか見つかりませんでした。
そして、その状況は毎日トライファークに報告していました。
トライファークではレオルオーガの脅威にさらされ続けていましたので、どんどん悲観的な空気が流れ始めました。
そんな中で、勝手に、ある研究者がもう一度あなたの再現を試みたんです。
同じ人間を再現する、というのは昔から、それこそ古代から禁じられています。
それは、同じ人間が世界に二人存在することになりますから、人類に対する冒涜ととらえられています。
それを行ったのは以前レオルオーガに身内を殺された研究者でした。
その研究者は四年前に武力増強を主張したのに、その意見を聞かずに平和ボケしていたから、こんな事態になったと周りの研究者たちを非難したそうです。
今なんとかしないと、自分と同じように悲しい思いをする人間が増えることになる、と主張したらしいです。
そして、禁止されていようが、冒涜だろうが、今できるのはこれしかない、と再現を行ったそうです。
それだけ言われて、周りの人間も止めることはできなかったそうです。
実際に、いつレオルオーガによる犠牲者が出てもおかしくない状況でしたから、ある程度、その研究者の意見は説得力があったためでしょう。
そして、あなたの再現がおかしな状況になってしまったのは、マナの改変を行ったからだ、と考えたその研究者は、今度はマナの改変をせずにあなたの再現を行いました』
「じゃあ、今トライファークには」
『ええ、マナを残した時点のあなたがいます』




