未来~トリップの真相
俺はトライファークから来たと言う女性の話を聞くことにした。
声をかけられた場所は裏通りではあるが、それなりに大き目の道の真ん中だったので、他人に話を聞かれる可能性がある。
それはまずい気がするから、人気の少ない場所に移動する。
この辺りは何度も通ったことがあるし、マッピングも終えているから、人が近づきそうにない場所は知っている。
近くの建物の陰にちょうどいい場所があったから、そこで話をすることにした。
雑貨屋に戻って、そこで話をすることも考えたけど、店主とトライファークの人間を会わせるのはまずい可能性があると思ったから、やめておいた。
店主はトライファークから逃げてきたらしいしな。
裏通りの人気のない所に女性を連れ込むなんて、不審者全開のシチュエーションだと思わなくもなかったが、そんなことを気にしている余裕は今はない。
「で、さっきの質問に戻りますけど、なんで俺のことを知ってるんですか?」
『あの、それは、あなたを呼んだのは私たち、トライファークの研究者だからです。
完全にこちらの都合なので、迷惑かもしれないのは分かっていましたけど、助けてもらいたくて』
雑貨屋の店主が言った通りだったようだ。
俺も店主と同じでトライファークによってトリップさせられたらしい。
「でも、俺がこっちに来てから、最初に気が付いたとき、トライファークにはいませんでしたよ。
ファスタルの辺境にいました。
それはなぜですか?」
『それは、私たちにも分からないんです。
私たちはトライファークの装置で、あなたを再現しようとしました。
ですが、あなたはなぜかファスタルの辺境付近に再現されたようです。
そこに遺跡があるのが見つかりましたから、その中の装置で再現されたのだと思っていますが』
ん?
再現?
「再現って何ですか?」
『え?ですから、あなたを再現したんです。
古代の装置を使って』
話が噛み合っていない。
「再現ってなんですか?
俺はあなたたちに、この世界にトリップさせられたんですよね?」
『この世界?トリップ?
いえ、私たちはこの時代にあなたを再現しました』
この時代?
「え?ここは俺がいた世界とは違う世界ですよね?
俺はそこにトリップさせられたんだと」
『いえ、あ、そうか。
あなたは、ご存知ありませんよね。
すみません、説明します』
何かを納得された。
俺には何がなんだか全然分からないが。
説明してくれるなら聞くだけだ。
『まず、ここはあなたが知っている時代から数百年経った日本です』
そんなことを言われた。
一瞬、言っている意味が分からなかった。
日本だと?
数百年後の?
ここは未来、なのか?
異世界じゃないのか?
いや、俺が知らない世界という意味では異世界と言えなくもないんだろうけど。
いやいや、そういう言葉遊びをしたいんじゃない。
「それは、本当なんですよね?」
『本当です。
多少あなたが知っている時代とは変わっているかもしれませんが、言葉が通じますし、文字も同じですから、すぐに気づかれていたかと思ったんですが』
う、それはそうだ。
確かに言葉が通じるなんて普通じゃありえない。
……自覚はあったつもりだけど、俺は相当異世界ものの小説に毒されているみたいだ。
異世界ものの小説では日本語が通じるのがほとんどだったし、それを疑問に思わなかった。
確かに、俺は神様から言語理解のチートとかスキルなんてもらってないけど、小説でも、別にそんなスキルがなくったって言葉が通じることは多かった。
だから、最初サラと話した時には言葉が通じることにそれなりに驚きはしたし、多少は何かの力が働いているのかとか考えはしたけど、どっちかと言うと、ここは日本語が通じる異世界なのか、ラッキー、くらいにしか思っていなかった。
ご都合主義万歳、みたいな。
よく考えたら、恥ずかしいよな。
本当に自分の全く知らない異世界だったら、人間がいる以上、多少文化が近いくらいはありえたとしても、完全に言葉が同じなんてありえないよな。
大体、バイクだって、バイクという名称が同じなんてありえない。
そんなの、最初に気づくところだよな。
いや、過去に来た日本人が言語体系や技術を伝えたという可能性も考えられたんだろうけど、俺はそんなことも考えずに、異世界なら何でもアリ、みたいに考えてた。
どんだけお花畑な頭してんだ、って思われても仕方ない。
「そ、そうですか。
薄々感じてはいましたが」
嘘をついた。
こいつ異世界トリップとか何言ってんの?って思われるのが急に恥ずかしくなったから。
まあ、もう手遅れだろうが。
「それで、再現というのは何ですか?
ここが未来だとして、俺を過去から転送したということではないんですか?」
話を変えよう。
『違います。
そんなことはできませんし、もしできたとしてもタイムパラドックスが生じて何が起きるか分からない、と古代の文献には書いてありました』
確かに。
まあ、俺を呼ぶことでどれほどのタイムパラドックスが起きるかなんて分からないけど。
『再現、というのは文字通りの意味です。
あなたの情報を元に、この時代にあなたを再現しました。
ちなみに、あなたの元の世界の記憶はいつの時点までありますか?』
質問の意味は分からない。
「2015年の4月21日です」
『2015年ですか?
間違いありませんか?』
「間違いありません。
スマホ、俺の持っている時間が分かる装置でもそうなっていました。
ある人に、俺は記憶が飛んでいて、2016年から来たんじゃないかと言われましたけど、自分としては、記憶は飛んでいないと思います」
『そうですね。
おそらく、あなたの記憶は間違っていませんよ。
再現直後の意識の混濁はあるかと思いますが、そんなに長期の記憶の欠如はないと思います。
それに、再現する際には、その人の記憶から所持品などを作りますから、あなたの所持品が2015年を示しているなら、2015年のあなたが再現されたはずです』
「ですから、再現ってのは具体的にどういうことなんですか?」
文字通りと言われても、全く意味が分からない。
いきなり、未来なんていわれて頭がついていってないのもあるけど。
『具体的、ですか。
ユウトさんは2015年から来たということは3Dプリンターというものはご存知ですよね?』
「ええ」
『それと同じようなものです。
非常に高度に発達した3Dプリンターを使って、あなたの精神、肉体、所持品を再現しました』
それなんて人○錬成?
そんなことができるのか?
無理だろ。
いや、未来にはできるようになるのか。
「それは、にわかには信じがたいですけど、もしそれが可能だとしても、そんな詳細な俺の情報なんてどこにあるんですか?
遺伝子情報を使ったとしても、記憶や所持品なんて再現できないでしょう」
『おっしゃる通りです。
あなたの時代には既に話題になっていたと思いますが、クローン技術は遺伝子情報を使います。
ですが、それでは厳密には同じ人間は作れません。
遺伝子が同じだけの人間です』
「ですから、どうやって俺を再現するんですか?」
『マナを使います』
「マナ?」
『ええ。
マナとはその人の思考パターンを含め、その人の記憶、人格、外見、それら全ての情報となります。
そのマナを元に、肉体だけでなく、記憶や人格といったものまで再現します。
もちろん、肉体の情報は遺伝子情報なども使って再現しますが。
ああ、普段使っているマナを使う装置はそれほどの情報を使うわけではありません。
ほとんどの場合は、ただ思考パターンを鍵として使っています。
マナをどう使うかは、装置によって異なります。
ですが、大規模なマナの保存装置を使えば、さっき言ったようなその人自身の全ての情報と言うべきものを保存することができたようです。
もちろん、かなりの設備やエネルギーが必要となりますし、非常に高度なマナの制御ができる人でないと、全ての情報を保存することなんてできません。』
なんだそれは。
全然理解が追いついていかない。
だが、言っていることはなんとなくは分かる。
確かに、俺は初めてマナの練習装置を使う時に、自分自身というものの姿や思考をイメージして練習装置に伝えることで起動することができた。
今は、それほど複雑なことは考えていないが、やはり自分自身の思考パターンを使う、みたいなイメージを持っている。
回路云々はその情報を使うか使わないかを系統立てて制御しているだけだ。
『最初にそのプリンターが作られた時には、人の外見をコピーして、全く同じ遺伝子や細胞を持った、見た目が同じ肉体を作ることしかできなかったようです。
それでも十分にすごい発明だったのですが、作られた肉体は動かず、思考せず、ただの器のような存在でした。
それは非常に精巧な人形のようで、気味が悪く、その技術自体も人々から忌避されたそうです。
そのため、当初は体の欠損部位を復元する、というような医療の用途でしか使われませんでした。
しばらくはそんな状態だったのですが、ある時、脳波の検出に関する技術に革命的な進歩がありました。
それまで、単純な信号を検出するくらいしかできなかったのに、数年の間に一気に信号パターンを解析して、人の思考を読み取れるまでに進みました。
その技術はそのままどんどん進歩を続け、ついにマナ、という新しい概念を作るに至ったのです。
そして、そのマナと先ほどのプリンターを組み合わせることで人を再現することが技術的に可能になりました』
それはすごい。
すごいし、技術的なことに関しては興味がある。
「それは確かにすごい技術です。
ですが、そんなことができたら世界は変わりますよ」
だって、死んだ人間を生き返らせることができるんだから。
厳密には同じ人間ではないが。
『ええ、実際に世界は大きく変わりました。
いえ、それが開発される前から、世界には様々な技術革新が進んでいたんです。
それで色々なことがどんどん便利になっていって、加速度的に世界は変わっていったようです。
多分、それで人々はちょっとおかしくなっていたんだと思います。
浮かれていたというか。
何でもできる気になっていた、と書かれている文献が残っています。
それで、倫理的な議論が十分に成されないまま、人を再現することができるようになっていました。
ただ、さっきも言いましたけど、マナの保存というのは誰にでもできることではありませんでした。
本当に一握りの国中でも数えられる程度の人しか、その水準の制御はできなかったそうです』
誰にでも使える技術ではなかったってことか。
でも、これは、多分とても恐ろしい話だし、気になることも沢山ある。
だが、この人に何か言ってもどうにもならないし、歴史としてそういうことがあったんなら、今俺が気にしても仕方がない。
ただ、まだ俺の疑問は解消していない。
「その、話はなんとなく分かりましたけど、それはあくまで俺からすれば、未来の技術ですよね?
少なくとも、俺はマナのことはこっちに来てから知りました。
だから、俺のマナが残っているはずはないと思うんですが」
そう、そんなすごい技術が未来で実現されようが、俺は知らない。
だから、俺を再現することはできないはずだ。
『それには、理由というか事情があります。
今、この時代に溢れているような、マナを使った装置が大量に作られるのはあなたの死後になります。
ですが、マナの概念自体とプリンターが作られたのは、あなたも存命されていた時代です。
そして、あなたは自分の死を覚悟した後、自分の全てを残すためにマナを保存しました。
私たちはそのマナを使いました』
「でも、それだと、俺は死ぬ直前の姿で再現されるはずですよね?」
『そうです。
ですが、そこには色々理由がありまして』
この時、このトライファークの研究者は、明らかに動揺したような感じで俺から目を逸らした。
何かいいづらい事情があるのかもしれない。
『まあ、余命数ヶ月のあなたを再現して、またすぐに死を覚悟させるのも悪いということもありましたし』
多分、今コイツは嘘をついている。
嘘というか、本音を隠して建前だけ言っているような感じだ。
『それで、私たちはマナを少しいじることを決めました。
もちろん、私たちの技術力では自由にマナを改変することなどできません。
ですから、マナを作り変えて万能な人間を作るとか、そういうことはできません。
マナに蓄えられた情報の中で、その人にとって比較的新しいと思われる情報を取り除いて、過去の状態のマナを作ることで記憶、肉体ともに若い状態の人を再現する、ということを行ったのです。
でも、いきなりあなたで試したわけではありません。
先に他の人で同様に若い状態で再現することもしました。
元々、私たちの技術の発展を手助けしてもらうために、トライファークでは古代人の再現自体は古くから行われていたようです。
もちろん、そういう古代人に不満を持たれないように最大限の敬意と生活の保障はしてきました。
とはいえ、今更ですが、人を再現することに対する倫理的な問題もあるので、それほど頻繁に行ってはいませんでした。
ですが、マナの改変をして古代人の再現をし始めたのはかなり最近のことになります。
その研究は、失敗もあったようですが、今から5年ほど前の時点である程度の確度で成功するようになりました』
もしかして、5年ほど前ってのは雑貨屋の店主ってことか。
店主は2016年から来たと言っていた。
当然、そんな時代にマナなんてなかったはずだ。
ということはマナの改変によって若い状態で再現されたってことか。
話は合いそうだな。
店主はマナは使えない、というか、使おうとしていないと言っていたな。
でも、再現するためのマナが残っていたって事は素養は高いってことだよな。
いや、気になるのは、店主のことよりも、
「失敗もあったって。
いえ、失敗しなかったとしても、そんな人の情報を勝手に改変するなんて
『分かっています。
許されることじゃないのは。
倫理的に正しいことではないのは分かっているんです。
そもそも、人の再現自体が褒められた技術でないことは、トライファークでは昔から議論の的になっていました。
それでも、技術の発展のために再現は続けられてきました。
そんな中ですから、長い間、誰もマナの改変なんて考えもしなかったんです。
最初は知識欲が暴走した研究者が勝手に始めた研究でした。
私含め、トライファークの上位研究者が気づかないままに研究はどんどん進められたようです。
気づいたときには、技術は確立されかけていました。
私たちも最初はその研究をやめさせようとしました。
ですが、そうしているときに、色々と状況、というかトライファーク内での勢力が変わってしまって、結局、その研究を進めることにしました』
「何かあったんですか?
というか、それが俺を再現した理由なんですか?
もしかして、ニグートが攻めてくるからではないですよね」
『ニグート自体は大きな問題ではありません。
もちろん、ニグートの攻撃に怒り狂っている研究者たちがいるのは事実です。
それもトライファークの抱える問題の一つではありますし、無関係ではありませんが、現状ではそれが一番の問題ではありません』
「じゃあ、何が問題なんですか?」
『それは、いくつか理由はあるんですけど、』
そう言って、俺から目を逸らした。
何か考えているようだ。
『問題なのは、トライファークに現れる古代種です』
俺から目を逸らしたままで、そう言った。




